わかたんかこれ 猿丸集その224恋歌確認30歌 わがごとく

 前回(2024/2/26)に引きつづき『猿丸集』歌の再確認をします。今回は第30歌です。   

1.経緯

  2020/7/6より、『猿丸集』の歌再確認として、「すべての歌が恋の歌」という仮説を検証中である。12の歌群を想定し、3-4-30歌は、「第七 乗り越える歌群(4首 詞書3題)」の第2首目である。3-4-28歌までは、すべて類似歌とは異なる歌意の恋の歌(付記1.参照)であることを確認した。3-4-29歌は、同一詞書のもとにこの歌があることもあり確認を保留している。

 歌は、『新編国歌大観』より引用する。

2.再考 3-4-30歌 その1

① 『猿丸集』の第30番目の歌とその類似歌は、つぎのとおり。

   3-4-30歌 (詞書なし 3-4-29歌の詞書をうける(あひしれりける女、ひさしくなかたえておとづれたりけるによみてやりける))

     あらちをのかるやのさきにたつしかもいとわがごとく物はおもはじ

類似歌は2首あります。

  a 『人丸集』 柿本集下 3-1-216歌   (詞書無し あるいは「さるさはのいけに身をなげたるうねべをみてよめる」)

     あらちをのかるやのさきにたつしかもいとわがごとにものはおもはじ (四句いとわればかり、(とも))

   b 『拾遺和歌集』 巻第十五 恋五  1-3-954歌。「題しらず 人まろ」  

     あらちをのかるやのさきに立つしかもいと我ばかり物はおもはじ

 前回(ブログ2018/9/24付け)の結論は、この歌を、(共通の詞書のもとにある3-4-29歌とともに、)詞書にいう「おとづれたりける」男を、改めて信頼していると、表明した歌とし、類似歌は、受け入れてくれなかった男に作者はまだ不安がある歌というものでした。

② 改めて以下の検討をした結果、次のことが言えます。

第一 この歌と類似歌2首の四句の意がそれぞれ別の意として明確になった。

第二 この歌の詞書が改訳されているので、3-4-30歌の歌本文の現代語訳(試案)も、改訳となる。次のとおり。なお、「おとづれたる」男を信頼している(あるいは頼りにしている)という作者の立場は改訳前と同じである。

「勇壮な男が射止めようと矢を向けた先に立っている鹿も、ほんとうに私と同じように、物に動じないのであろうよ(私は今の交際相手を選びません)。」

第三 類似歌2首も、改訳した。前回(ブログ2018/9/24付け)と異なる歌意となった。

第四 3-4-30歌は、詞書のもとにある歌として、女の作者による恋の歌であり、類似歌とは異なる歌であることを再確認した。

第五 『猿丸集』の「恋の歌」の判定は、想定した歌群の歌の確認後に判定する。

③ この歌と類似歌2首は、それぞれの歌集での部立てと詞書が異なっています。そして、歌本文は、それぞれを平仮名表記すると、四句の一部の語句のみが異なっているだけです。

 即ち3-4-30歌は「わがごとく」、『人丸集』にある2-1-216歌は「わがごとに」、『拾遺和歌集』にある1-3-954歌は「我ばかり」です。(2-1-216歌には「わればかり」という異伝歌もありますが、1-3-594歌が「我ばかり」なので検討は割愛します)。

 それにより歌意が異なると予想して検討を始めました。詞書や配列も見直します。

④ 類似歌としている2首について最初に確認します。

 『新編国歌大観』の解題では、『猿丸集』の成立を公任の三十六人撰の成立(1006~1009頃)以前としています。

 『人丸集』について、同解題では、「(この歌集は、)他人歌を多く含み、その成立は複雑である。・・・平安時代における人麿理解のありようと深くかかわっていて、奈良時代以前の和歌の平安時代における伝承と享受の実態をさぐるための貴重な資料であることも確かである。」と指摘しています。

 また、島田良二氏は、「伝承歌の人麿歌を採った『拾遺和歌集』から人麿集は採ったと考えられる」と指摘しています(『私歌集全釈叢書34 人麿集全釈』(2004))。島田氏のいう「伝承歌」を記した文書は不明であって今日まで伝わっていませんので、類似歌として採りあげることができません。しかし、『人丸集』にある3-1-216歌は、歌集の成立事情を踏まえると『猿丸集』編纂者は参考にできた可能性があるので、類似歌と認められます。

 次に、同解題では、『拾遺和歌集』の成立を一条天皇の寛弘2年(1005)か同3年(1006)頃と推定しています。このため、『拾遺和歌集』後に『猿丸集』が編纂されている可能性があり、『拾遺和歌集』歌は類似歌と認められます。

⑤ 再考作業は、最初に3-4-30歌を、次いで類似歌2首の順で行います。

 さて、3-4-30歌の詞書は、3-4-29歌の詞書と同じです。

 その現代語訳(試案)は、ブログ2024/2/26付けの「4.」で改訳しました。次のとおり。

「昵懇の仲であったところの女が、暫く途絶えて後に男が訪れたのだが、この歌を詠んで逃したということだ。」(29歌詞書改訳)

 この歌の作者は、3-4-29歌の作者でもあり、詞書にいう「あひしれりける女」です。四句にある「わがごとく」という「われ」は女ということになります。

⑥ 次に、歌本文にあるいくつかの語句を確認します。

 初句にある「あらちを」は、「「荒らしを」の転というが、古く他に例がない」(『和歌文学大系32 拾遺和歌集』(増田繁夫))など、語の成り立ちに論がありますが、諸氏は雄々しい男・勇壮な男の意としています。

 今回も前回と同様に、「あらちを」は、雄々しい男・勇壮な男の意とします。

 四句「いとわがごとく」とは、副詞「いと」+代名詞「わ」+連体格助詞「が」+比況の助動詞「ごとし」の連用形です。

 「いと」は副詞であり、「a非常に・たいそう b全く・ほんとうに」の意です(『例解古語辞典』)。

 「わが」で、「わたしの」の意となります。

 「ごとし」は、格助詞「が」を介して体言・副詞に付きます。その意は、ここでは、「ある物事を、本来無関係な他の物事にたとえて、それと類似している意をあらわす(・・・ようだ、・・・に似ている)」(同上)ではないか。

 「わがごとく」とは、「わたしのように」の意です。前回は、四句「いとわがごとく」を「ほんとうに私ほど」と現代語訳(試案)しました。

⑦ 五句「物はおもはじ」の主体は、だから作者ではなく、「シカ」となります。

 名詞「もの」の意味は、「a個別の事物を、直接に明示しないで、一般化していう b普通のもの・世間一般の事物 cものの道理 d超人間的なもの・恐れや畏怖の対象となる、鬼神・怨霊の類」などなどです(同上)。

 動詞「おもふ」は、「a心に思う bいとしく思う・愛する c心配する・憂える」などの意があります。

 助動詞「じ」は、「a打消しの推量 b打消しの意志」の意があります。相手や第三者に言う場合は前者、話し手自身についていう場合は後者が、普通だそうです(同上)。

 前回は、「もの」を、「個別の事物を直接明示しないで一般化していう言い方」として、この歌では「色々な思案」を意味するとみて、「ものはおもはじ」とは、思案はある一つに固まって来るだろう、迷わず自分の運命を(シカは)受け入れるであろう、の意と理解しました。

⑧ 改めて、歌をいくつかの文に別けて、検討します。()に理解した文の趣旨を付記します。

第一 あらちをのかるやのさきに: (場所・位置を、「あらちを」が構える狩の矢の先である、と指定)

第二 たつしかも: (シカの外見上の様子を「たつ」、と描写)

第三 いとわがごとく: (鹿の意志・行動を、作者のように、と例える)

第四 物はおもはじ: (シカの意志を、何かを「思」わないだろう、と作者が推測)

この歌の作者の「思い」が、歌本文にも直接表現されていないので、推測するほかありません。

⑨ 詠われている景を確認します。

 客観的には、狩場において追い込まれたシカは、射殺あるいは捕獲される確率が高く、逃げおおせる確率は、小さいものです。シカが、矢を射かけられとき、ただ立っているのは、射殺あるいは捕獲されることがあることを受け入れているかに見えます。

 これは、同じ詞書のもとにある3-4-29歌の歌意を考慮すると、あらちをは、この歌をおくる相手を、矢の的となっているシカは、作者自身を暗喩しているのではないか。

 そうであるならば、第四の文における助動詞「じ」を暗喩では話し手自身について用いていることになり、第四の文は暗喩において作者の意志を表し、「迷わないであらちをの意のまま」ということになり、それは「あなたを選び、今の交際相手を選ばない」ということを、歌をおくった相手に表明していることになります。

