わかたんかこれ 猿丸集第22歌 おもひわぶらん

前回(2018/7/2)、 「猿丸集第21歌 あまをとめ」と題して記しました。

今回、「猿丸集第22歌 おもひわぶらん」と題して、記します。(上村 朋)

 

. 『猿丸集』の第22 3-4-22歌とその類似歌

① 『猿丸集』の22番目の歌と、諸氏が指摘するその類似歌を、『新編国歌大観』より引用します。

3-4-22歌  おやどものせいしける女に、しのびて物いひけるをききつけて、女をとりこめていみじういふとききけるに、よみてやる

ちりひぢのかずにもあらぬわれゆゑにおもひわぶらんいもがかなしさ

 

3-4-22歌の類似歌 2-1-3749歌  中臣朝臣宅守与狭野弟上娘子贈答歌(3745~3807)

     ちりひぢの かずにもあらぬ われゆゑに おもひふわぶらむ いもがかなしさ 

(・・・於毛比和夫良牟 伊母我可奈思佐)

 この歌にかかる左注があります。「右四首中臣朝臣宅守上道作歌(3749~3752)

② 清濁抜きの平仮名表記をすると、四句の一字と、詞書が、異なります。

③ 類似歌は、もう一首ありますので、『新編国歌大観』より引用します。

3-4-22歌の類似歌 1-3-872 題しらず    よみ人しらず

ちりひぢのかずにもあらぬ我ゆゑに思ひわぶらんいもがかなしさ

 この歌は、『拾遺和歌集』巻第十四 恋四 にあります。

 三代集と『猿丸集』は、同時代の作品でありそれぞれの編纂担当者は同時代の人です(ブログ2017/11/9参照)ので、3-4-7歌の類似歌と同様にこの歌も類似歌として検討対象となります。しかし、清濁抜きの平仮名表記をすると、歌は3-4-7歌と全く同じであり、2-1-3749歌と四句の一字の違いだけであるので、2-1-3749歌を代表の類似歌として以後検討します。

④ これらの歌は、相手を思いやっているのは共通ですが、その理由がだいぶ違う歌です。

 

2.類似歌の検討その1 配列から

① 現代語訳を諸氏が示している類似歌を、先に検討します。

類似歌2-1-3749歌は、 『萬葉集』巻第十五の「中臣朝臣宅守与狭野弟上娘子贈答歌」と題する中の歌です。西本願寺本の目録にはつぎのようにあります。

「中臣朝臣宅守娶蔵部女嬬狭野弟上娘子之時勅断流罪越前国也於是夫婦相嘆易別離一レ会陳慟情贈答歌六十三首」

② 六十三首の配列から、この類似歌の特徴をみてみます。

この63首中に左注がいくつかあり、小見出しのようになっています。それは次の順にあります。

右四首娘子臨別作歌 (3745~3748

右四首中臣朝臣宅守上道歌  (3749~2752)  (類似歌がこのグループの最初)

右十四首中臣朝臣宅守  (3753~2766)

右九首娘子  (3767~3775)

右十三首中臣朝臣宅守  (3776~2788)

右八首娘子  (3789~3796)

右二首中臣朝臣宅守  (3797~3798)

右二首娘子  (3799~3800)

右七首中臣朝臣宅守寄花鳥陳思作歌  (3801~3807)

この類似歌は、夫である中臣朝臣宅守(やかもり)が妻の蔵部女嬬(くらべのにょじゅ)狭野弟上娘子(さののおとがみのをとめ)におくった歌であり、二番目の左注の歌群に含まれ、配流先へ向かう途中の思いを歌にしています。狭野弟上娘子は、役職上男官と日々接触する立場であり、土屋氏は、「女嬬(という役職そのもの)が御物に準ずべきもの故、盗んだとみなされ流罪となったのか」と論じています(『萬葉集私ち注』(巻十五追考))。中臣朝臣宅守の配流先は三段階あるうちの一番軽い地です。配流後天平139月の大赦で帰京し、天平宝宇8年(764恵美押勝の乱連座しています。

③ 二番目の左注の歌群の歌をすべて記すと、つぎのとおり。

 2-1-3749歌 類似歌(上記1.参照)

 2-1-3750歌 あをによし ならのおほちは ゆきよけど このやまみちは ゆきあしかりけり

 2-1-3751歌 うるはしと あがもふいもを おもひつつ ゆくばかもとな ゆきあしかるらむ

 2-1-3752歌 かしこみと のらずありしを みこしぢの たむけにたちて いもがなのりつ

④ 一番目の左注の歌群が、娘子が詠う都での別れの歌であり、二番目の左注の歌群は、宅守が都を出発してから配所までの間の思いを詠っている歌です。三番目の左注の歌群は、内容をみると宅守が配所に着いてからの歌となっています。

類似歌は、4首連作した羈旅の歌のひとつとして理解してよい、と思います。(付記1.参照)

 

3.類似歌の検討その2 現代語訳

① 諸氏の現代語訳の例を示します。

     塵や泥のように、物の数にも入らないこの私故に、辛い思いをしているであろうあなたが いとおしく切なく思われます。」(阿蘇氏)

     塵か泥土の如く、物の数でもない私の為に、思ひわびしがるであらう妹が、可愛いそうなことである。」(土屋氏)

② 阿蘇氏は、「四句「思ひわぶ」とは、「苦しく思う、思い悲しむ」、の意であり、「(五句にある)かなしさ」には、「いとしい思いと、にもかかわらず離れなければならない悲しい思いとが含まれている。」、と指摘しています。

土屋氏は、「わぶ」とは、「遣る瀬ながるとでも言ふのであらう。」と指摘しています。

③ 「ちりひじの」は、「数にもあらぬ」の枕詞と諸氏は指摘していますが、『萬葉集』での用例は、この歌1首だけです。三代集の用例は、1首だけありますが、その歌は、『拾遺和歌集』巻第十四恋四、にあるよみ人しらずの歌1-3-872歌であり、この類似歌の引用といえる歌です(四句の「わぶらむ」が「わぶらん」となっている)。なお三代集以後の勅撰集にも一首あるあるだけです(『風雅和歌集』1-17-1702歌)。

④ 両訳は、枕詞の「ちりひじの」も省略せず現代語訳に含みますが、五句「いもがかなしさ」の訳の差により、現代語訳として今、土屋氏の訳を採り、3-4-22歌との比較をします。

 

4.3-4-22歌の詞書の検討

① 3-4-22歌を、まず詞書から検討します。

 「おやども」とは、親を代表として係累の者たち、の意です。少なくとも親とその女の兄弟を含みます。当時、貴族(官人)の子女の結婚は、氏族同士の結びつきと同義の時代です。

③ 「せいしける」の「せいし」とは、3-4-19歌・20歌の詞書と同様に、動詞「制す」の連用形であり、その意は、「(おもに口頭で)制止する」のほか、「決める・決定する」、の意もあります。

④ 詞書の現代語訳を試みると、つぎのとおり。

「親や兄弟たちが私との交際を禁じてしまった女に、親の目を盗んで逢っていることをその親たちが知るところとなり、女を押し込め厳しく注意をしたというのを聞いたので、詠んで女に送った(歌)」

⑤ この詞書は、この歌以後の数首の歌にかかります。それらの歌の現代語訳(試案)を試みた後に、あらためてこの詞書(試案)の妥当性を確認したいと思います。

 

5.3-4-22歌の現代語訳を試みると

① 初句の「ちりひぢ」は、類似歌と同じく、「塵泥」であり、些細な価値もあるかどうか分からない物の喩えと、理解できます。ここでは、作者が自分を卑下して言っていますが、一夫多妻の貴族社会にあっては、結婚がその氏族の命運を左右するので親兄弟は慎重になります。

そのような視点からみると、娘から遠ざけようとしている作者が「塵泥」であるのは、政界における有力者の息子ではない、ということです。また、その娘は有力者の息子に相応しい教養があり、親は結婚後支援できるほどの財力がある受領のひとりの可能性がある、と推定できます。

② 四句にある「おもひわぶ」とは、「思ひ侘ぶ」であり、「思い悲しむ。つらいと思う」意です。

誰が主語かというと、禁止をしたのにまだ言い寄る作者がいるのでこまり果てている親、となります。

③ 詞書に留意し、現代語訳を試みると、つぎのとおり。

「塵や泥のように物の数にも入らない私が、懲りないであなたに近づく故に、あなたの親兄弟は、思い悲しむのであろう。それを承知して(あい続けてくれる)貴方のいとしさよ。」

 

6.この歌と類似歌とのちがい

① 詞書の内容が違います。この歌3-4-22歌は、詠む事情を作者自ら記しています。 類似歌2-1-3749歌は、夫婦の間の贈答歌であることを『萬葉集』巻第十五の編纂者が指摘しているだけです。

② 初句の「ちりひぢ」の意味が、異なります。この歌は、社会的な属性の違いを示唆し、類似歌は、相手に寄り添えない今の自分の境遇をさしています。

③ 四句にある「おもひわぶ」の主体が違います。この歌では、相手の親兄弟などの親族となり、類似歌では、歌を贈った相手となります。

③ この結果、この歌は、作者のために親どもとのいさかいに苦しむ女を思いやる歌です。これに対して、類似歌は、無力の自分が原因で遣る瀬無い思いをさせている女を思いやっている歌です。

④ さて、『猿丸集』の次の歌は、つぎのような歌です。

3-4-23歌 <なし>

おほぶねのいづるとまりのたゆたひにものおもひわびぬ人のこゆゑに

3-4-23歌の万葉集2-1-122:弓削皇子思紀皇女御歌四首(119~122)

 おほぶねの はつるとまりの たゆたひに ものもひやせぬ ひとのこゆゑに 

(・・・物念痩奴 人能児故尓)

 

この二つの歌も、趣旨が違う歌です。

⑤ ご覧いただきありがとうございます。

次回は、上記の歌を中心に記します。

2018/7/9   上村 朋)

付記1.2-1-3752歌について

① 土屋氏の現代語訳を引用すると、つぎのとおり。

2-1-3752

 「謹んで口に出さず居ったのを越の道の神に手向ける坂で、娘の名を口にしてしまった。」(土屋氏)

 

② 2-1-3752歌が、事実を詠った歌だとすると、狭野弟上娘子の「名」を護送していた者たちに聞かれたことになります。単に役職名を口にしたとは思えない。当時他人に名を知らせることは憚るもののひとつであっても、道中の平安を祈る手向け(峠)で娘子の名を口にしたりあるいは歌にその事実を詠うのには抵抗がない程度の憚りであったか(少なくとも巻第十五の編纂者の時代には)。

③ 「みこしぢとは、越の三国(越中・越前・越後)へ通じる道のこと。「たむけ」(峠)は畿内と畿外の境目に位置する逢坂山では口にするのを我慢して、愛発の坂での手向けが候補となる。

(付記終り 2018/7/9  上村 朋)

 

 

 

わかたんかこれ 猿丸集第21歌 あまをとめ

前回(2018/6/25)、 「猿丸集第1920歌 たまだすき」と題して記しました。

今回、「猿丸集第21歌 あまをとめ」と題して、記します。(上村 朋)

 

. 『猿丸集』の第21 3-4-21歌とその類似歌

① 『猿丸集』の21番目の歌と、諸氏が指摘するその類似歌を、『新編国歌大観』より引用します。

3-4-21歌    物へゆくにうみのほとりを見れば、風のいたうふくに、あさりするものどものあるを見て

    風をいたみよせくるなみにあさりするあまをとめごがものすそぬれぬ

 

 3-4-21歌の類似歌  2-1-3683歌   海辺望月作歌九首(3681~3689)  よみ人しらず  

    かぜのむた よせくるなみに いざりする あまをとめらが ものすそぬれぬ 

(可是能牟多 与世久流奈美尓 伊射里須流 安麻乎等女良我 毛能須素奴礼奴) 

 一伝、あまのをとめが ものすそぬれぬ    

 

② 清濁抜きの平仮名表記をすると、初句 三句 四句 に違う表記があり、詞書が、異なります。

③ これらの歌も、趣旨が違う歌です。 この歌3-4-21は、風の強い日に海に臨む崖の景を詠い、類似歌は、漁師の乙女を詠っている歌です。

 

2.類似歌の検討その1 配列から

① 現代語訳を諸氏が示している類似歌を、先に検討します。

類似歌2-1-3683歌は 『萬葉集』巻第十五にあります。この巻は、天平八年の遣新羅使人等の歌145首と中臣宅守と狭野茅上娘子との間の贈答歌(63首)の二群だけで構成されており、その前者にこの歌はあります。西本願寺本の目録には、前者について「天平八年(736)丙子夏六月、遣使新羅之時、使人等各悲別贈答、及海路之上慟旅陳思作歌、幷當所誦詠古歌 一百四十五首」とあります。

② 一百四十五首は、出発にあたって留守居する者との贈答歌から始まり、ほぼ旅程の順に配列されています。

この歌の前後の詞書(題詞)は、つぎのとおりです。

至筑紫館遥望本郷悽愴作歌四首 (3674~3677)

七夕仰観天漢各陳所思作歌三首 (3678~3680)

海辺望月作歌九首(3681~3689

筑前国志麻郡之韓亭舶泊経三日、於時夜月之光皎皎流照・・・聊以裁歌六首 (3690~3695)

引津亭舶泊之作歌七首 (3696~3702)

このように詞書(題詞)は、筑紫館で詠んだ歌が3つの詞書(題詞)に分かれているが、後は船を泊めた(宿泊した地)であろう港単位になっています。

③ このため、各詞書単位に、その歌群で整合が取れている歌であればそれでよい、と理解できます。

 なお、筑紫館とは、外来の客や朝廷の公使専用に大宰府が管理している宿泊所兼接待所です。

 

3.類似歌の検討その2 現代語訳の例

① 諸氏の現代語訳の例を示します。

     「風と共に寄せてくる波に、魚を捕っている海人娘人たちの裳の裾が濡れてしまった。」(阿蘇氏)

     「風と共に寄せて来る波に、漁をする海人をとめ達の、裳の裾がぬれた。」(土屋氏)

② 阿蘇氏は、「この歌は、安易に海人娘人と裳の裾を結びつけて海浜の旅の歌としたのであろう。観念的につくられた歌である。地名も読み込まれていない。」と指摘しています。

③ 土屋氏は、「天平八年の遣新羅使人等の歌145首のうち作者を注で示していない103首は、145首をまとめて後記した者の作か」と指摘し、作者名の記載方法からみて「小判官(という役職)以下の録事程度の(職にいる)者か」と推測しています。その作風は「概して極めて拙劣なること、枕詞などほとんど乱用とみられるものがある」と評しています(『萬葉集私注』巻十五冒頭部分)。

遣新羅使のトップは、大使です。以下、副使、大判官、小判官の職にいる者は作者名としてその役職名の記載となっています。103首の作者を、仮に「未詳の作者」と呼ぶこととします。なお、「未詳の作者」は複数であるとする諸氏もいます。

 

4.類似歌の検討その3 現代語訳を試みると

① 各句単位に、検討を始めます。

初句「かぜのむた」という語句は、『萬葉集』に、いくつかあります(付記1.①参照)。「むた」は、「と共に」の意です。

② 三句「いざりする」の「いざり」とは、「漁り(平安時代以後「いさり」と読む)、漁をすること」を指す(『例解古語辞典』)とありますが、 『萬葉集』での用例より、類似歌における意味を確認します。

句頭に「いざり(する)」あるいは句頭に「あまのいざり」とある『萬葉集』歌は、15首ありました(付記1.②参照)。それらの歌における「いざり(する)」の意を整理すると、次の表になります。歌番号が赤色は、巻十五の遣新羅使群の歌(3600~3744)中の歌です。

 

表 句頭に「いざり(する)」あるいは句頭に「あまのいざり」とある『萬葉集』歌における「いざり(する)」

の意味区分(対象歌数計15首 2018/7/2  現在)

意味区分

 歌番号

計(首)

A あま(海人)が舟に乗り 「いざりする」

 258  944  3188  3629 3631  3645  3675  3686  4384

  9

B 舟に乗り 「いざりする」あま(海人)を 貧弱な衣服の者に例える

 253イ 

  1

C 「いざり」は夜の漁における集魚灯

3694 3918

  2

D あまをとめ(海人の少女)が 舟に乗り「いざりする」

3649

  1

E あまをとめ(海人の少女)が 「いざりする」

3683 3683イ

  2

注1)歌番号は、『新編国歌大観』第2巻記載の『萬葉集』の歌に付されている歌番号

注2)赤色の歌番号は、巻十五の遣新羅使群の歌(3600~3744)中の歌

③ この表から、「あまをとめ」の作業であると限定する意味区分DEを除くと、「いざり(する)」とは、「海に出て(舟に乗って)漁をする。集魚灯を用いた夜間の漁もある。」意である、と言えます。さらに、夜間の漁における集魚用の灯り即ち「漁り火」の略か、とも言えます。

意味区分DEは、巻十五の遣新羅使群の歌(3600~3744)中の歌の用例しかありません。この類似歌(2-1-3683)も該当します。「あまをとめ」が「いざりする」と詠う歌は、2-1-3683歌の四句と五句の異伝歌が、2-1-3683歌イであるので、実質は、『萬葉集』において2例のみです。

また、巻十五の遣新羅使群の歌(3600~3744)中の歌が用例中の過半を占めていますが、いずれも土屋氏が作風について一言している「未詳の作者」の詠です。

④ 「あま(の)をとめ」の用例も『萬葉集』に多数ありますので、「あま(の)をとめ」がどのような意味(仕事)をしていると詠われているかを確認し、表の意味区分DEの意味するところを推測してみたい、と思います。

萬葉集』で句頭に、「あま(の)をとめ・・」とある歌は、22首あります(付記2.参照)。その歌の現代語訳を試み、「あま(の)をとめ」はどのような作業(仕事)をして(しようとして)いるかを、作業区分とその作業の行われる場所別に見ると、次の表のようになります。歌番号が赤色は、巻十五の遣新羅使群の歌(3600~3744)中の歌です。

表 『萬葉集』で句頭に、「あま(の)をとめ・・」とある歌の分類  (2018/7/2  現在)

作業区分

歌番号

作業例数

作業場所

イ)もしほやく

5   369   940① 

  3

ロ)浜で(玉)藻かる  

又は940② 又は941 1730  

  3

ハ)舟に乗り(玉)藻かる

又は940② 又は941  1156  3660  3912 

  5

海上

ニ)舟に乗り 集魚灯の番をする

3918

  1

海上

ホ)舟に乗り 玉を求める

1008

  1

海上

ヘ)上記以外で船にのる(作業不明)