⑩ 前回の検討時以降に詞書の理解が改まっているので、歌本文も現代語訳も改めて試みることとします。

 上記⑨の理解により、上記⑤に示した「29歌詞書改訳」のもとの歌として改訳すると、次のとおり。

 「勇壮な男が射止めようと矢を向けた先に立っている鹿も、ほんとうに私と同じように、物に動じないのであろうよ(私は今の交際相手を選びません)。」(30歌改訳)

 「もの」とは、「a個別の事物を、直接に明示しないで、一般化していう」意であり、具体的には狩の対象となっているシカにとっては「あらちをに射殺あるいは捕獲されることへの不安」など、作者にとっては「貴方に捉えられることへの不安」など、であり、「思ふ」とは、「a心に思う」の意です。

 「私と同じように」と言っているので、作者自身が「ものはおもはじ」と言っていることになります。

 そして、この歌は、今交際している人物が知ったとしても、(下記の理解のような)類似歌と紛らわしいので、言い訳のたつ歌となっています。

 このような理解であれば、3-4-29歌と3-4-30歌は同一の詞書のもとにある歌として平仄があっています。「おとづれたりける」男を今も頼りにしている歌であるものの、後朝の歌ではありません。

3. 再考 類似歌3-1-216歌 

① 類似歌については、『人丸集』にある類似歌3-1-216歌を先に再考します。

『人丸集』におけるこの歌の前後の配列について、3-1-211歌~3-1-221歌計11首を中心に、前回(ブログ2018/9/24付けで)検討しました。相聞の歌が配列されている部分にこの11首はあり、組合せて対となっていると見做せる歌は無なく、互いに独立した歌である、と指摘しました。また、少なくとも3-1-212歌~3-1-220歌(3-1-216歌は保留)は相聞歌であるかもしれない、と指摘しました。これは、詞書がないものとしての検討でした。

 なお、相聞歌とは、ここでは『萬葉集』の三大部立ての「相聞」に分類できる、という意です。

 そして、現代語訳については、不安な気持ちを訳に示している島田氏の訳を採りました。

② 最初に、配列からの検討をします。3-1-216歌の前後の11首のうちで相聞の歌でないように一見みえる3-1-211歌と3-1-221歌を確認します。

 3-1-211歌は、『萬葉集』にある「過近江荒都時柿本朝臣人麻呂作歌」と題する長歌(2-1-29歌)の最初の反歌(2-1-30歌)の異伝歌とみなされています。「しがらきのからさき」(大津市坂本町唐崎に比定されている)は、天智天皇の御代に都が近江国にあったときの舟遊びの地と言われています。

 歌本文の趣旨が同じというのが異伝歌たる所以であるとすると、『萬葉集』の題詞を作文した人物の認識が正しければ、2-1-30歌と同様にこの歌3-1-211歌は、人麻呂が作詠者であり、天智天皇の御代の鎮魂歌を構成する歌となります。部立ては相聞ではなく雑歌がふさわしい、となってしまいます。

③ その2-1-30歌は、次のとおり。

 題詞 (過近江荒都時柿本朝臣人麻呂作歌) 反歌

 歌本文 楽浪之 思賀乃辛碕 雖幸有 大宮人之 船麻知兼津

     さざなみやしがのからさききたれども大宮人のふねまちかねつ

④ その現代語訳は土屋文明氏によれば次のとおり(『萬葉集私注』)。

 題詞 : 読み下し文も示されていない

 歌本文 :(大意) ささなみの滋賀の唐崎は変わることなくあるけれども、大宮人の船の来るのを待つことはできないで居る。

 氏は、四句は「大津宮の宮人達をさして居る」、及び「唐崎を擬人化し、唐崎が船の来るのを待つことができない。即ち船が来ない」と語釈しています。また、「天智天皇崩御の時の歌に「やすみししわご大君の大みふね待ちか恋ふらむ滋賀の唐崎」(巻二の歌2-1-152歌 舎人吉年といふ婦人の作と伝へられる歌)を知って居ったのであらう」とも指摘しています。(なお、2-1-152歌の題詞は「天皇崩時婦人作歌一首 姓氏未詳」とあります。)

 この歌が、氏の指摘するように、唐崎を擬人化したことにより女が男を待つということであれば、そのままで部立て「相聞」の歌になっている、と言えます。

⑤ 次に、『拾遺和歌集』にある3-1-221歌を確認します。

 3-1-221歌は、次のとおり。詞書があります。

 詞書 さるさはのいけに身をなげたるうねべをみてよめる

 歌本文 わぎもこがねくたれがみをさるさはの池のたまもとみるぞかなしき

⑥ この歌本文が平仮名表記では同一の歌が、『拾遺和歌集』の部立て「哀傷」にあります。

 1-3-1289歌 さるさはの池に、うねべの身なげたるを見て 人まろ

    わぎもこがねくたれがみをさるさはの池のたまもと見るぞかなしき

 そして天暦5年(951)成立という『大和物語』150段にも平仮名表記で同一の歌があります。

 5-415-252歌 (詞書相当文割愛)

    わぎもこがねくたれがみをさるさはのいけのたまもとみるぞかなしき

 3-1-221歌の現代語訳を試みると、次のとおり。

「わたしのあの子の寝乱れた髪を、 猿沢の池に生える美しい藻に思うのは、本当に悲しいことだ。」

⑦ 詞書に記す猿沢池に飛び込んだ人物の役職が采女なので、飛び込んだ原因は、上司同僚などのパワハラなどが考えられます。天皇のお声のかからないこととか不倫(職務専念義務違反にあたる)での自殺であれば不敬にあたるのではないか。人麿でなくともこのような歌を詠むのは前者の場合に限られます。

 詞書は、「身をなげたるうねべをみて」と作者が仄聞したことで、この歌を詠んでいる、と記しており、哀傷の歌であっても「恋の当事者の歌」に該当しません。

⑧ では『人丸集』におけるこの歌以降の歌の配列はどうか。

『人丸集』の配列では、3-1-221歌の詞書のつぎの詞書は、3-1-228歌にある「せむどうか」です。そして3-1-228歌以後の歌本文はすべて旋頭歌です。そうすると、3-1-221歌の詞書は、3-1-227歌までの詞書と理解可能です。

 一つの詞書のもとの歌として、3-1-222歌から3-1-225歌は、作者の立場は恋の当事者です。3-1-226歌は七夕伝説を踏まえた歌であり、3-1-227歌はこの詞書の最初の歌(3-1-221歌)の玉藻に呼応して采女の着物を題材にしている、とみることができます。だから、3-1-221歌から3-1-227歌は、一つの物語を仕立てている、と言えます。

 しかし、これらの歌の作者が3-1-221歌の詞書にいう(持統朝で活躍した)「人まろ」と断定する根拠を示せません。このため、3-1-221歌から3-1-227歌は『新編国歌大観』の解題にいう「(この歌集は、)他人歌を多く含み、その成立は複雑である」の一例とみることができます。

 そうすると、この詞書とそのもとにある歌全体を、『人丸集』は「恋に関する歌」として配列している、と言えます。

 このため、今検討対象にしている3-1-216歌を、『人丸集』は、恋の歌として採録していることになります。

⑨ 『人丸集』における詞書について、3-1-221歌以前に遡ると、3-1-178歌にあります。次のとおり。

 3-1-178歌 みかどたつた河のわたりにおはします御ともにつかうまつりて

   たつた河もみぢばながる神なびのみむろの山にしぐれふるらし

 3-1-228歌にある詞書「せむどうか」に準じれば、この詞書は3-1-216歌も含めて3-1-220歌までの詞書と理解可能です。しかし、例えば3-1-200歌の歌本文は次のようであり、3-1-178歌の詞書のもとにある歌とは思えない歌です。少なくとも3-1-178歌のトーンと全く異なります。

 3-1-200歌 歌本文 

   みな人のかさにぬふてふありますげありての後もあはんとぞ思ふ

 このため、3-1-178歌~3-1-220歌の配列も、『新編国歌大観』の解題にいう「(この歌集は、)他人歌を多く含み、その成立は複雑である」の一例とみることができます。このため、3-1-211歌の詞書は「題しらず」とみなします。

⑩ 次に、前回、3-1-216歌の現代語訳は、島田良二氏の訳を採りました。次のとおり。

 「勇ましい男の狩をする矢の前の先に立つ不安な鹿も、それほどひどく私のようには物思いをしないだろう。」(『私歌集全釈叢書34 人麿集全釈』(島田良二氏))

 作者の恋の辛さの比喩が鹿の状況であり、また、五句にある「おもはじ」の助動詞「じ」は、作者ではなく鹿の思いを作者が推量していることになります。島田氏が「不安な鹿」と判断した根拠は不明でした。

⑪ 次に、幾つかの語句の意を確認します。上記「2.⑤」で「あらちを」、「いと」、及び「わが」は確認しました。3-4-30歌本文と異なる四句にある「(いと)わがごとに」を確認します。

 四句「いとわがごとに」とは、副詞「いと」+連語「わが」+活用語の連体形につく接続助詞「ごとに」ではないか。

 接続助詞「ごとに」の意は「・・・のたび、・・・のどれも」です(『例解古語辞典』)。

 連体格助詞「が」を伴って「わが」という連語で「わたしの」の意となりますので、「わがごとに」とは「わたしのどれも」となります。

 三句~四句にある「・・・しかもいとわがごとに」とは、「・・・という状況のシカも、ほんとうに作者自身の状況どれも」と詠っていることになります。

 それは、「・・・という状況のシカも、ほんとうに作者の(これまでと同様にこれから来る日も来る日も)どの日も」と並列させていると理解できます。

 そうすると、五句は、作者自身に関して言っていることになります。

⑫ 3-1-216歌は詞書が「題しらず」の歌ですので、作中人物が男か女かは歌本文の内容で推測することになります。

 このことを前提として、現代語訳を試みると、つぎのとおり。

 「勇壮な男が射止めようと矢を向けた先に立っている鹿も、ほんとうにこれからの日々の私も物に動じないであろうよ。」

 鹿は勇壮な男に射止められるはずです。運命としてそれを受け入れているのが「たつ」以外の行動を起こしていないことから推測できます。

この歌は、作者自身も貴方への愛情に揺らぎがありません、と伝えた恋の歌です。男である「あらちを」の矢の先に「たつしか」になぞらえる人物は女である作者とみなせます。

 そして、作者は、初句~三句の例えのように猛烈なアプローチに応じた直後の女であり、この歌は、後朝の歌とみなせます。前回(島田氏の現代語訳)とは女の歌というのは同じでも、歌の理解は異なることになりました。

4.再考 1-3-954歌

① 次に、もう一つの類似歌、『拾遺和歌集』の恋五の部立てにある1-3-954歌を確認します。

 前回(ブログ2018/9/24付け)の検討時に紹介した小池博明氏は、恋部の構成を論じて、「時間の推移(一方向に時間軸に沿ってすすむ)というよりも段階的推移(質的変化・進行後退等のステップ)によっている」と指摘しています(『新典社研究叢書 拾遺集の構成』(1996))。

 即ち、『拾遺和歌集』の編纂者は、『古今和歌集』の編纂者と同じように、『拾遺和歌集』編纂の元資料である歌を素材として扱っている、と見ています。特定の男と女が歌を交わしたと思われる対の歌を並べることはせず、恋の段階に相当する歌を集めて配列している、とみなしています。

② 恋五は、恋の段階を明らかにするため作詠された事情を具体に記した詞書1題(1首)をおき、つぎに、「題しらず」の歌が多数配列される、というパターンが9回繰り返されており、9つの歌群があることになります。9回のうち2回は「題しらず」の歌の前に返歌1首がありますが、1-3-954歌の属する歌群にはありません。

 1-3-954歌は、1-3-950歌の詞書「ものいひ侍ける女ののちつれなく侍て、さらにあはず侍ければ  一条摂政」から始まるパターン(歌群)であり、「題しらず」では4番目にある歌です。

 「題しらず」の歌は、逢えない嘆き、一人寝が続く、わが身の不運、と詠う歌に続いてこの歌があり、恋死も覚悟し、恋しさが募る、涙涙の日、と詠う歌が続いています。1-3-957歌以降は、涙の歌ばかりです。

③ 小池氏は、一つ前の歌群にある1-3-948歌や1-3-949歌では作者(作中人物)は関係途絶を認識している、と指摘しています。

 歌群の最初にある1-3-950歌の詞書は「ものいひ侍ける女」と仲のよかったのは過去のことであることを過去回想の助動詞「けり」を用いて示しており、一旦離別状態になったと作者は認めている詞書です。

 このため、1-3-954歌は、この配列と、1-3-950歌の詞書から、逢っていた相手との関係改善が絶望的な状況での歌である、といえます。そして、男の立場を詠んだ歌ということになります。

④ 前回、離別を認識した作者の歌として、現代語訳(試案)を示しましたが、それは1-3-954歌本文と3-4-30歌本文との違い(四句の「いと我ばかり」と「いとわがごとく」)について論を尽くしていませんでした。

 また、この歌は、この部立ての配列から判る離別を認識した歌群の歌という前提条件にもっと留意してよい、と思います。

 このため、改訳します。

⑤ 最初に語句の確認をします。

 「いと我ばかり」の「ばかり」とは、副助詞であり、普通の体言に付く場合は「・・・ほど、・・・ぐらい」の意を添えます。主語や連用修飾語である場合は「・・・ほど、・・・ぐらい」の意を添えてぼかしていう表現」となります(『例解古語辞典』)。

 配列からは、諦めきれないが離別が決定的な状況にある男が、相手の女におくった歌であることが明確であり、この後に配列されているのは、涙を詠い途方にくれていることを訴える歌ばかりです。

 五句「物はおもはじ」の「物」とは、「a個別の事物を、直接に明示しないで、一般化していう 」場合に相当し、具体的には(シカにとっては射殺されることだが)作者には「離別を認ること」でははないか。

⑥ 改訳を試みると、次のとおり。

1-3-954歌  題しらず

 「勇壮な男が射止めようと矢を向けた先に立っている鹿も、全く私ほど悩み苦しんでいることはあるまい。(だから翻意してください)」

 勇壮な男は鹿を傷つけずに射止めるか捕獲するのは確実であるものの、鹿は死を考えてはいまい、と作者は想定しています。五句にある「おもふ」の主語は、建前では「鹿」です。

 前回は、作者である女が、訪ねて来てくれるか不安であると理解しましたが、今回はそれと異なり、作者である男が、絶望的な状況を打開すべく必死に訴えている、という理解が妥当となりました。

5.再考 3-4-30歌 その2 類似歌と異なる恋の歌か

① ここまでの検討で、平仮名表記をすると、四句の3文字だけが異なるだけの3首は、それぞれの歌集の配列と詞書を踏まえて、四句の意が異なり歌意が異なる歌となりました。

 3-4-30歌は、暫く途絶えていた後に男が訪れた際の女の歌で、女の事情を訴えた歌(3-4-29歌)に続き、今でも相手の意に従うことを婉曲に伝えた歌でした。

   3-1-216歌は、勇壮な男が必ずシカを射止めるかのようにアプローチしてきた男を受け入れた際の女の後朝の歌でした。

 1-3-954歌は、離別を通告してきた女に翻意を促すため、男が種々訴えている歌の一つでした。

② 詠っている場面と作者の性別は、順に、再会直後の女、初めて顔を合した直後の女、離別通告があった後の男となります。

 この3首が、世に知られるようになったのは、3-1-216歌が最初であり、女の立場の歌としてです。次に、それを利用して『猿丸集』の編纂者は別の女の立場の歌として3-1-216歌とし、『拾遺和歌集』の編纂者は男の立場の歌として1-3-954歌としたと推測できます。『猿丸集』歌と『拾遺和歌集』歌の前後関係は今のところ分かりません。

 このため、3-4-30歌は、類似歌とは異なる歌です。そのほか、『猿丸集』における想定している歌群の歌かどうかは後日の検討とします。

 「わかたんかこれ ・・・」をご覧いただきありがとうございます。

 次回は、第31歌を検討したい、と思います。

(2024/3/4  上村 朋 )

付記1.『猿丸集』における「恋の歌」の定義

 『猿丸集』において、「恋の歌」とは、次の各要件をすべて満足している歌と定義して検討をしている。

第一 「成人男女の仲」に関して詠んだ歌と理解できること、即ち恋の心によせる歌であること

第二 『猿丸集』の歌なので、当該類似歌と歌意が異なること

第三 誰かが編纂した歌集に記載されている歌であるので、その歌集において配列上違和感のないこと

第四 「成人男女の仲」に関した歌以外の理解が生じることを場合によっては許すこと

(付記終わり 2024/3/4  上村 朋)