935  1067  3663

  3

海上

ト)浜で 浜菜を摘む

3257

  1

チ)海中で 貝をとる

3098

  1

 海上

リ)舟に乗り 「いざりする」

3649

  1

 海上

ヌ)「いざりする」

3683 3683イ

  2

保留

ル)「あさりする」

1190

  1

ヲ) (作業に関係なく)天つをとめ

 869

  1

対象外

ワ)作業不明

1206  

  1

岩場(浜)

カ)作業不明

3619

  1

 海上

合計

(該当歌数は22首)

 

 25

浜と岩場 9例

海上 13例

対象外 1例

保留 2例

注1)歌番号は、『新編国歌大観』第2巻『萬葉集』に付されている歌番号。

注2)歌番号のあとの①,②は、その歌において作業が二つ詠われていることによる。

注3)「又は+歌番号」は、その作業の可能性があり、浜(あるいは岩場)か、海上に絞れない作業を詠う歌、の意である。

注4)赤色の歌番号は、『萬葉集』巻十五の遣新羅使一行の歌(3600~3744)である。

注5)作業場所は、浜(あるいは岩場)、海上、対象外、保留の4区分とした。対象外とは、海人の少女の意ではない「あまをとめ」という表現の歌を指す。保留は、本文で検討を別途加える予定。

⑤ 作業は14種に別けざるを得ませんでした。そのうち、表のイ)~ホ)及びト)とチ)の7種の作業(仕事)が「あま(の)をとめ」の主たる作業(仕事)ということがはっきりしました。このほかチ)の作業から類推すると、岩場などでの貝とり。海苔とりなどが考えられます。

舟に乗り作業(仕事)をしているのは、ハ)(舟に乗り(玉)藻かる)か、ニ)(舟に乗り集魚灯の番をする)、ホ)(舟に乗り 玉を求める)、チ)海中で 貝をとる)です。

⑥ その他の作業(仕事)について、その主たる作業(仕事)に該当するかどうかを検討します。

 最初に、ヘ)の作業である3例を、その作業(仕事)をほかの作業(仕事)とも比べてみると、

  935歌は、「あまをとめ たななしをぶね こぎづらし」と詠い(付記2.参照)、舟に乗って漕いでいるのは「あまをとめ」だけらしい。

  1067歌は、1073歌と比較すると、「玉藻かる」らしい。

  3663歌は、「かぢのおとするは あまをとめかも」と詠い、935歌と同じようである。

 このことから、舟に乗る作業(仕事)で一番可能性が高いのはハ)の作業となります。

⑦ 次にリ)の作業は、7種の作業(仕事)より選べば、海人とともにする作業ではない舟に乗った作業で且つ昼間であるハ)となります。ホ)やヘ)の可能性もあります。

次にヌ)の作業は、その該当歌によれば、浜に寄せ来る波と強い風のなかでの作業なので、舟に乗っていない可能性が強いので、7種の作業(仕事)より選べば、ロ)(浜で(玉)藻かる)となります。風の強い中で出航したら海人も「あま(の)をとめ」も衣を濡らしているはずであり、「あま(の)をとめ」だけ注目するならば、浜で(海人の作業ではないと思われる)作業に従事してして者と推定するのが自然に思えます。さらに、ト)や岩場での貝とりもあり得ます。

⑧ 次にル)の作業は、「あさりする」意が、句頭に「あさりする」とある『萬葉集』歌(付記1.③参照 但し2-1-1190歌を除く)と、三代集の歌(4首ある。付記3.①参照)によれば、

     魚や貝や海草を捜し求めている。

     鶴などが餌をさがして歩いている。

     漁を生業とする者(の家)は貧しいので、貧民を形容する語。

     浜で貝を拾い集めている。

という意で用いられているので、ル)の作業をしている2-1-1190歌では、ロ)又は岩場での貝とりか、と思われます。

⑨ 次にヲ)の作業は、今検討している「海人の少女」とは別の概念の「あまをとめ(天女)」です。

⑩ 次にワ)の作業は、チ)に近い作業を岩場で行っているのではないか。ル)の作業と重なると思われる。又、カ)の作業は、昼間の海上での作業であるので、ハ)の作業ではないか、と推測できます。

以上の検討より、上記の意味区分D(あまをとめ(海人の少女)が 舟に乗り「いざりする」)は、海人とともにする作業ではない舟に乗った作業であるハ)が有力です。「未詳の作者」が安易に海上の「あまをとめ」を描写するならば、ハ)ではないでしょうか。藻をとる場面は浜と海上を通じて一番ん多く詠まれています。

⑪ また、上記の意味区分E(あまをとめ(海人の少女)が 「いざりする」)は、ロ)(浜で(玉)藻かる)やト)や岩場での貝とりの類の作業ということになります。

つまり、この類似歌の三句「いざりする」という語句を、「未詳の作者」は、海で魚類を釣る意という理解ではなく、海草や貝類などを採取する行為に対して拡大適用したのではないか、と思われます。

⑫ 類似歌の現代語訳を試みると、つぎのとおり。

 「風と共に寄せて来る波によって、浜で玉藻を採取している海人の娘達の衣の裾は濡れてしまったよ。」  

⑬ この(試案)は、一つの詞書のもとにおける9首のうちの一首として独自性がなければなりません。

海辺望月作歌九首(3681~3689)は、次のとおりです。

各歌について、「海辺」と「望月」との関連を判断し、該当すれば◯、否であれば×を、歌の次の()に、記しました。

2-1-3681歌  あきかぜは ひにけにふきぬ わぎもこは いつとかわれを いはひまつらむ

      大使之第二男   (海× 月◯:歳月)

2-1-3682歌  かむさぶる あらつのさきに よするなみ まなくやいもに こひわたるなむ 

土師稲生      (海◯:地名 月◯:歳月)

2-1-3683歌  かぜのむた ・・・(類似歌)   以下左注無しなので作者は、「未詳の作者」

       (海◯:裾濡れる 月◯:明け方の月)

2-1-3684歌  あまのはら ふりさけみれば よぞふけにける よしゑやよし ひとりぬるよは あけばあけぬとも  旋頭歌   (海× 月◯:ふりあおぐ

2-1-3685歌  わたつみの おきつなはのり くるときと いもがまつらむ つきはへにつつ

       (海◯:おきつなはのり 月◯:歳月)

2-1-3686歌 歌は割愛 (海◯:梶の音 月◯:明け方の月)

2-1-3687歌 歌は割愛 (海◯:雁がね 月◯:明け方の月)

2-1-3688歌 歌は割愛 (海× 月◯:歳月)

2-1-3689歌 歌は割愛 (海× 月◯:歳月)

9首は、妻を思うものが多く、望月は、月そのものか月の満ち引きから歳月も含まれるものとしてみれば詞書(海辺望月作歌)を満しているかにみえます。そのなかで、類似歌は、この9首のなかで独自性がある、といえます。上記の(試案)は妥当です。

 

5.3-4-21歌の詞書の検討

① 3-4-21歌を、まず詞書から検討します。

 「ものよりきて」という表現が3-4-1歌(ブログ2018/1/29)の詞書にありました。ここではその反対で、「ものへゆく」であります。「任務地へ行く・京を離れ地方に行く」、の意です。

③ 詞書にある「あさりするもの」は、「あさりするをとめ(少女)」という表現ではないので、「あさりする何物か」という意であり、「海人の少女」に限らず大人や子供やツルやその他もあり得る表現です。「もの」とは、個別の事情を直接明示しないで一般化して言う語(『例解古語辞典』)です。

④ 「あさりする」とは、『萬葉集』の用例では、採る意より、探す意が強い。「海浜か岩場で何かを求め作業している」意となります。また、三代集での用例(付記3.参照)は、4首しかありませんが、『萬葉集』の用例と同じ意です。

⑤ 「あさりするものどものあるをみて」における「ある」とは、「生る」(生まれる、出現する)、の意です。

 即ち、「(何かが)あさりするという状態にみえるところのもの(が出現したの)を、作者は認識したので、」という意となります。

⑥ 詞書の現代語訳を試みると、つぎのとおり。

「任国へゆく途中、海辺近くを見みると、風が大層吹いている中で何かをさがしている者たちがいるかにみえる光景を見て(詠んだ歌) 」

6.3-4-21歌の現代語訳を試みると

① 初句「風をいたみ」とは、名詞「風」+格助詞「を」+形容詞「甚し」の語幹+接尾語「み」であり、「風がはなはだしいので」、という意となります、

② 三句「あさりする」は、詞書にある「あさりする」と同じ意です。ここでは、四句の意に沿い理解する必要があります。

③ 四句「あまをとめごが」は、「天つをとめ児が」であり、2-1-869歌にある「とこよのくにの あまをとめ」に接尾語の「子・児」を添えた形です。歌語の「天つ少女」です。

2-1-869歌   和松浦仙媛歌一首      吉田宜

   きみをまつ まつらのうらの をとめらは とこよのくにの あまをとめかも

    (伎弥乎麻都 麻都良乃于良能  越等米良波 等己与能久尓能 阿麻越等売可忘)

 この歌は、大宰府大伴旅人から「梅花歌三十二首と松浦の河に遊ぶの序及び歌」を贈られた京に居る吉田宜の、返書中にある歌のひとつであり、松浦の浦に待つ少女らは、常世の国の天女かも、と詠う歌です。

④ 詞書と初句から、この日の天候は、「海人の少女」たちが浜や海中で作業(仕事)に適していない状況が推察できます。

⑤ 詞書に留意して、現代語訳を試みると、つぎのとおり。

「強い風があるので、寄せてはかえす波で、海辺で何か探し物をしている天女たちの裳の裾が濡れてしまっているよ。」

岩場か海に臨む崖に、強い風にあおられた大波が砕け散る様子を、天女の裳裾に見立てたのではないでしょうか。

7.この歌と類似歌とのちがい

① 詞書の内容が違います。この歌3-4-21歌は、具体に詠うきっかけの状況を説明し、類似歌2-1-3683歌は題詠の題を示しています。

② 初句が異なります。この歌は、二句以下の原因を示し、類似歌は、二句以下と同時並行の現象を指しています。

③ 三句の語句が異なります。この歌は、「あさりする」、類似歌は、「いざりする」です。しかしながら、類似歌は、「いざりする」意を拡張して用い、「あさりする」意で用いていますので、実質は同じ意です。

④ 四句の意が異なります。この歌の「あまをとめごが」は「天女が」、の意であり、類似歌の「あまをとめらが」は、「海人(の)少女達が」、の意です。

⑤ この結果、この歌は、強い風による自然の営みを天女の動きに例えて詠い、類似歌2-1-3683歌は、風のなかであっても働いている海人の少女を詠っています。

⑥ この歌の作者は、天女を指す「あまをとめ」の先例である2-1-869歌と類似歌2-1-3683歌を承知している、と断言できます。

⑦ さて、『猿丸集』の次の歌は、つぎのような歌です。

3-4-22歌  おやどものせいしける女に、しのびて物いひけるをききつけて、女をとりこめていみじういふとききけるに、よみてやる

       ちりひじのかずにもあらぬわれゆゑにおもひわぶらんいもがかなしさ

3-4-22歌の類似歌 類似歌は2-1-3749:右四首中臣朝臣宅守上道作歌(3749~3752)

ちりひじの かずにもあらぬ われゆゑに おもひふわぶらむ いもがかなしさ

 この二つの歌も、趣旨が違う歌です。 

⑤ ご覧いただきありがとうございます。

次回は、上記の歌を中心に記します。

2018/7/2   上村 朋)

付記1.『萬葉集』において、句頭に「かぜのむた」、「いざり(する)」、「あまのいざり」、「あさり(する)」とある歌 

① 「かぜのむた」と表現する歌は、4首あり、次のとおり。

 2-1-199歌 2-1-1842歌 2-1-3192歌 2-1-3683歌(この類似歌)

② 句頭に「いざり(する)」、「あまのいざり」とある歌は、すべてで15首あり、次のとおり。

下線部分は、「いざりする」という語句と「いざりする者」を示す語句である。歌の次の()内は私のその現代語訳(試案)以下同じ。歌番号が赤の歌は、巻十五の類似歌と同じ詞書中にある歌であり、15首中9首ある。

 

2-1-253イ 歌  しろたへの ふじえのうらに いざりする あまとかみらむ たびゆくわれを  雑歌

           ((くたびれた衣服を着ている官人の我を、藤江の浦の海で)ちょうどいま漁をしている

最中であるそれを生業とする者と)

2-1-258歌  むこのうみ ふなにはならし いざりする あまのつりぶね なみのうへみゆ

         ((昼間か夜か分からないが)それを生業とする者が乗り漁をしている最中である釣り船)

2-1-944歌   おきつなみ へなみしづけみ いざりすと ふじえのうらに ふねぞさわける

            ((それを生業とする者とその家族が、舟をだして)漁をするのだと)

2-1-3188歌  いざりする あまのかぢおと ゆくらかに いもはこころに のりにしものを

            ((昼間か夜か分からないが)舟で漁をしている最中であるそれを生業とする者)

2-1-3629  しろたへの ふじえのうらに いざりする あまとやみらむ たびゆくわれを

           (それを生業とする者が漁をしている最中である  2-1-253またはそのイの引用歌)

2-1-3631  むこのうみ にはよくあらし いざりする あまのつりぶね なみのうへみゆ 

          ((昼間か夜か分からないが)それを生業とする者が漁をしている最中であるところの(乗っている釣舟)      2-1-257歌の改作)

2-1-3645  やまのはに つきかたぶけば いざりする あまのともしび おきになづさふ

            ((月が西空にかかる夜明けに)それを生業とする者が漁をしている最中(の漁火))

2-1-3649 ・・・わたつみの おきへをみれば いざりする あまのをとめは をぶねのり

 つららにうけり ・・・

 (漁を生業とする者の子女は、今漁をしている最中であるが(、各々小舟に乗って連なり

浮かぶ) 

2-1-3675   しかのうらに いざりするあま いへびとの まちこふらむに あかしつるうを

            (夜を徹して灯火を用いての漁をしている最中であるそれを生業とする者)

2-1-3683 (この類似歌)  かぜのむた よせくるなみに いざりする あまをとめらが ものすそぬれぬ 

            (保留  本文参照)

2-1-3683歌イ  かぜのむた よせくるなみに いざりする あまのをとめが ものすそぬれぬ

            (三句に異同がない3683歌の異伝歌である)

2-1-3686   しかのうらに いざりするあま あけくれば うらみこぐらし かじのおときこゆ

            (夜明け前に灯火を用いて漁をしている最中であるそれを生業とする者)

2-1-3694   ひさかたの つきはてりたり いとまなく あまのいざりは ともしあへりみゆ 

 (舟に乗って漁をする(それを生業とする)人々の漁り火は海上にちらちら瞬き

あっている)

2-1-3918歌   あまをとめ いざりたくひの おぼほしく つののまつばら おもほゆるかも

            (漁を生業とする者の少女が漁のため(集魚用に)舟のなかで焚く火)

2-1-4384歌   ・・・ あまをぶね はららにうきて おほみけに つかへまつると をちこちに 

いざりつりけり ・・・   

  (漁を生業とする者の使う舟(に乗り、漕ぎだし)、(それが海上のあちこちで)

集魚用の火を舟のなかで焚いて魚を釣っている)

 

③句頭に「あさり(する)」とある歌の例を示す。下線部分は、「あさりする」という語句と「あさりする者」を示す語句である。歌番号が赤の歌は、巻十五の類似歌と同じ詞書中にある歌(すべてを示した)。

2-1-857歌   あさりする あまのこどもと ひとはいへど みるにしらえぬ うまひとのこと

            (魚介類などを探し求めているような魚とりを生業とする者の子供(ではなく貴人

の子と知っている)< 旅人の創作。「遊於松浦河序」のある歌のひとつ>)

2-1-1169歌   ゆふなぎに あさりするたづ しほみてば おきなみたかみ おのづまよばふ

            (餌をあさっている鶴)

2-1-1171歌   あさりすと いそにわがみし なのりそを いづれのしまの あまかかりけむ

            (採ろうと思って磯で見た海草ホンダワラを 漁を生業とする者が)

2-1-1190歌   あさりする あまをとめらが そでとほり ぬれにしころも ほせどかわかず

            ((魚を釣るのではなく)海草などを採っている最中の漁を生業とする者の少女たちが)

2-1-1208歌   くろうしのうみ くれなひにほふ ももしきの おほみやひとし あさりすらしも

            (行幸先の和歌山の黒江湾の浜にでて、装った女官が貝拾いをしているらしい)

2-1-1217歌   あさりすと いそにすむたづ あけされば はまかぜさむみ おのづまよぶも

            (餌をあさっては磯に住んでいる鶴)

2-1-1731歌   あさりする ひととをみませ くさまくら たびゆくひとに わがなはのらじ

            (魚介類などを探し求めているような魚とりを生業とする者即ち賤しい身分の者

と(私をみなしてください))

2-1-3105歌   かもすらも おのがつまどち あさりして おくるるあひだに こふといふものを

            (鴨が餌を求めて)

2-1-3620   ぬばたまの よはあけぬらし たまのうらに あさりするたづ なきわたるなり

(餌をあさっている鶴)

2-1-4058歌   なごのうみに しほのはやひば あさりしに いでむとたづは いまぞなくなる

            (餌を採りに鶴が)

2-1-4384歌   ・・・ あまをぶね はららにうきて おほみけに つかへまつると  をちこちに 

いざりつりけり そきだくも ・・・  (上記②に記載)

付記2.『萬葉集』における、句頭に「あま(の)をとめ」とある歌(全部で22首)

下線部分は、「あま(の)をとめ」という語句を示す。歌の次の()内は私のその現代語訳(試案)。歌番号が赤の歌は、巻十五の類似歌と同じ詞書中にある歌。

なお、 現代語訳(試案)における「海人」とは、漁をするのを生業とする者、の意である。

 

2-1-5歌 ・・・ たづきをしらに あみのうらの あまをとめらが やくしほの おもひぞやくる あがしたごころ

            (網の浦の海人の少女たちが焼く塩(のように))

2-1-369歌 ・・・ ますらをの たゆひがうらに あまをとめ しほやくけぶり ・・・ 

            (勇猛な男子が手に結う、手結いではないが 手結いの浦で、海人少女たちの塩を

焼く煙が(みえる))