わかたんかこれ 猿丸集その223恋歌確認29歌 助動詞けり

 前回(2024/2/5)に引きつづき『猿丸集』歌の再確認をします。今回は第29歌です。

1.経緯

2020/7/6より、『猿丸集』の歌再確認として、「すべての歌が恋の歌」という仮説を検証中である。12の歌群の想定し、3-4-29歌は、「第七 乗り越える歌群(4首 詞書3題)」の第1首目である。3-4-28歌までは、すべて類似歌とは異なる歌意の恋の歌(付記1.参照)であることを確認した。

 歌は、『新編国歌大観』より引用する。

2.再考3-4-29歌 詞書その1 

①  『猿丸集』の第29歌とその類似歌は次のとおり。

3-4-29歌 あひしれりける女、ひさしくなかたえておとづれたりけるによみてやりける

    あづさゆみゆづかあらためなかひさしひかずもひきもきみがまにまに

 

類似歌 『萬葉集』 2-1-2841歌。 巻十一の部立 「譬喩」(2839~)

     梓弓 弓束巻易 中見刺 更雖引 君之随意

 あづさゆみ ゆづかまきかへ なかみさし さらにひくとも きみがまにまに

 

 前回(ブログ2018/9/17付け)の結論は、「この歌は、昔の親密な関係に戻ることが確かになった時点の女の喜びの歌であり、類似歌は、まだ関係が出来ない前(あるいはできてほしい時点)の女の拒絶(あるいは願望)の歌です」というものでした。

② 助動詞「けり」が詞書に3度用いられ、歌本文には用いられていません。3-4-27歌と3-4-28歌では詞書や歌本文にもありました。このため「けり」に留意して再確認を下記のように行い、次の結論を得ました。

第一 この歌の詞書において、助動詞「けり」は、驚きか詠嘆の気持ちをこめて回想する意で用いられている。

第二 詞書と歌本文の現代語訳(試案)は、次のように改訳する。この詞書のもとにある次の歌との整合性の確認は今後行うこととする。

詞書: 「昵懇の仲であったところの女が、暫く途絶えて後に男が訪れたのだが、この歌を詠んで逃したということだ。」(29歌詞書改訳)

歌本文: 「あづさ弓で矢を射るのに重要なゆづかを巻きなおされてから私たちのこのような仲が長く続いています。これから、また弓を引かないのも弓を引くのもあなたのお心のままに。(今日のところはお帰り下さい)」(3-4-29歌本文改訳その2)

そして、その暗喩は、この詞書のもとにある次の歌とともに理解しなければならないので保留する。

第三 類似歌の理解は前回と同じであり、このため類似歌とこの歌とは異なる歌意という前回の同じ結論となった。

第四 この歌が、「『猿丸集』歌すべての歌が「恋の歌」という仮説に沿う1首であるかどうかは、この歌群の歌全てを再検討後に確認する。

③ 助動詞「けり」の意は、

a「ある事がらが、過去から現在に至るまで、引き続いて実現していることを、詠嘆の気持ちをこめて回想する意を表す。・・・てきたなあ。・・・ていることだ」とか、

b「ある事がらが、過去に実現していたことに気がついた驚きや詠嘆の気持ちを表す。・・・たなあ。・・・たことだ。」

c「今まで気づかなかったり、見すごしたりしていた眼前の事実や、現在の事態から受ける感慨などに、はじめてはっと気づいた驚きや詠嘆の気持ちを表す。・・・なあ。・・・ことだ。」

d「伝聞や伝承された過去の事実を、回想していう意を表す。・・・たということだ。・・・たそうだ。」

などの意があります(『例解古語辞典』)。

④ 詞書より再確認します。この詞書はいくつかの文から成ります。すべての文に助動詞「けり」が用いられています。()に理解した文の趣旨を付記します。

第一 あひしれりける女、:(歌に関係ある人物を紹介)

第二 ひさしくなかたえておとづれたりけるに :(詠う経緯を記す)

第三 よみてやりける :(作詠者の行動を記す)

⑤ 「あひしれりける(女・人)」という語句がある詞書は、『猿丸集』に4題あります。

 3-4-18歌の題詞:あひしれりける人の、さすがにわざとしもなくてとしごろになりにけるによめる

  (「あひしれりける人」とは、歌本文の作者がよく知っている人物でこの歌をおくった相手。 ブログ2020/8/31付け参照)

 3-4-28歌~3-4-29歌の題詞:上記①に記載

 3-4-45歌の題詞:あひしれりける人の、なくなりにけるところを見て

  (「あひしれりける人」とは、歌本文の作者が昵懇の間柄であった女でこの歌をおくった相手。 ブログ2019/4/29付け参照)

 3-4-47歌の題詞:あひしれりける女の、人をかたらひておもふさまにやあらざりけむ、つねになげきけるけしきを見ていひける

  (「あひしれりける女」とは、歌本文の作者のよく知る女でこの歌をおくった相手。 ブログ2019/8/19付け参照)

 このうち3-4-18歌は、ブログ2020/8/31付けで再確認して、恋の歌として理解が出来た歌です。3-4-45歌と3-4-47歌の恋の歌の再確認はこれからです。

「あひしる」(相知る)とは、「互いに親しむ・交際する」意です(『例解古語辞典』)。

 この題詞(3-4-28歌~3-4-29歌の題詞)以外は、「あひしれりける(女・人)の」という助詞「の」が付いた語句であり、歌を詠んだ人物(歌の作者)がその人(あるいは女)を「あひしれりける」という状況です。この題詞は、助詞「の」がありません。

⑥ 第一の文は、ある女とこの詞書を作文している人物との関係を記しています。そのある女は、歌の作者であるか、歌をおくった相手であるか判断できる情報はありません。

 第二の文での「おとづれる」という行為は、恋の歌であるならば男の行動になります。そのため、その後にこの歌は詠まれていることになります。そして翌朝におくったとすれば、後朝の歌になります。

 第三の文は、明らかに歌の作者の行動ですが性別は記されていません。おくった相手も記されていません。しかし、3つの文の構成からは、歌を詠んだ人物(作者)の第一候補は第一の文にある「あひしれりける女」です。

 そして歌をおくった相手は、第二の文における「おとづれたりけり」という男、ではないか。

 このため、詞書は、女が男に歌をおくった、ということを記している、と理解できます。

⑦ さて、ブログ2018/9/17付け及び同2018/9/24付けで得たこの詞書の現代語訳(試案)は、次のようなものでした。

 「男女の間柄であった女が、暫く遠ざかっていた男の訪れがあって後に、詠んで送った(歌)」

 この(試案)において、例えば、「あひしれりける(女)」を、単に「男女の間柄であった(女)」と訳しているのは、上記の「けり」の意に含まれているなんらかの驚きや詠嘆の気持ちの意あるいは回想している意を表現していないことになるのではないか、という疑問が生じます。

 詞書における助動詞「けり」の意は、歌本文が反映しているはずですので、歌本文の再確認をしてから、詞書の現代語訳(試案)を改めたい、と思います。

3.再考3-4-29歌 歌本文その1 

① いくつかの語句を確認します。

 初句「あづさゆみ」とは、『萬葉集』歌でも枕詞として用いられています。弓の縁で「はる(春・張る)」、「ひく(引く)」、「もと(元)」、「すゑ(末)」などの語句にかかっています。弓の素材である梓の縁ではなさそうです。

「ひく」にかかる場合は、「ひかば・・」、「ひきみゆるへみ」と続き、「ひかずもひきも」という用例はありません。

 ここでは、弓の部位の名(ゆづか)を修飾しているので、武具である弓の美称ではないか。そして、恋の歌であるならば、恋の相手を暗喩している、と思います。

② 二句にある「ゆづか」(弓束)とは、矢を射るとき、左手で弓を握る部分を言います。木の皮や獣の皮などを巻いて使いやすくしており、時々巻替える必要があるのだそうです。「あづさゆみ」が恋の相手の暗喩であるならば、「ゆづかあらため」とは恋の相手(男)が新しい女性との交際を選択したことの暗喩となります。

 三句にある「なかひさし」とは、「(あなたとの)仲久し」であり、この歌をおくる相手との関係は、ある状態(おとずれが無い状態)が長く続いた」という意です。

③ 四句にある「ひかずもひきも」は、類似歌では「さらにひくとも」とあります。『萬葉集』の用例には「(あづさゆみ)ひきみゆるへみ」があります。

 「ゆみをひく」と対の行為は「ゆみをゆるめる」であり、「ゆみをひかず」は「ゆみをとる」との対がふさわしい語句なのではないか。

④ 五句「きみがまにまに」は、『萬葉集』に15例(首)あり、その万葉仮名はほとんどが「君之随意」です。しかし、勅撰集には「きみがまにまに」と表現する歌は、ありません。「ひかばまにまに」もありません。時代が下がると、恋の歌のイメージから信頼しているというイメージを詠う歌が排除されていったと推測できます。現実の場における恋の歌が、悲恋を詠うものだけになったとは思えないので、文学のジャンル意識が生まれた結果であろう、と思います。そのような時代にこの歌が詠まれているので、『猿丸集』の編纂者の主張があると思えますが、今のところそれが何であるかはわかりません。

⑤ 現代語訳(試案)を、前回(ブログ2018/9/17付け)では次のようにしました。歌には、助動詞「けり」が用いられていません。

  「矢を射るのに重要な梓弓のゆづかの部分のように、貴方と私の間を結んでいた関係を貴方が新しいものにして(私を遠ざけて)から長い日時が過ぎました。昨夜お出でいただき一緒の時間を過ごさせていただきました。これからは、弓を引かないのも弓を引くのもその弓を使う人の意思ひとつであるように、私は、あなたのお心のままです。」

 私の思い入れの強い意訳になっており、逐語的な現代語訳ではありません。

⑥ 作者は、過去の事実と今後の決意を淡々と詠っています。その作詠態度を尊重し、訪れてくれた喜びを直接示唆する語句もありませんので、次のように改めます。

 「あづさ弓で矢を射るのに重要なゆづかを巻きなおされてから私たちのこのような仲が長く続いています。これから、また弓を引かないのも弓を引くのもあなたのお心のままに。」(3-4-29歌本文改訳)

 初句にある「あづさ弓」は、歌をおくる相手を暗喩しているのではないか、と思います。

 「なかひさし」とは、あなたの「巻替える」ことがあった結果の事態です、ということの指摘です。

歌本文の四句と五句にある「ひかずもひきも」とは恋の歌であるならば男の行為であるので、この歌は女が男におくった歌と認められます。

詞書からは、この歌の作者は「あひしれりける女」が第一候補でしたので、詞書と歌本文の間に作者の性別は一致します。

⑦ さて、この歌は、四句が類似歌と大きく異なっています。上記③で指摘したように、弓を「ひく」と「ひかず」を対比しているのが気にかかります。また、「ひかず」を先に言い出しているので、「ひかず」を作者は言いたいのではないか、と推測します。

 そして恋の歌としていくつかの語句に暗喩がありました。暗喩を重視すると、歌全体に込められているところは、次のようなことではないか。

 「貴方(あづさゆみ)が新しい交際相手を選び(ゆづかあらため)、私たちの仲が切れた状態が長く続きました。そして今日となっています。私をあらためて選ばないのも(ひかずも)あらためて選ぼうとするのも(ひきも)それはあなたの自由ですが、私にも仲が切れた状態の時にはその自由があったのですよ。」

⑧ 「ひかず」を先に言って、五句の「きみがまにまに」とあり、その五句には「われもまにまに」の暗喩がある、とすると、詞書の「けり」の意は、おとづれた男にとって、驚きか詠嘆の意で用いられていると理解できます。

 即ち、この歌は、前回訪れてくれた時から久しぶりであり、作者の側の状況の変化も有り得ることです。だから、貴方と同じように今は私も心のままに動きます、ということを言っていることになります。

 しかしながら、この詞書のもとにもう1首ありますので、合わせて検討をする必要があります。

 このため、「恋の歌」の確認はその後のこととします。

 

4.再考3-4-29歌 詞書その2

① 改訳した歌本文(とその暗喩)を前提に、改めて詞書の現代語訳を試みます。

 「あひしる」(相知る)とは、「互いに親しむ・交際する」の意です。

『猿丸集』の「あひしれりける(女・人)」という語句4例のうち3例(上記「2.⑤」参照)は、「あひしれりける(女・人)の」という助詞「の」が付いた語句であり、当該詞書のもとにある歌本文をおくった相手でした。

 そして、歌本文の作者は、当該詞書を作文した人物と重なって矛盾がありませんでした。

 この歌の詞書では、「あひしれりける(女・人)」という語句であって、助詞「の」が付いた語句ではなく、詞書の第三の文にある動詞「よみてやりける」の主語が「あひしれるける女」となります。

② そして、「よみてやりける」とは、「詠みて遣る」ですが、その意は、現在交際している男と鉢合わせをしないように、「歌を詠んで(事情と作者の立場もつたえて)逃しやる」です。

 「やる」の意は「a行かせる。b送る・与える。」のほかに「c逃す」もあります(『例解古語辞典』)。

 この歌をおくられたのは、「おとづれたりける」と表記されている男になります。

 その男が詞書を作文しているのではないか。

 詞書にある助動詞「けり」は、「詠嘆の気持ちをこめて回想する意」で用いているのではないか。詞書はそこに留意して、改めて現代語訳を試みると、次のとおり。

 「昵懇の仲であったところの女が、暫く途絶えて後に男が訪れたのだが、この歌を詠んで逃したということだ。」(29歌詞書改訳)

③ 男が訪れたのをぴしゃりと断っていないので、作者は、未練があるのではないか。円満に今交際している男と別れるのを模索する気持ちがあるのではないか。それらは次の歌をみればわかるかもしれません。

5.再考3-4-29歌 歌本文その2 詞書との整合

① 上記の詞書の現代語訳(試案)との整合を歌本文の現代語訳で確認すると、上記「⑥」に示した現代語訳(試案:3-4-29歌本文改訳)を修正します。

②  「あづさ弓で矢を射るのに重要なゆづかを巻きなおされてから私たちのこのような仲が長く続いています。これから、また弓を引かないのも弓を引くのもあなたのお心のままに。(今日のところはお帰り下さい)」(3-4-29歌本文改訳その2)

③ その暗喩は、この詞書のもとにある次の歌とともに理解しなければなりません。

 「けり」を重ねて用いている詞書からは、女が本当に男を突き放しているのか、訪れの無い期間の浮気の相手との鉢合わせを避けたかっただけなのか、判断が付きかねます。

 

6.類似歌の確認

① 類似歌 『萬葉集』 2-1-2841歌を再考します。

 この歌は部立て「譬喩」にあり、「寄弓喩思」と題された歌です。この題のもとにある歌はこの1首だけです。

 萬葉集歌での「あづさゆみ」の用例は、その歌の作者の性別にかかわらず、特定のある男性か男性一般をさしていました(ブログ2018/9/17付け「4.②」参照)。

 三句の「なかみさし」は具体の行動は不明ですが、弓の操作か手入れのひとつであって「弓束(ゆづか)」を巻替えた後に行う「何らかの弓に対する作業・行為」とみなせます。

② 阿蘇瑞枝氏は、「女性の歌で、個人的契機で詠まれたというよりも集団の場でのうたいものであったか。主意は(今も)自分の気持ちはかわらないことか。」と指摘しています。

 土屋文明氏は、「あまたの(人の)誘因にはなびかず、ひたすら君に随う心と見なければ、五句が生きてこない。」と指摘しています。

 五句「きみがまにまに」とは万葉仮名「君之随意」に示されているように、「貴方の気に召すまま」の意です。万葉仮名「君之随意」と記述された大方の歌と同じく、また、土屋氏のいうように、この歌は、五句の万葉仮名「君之随意」を相手に伝えたいのが趣旨の歌と理解します。

③ 前回の検討(同上ブログ)での現代語訳(試案)は次の2案でした。「あづさゆみ」の意味するところが特定のある男性あるいは男性一般で2案となります。

第一 弓を引く者が特定のある男性: 

「(貴方は)梓弓の弓束を(時には)巻替えて中見さすということまでしたうえで、改めて弓を引こうとしています。弓を引くのは、たしかに弓を引く方のお考え次第でしょう。それと同じように、気持ちを改めるなどして私にアプローチしてくださるのも貴方のお気に召すままなのですよ。(そうしたら私は喜んでうけましょう)。」

このように理解した歌は、女が特定の相手に行動を促した歌であり、五句にある「きみ」はその特定のある男性(この歌を聞かせる相手)となります。

第二 弓を引く者が男性一般: 