2-1-869歌   和松浦仙媛歌一首      吉田宜

   きみをまつ まつらのうらの をとめらは とこよのくにの あまをとめかも

    (伎弥乎麻都 麻都良乃于良能  越等米良波 等己与能久尓能 阿麻越等売可忘)

             (旅人の「梅花歌三十二首と松浦の河に遊ぶの序及び歌を贈られた吉田宜の返書

中にある歌のひとつ。 松浦の浦に待つ少女らは、常世の国の天女かも)

2-1-935歌 あまをとめ たななしをぶね こぎづらし たびのやどりに かぢのおときこゆ

             (海人の少女が棚なし小舟を漕ぎだしたらしい)

2-1-940歌 三年丙寅秋九月十五日、幸二播摩国印南野一時、笠朝臣金村作歌一首 幷短歌

・・・ まつほのうらに あさなぎに たまもかりつつ ゆふなぎに もしほやきつつ あまをとめ 

ありとはきけど ・・・

             (淡路島の松帆の浦では、朝凪には(浜か海中で)玉藻を刈り、夕凪には藻塩を焼く

のを習いとしている、海人の少女がいると聞いているが)

2-1-941歌  たまもかる あまをとめども みにゆかむ ふねかぢもがも なみたかくとも

            (940歌の反歌であり、淡路島の松帆の浦で玉藻(海中にある藻か)を刈っている海

人の少女たち )  

2-1-1008歌  築後守外従五位下葛井連大成遥見海人釣船作歌一首

   あまをとめ たまもとむらし おきつなみ かしこきうみに ふなでせりみゆ

                 (海人の少女は、真珠を求めるらしく 危険な海に船出した)

2-1-1067歌 ありがよふ なにはのみやは うみちかみ あまをとめらが のれるふねみゆ

            (海人の少女が乗っている舟)

2-1-1156歌  かぢのおとぞ ほのかにすなる あまをとめ おきつもかりに 舟だすらしも

            (海人の少女は、昼間に舟に乗って海草を刈りにゆく)

2-1-1190  あさりする あまをとめらが そでとほり ぬれにしころも ほせどかわかず

(上記の付記1.③より転載「(魚を釣るのではなく)海草などを採っている最中の漁を生

業とする者の少女たちが」)

2-1-1206歌   しほみたば いかにせむとか わたつみの かみがてわたる あまをとめども

            (岩場を渡りあるき作業している海人の少女たち)

2-1-1730歌   なにはがた しほひにいでて たまもかる あまをとめども ながなのらさね

            (干潮のとき(徒歩で)玉藻を刈る海人の少女)

2-1-3098歌 あまをとめ かづきとるといふ わすれがひ よにもわすれじ いもがすがたは

            (海人の少女が海に潜って採るという忘れ貝 忘れ貝は通常二枚貝をいう。潜って

採るとすると一枚貝のアワビを言うか)

2-1-3257歌 ・・・ あごのうみの ありそのうへに はまなつむ あまをとめらが うなげるひれも てるがに てにまける ・・・ 

            (海浜に生えている菜を(食料にと)摘む海人の少女ら  

◯海草は「刈る」 ◯砂地の野菜に、ハマダイコン ハマノボウ ツルナ アシタバ 

ハマエンドウ 岩場の野菜に、ホソバワダン(沖縄で言うニガナ)など有り)

2-1-3619   わたつみの おきつしらなみ たちくらし あまをとめども しまがくるみゆ

            ((仕事で浜か岩場にきていたか舟に乗っていたかわからないが)海女の少女が

島に退避した(海又は浜から見えなくなっしまった。

◯しまがくるとは、「歌語であり、島の陰に隠れて見えなくなる」意。)

2-1-3649   わたつみの おきへをみれば いざりする あまのをとめは をぶねのり

 つららにうけり ・・・

      (上記の付記1.③より転載「漁を生業とする者の子女は、今漁をしている最中であるが、

各々小舟に乗って連なり浮かぶ」)   

2-1-3660 これやこの なにおふなるとの うづしほに たまもかるとふ あまをとめども

             (渦潮を恐れもぜず渦の近くで海草を刈るという海人の少女)

2-1-3663 あかときの いへごひしきに うらみより かぢのおとするは あまをとめかも

             (舟に乗っている海人の少女かも)

2-1-3683 (この類似歌) かぜのむた よせくるなみに いざりする あまをとめらが ものすそぬれぬ  (保留、本文参照)

2-1-3683イ歌 海辺望月作歌九首(3681~3689)  よみ人しらず 

    かぜのむた よせくるなみに いざりする あまのをとめが ものすそぬれぬ 

                (同上)

2-1-3912歌 わがせこを あがまつばらよ みわたせば あまをとめども たまもかるみゆ

             (松原から見ると海人の少女が(海にでて)玉藻を刈っている)

 

2-1-3918歌   あまをとめ いざりたくひの おぼほしく つののまつばら おもほゆるかも

(上記付記1.②より転載「漁を生業とする者の少女が漁のため(集魚用に)舟のなかで焚く火)

  

⑤ 参考歌(漁として網引きを詠う歌)

2-1-1191歌   あびきする(万葉仮名「網引為」) あまとがみらむ あくのうらで きよきありそを みいこしあれを

付記3.三代集における、表現「いさり(する)」、「あさり(する)」の例歌

下線部分は、「いざりする」という語句と「あさり」を示す語句である。歌の次の()内は私のその現代語訳(試案)。

①句頭に「あさり(する等)」と表現している歌

1-2-941歌 いとしのびてまうできたりけるをとこを、せいしける人ありけり、ののしりければ、かへりまかりてつかはしける     よみ人しらず

   あさりする時ぞわびしき人しらずなにはの浦にすまふわが身は

      (漁を生業とする者の行う漁をする(時))→古今雑下「われをきみ・・・」を踏まえる歌

1-2-758歌 心さしありていひかはしける女のもとより、人かずならぬやうにいひて侍りければ 

はせをの朝臣

   しほのまにあさりするあまもおのが世世かひ有りとこそ思ふべらなれ

      ((干満を利用し)貝などを採ることを生業とする者も)

1-3-21歌 題しらず   大伴家持

   春ののにあさるきぎすのつまごひにおのがありかを人にしれつつ

      (餌を探し求めている雉)

1-3-1020歌 ひとに物いふとききてとはざりけるをとこのもとに   中宮内侍

   かすがののをぎのやけはらあさるとも見えぬなきなをおほすなるかな

      (餌などを探すように探し回っても)

②句頭に「いさり(する等)」と表現している歌

1-1-961歌 おきのくににながされて侍りける時よめる    たかむらの朝臣

   思ひきやひなのわかれにおとろへてあまのなはたきいさりせむとは

      (漁師の釣縄を手繰り、魚を獲ろうとは)

1-3-400歌 そやしまめ   高岳相如   (巻七 物名にある)

   いさりせしあまのをしへしいづくぞやしまめぐるとてありといひしは

      (漁を(そのとき)していたという海人)

1-3-752歌 題しらず    よみ人しらず

   しかのあまのつりにともせるいさり火のほのかにいもを見るよしもがな

      (筑前の志賀にいる海人が舟で釣をするとき(集魚用に)ともす漁火)

1-3-968歌 題しらず    坂上郎女

   しかのあまのつりにともせるいさり火のほのかに人を見るよしもがな

      (1-3-752に同じ)

1-2-681歌 しのびてあひわたり侍りける人に    藤原忠国

   いさり火のよるはほのかにかくしつつ有りへばこひのしたにけぬべし

      (漁火が)

付記終り 2018/7/2  上村 朋)

 

わかたんかこれ 猿丸集第19歌20歌 たまだすき

前回(2018/6/18)、 「猿丸集第18歌 こぞもことしも」と題して記しました。

今回、「猿丸集第1920歌 たまだすき」と題して、記します。(上村 朋)

 追記:2021/6/14:3-4-19歌の五句にある「かも」を「かな」と誤って記述していたので修正します。また、19歌の「たまだすき」の検討によりさらに19歌の理解が深まったので、それを2021/6/14付けブログに、記しています。ご覧ください。(以上)

 

. 『猿丸集』の第19 3-4-19歌とその類似歌

① 『猿丸集』の19番目の歌と、諸氏が指摘するその類似歌を、『新編国歌大観』より引用します。

3-4-19歌  おやどものせいするをり、物いふをききつけて女をとりこめていみじきを

    たまだすきかけねばくるしかけたればつけて見まくのほしき君かな

 

3-4-19歌の類似歌 2-1-3005歌。 寄物陳思 よみ人しらず 

    たまたすき かけねばくるし かけたれば つぎて見まくの ほしききみかも 

 

② 清濁抜きの平仮名表記をすると、四句と五句の各の一文字と、詞書が、異なります。

③ これらの歌も、趣旨が違う歌です。初句の意味するところが違います。

④ 『猿丸集』の次の歌3-4-20歌も、同じ詞書における歌ですので、あわせて検討します。

歌とその類似歌は、下記の8.に記します。

 

2.類似歌の検討その1 配列と現代語訳の例

① 現代語訳を諸氏が示している類似歌を、先に検討します。

最初に、その巻における配列からの特徴を確認します。

類似歌(2-1-3005歌)は 『萬葉集』巻第十二 古今相聞往来歌類之下 にある「寄物陳思」歌の歌です。「寄物陳思」の歌群は、二つに分れて記載されており、3-4-13歌の類似歌(2-1-2998歌)と同様にこの歌はその二つ目にある、よみ人しらずの「たすき」に寄せる歌です。

この歌の前後の歌は、「寄物」によって配列されており、2-1-2998歌も含まれるゆみ5首以下をみると、たたり1首、繭1首につづき、たすき1首(類似歌)、かづら2首、畳こも1首、木綿1首(まそ鏡から木綿までは器材に寄せた歌といえる)、舟1首、田2首、月8首、・・・と続きます。「陳思」の「思ひ」は恋ですが、前後の歌に対と見做せる歌もなく、独自の「寄物」による歌として、配列されている、とみることができます。 

② 諸氏の現代語訳の例を示します。

     玉だすきを肩に掛ける、その掛けるではないが、心に掛けないのは苦しい。といって心に掛けると、引き続きお逢いしたいと思うあなたですよ。」(阿蘇氏)

     「タマダスキ(枕詞)心に掛けなければ苦しい。又掛けて居れば、それにつづけて見たく願はれる妹であるかな。」(土屋氏)

 土屋氏は、「枕詞だけで「寄物」になって居る」と指摘しています。

 両氏とも、二句「かけねばくるし」と三句以下とが対句であるとして、動詞「かく」は共通であり、三句「かけたれば」の「たれ」が完了の助動詞「たり」の已然形であることから、動詞「かく」は、連用形が「かけ」となる下二段活用の「掛く」(かける・ひっかける、情けなどをかけるなどの意)として理解しています。

 このため、二句「かけねばくるし」は、下二段活用の動詞「掛く」の未然形+打消しの助動詞「ず」の已然形+動詞「苦し」の終止形、となります。心に掛ける場合と掛けない場合を比較している歌という理解です。

なお、下二段活用の「かく」という動詞は、このほか「欠く」(不足する、欠ける)や「駆く」もありますが、初句「たまたすき」が「玉襷」の意であれば、これにつながる語は、「掛く」が一番適切です。 

また、五句の助詞「かも」は、体言や体言に準ずる語句に付いて、詠嘆をこめて疑問文をつくる意と、感動文をつくる意がある終助詞です。このような異なる意をもつ語句を同音異義の語句ともいうこととします。阿蘇氏と土屋氏の訳は詠嘆をこめた疑問文でしょうか。感動の意を示しています。

③ 『萬葉集』における清濁抜きの平仮名表記の「たまたすき」は、15首あり、すべて「たまたすき」と発音されています。三代集では、『古今和歌集』の1首(1-1-1037歌)のみであり、「たまだすき」と発音されていたと思われます。(付記1.参照。また、土屋氏の指摘する「枕詞だけで「寄物」になって居る」については検討を要し、その後『萬葉集』の15首は見直しましたので2021/5/24付けブログを御覧ください。)

 

3.類似歌の検討その2 現代語訳を試みると

① 当時は、言霊信仰から、本名は人に教えないもの(神との関係で悪用されて身に及ぶことがないように)でした。そのため、口にするのもはばかっていたので、「心に思う」という語句に誰それという対象をあわせて表現するのを避けている、という説明が諸氏にあります。この歌が、土屋氏の言う民謡に相当するのであれば、言霊信仰をしっかり意識した歌という理解でなくともよい、と思います。

② 現代語訳は、土屋氏の訳を採ることとします。

 

4.3-4-19歌の詞書の検討

① 3-4-19 歌を、まず詞書から検討します。

 「親ども」とは、親を代表として係累の者たち、の意です。親とその女の兄弟だけではありません。当時、貴族(官人)の子女の結婚は、氏族同士の結びつきと同義の時代です。

③ 「せいす」とは、同音異義の語句の一つです。動詞「制す」の連体形であり、その意は、「(おもに口頭で)制止する」のほか、「決める・決定する」、の意もあります。「征す」の意もあります。(この項修正)

④ 「ものいふを」の「もの」とは、名詞であり、個別の事情を、直接明示しないで、一般化して言うことばです。「ものいふ」とは、連語で、「口に出して言う。口をきく」のほかに、「気のきいたこと、秀逸なことを言う。(異性に)情を通わせる。(男女が)ねんごろにする。」の意がある同音異義の語句です(『例解古語辞典』)

ここでは、口頭の注意に対して抗弁した際に「気のきいたこと、秀逸なことを言った」ということを指しています。

⑤ 「とりこむ」とは、押しこめる・とり囲む、の意です。

⑥ 「いみじきを」における形容詞「いみじ」は、「はなはだしい、並々でない、すばらしい、ひどく立派だ」、 などの意があります。

⑦ これらから、詞書の現代語訳を試みると、つぎのとおり。

「親や兄弟たちが、口頭で注意をした折、気のきいたことを言うのを(親や兄弟が)聞き、その娘を取り囲みほめた(歌)を(ここに書き出すと)」 (2018/6/25時点の理解に同じ)

  

5.3-4-19歌の各句の検討(2018/6/25付けの文を全て以下のように2021/6/16訂正します)

① 初句より順に検討します。その後現代語訳を試みます。

初句は、「たまだすき」という表現です。『萬葉集』での例では、類似歌をはじめすべての歌が「たまたすき」と表現され発音されています(付記1.参照)。

初句「たまだすき」が、類似歌と異なる意であると想定すると、初句の意が異なる、つまりこの歌においては枕詞として「たまだすき」を機能させていない、ということが十分で考えられます。検討の結果、該当する文言がありました。同音意義の語句でした。

② 初句「たまだすき」は、

接頭語「玉」+名詞「攤(だ)」+(省略されている)助詞「は」+動詞「好く」の連用形

(+省略されている「なるものなり」)

であり、人と賭け事の基本的な関係を言っているかにみえます。但し、主語に触れていませんので、人たるもの誰でも好きですという趣旨なのか、特に作者自身が好きということなのか、詞書と初句だけでは定かでありません。

③ 名詞「攤(だ)」とは、賽(さいころ)を投げて、出る目の数によって勝負する賭け事遊びを指します。双六から盤面を除いたさいころだけの賭け事のようです。これを「攤うつ」といい、『紫式部日記』に「攤うちたまふ」とみえ、高位の者も打ち興じています。『徒然草』157段に「だ打たん事を思ふ」とあり、『栄花物語』や『大鏡』にもその用語がみえます(付記2.参照)。

賭け事遊びには当時かならず賞品を賭けていました。

また、公家の間で、賽をふる遊びが(その結果の偶然性のゆえに)変化して占の儀式になっていったそうです(『日本史大辞典』)。

④ 動詞「好く」は、「風流の道に心を寄せる。好もしがる。あるいは多情である」、の意です。(『例解古語辞典』)

⑤ 次に、二句「かけねばくるし」と三句「かけたれば」を検討します。「かく」は同音異義の語句です。類似歌と同じように、動詞「かく」がある二句と三句以下とが対句であるならば、動詞「かく」は、連用形が「かけ」となる下二段活用の「掛く」(かける・ひっかける、情けなどをかけるなどの意)と「欠く」(不足する、欠ける)と「駆く」があります。

 二句「かけねばくるし」と三句以下とが対句でなければ、二句と三句「かけ」は、別の意の語をあててもよいかもしれません。

 なお、「かけねばくるし」の「ね」は、打消しの助動詞「ず」の已然形です。(接続助詞「ば」には、活用語の未然形につく場合(助動詞「ず」を除く)と已然形につく場合があります。未然形が「ね」である助動詞は、無く、已然形が「ね」である助動詞は、打消しの助動詞「ず」だけです。)

また、「かけねばくるし」の「ば」は、打消しの助動詞「ず」の已然形を受けているので、順接の仮定条件を示し、「ば」以前の語句が、「ば」以後のことがらの原因理由等となります。三句「かけたれば」の「ば」も已然形についているので、順接の確定条件を示しています。

この歌において、「かく」の対象は、初句を考慮すると賭け事(攤)の禁止か、賭け事(攤)そのものが考えられますので、下二段活用の動詞「かく」のなかの「駆く」は不適切であると言えます。

 このため、動詞「かく」についてまとめると、つぎのとおり。

・二句と三句以下とを対句とみると、両句の「かく」は同一であり、下二段活用の動詞で、類似歌と同様な「掛く」のほか「欠く」がある。

・二句を敷衍して言っているのが三句以下という理解をすると、両句の「かく」は同一ではなくともよい。二句と三句の「かく」の組み合わせには、「掛く」と「欠く」、及び「欠く」と「掛く」がある。

⑥ 次に、四句「つけて見まくの」を検討します。この語句は、動詞「つく」の連用形+助詞「て」+下一段活用の動詞「見る」の未然形+推量の助動詞「む」の未然形+助詞「く」+助詞「の」、です。

 「つく」は、四段活用の動詞で同音異義の語句であり、「突く、衝く、撞く、ぬかづく、漬く・浸く」等のほか、「付く・着く。(近接する・付着する、加わる、身に着ける・決まる・自分のものにする。)」、「就く(従う)」の意もあります。(『例解古語辞典』)

 「見る」も同じく同音異義の語句であり、「視覚に入れる、見る、思う」のほか、「経験する、見定める」などの意もあります。(同上)