「(男の方は)梓弓の弓束を(時には)巻替え、中見さすということまでして、更に弓を引いてみようとします。それは弓を引くひとのお考え次第でしょう。みなさんがそのように色々考えられて事新しく私を誘うのもみなさんの自由でしょう。そのようなことをいくらしても、私はあの人につき従うつもりですので。」

 このように理解した歌は、弓を引くひとを恋の相手としては拒否している歌であり、五句にある「きみ」は「私が思い焦がれている(皆さんもご存知の)あの人」となります。 四句にある接続助詞「とも」は、逆接の仮定条件を表現していることになります。

④ 『萬葉集』の編纂者(元資料の採録者)が、両方の意があることを承知で採用したとしても、また「なかみさし」が不明の作業・行為のままであっても、類似歌は、特定の気を引いてほしい男性にお願いしている歌、もしくは寄ってくる男に断りを告げている歌である、という前回の結論は妥当である、と思います。

 

7.再考 3-4-29歌 その2 恋の歌か

① 3-4-29歌は、詞書のもとにある歌として、暫く訪れていなかった女から断られた際の歌となりました。しかし、上記「5.」で指摘したように、同一の詞書のもとにある次の歌との整合を確認する必要がありますのでしばらく恋の歌の判定は保留します。

 類似歌は、理解は2案並記ですが、特定の気を引いてほしい男性にお願いしている歌、もしくは寄ってくる男に断りを告げている歌であり、この2案は、男女の仲は、まだ結ばれていないことになります。

①『猿丸集』において、「恋の歌」とは、次の各要件をすべて満足している歌と定義して検討をしています。

第一 「成人男女の仲」に関して詠んだ歌と理解できること、即ち恋の心によせる歌であること

第二 『猿丸集』の歌なので、当該類似歌と歌意が異なること

第三 誰かが編纂した歌集に記載されている歌であるので、その歌集において配列上違和感のないこと

第四 「成人男女の仲」に関した歌以外の理解が生じることを場合によっては許すこと

② この4つの要件のうち、第二は、『猿丸集』に想定した12の歌群のうちの「第七 乗り越える歌群(4首 詞書3題)」の第1首目であり、第2首目以降の検討を要します。そのほかの要件は満足しています。

 このため、第4首目の検討後に「恋の歌」かどうかを判定したい、と思います。

ブログ「わかたんかこれ ・・・」をご覧いただき、ありがとうございます。

 次回は、第30歌の確認をします。

(2024/2/26  上村 朋)

 

わかたんかこれ 猿丸集その222恋歌確認28歌は「やま」にみる恋

 前回(2024/1/29)に引きつづき『猿丸集』歌の再確認をします。今回は第28歌です。

1.経緯

2020/7/6より、『猿丸集』の歌再確認として、「すべての歌が恋の歌」という仮説を検証中である。12の歌群を想定し、3-4-27歌と3-4-28歌は、「第六 逆境深まる歌群」の歌群(2首 詞書2題)に整理している。3-4-27歌まですべて、類似歌とは異なる歌意の恋の歌(付記1.参照)であることを確認した、3-4-28歌の類似歌は『古今和歌集』の1-1-204歌である。

 歌は、『新編国歌大観』より引用する。

2.再考3-4-28歌 その1

① 3-4-28歌と直前の歌3-4-27歌は、前後の歌と違い、恋という人事を直接詠っていません。それでも3-4-27歌が恋の歌であったので、この歌も同音異義の語句により、同じく恋の歌となる、と予想できます。

 『猿丸集』の第28歌とその類似歌は次のとおり。

3-4-28歌  物へゆきけるみちに、ひぐらしのなきけるをききて

   ひぐらしのなきつるなへに日はくれぬとおもへばやまのかげにぞありける

 

3-4-28歌の類似歌  1-1-204歌   題しらず     よみ人知らず 

   ひぐらしのなきつるなへに日はくれぬと思ふは山のかげにぞありける  

 類似歌は、『古今和歌集』巻第四秋歌上にある歌です。この2首は、四句にある助詞(「ば」と「は」)が異なるだけです。

② 歌本文にある「やまのかげ」の「やま」については、『猿丸集』第51歌と第52歌の詞書の検討(ブログ2019/10/7付け及び同2019/11/4付けなど)における「やま」の理解を踏まえ、詞書にある助動詞「けり」に留意し、下記のように検討したところ、次の結果を得ました。

第一 「やまのかげ」の「やま」は、「屋+間」(建物と建物の間)の意である。また「かげ」は、「面影」の意である。「やまのかげ」を(牛車の)「輻(や)の間から確認したかげ」(ブログ2018/9/10付け「9.及び10.」)という理解は誤り。

第二 詞書にある「けり」は、気付きの気持ちの意を表しており、その気付いた内容から恋の歌となる。

 その恋の歌に見立てるには、第27歌と同様に、次の3つの要件によります。 

第一 暗喩が詞書や前後の歌との関連からも認められ、その暗喩によりこの歌を恋の歌と推測できる。

第二 恋の歌のタイプには、相手を恋い慕う歌、連れない態度を咎める歌、あるいは失恋中の心証風景の歌乃至一方の人の死によって終わった際に詠った歌がある。この歌は、そのいずれかに該当する。

第三 当然類似歌と歌意が異なること

 

③ 詞書より再確認します。

 3-4-27歌の詞書と対比した表をブログ2024/1/29付けより引用します。

表 3-4-27歌と3-4-28歌の詞書の比較 (2024/1/26現在)

詞書を構成する文の区分

3-4-27歌の詞書

3-4-28歌の詞書

文1

ものへゆきけるみちに

物へゆきけるみちに

文2

きりの

ひぐらし

文3

たちわたりける

なきけるをききて

 

共通にあるのは、文1は、すべてであり、文2は、助詞「の」、文3は、助動詞「けり」です。

 そして、異なるのは、「きりがたつ」と「ひぐらしがなく」という、得た情報の種類(視覚と聴覚)です。3-4-27歌は、その得た情報が、恋に関するなにかを示唆するか暗喩しており、恋の歌でした。題詞の文のパターンが同じなので3-4-28歌も同じようにその得た情報の示唆などにより、恋の歌である、と予想します。

 

④ 文1の「もの」とは「出向いてゆくべきところ」を莫として言います。

3-4-27歌と同様に、ゆくべきところ(外出の目的地)が文2以下の記述に関係していれば、文1は、特に名を秘すところに行く途中に、ということを意味します。そうでなければ、屋内ではなく外出中、という意だけです。

 作者がセミの「ひぐらし」の鳴き声を聞いた「みち」とは、海路ではなくて陸路の道です。

「けり」の意は、前回の3-4-27歌の検討時は、c「今まで気づかなかったり、見すごしたりしていた眼前の事実や、現在の事態から受ける感慨などに、はじめてはっと気づいた驚きや詠嘆の気持ちを表す。・・・なあ。・・・ことだ。」の意となり、3-4-27歌は「恋の歌」となったところです。

 3-4-28歌の詞書においても、同様の意と予想します。

 だから、詞書は、今鳴いたひぐらしの鳴声に気が付き、新しく何かを思いついたわけではないという場面であることを明確にしている、と理解してよい、と思います。

 なお、「けり」は歌本文の五句にも用いられています。

⑤ 次に、詞書にある「ひぐらし」とは、歌本文の初句にもありますが、セミの一種です。「なきける」が「鳴きける」の一意しかなく、「ひぐらし」は同音異義の語句ではなさそうです。

 オスの鳴き声は甲高く、標準的な聞きなしは「カナカナ」とされ、日の出前や日の入り後の薄明時によく鳴きますが、曇って薄暗くなった時、気温が下がった時、または林内の暗い区域などでは日中でも鳴きます。「日を暮れさせるもの」としてヒグラシの和名がついたそうです(ウィキペディアより)。

『世界大百科事典』によれば、「平地~1500mくらいの山地に広くみられ、薄暗い林中にすみ、特にスギ・ヒノキ植林地域に多い。おもに明け方と夕方に鳴くが、日中でも降雨前やガスが濃くかかったときにはよく鳴く。鳴き声は、高音でキキキ・・・、あるいはカナカナ・・・と聞こえ、カナカナなる別名がある」セミです。

⑥ 詞書の現代語訳を試みると、

「あるところへ陸路行く途中において、ヒグラシが鳴きだしたのであった(あのときのヒグラシをも思い出し)、聞きつつ(詠んだ歌)」

「けり」を重視して、歌本文に暗喩のあることとして提案したところです。

⑦ 次に、歌本文を検討します。いくつかの語句を最初に確認します。

初句にある「なきつる」とは、動詞「鳴く」の連用形+完了の助動詞「つ」の連体形」です。

 完了の助動詞には「ぬ」と「つ」があります。その違いは、「ぬ」が自然的作用を表す動詞(「暮る」とか「落つ」など)に付くのに対して、「つ」は意志的な動作を表す動詞(暮らすとか落とす)などに付く場合が多いこと、及び「ぬ」が状態の発生を表すという気持ちが強いのに対して、「つ」は動作・作用がそこで終わったこととかすでに終わったことという完了・終結を表す傾向が強い、という違いがあります(『例解古語辞典』)。

 二句にある「なへに」は、上代語の接続助詞です。それに伴って他のことが行われている意を表します(『例解古語辞典』)。このため、「なきつるなへに」とは,「鳴くことの完了とともに」が有力です。

⑧ 四句にある「おもへば」の動詞「おもふ」とは、「a心に思う」意のほか「bいとしく思う・愛する c心配する・憂える d回想する・なつかしむ f表情に出す・・・といった顔つきをする」意もあります(『例解古語辞典』)

 「おもへば」の「ば」は接続助詞であり、ここでは、「やまのかげ」をこの後に言い出しているので、「あとに述べる事がらの起こった、またはそれに気が付いた場合を表す接続語をつくる役割をもっている」、と考えられます。「おもへば」とは、「・・・思ったら」とか「思ったところが」の意が可能です。このほか、「あとに述べる事がらの起こる、または、そうなると考えられる、その原因・理由を表す接続語をつくる」場合もあります(同上)。

⑨ 類似歌の四句にある「思ふは」の「は」は、係助詞であり、付いた語句を主語・題目などとして取り立てる意があるので、「思ふは」とは、「・・・と思うことは」の意となります。

⑩ 次に、 四句~五句にまたがってある「やまのかげ」は、類似歌と同じ意であれば、「山の陰」となります。

 「やま」については、これとは別に「や」と「ま」の2語からなるとして、前回の検討(ブログ2018/9/10付け)時は、(牛車の)「輻の間」と理解したのですが、牛車に乗っている人物がそれを見るのは牛車の窓との関係で不可能なので、改めて検討します。

 「やま」の有力候補があります。第51歌と第52歌の詞書にある「やまにはな見に・・」の「やま」が、「屋間」(建物と建物の間)の意(ブログ2019/10/7付け及び同2019/11/4付け参照)であったことです(その検討は『猿丸集』は「すべての歌が恋の歌」という仮説検証を始める前の段階です)。

 この歌においても「や」は「屋・家・舎」(『例解古語辞典』)と漢字表記でき、「ま」は「際」(ある物の存在している空間・あたり・きわ)とか「間」(一つの物の間の空間・すきま)という漢字表記が可能(同上)です。

⑪ 2019年の検討時、歌における「ま」(際)の用例を提示をしていませんので、今回『萬葉集』と類似歌のある『古今和歌集』で確認します。

萬葉集』には、万葉仮名「際」を「ま」と訓んでいる例があります。

2-1-17歌(長歌)に、

「味酒 三輪乃山 青丹吉 奈良能山乃 山際 伊隠萬代 道隈 伊積流萬代尓 委曲毛 見管行武雄・・・ 」

 土屋文明氏の大意には、「うまさけ 三輪の山よ、あをによし 奈良の山の、山のあたりに隠れるまで 道の曲がり目の多く重なるまで、よくよく見ながら行かうものを ・・・」とあります。

2-1-484歌(長歌)に、

「・・・ 朝霧 髣髴為乍 山代乃 相楽山乃 山際 徃過奴礼婆 将云為便 将為便不知 ・・・」

 土屋氏の大意には、「・・・ 朝霧の如くにかすかになって、山城の相楽の山のほとりに亡くなって行ってしまはれたから、言ふべき手だても、為すべき手だても分からず ・・・」とあります。

 氏は、「山極」について、古写本に「やまのは」の訓あり、恐らく同義の語であらう。山と山のあひだとまで言はぬとも「山のほとり、山の輪郭の辺」位の意にとるべきであらう」と指摘しています。

⑫ 『古今和歌集』に、「際」の意で「ま」表記した歌はありませんでした。「やまのは」(山の端)表記(1-1-881歌と1-1-884歌)と「山のかひ」表記(1-1-54歌と1-1-1057歌と1-1-1067歌)はあります。

⑬ 次に、「かげ」とは、漢字表記が「影」であれば、「a光 b蔭法師 c水や鏡に映っている姿や形 d姿・形 e面影(おもかげ)」の意があります(『例解古語辞典』)。

 漢字表記が「陰」であれば、「a光の当たらない所 b物陰・さえぎられて見えない所 cかばい守ってくれること・恵み」の意があります(同上)。

 また、漢字表記が「蘿」であれば、「ひかげ」と同じ意であり「山地に自生する常緑多年草のひとつ。ヒカゲノカズラの意となります。

 これから、「やまのかげ」とは、恋の歌であれば、「屋の際の面影」という理解も可能となります。

 

⑭ では、歌本文を検討します。

 歌本文中の接続助詞「なへに」と「ば」、及び活用語の終止形や係り結びに注目すると、次のような文から歌本文は成る、といえます。文ごとの概要を付記します。「思ひ」は2意として詠まれているのではないか。

第一 ひぐらしのなきつるなへに : セミひぐらしが鳴いた。それとともに、

第二 日はくれぬ : 日が沈んで暗くなった あるいは、日が暮れることになる

第三 とおもへば : と「思ふ」が、ところが

第四 おもへば : 「思ふ」ものもあり

第五 やまのかげにぞありける :それは、「やまのかげ」であったなあ。

⑮ この歌は、ひぐらしの鳴き声という聴覚情報を得て(第一)、作者は「日はくれぬ」と判断したか、あるいは「日はくれぬ」ということになる、と判断しました(第二)。そして、それを、何らかの情報を更に得てかあるいは情報を得ずに思考した結果なのであるが(第三)、即座に思うのは(第四)、「やまのかげ」であるなあ(第四)、という歌ではないか。

 「おもふ」は同音異義の語句として用いており、初句から四句にある「おもへば」までの三つの文(では第一~第三)においては、「心に思う」意であり、重ねて四句にある「おもへば」から五句までの二つの文(上記では第四~第五)においては、「回想する・なつかしむ」意となっている、と言えます。

 歌の末尾の助動詞「けり」に留意したい、と思います。ひぐらしの鳴き声から連想ゲームで過去のある事がらに至ったのではないか。

 ものへ行く途次、ひぐらしの鳴き声を聞き「日が暮れた頃合い」という時間帯であれば、思い出すことが作者にはあるのだ、と言って詠ったのがこの歌ではないか。それがあのときの「やまのかげ」だと推測します。

 「やまのかげ」の理解から助動詞「けり」の意は、上記④での予想どおりcの意となるでしょう。

⑯  現代語訳をこころみると、次のとおり。

 「ひぐらしが鳴いた、(それを私は聞いた。)それとともに、日が沈んで暗くなった。と心に思うのと同時に私は回想する。あの屋敷に垣間見た面影が浮かぶなあ。」

 「やまのかげ」とは、「屋際の陰」、即ち「建物と建物の合間にみえる面影」と理解しました。

 第51歌と第52歌の詞書における「やま(に)」は、現代語訳(試案)では「建物と建物の間のところ(にゆき)」としたところです(ブログ2019/11/4付け「12.④」参照)。

 この理解であるならば、恋の相手とは少なくとも縁遠くなってしまっているものの諦めきれない気持ちがある男の歌となります。

3.類似歌の確認 その1 山の陰か

① 次に、類似歌(1-1-204歌)の再確認をします。

 1-1-204歌は、『古今和歌集』の部立て「秋上」に配列されています。「秋上」の歌に、秋の景物を指標として歌群設定を試みる(ブログ2018/9/3付け「4.」参照)と、この類似歌を含む歌群は「きりぎりす等虫に寄せる歌群(1-1-196歌~1-1-205歌)となります。そして、この歌群は対となる歌2首を順に配列し、かつすべて虫が鳴いている景の歌であり、鳴く虫が順次変わり、最後はひぐらしが鳴く2首となっています(ブログ2018/9/10付け「6.」参照)。