⑦ 次に、五句「ほしき君かも」を検討します。この語句は、形容詞「欲し」の連体形+名詞「君」+終助詞「かも」(+詠嘆の助詞「かな」)です。「かも」は類似歌と同じく詠嘆をこめた疑問文でしょうか。

 その意は、「願わしい貴方なのだなあ」あるいは「自分のものにしたい貴方なのだなあ」となります。

 「君」が、名詞ならば、この歌の場合、自分が仕えるべき人としての作者の「親ども」を指すでしょう。

「君」が、代名詞ならば、この歌の場合、作者の「親ども」を指すか、初句に、美称の接頭語をつけて呼んだ「だ」を擬人化して指す、と推測できます。

 

6.3-4-19歌の現代語訳を試みると

① 以上の検討と詞書を踏まえて、現代語訳を試みます。二句「かけねばくるし」と三句の「かけたれば」の「かく」によって整理すると、4案あります。

試案第一として、二句と三句の動詞「かく」は同じであり、「掛く」。二句は「賭け事をしないと苦しい」意。

試案第二として、二句と三句の動詞「かく」は同じであり、「欠く」。二句は「賭け事を欠くのを止める(賭け事を続ける)と苦しい」意。

試案第三として、二句と三句の動詞「かく」は異なり、二句は「欠く」、三句は「掛く」。二句は「賭け事を欠くのを止める(賭け事を続ける)と苦しい」意となり、三句以下は、二句を敷衍する。

試案第四として、二句と三句の動詞「かく」は異なり、二句は「掛く」、三句は「欠く」。二句は「賭け事をしないと苦しい」意となり、三句以下は、二句を敷衍する。

② 試案第一の現代語訳を試みると、つぎのとおり。

 「賭け事の攤は、美称を付けるほど人が好ましく思っているものです(あるいは、私は玉のようにすばらしい攤が大好きです)。それに親しめない(「攤を打つ」ことができない)とすれば私には苦痛です。親しめば、「攤を打つ」ことをつづければ、(その苦しさから逃れるために、なおさら)近寄り身近に接したいと思うものが、親という存在だったのですね。」

③ 五句の「君」は、「親ども」を尊称したものである、と思います。この歌の初句は、賭け事に関して一般論を親どもに示して、二句以降で、苦しみから脱するのがなかなか難しいから親どもに縋りたいと詠った、ということになります。

詠嘆の助詞「かも」「かな」が最後にあるので、親どもに従ったとしても一般論として言うと賭け事を一切止めるのはなかなか難しいのだが、という気持、あるいは、自分の意志の弱さへの不安が、込められているように思います。自分への不安が大きければ、上記試案の初句に関する()書きの理解もあり得ます。

④ 試案第二の現代語訳を試みると、つぎのとおり。

  「賭け事の攤は、・・・人が好ましく思っているものです。それが身の回りから欠けない(「攤を打つ」ことがこれからもできる)となると私には(骰子の目が運任せであるので)苦痛です。それは必然的に続きます。これに対して、(仰せに従って)欠けたという、「攤を打つ」ことができないという状態になれば、(それだけで)益々自分の近くに引き寄せたくなると思うのが、攤というものなのですよ。(攤を打たないでいるのは、それは苦しいと思いますよ。どちらも苦しいなあ。)」

⑤ 五句の「君」は、代名詞であり、「賭け事の攤」が妥当である、と思います。この歌の初句は、賭け事に関して一般論を親どもに示して、二句以降で、賭け事が自分の思いのままの展開とならないのは苦しいが、その魅力を断ちがたいのが常だと詠った、ということになります。初句は、作者個人について述べたという理解よりこのほうがよい。

⑥ 試案第三の現代語訳を試みると、つぎのとおり。

「賭け事の攤は、・・・人が好ましく思っているものです(あるいは、私は・・・攤が大好きです)。それが身の回りから欠けない(「攤を打つ」ことがこれからもできる)となると私には(骰子の目が運任せであるので)苦痛です。それは必然的に続きます。そして(その苦痛が続くのを押しのけて)攤に親しんだら(「攤を打つ」ことをつづければ、その苦しさから逃れるために、なおさら)近寄り身近に接したいと思うのが、親という存在だったのですね。」

⑦ 五句の「君」は、「親ども」をさします。

⑧ 試案第四の現代語訳を試みると、つぎのとおり。

「賭け事の攤は、・・・人が好ましく思っているものです(あるいは、私は・・・攤が大好きです)。それに親しめない(「攤を打つ」ことができない)とすれば私には苦痛です。だから、欠けたという、「攤を打つ」ことができないという状態になれば、それだけで益々自分の近くに引き寄せてやりたくなると思うものが、攤というものなのですね。」

⑨ 五句の君は、賭け事の攤をさします。

⑩ この試案4案はいずれも一首の歌として論理矛盾はありません。そしてみな「親どもが制する」由縁には素直に納得していますが、しかし、どの歌も、攤が魅力あるものであることを肯定しています。(2018/6/25時点の理解に同じ)

では、親どもはこの歌をどの案で理解したのか。この詞書のもとにあるもう1(3-4-20)の検討後に検討したいと思います。

 

7.この歌と類似歌とのちがい

① 現代語訳の試案4案すべてを対象に類似歌と比較をします。

② 詞書の内容が違います。この歌3-4-19歌は、ここに記す事情を述べ、類似歌は、その事情に触れていません。

③ 初句の語句の意が、異なります。この歌3-4-19歌は、「玉攤(だ)好き」と、攤(だ)と人との関係を言い、類似歌2-1-3005歌は、「たま襷(たすき)」で、「(心に)掛ける」の枕詞として作者は用いています。

④ 二句の「かけねば」の動詞「かく」の意が、異なります。この歌3-4-19歌は、攤をうち続けるかあるいはもう止めるかの、意ですが、類似歌2-1-3005歌は、もう心に掛けるのをやめる、の意です。

三句「かけたれば」の動詞「かく」の意も、二句同様です。 

⑤ 四句は、語句だけが、異なります。この歌は、「つけて見まくの」とあり、「身近にみたい・側にいたい」、の意です。類似歌は、「つぎて見まくの」とあり、「絶えず逢いたい」、の意であり、対象に作者が近づきたいのは、両歌とも同じです。

⑥ この結果、この歌は、賭け事の魔性を詠んでいる歌です。これに対して、 類似歌は、早いうちに逢う機会がほしいと訴えている恋の歌となっています。

⑦ 次の歌3-4-20歌(下記7.及び8.に記す)にもこの歌の詞書がかかりますので、ここであわせて検討します。

 

8. 次に 『猿丸集』3-4-20

① 『猿丸集』の次の歌は、つぎのような歌です。

3-4-20歌 (詞書なし)(3-4-19歌に同じ)

ゆふづくよさすやをかべのまつのはのいつともしらぬこひもするかな

 

類似歌は1-1-490:「題しらず  よみ人知らず」  巻第十一 恋歌一

   ゆふづく夜さすやをかべの松のはのいつともわかぬこひもするかな

 

② 清濁抜きの平仮名表記をすると、この二つの歌は、四句の2文字が異なります。また、詞書が異なります。この二つの歌は、四句にある「こひ」の意が異なり、趣旨が違う歌となっています。

 

9.3-4-20歌の類似歌の現代語訳

① 現代語訳を諸氏が示している類似歌を、先に検討します。

類似歌1-1-490歌は、『古今和歌集』巻第十一 恋歌一にある歌です。その配列からの検討をしますと、巻第十一は、まだ逢っていない(返歌ももらっていない)時点の歌であり、1-1-490歌前後も「かものやしろ」とか「空」と「たぎつ水」とか種々な譬喩をもって詠われており、それぞれ独立の歌として理解してよい、と思います。

② 類似歌の現代語訳として久曾神氏の訳を紹介します。

・ 「(夕月が照らす岡辺に生えている常緑の松の葉のように)いつとも区別のできないような恋をもすることであるよ。」 (久曾神氏) 

 

10.『猿丸集』3-4-20歌の現代語訳

① 詞書は、3-4-19歌と同じです。現代語訳(試案)を再掲すると、つぎのとおり。

 「親や兄弟たちが、口頭で注意をした折、気のきいたことを言うのを(親や兄弟が)聞き、その娘を取り囲みほめた(歌)を(ここに書き出すと)

② 3-4-20歌の初句~三句は、類似歌と同じく、四句の序詞となっています。

③ 五句「こひもするかな」の「こひ」は、同音異義の語句であり、名詞「恋」ではなく、動詞「乞ふ」の名詞化です。五句は、「おやどもがせいす」ことを指します。「乞い(無理な禁止令)を親はするものだなあ」、の意です。

④ この3-4-20歌を、詞書に留意し、現代語訳を試みるとつぎのとおり。

「夕月が輝きその光が降り注いでいる岡のあたりの松の葉が、いつも変わらぬ色をしているように、「たまだすき」は変らないのに、(実現が)何時とも分からないことを親どもはいうものなのだなあ。」

 

11.この歌3-4-20とその類似歌とのちがい

① 詞書の内容が違います。この歌は、ここに記す事情を述べ、類似歌は、その事情に触れていません。

② 四句にある動詞が異なります。この歌3-4-20歌は「知る」、類似歌1-1-490歌は、「分く」です。

③ 五句の語句「こひ」の意が、異なります。この歌は、「乞ふ」の名詞化、類似歌は、「恋」の意です。

④ この結果、この歌は、親が禁止をしても、攤(だ。賭け事の一つ。)は止められない、と詠います。類似歌は、あなたに恋い焦がれていると詠う恋の歌です。

⑤ このように同一の詞書の歌3-4-19歌と3-4-20歌は、この順番で理解すれば、「だ」の魔力には叶わないことを詠った歌ということになります。

⑥ さて、詞書に言うように、娘を取り囲んだ「親ども」(複数)は3-4-19歌の現代語訳試案を、どのように理解したのでしょうか。「いみじき」とは何を指した評価なのでしょうか。

3-4-20歌が、止めることが難しい問題だと嘆いているのをみると、親ども各人が違った理解(別々に4案の理解)をしたのではないかと思います。親どもは、どの試案でも、「せい」したことの評価に変わりないものの攤を止めることの難しさを訴えている、ということに対して、「いみじき」と評価したのではないでしょうか。

詞書の現代語訳(試案)は妥当である、と思います。

⑦ ご覧いただきありがとうございます。

 さて、『猿丸集』の次の歌は、3-4-21歌です。

 3-4-21歌    物へゆくにうみのほとりを見れば、風のいたうふくに、あさりするものどものあるを見て

    風をいたみよせくるなみにあさりするあまをとめごがものすそぬれぬ

 3-4-21歌の類似歌  2-1-3683歌。 海辺望月作歌九首(3681~89)よみ人しらず。  

    かぜのむた よせくるなみに いざりする あまをとめらが ものすそぬれぬ 

一伝、あまのをとめが ものすそぬれぬ    

次回は、上記の歌を中心に記します。

2018/6/25    上村 朋  2021/6/14訂正)

 

付記1.『萬葉集』、三代集等における「たまたすき」表記について

① 萬葉集』には、清濁抜きの平仮名表記で「たまたすき」とある歌が15首(16例)ある。(それぞれを後日検討した。その結果の一覧が2021/5/24付けブログ「わかたんかこれ 猿丸集は恋の歌集か 第19歌 たまたすき一覧」」にある。)

 すべて、「たまたすき」と読む。萬葉仮名の区分で歌を示すと次のとおり。

 珠手次: 2-1-005歌 2-1-0369歌 2-1-1796歌 2-1-3338歌B

玉手次: 2-1-0029歌  2-1-199歌  2-1-207歌  2-1-1339歌 2-1-1457歌  2-1-2240歌  2-1-2910歌  2-1-3005歌  2-1-3300歌 

玉田次 2-1-546歌2-1-3311歌

珠多次: 2-1-3338歌A

② 三代集には、清濁抜きの平仮名表記で「たまたすき」とある歌が1首しかない。読み方は「たまだすき」。

 1-1-1037歌 ことならばおもはずとやはいひ果てぬなぞよのなかのたまだすきなる  よみ人しらず

(上記①にあげた2021/5/24付けブログ参照)

③ 個人家集で、『新編国歌大観』第3巻所載の『人丸集』から『実方集』(歌集番号1~67番)には2首ある。ともに、「たまだすき」と読む。

3-1-140歌 たまだすきかけぬ時なくわがこふるしぐれしふらばぬれつつもこん

3-4-19歌  たまだすきかけねばくるしかけたればつけて見まくのほしき君かな 

『人丸集』の3-1-140歌は、『萬葉集』歌と異なり、「たまだすき」と濁っているので、その作詠時点に関して三代集の歌人の活躍した時期の可能性及び書写時の混濁の可能性、を検討する必要がある。

『猿丸集』の3-4-19歌は、今検討している歌であるが、作詠時点は1000年以降の可能性もある歌である。

付記2.攤(だ)に言及している古典の例

① 『紫式部日記』:中宮が皇子を生みその誕生後五日目の様子を記す段に、「殿をはじめたてまつりて、攤(だ)うちたまふ。かみのあらそひ、いとまさなし。」とある。現代語訳を試みると、

 「(今夜の行事の主役である)藤原道長様をはじめとして、行事に連なった公卿の皆さまも、攤を打って興じられます。お上(道長様)もご参加されて、懸物の紙を得ようと夢中になっている様は、あまり好ましいものではありません。」

 この誕生後五日目の行事とは、御産養(おほんうぶやしない)。寛弘5(1008)915日のことである。公式(朝廷主催)の皇子の御産養は誕生七日目の夜に行われており、母方の父道長主催の御産養のときの宴会の記述の一部である。尚、公卿とは、清涼殿の殿上の間に登ることを許された者をいう。

② 『徒然草157段:「筆をとれば物書かれ、・・・盃をとれば酒を思ひ、賽(さい)をとれば攤打たん事を思ふ。・・・かりにも不善の戯れをなすべからず。(後略)」

 徒然草』の成立は、建暦2(1212)であり、『猿丸集』の成立時点より後代である。「賽(さい)をとれば」と限定しているので、『猿丸集』の作者の時代と同じ遊びを指して「攤」と言っているのではないか。作者の鴨長明は、博打を総称させて「攤」と言っているとも、理解できない訳ではない。

③ 『栄花物語』:「上達部ども殿をはじめたてまつりて、攤うちたまふに、紙のほどの論ききにくくらうがはし。」 その現代語訳を試みると、

「・・・攤を打ち興じられるのに、(懸物の)紙に関してやかましく論じて騒々しい。」

栄花物語』は宇多天皇在位887897から堀河朝寛治62月(1092年)までの物語。

大鏡』:「九条殿、いで、今宵の攤つかうまつらむ、と仰せらるる。九条殿とは藤原師輔(909~960)をいう。

<付記  終る。2018/6/25  上村 朋 2021/6/14訂正>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わかたんかこれ 猿丸集第18歌 こぞもことしも

前回(2018/6/11)、 「猿丸集第17歌その2 おもひそめけむ」と題して記しました。

今回、「猿丸集第18歌 こぞもことしも」と題して、記します。(上村 朋)

 

. 『猿丸集』の第18 3-4-18歌とその類似歌

① 『猿丸集』の18番目の歌と、その類似歌を、『新編国歌大観』より引用します。

3-4-18歌    あひしれりける人の、さすがにわざとしもなくてとしごろになりにけるによめる

 をととしもこぞもことしもはふくずのしたゆたひつつありわたるころ

 

3-4-18歌の類似歌は2首あります。

 a 上句に関して2-1-786:「大伴宿祢家持贈娘子歌三首(786~788)」  巻第四相聞にある。

       をととしの さきつとしより ことしまで こふれどなぞも いもにあひかたき

 b 三句以下に関して2-1-1905歌   巻第十 春の相聞   寄花(1903~1911

       ふぢなみの さくはるののに はふくずの したよしこひば ひさしくもあらむ

 

② 諸氏は類似歌を指摘していません。幾つかの語句が共通していることから類似歌と認めたのがこの2首です。

③ これらの歌も、詞書が異なるとともに、趣旨が違う歌です。

 

2.類似歌の検討その1 配列から

① 現代語訳を諸氏が示している類似歌を、先に検討します。歌番号順に検討します。

2-1-786歌は、 『萬葉集』巻第四 相聞にあるです。

この歌とその前後の歌の詞書(題詞)は、次のとおりです。

紀女郎褁物贈友歌三首

大伴宿祢家持贈娘子歌三首 (この類似歌の詞書)

大伴宿祢家持報藤原朝臣久須麻呂歌三首

一つ前の紀女郎の歌の詞書は、土産物に添えた歌と、いわれています。

互いに関係の薄い詞書ですので、2-1-786歌は、他の詞書との関係を意識せず理解してよい歌であると思います。

② 次に、2-1-1905歌は、 『萬葉集巻第十 春の相聞にあるです

この歌とその前後の歌の詞書(題詞)は、次のとおりです。

寄鳥

寄花 (この類似歌の詞書)

寄霜

互いに関係の薄い詞書ですので、2-1-786歌は、他の詞書との関係を意識せず理解してよい歌です。その「寄花」という詞書のもとに9首あり、花の順番をみてみると、卯の花梅の花、藤(波)、花一般、あしび、梅の花、をみなへし、梅の花、山吹の順であり、春以外の花もあったりしており、この9首のなかで対となっている歌もなく、前後の歌とは独立している歌としてこの歌を理解してよい、と思います。

 

3.類似歌の検討その2 現代語訳

① 諸氏の現代語訳の例を示します。

2-1-786

・ 「一昨年のその前の年から今年まで恋い続けているのに、どうしてあなたに逢えないのでしょう。(わたしは逢いたいと思っていますのに)」(阿蘇氏)

・ 「をと年の其の先の年から今年まで恋ふて居るのに、どうしたことか妹に会ひがたい。」(土屋氏)

土屋氏は、「(作者の家持が)如何なる娘に贈ったか分からない。ただ言葉の上の遊びの如き作である」と指摘しています。

 

2-1-1905

・ 「藤の花が咲いている春の野に蔓(つる)を這わせている葛のように、心の中でのみ恋い募っていたら、思いを遂げるのは久しい先のことであろうなあ。」(阿蘇氏)

阿蘇氏は、初句~三句は、四句にある「したよし」にかかる序詞であり、斬新な表現である、と言っています。萬葉集には「下ゆ恋ふ」「下に恋ふ」等の表現が7例ありますが、枕詞として「隠り沼の」を冠するものが5例、「埋もれ木の」が1例、「下紐の」が1例です。

また、氏は、四句「したよしこひば」を「した」+格助詞「よ」(~から・~を通って、の意。格助詞「ゆ」に同じ)+強意の助詞「し」+動詞「恋ふ」の未然形+仮定条件をあらわす助詞「ば」とし、「下よし恋ひば」としています。

     「藤の花の咲いて居る春の野に、延びて居る蔓の如くに、心の内から恋ひ思って居れば、時久しいことであろう。 」(土屋氏)

土屋氏は、二句と三句を「さけるはるぬに はふつらの」として、訳しています。「花が咲く頃の野生の藤の新生の蔓は低く地上に延びひろがって居るので、シタにつづけたと見える」と言い、藤の蔓とみないで葛花のクズという解釈では、「いかにもうるさい歌になってしまう」と指摘しています。また、氏は、2-1-2493歌の解説においてムロの木を例に(萬葉集では)「草木の呼称用字のルーズなことは例が多かった。」とも評しています。

② 2-1-1905歌は、初句から三句が序詞なので、この歌の趣意は四句と五句にあります。

③ 二句にある「(はるの)の」は、「野」であり、藤波が咲いている野であるので、そのほかに中低木もある原野であるはずです。奈良盆地にある川が蛇行を繰り返す氾濫地域の荒地を指していると推定できます。

④ 2-1-1905歌に関する土屋氏の説を検討します。藤も葛も、つるが延びる植物です。また、詞書(題詞)は「寄花」であるので、この歌の作者は、藤の花に寄せて詠っている前提で、歌を理解して然るべきです。ですから、序詞の意は、藤がつるを延ばす努力をして花を咲かすように、ということであろうと思います。

つるを延ばす植物として当時典型的なものとして藤や葛が知られていたそうです。大伴旅人が太宰師であったころ築後守であった「葛井広成」は「ふぢいひろなり」と読みます。大阪府藤井寺市にある奈良時代には創建されたという葛井寺は「ふぢいでら」と読みます。このように藤や葛も「ふぢ」と読まれており、この時代つる性の植物を細かく別けていないようです。このようなことから、「寄花」の歌でもあり、土屋氏のいう「いかにもうるさい歌になってしまう」のを避けた理解がよい、と思います。

 詞書に留意し、藤とはつる性の植物の総称として土屋氏の説を採り、現代語訳を試みると、つぎのとおり。

「つるを伸ばしている藤などの花が咲いている野原をみると、しっかりつるを伸ばしてきて(今花を咲かせて)いる。それと同じように、ずっと心のうちで思い続けている、私の恋の花が咲くのは先のことであろうなあ。」

この歌で詠っている花は、つる草一般の花のことです。植物の種類を問うことをしていません。

この歌を、『萬葉集』のこの巻の編纂者は、春相聞に配しています。よみ人しらずの歌でもあるので、土屋氏のいう民謡の可能性があります。どのような使い方だったのでしょうか。大勢の女性あるいは男性のいる会場で、心のうちで思っている人に聞こえるように謡ったとして、この歌をまた謡い返す人がいたら恋は少し前に進んだのでしょうか。返歌があったらつぎにはどんな歌を謡ったのでしょうか。

 

4.3-4-18歌の詞書の検討

① 3-4-18歌を、まず詞書から検討します。

 「あひしれりける人」は、作者の知り合いであり、ともに官人です。

③ 「わざとしもなくて」とは、ことさらの仕事もなくて、の意。無官でいたが「除目(ぢもく)に司得ぬ」まま年を経て、の意です。

 除目とは、新しい官職に就任する人名を書き連ねた目録を指すが、当時、大臣以外の諸官職を任命する朝廷の儀式を指してもいい、定例は春秋にあります。「除目に司得る」とは、新たな役職に就く(所得を得る)ということです。『枕草子』第二十五段に、「すさまじきもの」として、「除目に司得ぬ人の家」があげられています。

④ 「としごろ」とは、「年頃」で、ここでは、これまで何年かの間・何年も、の意となります。

⑤ 詞書の現代語訳を試みると、つぎのとおり。

「よく知っている人が、待っていたものの除目にあうこともなくて、何年もたったので詠んだ(その歌)」 

 

5.3-4-18歌の現代語訳を試みると

① 初句の「をととしの」の用例は、『萬葉集』では類似歌の2-1-7861首のみです。

② 三句「はふくずの」の「くず」は、つる性の植物一般を指す普通名詞です。

「はふくず」という表現の先行例は、『萬葉集』に、2-1-426歌の長歌2-1-1905歌など何首かあります。三代集においては「はふくずの」の例はなく、「はふくずも」が一例ある(1-1-262歌)だけです。

③ 四句にある「したゆたふ」とは、準備がゆるむ。すなわち、上位の人の支配や恩恵を受けるための努力が足りない、の意。「した」とは、相対的な位置を上下の関係にとらえて下方、上位の人の支配や恩恵を受けることこと、前もって行うこと・準備、などの意があります(『例解古語辞典』)。

④ 五句にある「ありわたる」とは、そのままの状態で過ごす、の意です。

⑤ 以上の検討を踏まえて、詞書に留意して3-4-18歌の現代語訳を試みます。

 「一昨年も、去年も、今年も、葛のつるが地をゆるゆる伸びてゆくように、期待が先延ばしになるこの頃であるなあ(頼みにしている上流貴族にもお願いしているが、なかなか難しいものであるのだなあ)。

 

6.この歌と類似歌とのちがい

① 詞書の内容が違います。この歌3-4-18歌は、作者の作詠の直接のきっかけに触れていますが、二つの類似歌は、そうではありません。

 歌の趣旨が違います。時間のかかることに関する感興というのは共通ですが、この歌は、今年も除目のなかったことを嘆いている歌であり、類似歌は、思っていることが相手に届くのには時間がかかるが成就は楽観視している恋の歌です。

 つまりこの歌は、現状が変わらないことから諦観を抱き、類似歌は、現状が打破できるだろうと楽天的です。  

 さて、『猿丸集』の次の歌は、つぎのような歌です。

3-4-19歌  おやどものせいするをり、物いふをききつけて女をとりこめていみじきを

   たまだすきかけねばくるしかけたればつけて見まくのほしき君かな

 

3-4-19歌の類似歌 2-1-3005歌。 寄物陳思 よみ人しらず (『萬葉集』巻第十二にある)

たまたすき かけねばくるし かけたれば つぎて見まくの ほしききみかも 

 

この二つの歌も、趣旨が違う歌です。

④ ご覧いただきありがとうございます。

次回は、上記の歌を中心に記します。

2018/6/18  上村 朋)

 

わかたんかこれ  猿丸集第17歌その2 おもひそめけむ

前回(2018/6/4)、 「猿丸集第17歌その1 みなせかは」と題して記しました。

今回、「猿丸集第17歌その2 おもひそめけむ」と題して、記します。(上村 朋)

 

. 『猿丸集』の第17 3-4-17歌とその類似歌と、前回のまとめ

① 『猿丸集』の17番目の歌と、諸氏が指摘するその類似歌を、『新編国歌大観』より引用します。

3-4-17歌 (詞書の記載なし)

あひみねばこひこそまされみなせがはなににふかめておもひそめけん

 

 3-4-17歌の類似歌 1-1-760歌  題しらず  よみ人しらず    

    あひ見ねばこひこそまされみなせ河なににふかめて思ひそめけむ

 

② 前回、類似歌を検討し、次のような結論を得ました。今回は3-4-17歌の現代語訳を試み、同一の詞書の3首の整合性を検討します。

・清濁抜きの平仮名表記の「みなせかは」は、『萬葉集』から『古今和歌集』のよみ人しらずの時代までは、地表の流水の涸れた川の状態を指していた。伏流して水が流れている地下空間を含まない表現であった。

・類似歌の現代語訳を試みると、次のとおり。

「親しく逢う機会が遠のいているので、恋しさがますます募っています。水の無い水無瀬川のような、愛情があるとも思えない今の貴方に、何が原因で心をこんなに傾けてしまったのでしょうか。(いえいえ貴方は思いやりの深い方ですから私は・・・)」

・類似歌の作者は男女どちらでも可能である。

 

2.3-4-17歌の詞書の検討

① 3-4-17歌を、まず詞書から検討します。この歌に限った詞書が記されていないので、3-4-15歌の詞書(「かたらひける人の、とほくいきたりけるがもとに」)がかかります。

 2018/5/21のブログで行った現代語訳(試案)を、再掲します。なお、この歌の検討が終わったところで、3首の詞書としての妥当性を改めて検討することとします。

 「親しくしてきた人が、遠く立ち去ってしまって、その人のもとに(送った歌)」

 

3.ふたたび、みなせがはについて

① この歌(3-4-17)は、『猿丸集』の成立時点まで作詠時点がさがる可能性がある歌です。『猿丸集』が公任の三十六人撰の成立(1006~1009頃)以前に存在していたとみられていますので、三代集が編纂された時代の詠作が『猿丸集』歌にある可能性があります。そのため、三代集の歌人が清濁抜きの平仮名による「みなせかは」表記をどのような意で用いているかを、確認します。

② 1000年以前の作詠時点を目途に、『新編国歌大観第1巻の三代集と、同第3巻の『人丸集』から『実方集』(同巻の歌集番号1~67)を対象とすると、6首あります。(付記1.参照)

 『古今和歌集』のよみ人しらずの時代以降が作詠時点と推定できる歌が、三代集には2首あります。1-1-607歌と1-2-1218歌ですが前回(ブログ2018/6/4)の付記2.で検討したように、『萬葉集』以来の意味での「みなせかは」表記でした。

 個人集には、4首ありました。そのうちの、とものりの歌(3-11-48歌)は、『古今和歌集』のとものりの歌(1-1-607歌)と同じであり、躬恒の歌(3-12-37歌)は「物名」の歌(隠題歌)で「みなせがは」の意味の推測が不可能でしたが、斎宮女御の歌(3-30-96歌)と兼盛の歌(3-32-52歌)は、『萬葉集』以来の意味での「みなせかは」表記でした。

③ このため、これらの歌と同時代に詠作されたと思われる3-4-17歌における「みなせかは」表記は、地表の流水の涸れた川の状態を指していて、伏流して水が流れている地下空間を含まない表現であり、萬葉集』以来の意味での「みなせかは」表記である、といえます。

 

4.3-4-17歌の現代語訳を試みると

① 類似歌とは異なる歌であると仮定して、検討します。この歌は、類似歌とちがい、一切漢字を用いない形で今日まで伝えられています。文字遣いが違うのは、類似歌と違う語句の可能性がある、という推測です。

② 二句にある「こひ」は、四段活用の動詞「乞ふ・請ふ」の連用形で、名詞化した用い方です。

同じ詞書の歌で、相手が遠ざかったことを嘆いた3-4-15歌における「こふ」も、動詞「乞ふ」でありました。

古今和歌集』の撰者の時代、「こひ」と名詞化されて用いられている例があります。

古今和歌集』にある凡河内躬恒の歌1-1-167歌の詞書に、「となりよりとこなつの花をこひにおこせたりければ、をしみてこのうたをよみてつかはしける」とあり、その意は「・・・とこなつ(なでしこ)の花をもらいたいと使いをよこしたので・・・」(久曾神氏)となります(とこなつはなでしこの古名。秋の七草のひとつ)。

この歌での「こふ」は、物をほしがる・求める、の意であり、「(訪れてもらっていないので)訪れを願う」意となります。

③ 三句「みなせがは」は、上記3.で検討した結果、萬葉集歌人古今集歌人と同様に、「上流が大雨にならないと流水が直前に伏流してしまい涸れた川という状況となっている川(縦断方向で区切った川の一区画)の地表部分(以下、地表面が涸れた状態となっている川の地表部分、と略します)」の意です。普通名詞であり、伏流水部分は含んでいません。(ブログ2018/6/4 参照)

④ 五句「おもひそめけん」は、名詞「面」+下二段活用の「ひそむ」の連用形+「けむ」であり、「眉をひそめるのだろうか」、の意となります。

⑤ これまでの検討を踏まえて、詞書と前歌3-4-16歌とに留意して3-4-17歌の現代語訳を試みます。 

 「親しく逢う機会が遠くなってくると、その機会を願う気持がますます募ってきます。水無瀬川のように、消息もお出でも途絶えさせたうえ、どうしてそのように眉をひそめられるのでしょうか。(お願いします。)

⑥ 作中人物は、女に思えます。前歌3-4-16歌にある「妹」かと思います。作者は、前歌3-4-16歌を踏まえると、男が代作した可能性が高いと思われます。

 

5.この歌と類似歌とのちがい

① 詞書の内容が違います。この歌3-4-17歌は、作詠事情に触れています。類似歌1-1-760歌は、(『古今和歌集』の編纂者が)伏せています。

② 二句 「こひ」の意味が異なります。この歌3-4-17歌は、動詞「乞ふ・請ふ」の名詞化であり、類似歌1-1-760歌は、名詞「恋」です。

③ 五句の「おもひそめけん」の意が異なります。この歌3-4-17歌は、名詞「面」+下二段活用の「ひそむ」の連用形+「けむ」であり、「眉をひそめるのだろうか」、の意となります。類似歌1-1-760歌は、動詞「思ひ染む」の連用形+助動詞「けむ」であり、「深く心をかたむけたのだろうか」、の意です。

④ この結果、この歌は、作中人物である「妹」が相手に懇願する歌となり、類似歌は、未練があり復縁を迫ったと歌となります。違いは、本人が言っているかどうかであり、正確には、この歌は、作中人物である「妹」が相手に懇願する歌を代作した歌であり、類似歌は本人が詠って復縁を迫っている歌です。

 

6.共通の詞書において この3首は整合しているか

① 詞書によれば、この3首を、「かたらひける人」におくったことになります。この順序で3回に分けておくったのか、それとも同時におくったのかわかりません。この歌集の順に、「かたらひける人」が手にしたとしてどのような理解をしたかを検討します。

② 3首の歌の趣旨は次のようなものです。

 3-4-15歌 作中の人物が、相手が遠ざかったことを嘆いています。(ブログ2018/5/21より) 

 3-4-16歌 妹のいる男が、約束を引き延ばしている男(反故にしようとかかっている男)をやんわりなじっている歌です。 (ブログ2018/5/28より) 

 3-4-17歌 作中人物である「妹」が相手に懇願する歌を代作した歌です。 (上記5.より)

③ この順で歌をみたとすると、この3首の作者は、妹が愛情を未だに寄せている「かたらひける人」に対して、また心を開いてくれないか、と頼んでいる、とみることができます。

 今まで検討してきた現代語訳(試案)でみる限り、この詞書における3首は首尾一貫しています。

④ 作者に関しての、3-4-16歌の検討時(ブログ2018/5/28)の結論は、3-4-15歌と3-4-16歌は、「同一の男で「かたらひける人」と官人同士の交際がある人」、でありました。3-4-17歌もその男であり、女の気持ちの代作をした歌です。

 さらに、奈良時代平安時代も貴族(官人)は一夫多妻の風習であり、夫婦になることが、個人の結びつきと共に一族の存亡に影響し、妹の夫として迎える人に対して親兄弟も意見が言えた時代です。

 この3首の作者を親兄弟のひとりに限る具体的なヒントは、考えてみるとこれらの歌になく、詞書にもありません。妹と呼べる親しい間柄の人物であれば、作者の資格があります。(懇意な歌人に代作を依頼できる人物の資格がある、とも言えます。)

⑤ そうすると、「かたらひける人」についての理解は、作者からのアプローチより妹からのアプローチが良いかもしれません。

すなわち、「(妹が)親しくしていた人」という理解です。

詞書の現代語訳(試案)はつぎのように修正したいと思います。

 「(妹が)親しくしていた人が、遠く立ち去ってしまって、その人のもとに(送った歌)」

それは、「(妹のように大事にしている同族の女の)交際相手の男が、とんと寄り付かなくなったというので、その男のもとに(送った歌3首)」の意ともなります。この場合、この3首は同族の男共が対策を練り、親に成り代って作った共同の詠作であるかもしれません。

⑥ 3-4-16歌は、やんわりなじっている歌と理解しましたが、3-4-17歌のための布石であり、疑問文でありなじる気持ちを籠めていない歌と思われます。3首とも詰問調ではなく、低姿勢の歌いぶりでありました。

 なお、『猿丸集』の各歌を通底しているもの、あるいは編纂の意図は、あらためて検討します。

⑧ さて、『猿丸集』の次の歌は、つぎのような歌です。

3-4-18歌    あひしれりける人の、さすがにわざとしもなくてとしごろになりにけるによめる

 をととしもこぞもことしもはふくずのしたゆたひつつありわたるころ

3-4-18歌の類似歌:類似歌は2首あります。

 a 上句に関して2-1-786:「大伴宿祢家持贈娘子歌三首(786~788)」  巻第四相聞にある。

       をととしの さきつとしより ことしまで こふれどなぞも いもにあひかたき

 b 三句以下に関して2-1-1905歌   巻第十 春の相聞   花に寄する(1903~1911

       ふじなみの さくはるののに はふくずの したよしこひば ひさしくもあらむ

 

これらの歌も、趣旨が違う歌です。

 

 ご覧いただきありがとうございます。

次回は、上記の歌を中心に記します。

2018/6/11   上村 朋)

付記1.三代集の歌人たちの「みなせかは」表記の歌について

① 『古今和歌集』のよみ人しらずの時代以降1000年以前の作詠時点を目途に、『新編国歌大観』第1巻の三代集と、同第3巻の『人丸集』から『実方集』(同巻の歌集番号1~67)を対象とすると、清濁抜きの平仮名で「みなせかは」表記のある歌は、6首あり、次のとおり。

② 三代集にある次の2首は、ブログ2018/6/4の付記2.を参照されたい。

1-1-607歌   題しらず       とものり

     事にいでていはぬばかりぞみなせ河したにかよひてこひしきものを

1-2-1218歌   人のもとにふみつかはしけるをとこ、人に見せけりとききてつかはしける  よみ人しらず

    みな人にふみみせけりなみなせ河その渡こそまづはあさけれ

 

③ 個人の歌集にある4首は、次のとおり。

3-11-48歌   かへりごとなければ、また(37~54   (『友則集』)

   ことにいでていはぬばかりぞみなせがはしたにかよひて恋ひしきものを

 この歌は、『古今和歌集』記載のとものり歌(1-1-607歌)に同じ。

 

3-12-37歌   みなせがは     (『躬恒集』)

   をちこちにわたりかねてぞかへりつるみなせかはりてふちになれれば

 この歌は、『古今和歌集』の「物名」に相当する歌で「・・・皆瀬変わりて淵に・・・」に「みなせかは」を隠しているので、「みなせかは」表記の川に関する意味の分析ができない。躬恒は『古今和歌集』の撰者の一人であり、生没年未詳である。

 3-30-96    おほむかへり      (『斎宮女御集』 95歌と対の歌)

   わすれがはながれてあさきみなせがははなれるこころぞそこにみゆらん

 この歌は、「ふかきこころ」を河の底に(その場所に)残してあると詠う3-39-95歌に応えた歌です。「心と言っても忘れるという心が、「みなせがは」のそこにみえる、と詠っている。つまり地表にみえる流水のほとんどない「みなせがは」の川底はよく見える、ということであり、「みなせかは」表記に、伏流水を含ませていない。

斎宮女御の微子女王は、承平6年(936斎宮に卜され天慶8年(945)母の喪によって退下ののち村上天皇に入内して女御となった。寛和元年(985)卒。

 (参考) 3-30-95   まゐり給ひけるに、わすれたまひて、いかなることかありけむ、かへりたまひて

   みづのうへにはかなきこともおもほへずふかきこころしそこにとまれば

 

3-32-52歌   いといたううらみて    ( 『兼盛集』)

   つらけれど猶ぞこひつる水無瀬川うけもひかれぬ身とはしるしる

詞書は「本当に大変恨んで」の意。

この歌の初句は、名詞「面」+動詞「蹴る」の已然形+接続助詞「ど」。

詞書に留意して現代語訳を試みると、次のとおり。

「川面を蹴ったけど、なお鯉を釣っている自分がいるよ。涸れた水無瀬川に鯉を釣ろうと垂らした釣り糸の浮子に引きが無いのと同じだった自分だとよくよくわかったよ。」

 兼盛は天暦4年(950)臣籍に下り、平氏となり、正歴元年(990)80歳を過ぎて没した。

④ 躬恒の歌の「みなせがは」は解明が不可能であったが、残りの3首の水無瀬川は「地表面が涸れた状態となっている川の地表部分」を意味している。

(付記終る 2018/6/11  上村 朋)

 

 

 

 

 

 

 

わかたんかこれ 猿丸集第17歌その1みなせかは

前回(2018/5/28)、 「猿丸集第16歌 いもにあはぬかも」と題して記しました。

今回、「猿丸集第17歌その1 みなせかは」と題して、記します。(上村 朋)

 

. 『猿丸集』の第17 3-4-17歌とその類似歌

① 『猿丸集』の17番目の歌と、諸氏が指摘するその類似歌を、『新編国歌大観』より引用します。

3-4-17歌 (詞書の記載なし)

あひみねばこひこそまされみなせがはなににふかめておもひそめけん

 

 3-4-17歌の類似歌  1-1-760歌  題しらず  よみ人しらず   

     あひ見ねばこひこそまされみなせ河なににふかめて思ひそめけむ

 

② 詞書を別にすると、清濁抜きの平仮名表記で、五句の最後の1文字(「ん」)と「む」)が違うだけです。

③ それでもこの二つの歌は、趣旨が違う歌です。

 

2.類似歌の検討その1 配列から

① 現代語訳を諸氏が示している類似歌を、先に検討します。

類似歌が記載されている古今和歌集』巻第十五 恋歌五は、82首(1-1-747歌~1-1-828歌)から成り、その14番目の歌がこの歌1-1-760歌です。

この歌の前後の歌の配列をみるまえに、記載されている歌集『古今和歌集』を概観します。

② 『古今和歌集』は、最初の勅撰集で、醍醐天皇の時代に成立しました。前天皇である宇多天皇の周囲における和歌の催しがあってできた歌集です。仮名文字による表記の発達と寝殿造りに見られる建物での公式行事(天皇等の祝賀を含む)を飾る屏風の盛行があり、政治的には天皇中心の律令政治から上流貴族の摂関政治への移行の時代に編纂された歌集です。その特徴は、『『古今和歌集』の謎を解く』(織田正吉 講談社選書メチエ)によれば、

 ・四季の歌、恋の歌を中心に様式美の世界を歌によって確立した歌集(同書80p

 ・雅びとともに遊戯とおかしみが豊かにある娯楽性の濃い歌集(同書80p

であり、巻第十が物名にあてられたりするほか、配列や和歌や仮名序にも言葉の遊びがある歌集です。そして編纂は紀氏(当時は朝廷のトップクラスではない氏族)の人が中心です。

織田氏は、「平仮名という視覚的にやわらかで美しい表記法は、それにふさわしく「装飾的技巧的な和歌を生んだ」(233p)とも述べています。同感です。

③ さて、古今和歌集』では、全20巻のうち、恋歌に5巻があてられており、諸氏は恋愛の過程に従って配列してあると指摘しています。4巻目は恋の終結を嘆く歌で終り、5巻目(巻第十五)の配列を、時系列の順と仮定すると、諸氏の現代語訳から時期を推定すれば、最初の1-1-747歌は、詞書から相手が身を隠してから1年後であるので、以後の歌はそれ以降かと思うと、違っています。

失恋してから1年ぐらいはその失恋の記憶が鮮烈な時期あるいは諦めるのに煩悶する時期の可能性が強いが、その間の歌と思われる歌が配列されています。つまり、時系列では1-1-747歌は巻頭に置くべき歌ではないことになります。恋愛の過程を心理的な過程として、恋愛中、失恋などと分けると、恋部四を受けた恋部五では、おおまかには、失恋を認めている段階と、それ以前の失恋となったかも知れぬと迷うころ(縁がないのかと疑心暗鬼が強くあるころ)との2区分は少なくともできると思います。失恋を認めている前者の歌としか理解できない歌は、巻頭の1-1-747歌から3首で一旦終ります。以降の歌には前者に至る前の過程(つまり後者)としか理解できない歌があります。

また巻の途中にある1-1-769歌と1-1-770歌は前者からも長い期間が経った時点の歌とみられるのに、以降の歌はまた後者の歌も配列されています。なお、1-1-769歌は亡き人を偲ぶ生活ぶりを詠い巻第十六の哀傷歌の歌という理解も、また、1-1-770歌は、男の友誼の衰えを詠う巻十八の雑下の歌という理解も可能な歌でもあります。

 このため、3-4-17歌の検討に資するには、恋の過程2区分を1-1-770歌まで少なくとも確認し、配列上の特徴をみておくのがよいと思います。類似歌1-1-760歌がこの間にあります。

④ 巻頭の1-1-748歌から1-1-770歌に関して作中の主人公の性別、歌の趣意、恋の過程(恋の段階)、主な寄物、などを確認します。  恋の段階区分は3区分とし、A失恋した・別れた・縁を結べなかったと自覚した Bまだ失恋には疑心暗鬼  C恋以前あるいは恋に無関係  とします。

⑤ 詞書と諸氏の歌の現代語訳から判定した例をあげます。

A判定の歌

 巻頭の歌1-1-747歌は、詞書に作詠事情を記した在原業平の「月やあらぬ・・・」の歌です。作中の主人公は男で、詞書に、「むつき(正月)に」「かくれにける」女を「又のとしのはるむめの花さかり」の夜「こぞをこひて」「よめる」とあるので、最後に逢ってから1年以上経たうえ失恋を自覚して詠んでいる歌です。この歌はA判定となります。

 次にある1-1-748歌は題しらずの藤原なかひらの歌で、歌に(相手は)「人にむすばれにけり」とあり、失恋を自覚した歌であり、作詠時点は不明ですが、1-1-747歌のように1年以上経た時点の可能性は低いのではないか、と思います。この歌はA判定となります。

 恋歌五の最後にある歌1-1-828歌は、題しらず・よみ人しらずの歌で、吉野川が妹山と背(の君)山との間を流れているような状況でもそれでよしとするのかと詠っており、作者が励まそうとしている作中の主人公(それは作者自身であるかもしれませんし、男女一組であるかもしれません)は失恋を一旦自覚しており、A判定となります。

 

A&B判定の歌

 1-1-756歌は、題しらずの伊勢の歌で、作詠時点を歌から特定できません。「月さへぬるるがほなる」と詠っており、詠嘆しているのは分かりますがその理由を推測する手掛かりがありません。記載されているこの巻のこの位置に置かれていてこそ失恋の歌と理解できる歌なので、この歌はA&B判定となります。

 なおこの歌は、『伊勢集』の3-15-209歌としてあります。その詞書には「世中うきことを(206~209)」とあり、失恋の可能性もありますが、同僚との軋轢か親または子のことか、己の老後のことか、誰かの代作か、など伊勢の生涯をおもうと色々考えられ、『伊勢集』における歌としてもそれ以上作詠事情がわかりません。

⑥ このような作業をした結果、次のことが指摘できます。(付記1.参照)

・巻頭歌の1-1-747歌と1-1-748歌と1-1-749歌は失恋後(A)であることが明確である。

1-1-750歌は、恋愛以前の歌である。あるいは、リセットした心境に作中人物がなっているとみると、失恋し、次の恋の出発点ともとらえることができる歌(C)である。

1-1-751歌以降に入れるされている歌からは、この巻から取り出し単独に歌を鑑賞しようとすると、たしかに失恋した歌(A)とも失恋に疑心暗鬼の歌(B)とも判定できる歌(A&B)が続く。

・巻頭歌から1-1-750歌までを失恋を自覚した歌(A)であるので、その延長上に歌が配列されているとみると、その後に続く歌は、失恋を自覚した歌(A)と理解できる歌が大部分である。

・類似歌1-1-760歌は判定をいまのところ保留する。

1-1-769歌を判定すれば、単独に鑑賞しようとすると、何を偲んでいるかにより、AまたはC

1-1-770歌を判定すれば、 時間経過を長いと理解すれば、A。相対的に短いとすればB

 

⑦ この配列に置かなくとも確実に失恋後の歌とみることができる歌のみで、この巻が構成されていません。Aに限定できる歌が編纂者の手元には少なかったので、手元資料の詞書を省くことも手段にして配列に工夫をこらし、Aと限定できる歌を最初や途中に置いた、と思われます。そして巻第十五の最後の2首は、配列からはAの歌と理解してよい歌となっています。

⑧ この配列からは、1-1-760歌は、A又は、Bの歌を編纂者は選んでいるのではないかと、推測します。また、和歌のなかの主人公(作中人物)について、男女の別を意識している(または対の歌を集めて編纂している)とはみられない配列です。

 ひとつの主題のもとに、よく知られている歌を順に並べて見せているのが『古今和歌集』です。よく知られている歌は何度も朗詠される(口づさむ)機会があった歌であり、現在のヒットソングのような歌であり、朗詠する(口ずさむ)場面のセンスが問われたのではないでしょうか。おなじセンスによる「様式美」と「娯楽性」を歌集でも重んじていると思われます。

⑨ この判断は、『古今和歌集』の外の巻の編纂基準と整合しているかどうかの確認も要るかもしれませんが、『猿丸集』の3-4-17歌の理解のため、1-1-760歌を検討しているところなので、巻第十五の少なくともこの歌の前後の歌との矛盾が配列上無いということが分れば足りるものとして、先に進みます。『古今和歌集』全体の配列・編集方針の検討は別の機会に譲ります。

 

3.みなせがは 伏流水の流れる部分を含む表現か

① 以下に示す諸氏の1-1-760歌の現代語訳では、「みなせがは」という表現は、たまたま四句「なににふかめて」の枕詞とする説になっています。古語辞典では、「みなせがは」が枕詞としてかかる語句は川水が伏流して地下を流れることから「下」にかかるという説明であり、「なににふかめて」は例示されていません。

そもそも枕詞とは、「一次的な機能は、後続する語を卓立さす(取り出して目だたせる)こと、副次的機能として、韻文のリズムを支える(こと)」(『例解古語辞典』の「和歌の表現と解釈」より)です。枕詞とした語が意味をとくに喚起しないものもあるがそれはそれで特別な語を必ず予告している(例えば「あしひきの(山)」)し、臨時の枕詞もあるのだそうです。

 そのため、「みなせがは」は当時どのような意味で用いられていた語であるのか、特に地表の水の涸れた状況と伏流している流水を一体にとらえて表現している語であるかどうかを、現代語訳を試みる前に見ておきます。

② 最初に、『古今和歌集』のよみ人しらずの歌である類似歌に先行しているあるいは同時代の歌において「みなせがは」の用例を探すと、『萬葉集』と、『古今和歌集』のよみ人しらずの歌とに、ありました。『人丸集』と『赤人集』にはありません。

萬葉集』には、清濁抜きの平仮名表記で似たことばとして「みなしかは」表記があります。歌は、「みなせかは」表記とともに各2首あり、歌番号順に示すと、つぎのとおりです。問答歌が該当したので、その対の歌も示します。 歌の句の後の()内は万葉仮名での表記を示しています。

 2-1-601歌 巻第四  相聞  笠郎女贈大伴宿祢家持歌廿四首(590~613

    こひにもぞ ひとはしにする みなせがは(水無瀬河) したゆわれやす(下従吾痩) つきにひにけに  

 

 2-1-2011歌 巻第十  秋雑歌 七夕(2000~2097

    ひさかたの あまつしるしと みなしがは(水無河) へだてておきし(隔而置之) かむようらめし 

 

 2-1-2721歌 巻第十一  寄物陳思(2626~2818)

    こととくは なかはよどませ みなしがは(水無河) たゆといふこと(絶跡云事呼) ありこすなゆめ   

 

 2-1-2828歌 巻第十一  問答(2819~2838)

    うらぶれて ものはおもはじ みなせがは(水無瀬川) ありてもみづは(有而毛水者) ゆくといふものを 

 

 参考歌 2-1-2827歌 巻第十一  問答(2819~2838)

    うらぶれて ものなおもひそ あまくもの たゆたふこころ わがおもはなくに

 

③ 清濁抜きの平仮名表記の「みなせかは」表記と「みなしかは」表記の意を、検討すると、次のとおり。

2-1-601歌。 「みなせかは」表記は、上流が大雨にならないと流水が直前に伏流してしまい涸れた川という状況となっている川(縦断方向に区切った川の一区画)の地表部分(以下、地表面が涸れた状態となっている川の地表部分、と略します)の意。

 ここに、伏流とは、地表を流れていた水が、地下にある旧河道やその河川の底の砂礫されき層などの中を流れることを言います。扇状地や火山灰地などによく生じています。

 この歌では、作中人物が恋の先行きによっては、心は痩せてゆき(心細くなり)死に至る、と訴えています。

 四句「したゆわれやす」の「ゆ」は上代語の格助詞であり動作・作用を比較・対比する基準となる物ごとを示したり、動作・作用の時間的空間的な起点を示したりする語であり、格助詞「より」とほぼ同じ意を持っています(『例解古語辞典』)。ここでの「ゆ」を、「比較・対比する基準となる物ごと示す」と理解します。

「みなせかは」表記には二案の理解があり得ます。第一案は、「みなせかは」表記を「やす(痩す)」の枕詞と理解し、「みなせかは」表記のように痩せた(からっぽの)心となり死に至る、と詠っているとみて、「みなせかは」表記は痩せていった状態の譬えとなっているとみます。

第二案は、「みなせかは」表記は「した」を修飾する語句と仮定し、「水無瀬川の下即ち伏流水のように豊かな私の心・恋情が痩せてゆく(しぼんでゆく)」という意、となり、「みなせかは」表記のみで何かを喩えていることにはなりません。「みなせかはのした」で、作者の心・思いの大きさを喩えています。「みなせかは」表記は、どちらの案でも、「地表面が涸れた状態となっている川の地表部分」を意味します。伏流水の流れている地下の空間を含んではいません。

 

2-1-2011歌 「みなしかは」表記は、天の川の意。また「と見做す」の意を掛けています。

天の川は、銀河を指すことばです。空のなかで川のようにみえる部分を言います。地上から見えている状態を形容しており、それをさして「みなしかは」表記していますので、上記2-1-601歌の「みなせかは」表記が「地表面が涸れた状態となっている川の地表部分」を指して言っていることと同じです。

 

2-1-2721歌 「みなしかは」表記は、「地表面が涸れた状態となっている川の地表部分」の意です。

 この歌では、「みなしかは」表記で、表面(表立った交際)はきっぱり絶ったかのような状況を喩えています。そして水無瀬川下流にゆけば豊かに地表を水がまた流れているように、これからも私を貴方の愛情で包み込んでほしいと詠っています。

「みなしかは」表記を枕詞と仮定すると、「たゆ」にかかります。「水無瀬川は表流水が消えているがそのようなこと(たゆ)は」の意となります。そのため、「みなしかは」表記は、「地表面が涸れた状態となっている川の地表部分」を意味します。

 

2-1-2828歌 「みなせかは」表記は、「地表面が涸れた状態となっている川の地表部分」の意。

 この歌は、「みなせかは」表記の状態に川がなったものとしてもその下流では水がゆたかに流れているように、いずれ心は通う、と詠っています。「みなせかは」表記は、便りがない、逢えていない状態を喩えています。

  四句と五句「ありてもみずはゆくといふものを」の「ゆく」を、地表が涸れている川の下に伏流水が流れている、の意と仮定すると、地表が「みなせかは」と呼ばれる状態になった川の、その「下に」という意であります。この意の場合でも「みなせかは」表記に、伏流水が流れる部分をも意味していないことになります。この歌において、「ゆくみず」(と呼ぶ流水)は、「みなせかは」表記の川の部分は通過せず、別ルートで流下しています。河の水(流水)に注目すれば、川が「みなせかは」表記の状態になると、必ず伏流していることを意味しています。伏流していることを強調することは、流水は「みなせかは」表記の川の部分の上流と下流はつながっていることを強調することであり、今逢えていない(「みなせかは」表記の状態)を不安視することはないことになります。それをこの歌は不安視して詠っているのですから、矛盾します。それよりも、「今は逢えていないが時がたてば、水無瀬川という状況の川下に、また水が流れているように、二人の間も自然と元のようになる」と理解したほうがよい。

④ この4首中において「みなしかは」表記は、万葉仮名「水無河」の漢字の意のとおり地表の川の状態を形容している表現でありました。目視した河の状況を指す表現のひとつが「みなしかは」表記であり、伏流水の流れる地下空間を含んではいませんでした。「みなせかは」表記も「地表面が涸れた状態となっている川の地表部分」を意味していました。

また、この4首では、天の川は架空のものであるとすると、実際に存在する特定の川とか特定の地先の川を含意していません。

このため、「みなせかは」表記を、普通名詞であると萬葉集歌人は理解していたと思われます。

また、枕詞と仮定した場合、2-1-601歌の「した」以外にも2-1-2721歌の「たゆ」にもかかっていると言えます。臨時の枕詞の例が「たゆ」ということになります。

⑤ 次に、『古今和歌集』のよみ人しらずの歌で、清濁抜きの平仮名表記で「みなせかは」表記の歌が2首あります。「みなしかは」表記はありません。(さらに三代集全体については、付記2.参照)

 1-1-760   類似歌                         

 1-1-793   題しらず  よみ人しらず

    みなせ河有りて行く水なくばこそつひにわが身をたえぬと思はめ

 類似歌は今保留します。

1-1-793歌は、類似歌の置かれている巻十五にある歌であるので、現代語訳を試み、恋の過程の確認をします。「みなせかは」表記の意は、萬葉集歌人の理解と同じであると仮定すると、次のようになります。

「みなせ河のような情景の区間を過ぎてその下流に至った川において、本当に流水が無いとすれば、とうとう私の身もあなたとは絶えてしまったと考えましょう。でも、みなせ河と呼ぶような情景の下流には必ず流水が生まれているのですから、あなたとの関係が切れてしまったとは考えられない。(今は途切れているようにみえても心は通っているはずではありませんか、考え直してください。)」

意が通ります。仮に、「みなせかは」表記に、伏流水を含めているとすると、流水がある(つながっている)という意で歌を理解することになり、(下流に)「水なくばこそ」の理解に苦しむことになります。このため、「みなせかは」表記の意についての仮定(「地表面が涸れた状態となっている川の地表部分」の意、即ち伏流水を意識していない)は、正しいと思います。

この歌の恋の過程を考えて見ると、差し障りが生じて逢えない(訪れがない)頃の歌か、相手に断られて後の再交渉の頃なのか不明です。しかし、巻第十五に置かれている歌としてみると、その配列からは、失恋したことがまだ信じられない歌、となり上記2.で行った判定方法では、B判定となります。そのため、現代語訳(試案)では最後に()で補ったところです。この歌を送ったら相手は、「水無瀬川の上流に鯉も登れない滝があるそうです」とでも言ってくるのではないでしょうか。

⑥ 漢字で水無瀬川(河)と表現する川の名前が、現在の大阪府高槻市及び三島郡島本町を流れる淀川水系一級河川の川の名前としてありますが、その名前が和歌に用いられるのは、『能因歌枕』の成立時点以前であるとしても、少なくとも『古今和歌集』が成立したころまでは遡らないのではないか。

地名の水無瀬は、その水無瀬川西岸につくった扇状地の名称であり、この付近は『日本後記』などに「水生野(みなせの)」とあり、本来は水のつくった野つまり扇状地の意味です。この地域は天平勝宝8年(756)東大寺に勅施入され水無瀬荘となったそうです(『世界大百科事典』(平凡社))。

古今和歌集』に、その編纂者のひとりである紀友則が詠う「みなせかは」表記の歌が1首あります(1-1-607歌。付記2.参照)。よみ人しらずの時代以後であることがはっきりしている歌ですが、淀川水系の一級河川の名(という特定の河川の名前)と限定しなければならない歌ではありません。

以上の検討からは、『古今和歌集』のよみ人しらずの時代の「みなせかは」表記の意は、萬葉集歌人たちの意と同じである、という結論になります。

⑦ 類似歌1-1-760歌における「みなせかは」表記が枕詞であるという説では、直後の句にある「なににふかめて」にかかるとしています。「なににふかめて」表記だけの先例を探すと、『萬葉集』の旧訓で1首あり2-1-2493歌です。新訓では「なにしかふかめ」となっています。 巻第十一 寄物陳思 にある2-1-2493歌の下句は、1-1-760歌の下句と仮名表記は同じになります。

2-1-2493歌   いそのうへに たてるむろのき ねもころに なにしかふかめ おもひそめけむ

           (万葉仮名は 磯上 立廻香滝 心哀 何深目 念始)

          (旧訓)イソノウヘニ タチマツタキノ(マヒガタキ) ココロイタク(ココロカモ) ナニニフカメテ オモヒソメケム

 旧訓と紹介したのは、和歌を引用している『新編国歌大観』が示す西本願寺本の訓です。新訓とは同書の訓です。 

 『古今和歌集』の編纂者が理解した『萬葉集』のこの歌は、この旧訓にのみ可能性があます。

1-1-760歌の作者は、この旧訓でこの歌を承知していた可能性が高いのではないか。勅撰集での「なににふかめて」表記はこの類似歌1-1-760歌のみです。

⑧ いずれにしても、「みなせかは」表記は、涸れている川、即ち表面に流水が無い情景を指す語句であるので、「なににふかめて」にかかる枕詞とすると、「水が無いのに、水底深くと地表にみえる川をいうような訳の分からない(思いを)」という理解をするのでしょうか。

 久曾神氏は、「水無瀬川は、伏流はあるが、常時流水の見えない川であり」、「まったく別れてしまったわけでもない(相手)とすれば、目に見えない伏流のある水無瀬川だから「なににふかめて」の枕詞であると言いう趣旨を指摘しています。(つまり伏流した流水もふくめた意が水無瀬川であるという指摘になっています。

なお、『古今和歌集』の作者の時代の「みなせかは」表記の意味は、次回検討します。

⑨  『歌ことば歌枕大辞典』(久保田淳・馬場あき子編 角川書店)では、歌枕として「水無瀬(みなせ)」を立項し、そのなかで、「水無瀬川」について「『萬葉集』以来和歌に詠まれるが、三代集の頃までは「水無し川」と同じく、水が地下を流れ表面は涸れている川の意の普通名詞」と説明したうえ、1-1-607歌のように「(水無瀬川は)「下」を導く枕詞として、あるいは表に見せることのできない恋心の比喩に用いられた」としています。

 この辞典での三代集のころまでの「水無瀬川」の定義は、ここまで検討して得た結論の「みなせかは」表記の意味と同じかどうかは確認を要すると思います。

 

4.類似歌の検討その2 現代語訳の例

① 類似歌1-1-760歌について、諸氏の現代語訳の例を示します。

・「逢わずにいるので恋しさがますますつのるのであるが、(水無瀬川のように愛情の深くもない)あの人を、どうして私は深く思い込んでしまったのであろうか。」(久曾神昇氏。『古今和歌集』(講談社学術文庫))

久曾神氏は、みなせ河は「なににふかめて」にかかる枕詞であり、京都府乙訓郡の山崎付近を流れる川であり、降雨の際のみ流れ、つねは伏流水になっている川を言うと指摘し、初句「あひみねば」は「逢わないので」という確定法である、とも指摘しています。

この訳において、水無瀬川は、表流水のない状況が相手の比喩、となっています。

・「ずっと逢わずにいるので恋しさはますます募ってくることよ。水無瀬川は表面は水が少ないように見えるが深い底では水が流れているように、私はどうして心の底深くあの人を愛するようになってしまったのだろうか。」(『新編日本古典文学全集11 古今和歌集』)

同書では、三句目に地名が置かれた(という歌の)形式は、(初句に地名を置く形式の歌)1-1-759歌より新しい歌であろうと指摘し、みなせがはは水の少ない川の意か(普通名詞)とし、次の句の「なにに深めて」の枕詞でもあるとも解されるが、明らかではない、と指摘しています。なお、同書は1-1-607歌で、「『古今集』では「水の無い川」の意の普通名詞」が「みなせかは」表記であると指摘しています。

この訳において、水無瀬川は、豊かな流れが隠れているとして自分の気持ちの比喩としています。だから、この歌での水無瀬川とは、表流水はないが豊かな伏流水が流れている川(地表部と地下の部分をも含んでいる空間)を指しています。

② 類似歌のこの二つの現代語訳の例では、「みなせがは」を無意の枕詞とみなしてしていません。

 

5.類似歌の検討 その3 現代語訳を試みると

① 三句の「みなせかは」は、この歌の作者の時代では、上記3.で検討してきたように、万葉以来の意ですので、

地表面が涸れた状態となっている川の地表部分」の意、即ち伏流水を意識していない。と理解します。

枕詞として用いていないと推定しました。

② 初句「あひみねば」は、逢うことがかなわないので、または途切れたままなので、の意です。

③ 二句の「こひ」は名詞「恋」です。あるいは、動詞「こひまさる」に強調の助詞「こそ」が間に置かれたものである、との理解もあります。

④ 五句「思ひそめけん」は、動詞「思ひ染む」の連用形+助動詞「けむ」であり、「深く心をかたむけたのだろうか」、の意です。

 「けむ」は、活用語の連用形につく助動詞であり、過去に実現した事がらについての推量を表わします。

⑤ このため、1-1-760歌の現代語訳を、諸氏とは別に試みると、つぎのとおり。

 「親しく逢う機会が遠のいているので、恋しさがますます募っています。水の無い水無瀬川のような、愛情があるとも思えない今の貴方に、何が原因で心をこんなに傾けてしまったのでしょうか。(いえいえ貴方は思いやりの深い方ですから私は・・・)」

⑥ この歌は、貴方は水無瀬川とは違うから心引かれたのだ、ということを反語で示している歌です。

作者は男女どちらも想定可能です。

⑦ 恋愛の経過の判定を保留していましたが、この現代語訳(試案)に従うと、未練があり復縁を迫ったと歌ととれますので、Bです。配列上、許される判定結果です。

 

6.3-4-17歌の検討

① 『古今和歌集』における類似歌近辺の歌の配列と、3-4-17歌にもある語句「みなせがは」の検討に時間を要してしまいました。3-4-17歌の検討は、次回とします。

② 次回は、同一の詞書の3首(3-4-15歌~3-4-17歌)相互の整合性をも検討します。

 御覧いただきありがとうございました。

2018/6/4  上村 朋)

付記1.『古今和歌集』巻第十五の巻頭歌より2-1-768歌までの分析(類似歌1-1-760歌の前の歌13首後の歌8首の分析)

① 巻頭歌1-1-747歌から2-1-769歌までを対象に、作中の主人公の性別、歌の趣意、恋の段階、主な寄物、などを確認した。

② 作中の主人公とは、作者に関係なく、歌のなかで恋に苦しむ(又は諦める)男女を言う。

③ 恋の進行区分を、A失恋した・別れた・縁を結べなかった、 Bまだ失恋には疑心暗鬼 、C恋以前あるいは恋に無関係、の3区分とし、各歌を諸氏の現代語訳より判定した。但し、1-1-760歌は保留する。

④ 各歌の確認は下記のとおり。

1-1-747歌 主人公は男。恋愛の成就は諦め、懐かしんでいる。A

1-1-748 主人公は男。打ち明ける間もなく相手の結婚が判明し、失恋なのでA

1-1-749 主人公は男又は女。 相手は男ができてしまい手遅れになったことを悔やむ。A

1-1-750 主人公は男又は女。苦しいかどうかを経験したいと恋人募集中の歌。C

 1-1-751歌 主人公は男又は女。住む世界が違うのだと詠う歌なら失恋しA 憧れるも近づけないと自嘲したならB 

1-1-752 主人公は男又は女。逢いたがるので嫌われているのではないかと詠う。五句が現状認識なら次の手を打とうとB  失恋した推定理由ならA

 1-1-753 主人公は男又は女。嫌われているようだ、と詠う。上句を重視すれば失恋しA  現状認識下句を重視すればB

 1-1-754 主人公は女。きっと忘れられたのだ、と拗ねているのでならB

 1-1-755 主人公は女。気がふさがるようなつらい気持ちなのにその人は軽い気持ちで寄って来ると詠う。もう諦めているならA 未練があるならB

 1-1-756 主人公は男又は女。旨いように運ばず、月も同情してくれたと嘆く。失恋したらA 待ち人来たらずならB

 1-1-757 主人公は男又は女。一人寝た寂しさを詠う。失恋していたらA 待ち人来たらずならB

1-1-758 主人公は女。待ち人来たらずを嘆く。B(この歌は須磨の浦、次歌は淀の川原を対比)

 1-1-759 主人公は女。待ち人来たらずで自分を責める。B

 1-1-760 主人公は女。但し男も可。ABCの判定を留保する。

 1-1-761 作中の主人公は男。 待ち人来たらずの時の手慰みを詠う。失恋したのでそうするならA  四句は今日のような場合ととるならばB

 1-1-762 作中の主人公は女。待ち人来たらず、便りもなしを嘆く。B

 1-1-763 作中の主人公は女か。逢えない理由を詮索し悩む。B

 1-1-764歌 主人公は男又は女。あうのが少ない相手を恨む。 B

 1-1-765 主人公は男又は女。待ち人来たらず。B(この歌と次歌は忘れ草を引用)

 1-1-766 主人公は男又は女。待ち人来たらず。差し障ることがあったのかと怨む。B(この歌と次歌と次次歌は夢に言及)

 1-1-767 主人公は男。但し女でも可。夢に見ないのは相手がわすれたのかと詠う。B

 

 1-1-768 主人公は男。但し女でも可。夢に見ないから遠い関係になったかと詠う。切れたと詠っていないのでB

 1-1-769 主人公は女。昔の人を偲んでいる、と詠う。別れた昔の人との失恋であれば、A。懐かしい生活であれば、C

1-1-770 つれなき人は恋の相手か夫婦の一方であり、「せしま」が年月を意味すればA。数日とか一月であれば、B

 

付記2.三代集での「みなせがは」

① 『古今和歌集』に、清濁抜きの平仮名表記で「みなせがは」とある歌は3首ある。本文に示したよみ人しらずの2首のほかの1首は次のとおり。

 1-1-607歌  題しらず       とものり

     事にいでていはぬばかりぞみなせ河したにかよひてこひしきものを

とものりは生歿未詳だが、延喜5(905)には生存。恋歌二にあるこの1-1-607歌は、少なくとも850年以降の作詠時点の可能性が高い歌と言え、よみ人しらずの時代より後である。この歌は、「みなせ河」を枕詞と理解すると、「した」にかかる勅撰集においての初例。

 この歌において、作中人物とその相手の心は引き合っているよ、ということを作者が言っているとするならば、「「みなせ河」という状態になっている川の上流側の水はそのみなせ河という状態の川によって消えているが下流側の水となって流れているように切れようがない(恋しい)」、と詠っていると理解してもよいし、また、「「みなせ河」という状態になっている川の下には伏流した水が流れていっているように切れようがない(恋しい)」、と詠っていると理解してもよい。

どちらにしても、この歌の「みなせ河」という表現は、地表の目視できる状況を説明している表現であり、伏流する部分を含んで「みなせ河」と表現していない。言い換えると、作者とものりは、地表の目視できる川の状態(水が涸れている状態)のみを「みなせ河」と表現している。

なお、久曾神氏は、「みなせ河」は「したにかよひて」(心の中ではあなたに通じている意)の枕詞としている。伏流で上下流はつながっているように、ということでかかる、としている。

② 『後撰和歌集』に、清濁抜きの平仮名表記で「みなせがは」とある歌は1首ある。巻第十七雑三の歌で、

 1-2-1218歌  人のもとにふみつかはしけるをとこ、人に見せけりとききてつかはしける

    みな人にふみみせけりなみなせ河その渡こそまづはあさけれ

 二句「ふみみせけりな」には、「(河を渡ろうと)浅瀬を踏んでみせた」と「文を他人に見せた」の意がある。

 この歌において、「みなせ河」という表現は、1-1-607歌と同様に、地表の目視できる状況を説明しており、伏流する部分を含んで「みなせ河」と表現していないと理解できる。

③ 『拾遺和歌集』に、清濁抜きの平仮名表記で「みなせかは」表記の歌はなく、「おとなしのかは」表記の歌が1首ある。巻第十二恋二の歌で、

 1-3-750歌  しのびてけさうし侍りける女のもとにつかはしける    もとすけ

    おとなしのかはとぞつひに流れけるいはで物思ふ人の涙は

 この歌は、『元輔集』にない。清原元輔は、生没年は延喜8908)~永祚2年(990)。なお、「おとなし」表記の歌は、『古今和歌集』と『後撰集』になし。この歌の前の歌1-3-749歌が「音無しの里」を詠っている。

④ 「みなせのかはの」表記及び「みなしかは」表記の歌は、三代集にない。

(付記終る。2018/6/4  上村 朋)

 

 

 

 

 

わかたんかこれ 猿丸集第16歌 いもにあはぬかも

前回(2018/5/21)、 「猿丸集第15歌 いまきみはこず」と題して記しました。

今回、「猿丸集第16歌 いもにあはぬかも」と題して、記します。(上村 朋)

. 『猿丸集』の第歌 3-4-16歌とその類似歌

① 『猿丸集』の16番目の歌と、類似歌として諸氏が指摘する歌その他を、『新編国歌大観』より引用します。

3-4-16歌  (詞書の記載なし)

あづさ弓ひきつのはなかなのりそのはなさくまでといもにあはぬかも

 

3-4-16歌の類似歌  類似歌は、『萬葉集』の短歌と旋頭歌各1首です。短歌は、この短歌の異伝歌が3-4-16歌であると諸氏が指摘する歌であり、旋頭歌は、その短歌に初句~三句の表現が近い等の理由から私が類似歌として検討することとした歌です。

 2-1-1934歌   問答(1930~1940  

      あづさゆみ ひきつのへなる なのりその はなさくまでに あはぬきみかも 

 

 2-1-1283歌    旋頭歌

        あづさゆみ ひきつのへなる なのりそのはな つむまでに あはずあらめやも なのりそのはな 

 

② 清濁抜きの平仮名表記をすると、3-4-16歌は、二句、四句および五句の文字などと、詞書が、類似歌と異なります。

③ 3-4-16歌と類似歌とは、趣旨が違う歌です。

 なお、2-1-1934歌が問答という部立の歌なので参考までに、対となる歌を示します。

2-1-1935  かはのへの いつものはなの いつもいつも きませわがせこ ときじけめやも

 また、このほかの類似歌の有無については、後ほど改めて検討します。

 

2.類似歌の検討その1 配列から 

① 現代語訳を諸氏が示している類似歌を、先に検討します。『萬葉集』の歌番号順に検討します。

類似歌2-1-1283歌は、『萬葉集』巻第七にある全350首のうち 雑歌の部の詞書(題詞)が「旋頭歌」とある歌の一首です。

「旋頭歌」には、24首あり、『萬葉集』にある注記によれば、その最後の一首を除き、柿本朝臣人麿の歌集から採録した歌です。

この歌の前後の歌をみてみます。

② 旋頭歌は、歌謡性に富む歌(阿蘇氏)、民謡(土屋氏)と評されており、場合によっては上句と下句が掛け合いになっていたり、左右に分かれたグループあるいは男女、地域別などのグループ同士が旋頭歌を互いに謡いかけ楽しんだ歌である、と諸氏が指摘しています。

 旋頭歌は、同一の地名、物、状況が同様の歌であって、かつ連続して配列されていれば、その関連性を考慮して理解したほうがよいが、そうでなければ、単独の歌として理解してよい、と思われます。

③ 類似歌2-1-1934歌は 『萬葉集』巻第十の、春相聞にある歌です。春相聞は、「寄+名詞」の形の詞書が8つ続いたのち「贈蘰」、「悲別」及び「問答」で終ります。「問答」は五組の男女間の問答の歌であると、諸氏は指摘しています。問答の部立の最初に記載している一組の左注に「右一首不有春歌、而猶以和、故載於茲次」とあり、問答という表現様式への関心が『萬葉集』のこの巻の編纂者に高く、対となった歌同士で一つの世界をつくっている歌(と見做せる歌)の類に仕立てることを第一に編纂しているといえます。

 類似歌2-1-1934歌の前後の配列からは、問答歌として、対応する歌とあわせて理解する必要がありますが、前後の問答歌とは独立している、と言えます。

 

3.類似歌の検討その2 現代語訳の例

① 歌にある「ひきつ」と「なのりそ」について、確認しておきます。

 二句にある「ひきつ」が地名であるとすると、筑前国志麻郡にある、壱岐や朝鮮へ渡航する港である「引津亭(とまり)」があった、現在の福岡県糸島郡志摩町の岐志から船越にかけての入海が、候補となります。

 三句~四句にある「なのりそのはな」とは、褐色の海草のホンダワラの、気胞がにぎやかに付いているのを花と見立てている表現です。ホンダワラの古名が「なのりそ」です。ホンダワラは、長いもので8m以上になる海藻であり、群生すると海中林を形成する(いわゆる藻場)もののひとつであり、魚類や海中の小動物にとって格好の生育場を提供します。当時は、干して食用にしたり、製塩時の海水濃縮時の材料に用いたりしています。

実際には花が咲かないので、「なのりそのはな」は無限に長い期間をさしている歌語にもなっています。また、「なのりそ」は「名告りそ」と掛けてよく用いられる表現です。

② 諸氏の現代語訳の例を、『萬葉集』の歌番号順に示します。2-1-1934歌は問答形式で対の歌が2-1-1935歌になりますので、その歌の訳例も記します。

2-1-1283

     梓弓を引く、その引くではないが、引津あたりのなのりその花よ。その花を摘むようになるまであなたに逢わないということがあろうか。人に告げないでください。なのりその花よ。」(阿蘇氏)

 

     「引津のほとりにある、なのりその花よ。其の花を採む時までに、君に会はないで居らうか。居りはせぬよ。なのりその花よ。」(土屋氏)

 氏は、四句を「会はざらめやも」と訓んで訳し、初句の「あづさゆみ」は枕詞だからとして訳から省いています。そして「旋頭歌は意味よりも謡い物としての形式が主なものであるが、この歌などは2-1-1934歌と内容を同じくしながら、まったく謡ひ物化したもので、旋頭歌の何であるかを知るによい例である。意味だけからすれば、第六句の七音を除き去って、普通の短歌として十分成立つのである。」、と指摘しています。

なお、「ひきつのへ」に生育している「なのりそ」と、いう表現に関して、両氏は触れていません。

 

2-1-1934

     梓弓を引く、その引津のあたりに生えているなのりそ(ほんだわら)の花が咲くまで、逢うことのできないあなたですね。」(阿蘇氏)

 氏は、「なのりそ」は海藻の一種で花は咲かないので、無限に長い期間をさしている(ことになる)。人に知られてはならない恋である意を(ここでは)含めている。」、と指摘しています。

     「引津のほとりの、ナノリソの花の咲くまでも、会はない君かな。」(土屋氏)

氏は、「問答(の部にある)歌だが、実際の問と答へではなく、誦詠の一形式と思はれる。2-1-1283歌といづれが原形かはっきり言へない。」、と指摘しています。

 

2-1-1935

     川面に咲くいつ藻の花のイツというように、いつもいつもいらしてください。あなた。いらしていけない時などないです。」(阿蘇氏)

 氏は、五句「ときじけめやも」は形容詞「時じ」の未然形+推量の助動詞「む」の已然形+係助詞「や」+詠嘆の意の助動詞「も」であり、反語となり「その時期でないという時があろうか。ありはしない。」の意であるとしています。逢えぬ嘆きを詠った前歌(2-1-1934歌)に対して「いつ藻」の花を序詞に用いて「いつでも」と応じてはぐらかしていると評しています。(問答歌の問の歌)2-1-1934歌は、歌意からは女性の立場の歌であり、答えの歌2-1-1935歌では「吾背子」と呼び掛けていることからすると男性の立場の歌です。実際はどちらの立場でも謡われたものと推定し、かつ2-1-1935歌は吹芡刀自の歌とある2-1-494歌を利用したかとも指摘しています。

     「川のほとりの、いつ藻の花の如く、何時も何時も、来たまへよ、吾背子よ、時がわるいといふことはありますまい。」(土屋氏)

 氏は、「いつも」は、茂った藻の意と言い、「この歌は巻四(2-1-494歌)に吹黄刀自の歌として既に見えた。問の歌(2-1-1934歌)が藻の歌であるから、同じ藻の歌を以って答歌に当てた(のだ)」、と指摘しています。

③ なお、2-1-494歌は、次のとおり。

  かはのせの いつものはなの いつもいつも みませわがせこ ときじめけやも

 「いつも」の「いつ」は「いつ柴」と同じ使い方であり、「いつも」は「いつ」+「藻」であるので、諸氏の指摘しているように「よく茂った藻」、の意です。

現代語訳の例を示すとつぎのとおり。

     「川面に茂っている、そのいつ藻の花のように、いつもいつもお出で下さい。あなた。おいでになってはいけない時などありはしないのです。」(阿蘇氏)

     「川のほとりの、いつ藻の花のごとく、何時にても何時にても、来たまへよ、吾背子よ、時が宜しからぬといふことがあらうか。」(土屋氏)

 

4.類似歌の検討3 1283歌と1934

① この二つの歌における「なのりそ」は、産地を限定しています。その地である「引津」と「なのりそ」の関係はどのようなものなのでしょうか。

② 『萬葉集』には、句頭において「なのりそ」と訓む歌が、13首あります。そのうち「ひきつ(のへ)」を冠した「なのりそ」の歌はこの2(2-1-1283歌と2-1-1934)だけです。「なのりそ」に、敏馬浦、いへのしま、なかたのうら、すみのえのしまのうら、しか(のいそ)を冠する歌が各一首ありますがそのほかの7首は、ありそ、いそ、わたのそこなど地名ではなく地形を言い表しています。(付記1.参照)

 これらの歌をみると、海藻のなのりそは、実際にどこでも育っていて、引津を用いたのは、特別な地縁によって「ひきつ」を詠ったのではないようです。

③ あらためて「なのりそ」の生態(生育環境や生態等)をどのように詠っているかをみると、「ありそにおふる」、「いそになび(く」」、「いそにかりほす」など、近づくことが容易な岩場(磯)に生育して採取しやすい、長い藻であると詠っています。(付記1.参照)

つまり、干すのに引きずって広げる藻であるので、「引く」と「なのりそ」は縁のある言葉と認識して用いたのかと推測します。その「引く」の音のある地名として「引津(の辺)」と詠ったかと思います。

④ 次に、初句「あづさゆみ」は、無意の枕詞として上記の現代語訳では省かれていました。「あづさゆみ」は引くものであり。その同音で、引きずり拡げる場所「引津の辺」にかかったのかと思われます。

⑤ 「なのりそ」は長いという形態に寄せたいることを重視した現代語訳も考えられるので、両氏とは別案を試みると、次のとおり。

2-1-1283

「あずさ弓を引くではないが、引津の海辺に引き広げて干すなのりその その花を摘むまであなたに会わないことになるのだろうか。花のようにみえているだけのなのりその花よ(絶対に摘めないよ。あえないのですか)。」

 

2-1-1934

「あずさ弓を引くではないが、(同音の)引津の海辺に引き広げて干すなのりその花が、本当に咲くまで、会わないという君なのだなあ。(浜に引き広げ干していたら、皆が知ってしまうのに。)」

 

2-1-1935

 「川の岸辺で、いつもよく茂っている藻のように、例の花はいつでも咲いているでしょう。そのように、いつでもおいでくださいな、あなた。時が悪いということなどないのですから。」

 この歌は、2-1-1934歌の答歌であり、2-1-1934歌同様に藻をどこか詠っているはずの歌です。二句にある「いつも」は川辺にある藻であるとすると、なのりそとは異なる藻です。どのような藻なのか、花が実際に咲くのか。茂った藻を花に例えたのかなど調べ切れていませんが、それより「例の花」の意をかけていると理解したのがこの試みです。

 この3首において、「なのりそのはな」は、「切れ目のない無限に長い期間」を指しています。「名告りそ」の意は二の次です。

⑥ 2-1-1283歌は、男女どちらの立場でも用いることができる歌です。2-1-1934歌ではどうでしょうか。

2-1-1934歌と2-1-1935歌は、問答歌として『萬葉集』に採録されているので、整合がとれていなければなりません。2-1-1934歌では、作中人物(主人公)が、「君」と呼び掛けているので、女の立場からの歌となります。2-1-1935歌は、「わがせこ」と呼び掛けいる作中人物(主人公)は、女です。女同士の間の問答歌とみることができます。私と(試案)の「例の花」は特定の位置にある生け花とか、特定の屏風絵であったかもしれません。

土屋氏のいうように、藻に対して藻で答えた問答歌の例というだけで、編纂者が満足しているのかもしれません。謡う場面によって、「君」とか「わがせこ」が男になったり女になったり、または言い換えすれば、男女間の問答歌ともなると予想していると思われます。

 このように理解できる歌として、次の『猿丸集』歌の検討に進みます。

⑦ なお、2-1-1934歌は、 『歌経標式』で、当麻大夫の歌として論じられています。『新編国歌大観』より引用します。原文は万葉仮名ですが、同書の示す訓ではつぎのとおり。

 5-282-22歌                              当麻大夫

   あづさゆみ ひきつのべなる なのりそも はなはさくまで いもあはぬかも

 『歌経標式』では「も」の重複を避けた修正案が示され、

   あづさゆみ ひきつのべなる なのりそが はなのさくまで いもにあはぬかも

と男の立場の歌とされています。(『新編日本古典文学全集8』の1934歌の頭注より)

 『歌経標式』は藤原浜成の作で、序によれば宝亀3(772)の成立です。その文の表記と内容から言えば奈良朝末期に成るのであろうと推定されています。

この成立時点であれば、『猿丸集』の作者は、『歌経標式』に接すことが可能ですので、この3-4-16歌の類似歌の資格が、この5-282-22歌にもあることになります。

 

5.3-4-16歌の詞書の検討

① 3-4-16歌を、まず詞書から検討します。3-4-16歌には、3-4-15歌の詞書(「かたらひける人の、とほくいきたりけるがもとに」)がかかります。 

② 前回(2018/5/14のブログ)行った現代語訳(試案)を再掲します。

 「親しくしてきた人が、遠く立ち去ってしまって、その人のもとに(送った歌)」

 

6.3-4-16歌の現代語訳を試みると

① 三句と四句の「なのりそのはなさくまでと」とは、類似歌と同じく「無限に長い期間」、の意です。二句に「ひきつのはな」と提示しておいて、三句にあらためて「なのりそのはな」と繰り返しているので、類似歌を印象付け、このような含意がある、とみました。

② 五句「いもにあはぬかも」の「いも」は、「妹」であり、女性を親しんでいうことばであり、自称の意はありません。「いも」は作者からみて親しい女性です。

また、五句にある「(妹に)あふ」は、四段活用の動詞で「(親しい女性と)夫婦になる、(親しい女性に)匹敵する・対面する」、の意もあります。

また、五句にある「かも」は、助動詞「ず」の連体形についており、終助詞であり、ここでは詠嘆をこめた疑問文をつくります。

③ 以上の検討を踏まえて、詞書に留意して3-4-16歌の現代語訳を試みます。

梓弓を引く、その引くと同音の引津に咲く花なのですか(約束は)。萬葉集のあの歌のようになのりその(咲きもしない)花の時期がくるまではと言って、妹には逢わないつもりなのですか。

④ この歌は、「いも」を持つ男親か兄弟が、妹を思いやっている歌と理解できます。だから、作者は男です。詞書を離れてみると、母親や姉でも詠める歌と思います。

⑤ 3-4-15歌と3-4-16歌は、一つの詞書における歌ですので、あわせて検討を要します。

 3-4-15歌は、相手が遠ざかったことを嘆いた歌でした。

 3-4-16歌は、妹の相手の男の約束不履行をやんわりなじっている歌です。

 この二つの歌を同時に受け取った相手からみて歌の趣旨はかみあっている歌と理解しようとすると、この二つの歌の作者と作中人物は同一人であり、男親か兄弟となります。即ち、男となります。そうなると、同一の詞書の歌であるので、3-4-15歌と3-4-16歌はともに男の立場の歌と理解するほうが良いので、3-4-15歌の作中人物は、男、と訂正します。作者と「かたらひける人」とは、官人同士として親しくしていたのではないか、と推定します。

⑥ 同一の詞書は、「かたらひける人の、とほくいきたりけるがもとに」でありました。「いきたりける」男は、「作者が妹と呼ぶ人のところから疎遠になっていった」男、の意と理解できました。

前回示した詞書の現代語訳(試案)は、上記5.に再掲しています。このままで適切である、と思います。3-4-15歌の現代語訳(試案)も、そのままで3-4-16歌の上記のような現代語訳(試案)との間に不合理はないと思います。

ただし、次の3-4-17歌もこの詞書にある歌であるので、3首の間の整合の有無は、後ほど改めて検討しることとします。

 

7.この歌と類似歌とのちがい

① 詞書の内容が違います。

② 五句の「かも」の意が、異なります。この歌3-4-16歌は、詠嘆をこめた疑問文を作っています。二つある類似歌のうち2-1-1934歌は、問答歌であり、作中人物にとって深刻な事態ではなく呆れたしまったという感動文をつくっています。もうひとつの類似歌2-1-1283歌は、旋頭歌であり、謡い物であるので、深刻な事態を詠っている歌ではありません。

③ 『歌経標式』記載されている5-282-22歌および同書が示しているその修正案も、3-4-16歌とは異なる歌です。

④ この結果、この歌は、詞書を重視すると、約束を引き延ばしている男(反故にしようとかかっている男)をやんわりなじっている歌であり、類似歌の両歌は、相手を信頼して歌のやりとりを楽しんでいる歌です。

歌経標式』記載の歌5-282-22歌は、『猿丸集』の作者が参考にしたかどうかに関係なく、後代の私たちからみたら、3-4-16歌の類似歌です。

なんとなれば、類似歌とは、2018/1/15のブログにおいて「歌そのもの(三十一文字)を比較すると先行している歌がありますので、それを、(『猿丸集』歌の)類似歌」という」、と定義し、2018/1/22のブログに記載したように類似歌という用語をこの検討では「先行している歌で似ている歌」の意で用いている用語ですので。

   

 さて、『猿丸集』の次の歌は、つぎのような歌です。

3-4-17歌  (詞書なし。3-4-15歌の詞書がかかる) 

あひみねばこひこそまされみなせがはなににふかめておもひそめけん

3-4-17歌の類似歌  1-1-760歌  「題しらず  よみ人しらず」   巻十五 恋歌五

      あひ見ねばこひこそまされみなせ河なににふかめて思ひそめけむ

 

この二つの歌も、趣旨が違う歌です。

ご覧いただきありがとうございます。

次回は、上記の歌を中心に記します。

2018/5/28   上村 朋)

付記1.『萬葉集』歌で、句頭において「なのりそ」と訓む歌は、13首ある。次のとおり。特定の地名(歌の下線部分)のある歌に△印を、歌における「(なを)告る」という動詞部分となのりその形態を推測させる語句とを太文字にしている。)

2-1-365歌:みさごゐる いそみにおふる なのりその なはのらしてよ おやはしるとも(巻三 雑歌)

2-1-366歌:みさごゐる ありそにおふる なのりその よしなはのらせ おやはしるとも(巻三 雑歌:或本歌曰)

△2-1-512歌:おみのめの くしげにのれる ・・・ いへのしま ありそのうへに うちなびき しじにおひたる なのりそが などかもいもに のらずきにけむ (巻四相聞 丹比真人笠麿下筑紫国時作歌一首幷短歌)

△2-1-951歌:みけむかふ ・・・ おきへには ふかあるとり うらみには なのりそかる ふるかみの ・・・(巻六 雑歌:過敏馬浦時山部宿祢赤人歌一首幷短歌)

2-1-1171歌:あさりすと いそにわがみし なのりそを いづれのしまの あまかかりけむ (巻七雑歌)

△2-1-1283歌:あづさゆみ ひきつのへなる なのりそのはな つむまでに あはずあらめやも なのりそのはな (巻七雑歌)

2-1-1294歌:わたのそこ おきつたまもの なのりそのはな いもとあれと ここにしありと なのりそのはな(巻七雑歌)

2-1-1399歌:おきつなみ よするありその なのりその いそになびかむ ときまつわれを (巻七雑歌)

△2-1-1400歌:むらさきの なたかのうらの なのりその いそになびかむ ときまつわれを (巻七雑歌)

△2-1-1934歌:あづさゆみ ひきつのへなる なのりその はなさくまでに あはぬきみかも (巻 )

△2-1-3090歌:すみのえの しきつのうらの なのりその なはのりてしを あはなくもあやし (巻十二 寄物陳思)

2-1-3091歌:みさごゐる ありそにおふる なのりその よしなはのらじ おやはしるとも(巻十二 寄物陳思)

△2-1-3191歌:しかのあまの いそにかりほす なのりその なはのりてしを なにかあひかたき(巻十二 羈旅発思)

(付記終る。2018/5/28  上村 朋)