② このため、この配列からは、1-1-204歌の歌本文にある「ひぐらし」は「セミ」であり、「やまのかげ」は、「山の陰」という理解が妥当です。

 また、この配列において対となる2-1-205歌も、歌本文を見れば「ひぐらし」は「セミ」です。

 1-1-205歌      題しらず    よみ人しらず

     ひぐらしのなく山里のゆふぐれは風よりほかにとふ人もなし

 この2首の共通点は、夕方にセミが鳴いていることであり、対比しているのは、秋の景物である「ひぐらし」に寄せてある瞬間の出来事と、日数で数えるほどの長い時間に渡る出来事です。

 さらに、知的な遊戯の面が強い作詠態度と情に訴える作詠態度とが対比されています。また、男性官人の理知的な歌と女性の情緒を重視した恋の歌の対比も指摘できます。

③ そして、ブログ2018/9/10付け「8.」にある現代語訳(試案)は、建物内に作者がいる場合及び騎馬で外出時の場合と仮定した次の2案を得ました。

第一 建物内に作者がいる場合 :「ヒグラシが鳴くのだから同時に日が暮れたのだと判断したことは、誤りで、(庭に目に移すと、)日が山の陰に入ったからであった。」 

第二 騎馬で作者が外出している場合 :「ヒグラシが鳴くのだから同時に日が暮れたのだと判断したことは、(道を曲がると日があたったので気が付いたのだが)山の陰に私が居たからであった。」 

 そして、ここまでの『猿丸集』の歌が類似歌と異なる設定で詠まれていることに注目すると、作者の居る場所に関しては3-4-28歌の検討後に結論を得ても良い、と宿題になっています。(ブログ2018/9/10付け 「8.⑧」参照)

④ 上記の現代語訳(試案)2案は、ともに妥当な理解である、と思います。両案の理解を許せるから遊戯性の強い歌といえます。

 『猿丸集』の歌、即ち3-4-28歌は、「山の陰」を詠っていないなど、2-1-204歌とは異なる歌であり、互いに独立した歌なので、2-1-204歌の上記の2案並記のままの現代語訳(試案)でよい、と思います。

⑤ 諸氏の理解も、「ひぐらし」は「セミ」であり、「やまのかげ」は、「山の陰」というものであり、山の陰に入っていたのは、太陽か作者の何れかです。

 なお、「ひぐらし」を詠む2首が対になっており、類似歌2-1-204歌が恋の歌でないのがあきらかであり、2-1-205歌が恋の歌なので、類似歌と異なる歌意となる3-4-28歌が恋の歌である可能性が高まっています。

4.再考3-4-28歌 その2 恋の歌か

① これまでの『猿丸集』歌と当該類似歌で歌意が異なるのは同音異義の語句による場合が多くありました。この歌と類似歌にも同音異義の語句「やまのかげ」がありました。

 そしてここまでの検討で、類似歌の「やまのかげ」は、「山の陰」であり、この歌(3-4-28歌)は「屋+間(建物と建物の間)の面影」であり、現代語訳(試案)の結果も歌意が異なる歌となりました。これは恋の歌の要件第三(上記「2.②参照」)を満足しています。

② そして、現代語訳(試案)は、相手をまで恋慕う歌あるいは失恋中の心証風景の歌に該当すると思われ、要件第二も満足しています。

③ この歌の前後の題詞をみると、直前の題詞は、「第五の歌群 逆境の歌群」(3-4-19歌~3-4-26歌)と整理したうちの最後の題詞です。親たちに逢うことを禁止された状況下で詠んだ歌という趣旨の題詞であり、この題詞のもとにある6首の歌は、逢えない状況が続いている間の男から女への歌ばかりでした。

 この次の題詞は、(2018/9/17付けブログで行った前回の検討では)「昔の親密な関係に戻ることが確かになった時点の女の歌」とあります。歌群は「第七 乗り越える歌群」の最初の題詞です。

 この題詞の配列からは、この題詞は、恋の復活を願っている状況に対応したものである、と推測可能です。そして、歌本文もそのように理解が可能な歌でした。

 このため、恋の歌の要件第一も満足しています。

④ このように、3-4-28歌は恋の歌の要件すべてを満足しています。

 「第六 逆境深まる歌群」の歌群(2首 詞書2題)に整理した2首は、一見すると恋の歌らしくありませんでしたが、恋の歌でした。作者の性別を推測すると、一対の歌と捉えれば、今回検討した3-4-28歌の作者は、諦めていない男でしたので、3-4-17歌は諦めていない女ではないか。

 ブログ「わかたんかこれ ・・・」をご覧いただき ありがとうございます。

 次回は、3-4-29歌を確認します。

(2024/2/5  上村 朋)

付記1.恋の歌の定義について

① 恋の当事者の歌に限らなくとも、広く「恋の心によせる歌」から『猿丸集』は成っており、その広く「恋の心によせる歌」を、「恋の歌」と名付け、ブログ2020/7/6付け「1.及び2.」で定義している。

② 『猿丸集』において、「恋の歌」とは、次の各要件をすべて満足している歌と定義している。

第一 「成人男女の仲」に関して詠んだ歌と理解できること、即ち恋の心によせる歌であること

第二 『猿丸集』の歌なので、当該類似歌と歌意が異なること

第三 誰かが編纂した歌集に記載されている歌であるので、その歌集において配列上違和感のないこと

第四 「成人男女の仲」に関した歌以外の理解が生じることを場合によっては許すこと

③ 『猿丸集』は、編纂者によって部立てが設けられていない。勅撰集のように部立ての「恋」の定義を離れて、恋の歌の独自の定義が『猿丸集』歌には可能である。

(付記終わり  2024/2/5   上村 朋)

 

わかたんかこれ 猿丸集その221恋歌確認 27歌は改訳する6歌も7歌も

 前回(2024/1/8)に引きつづき『猿丸集』歌の再確認をします。今回は第27歌です(あわせて6歌と7歌も)。

1.経緯

 2020/7/6より、『猿丸集』の歌再確認として、「すべての歌が恋の歌」という仮説を検証中である。12の歌群を想定し、3-4-27歌は、「第六 逆境深まる歌群」(2首 詞書2題)に整理している。3-4-26歌まですべて、類似歌とは異なる歌意の恋の歌(付記1.参照)であることを確認した。3-4-27歌の類似歌は『萬葉集』の2-1-1144歌である。

 歌は、『新編国歌大観』より引用する。

2.再考 3-4-27歌 その1 詞書と歌本文の見直し

① この歌と次の歌(3-4-28歌)は、前後の歌と違い、恋という人事を直接詠っていません。それでこの2首で一つの歌群を成すとして、ブログ2020/6/1付けで第27歌の現代語訳(試案)の別訳を得ました。

さらに、詞書にある助動詞「けり」を再考し、そのうえで恋の歌(付記1.参照)であるかどうかを確認します。

 恋の歌に見立てるには、

第一 暗喩が詞書や前後の歌との関連からも認められ、その暗喩によりこの歌を恋の歌と推測できる、

第二 恋の歌のタイプには、相手を恋い慕う歌、連れない態度を咎める歌、あるいは失恋中の心証風景の歌乃至一方の人の死によって終わった際に詠った歌がある。この歌は、そのいずれかに該当する。

第三 当然類似歌と歌意が異なること

となれば可能である、と言えます。

② 『猿丸集』の第27歌とその類似歌は、次のとおり。

 3-4-27歌  ものへゆきけるみちに、きりのたちわたりける

    しながどりゐなのをゆけばありま山ゆふぎりたちぬともなしにして

 

 3-4-27歌の類似歌 2-1-1144歌。 摂津作(摂津にして作りき   よみ人しらず

    志長鳥 居名野乎来者 有間山 夕霧立 宿者無而 

    しながとり ゐなのをくれば ありまやま  ゆふぎりたちぬ 

    やどりはなくて

 

③ 下記の検討をした結果、詞書にある「けり」は、気付きの気持ちの意を表しており、その気付いた内容から恋の歌となりました。また、次の歌も、詞書に「けり」があり、同様に恋の歌となる、と予想します。

 また、3-4-27歌と同じく「しながどり」を詠み込む3-4-6歌と3-4-7歌の理解も深まりました。

 なお、上記①にいう第27歌の現代語訳(試案)の別訳は、詞書にある「けり」の理解が足りませんでした。

④ 詞書より検討します。

 詞書にある「きり」は、大方は霧の意と理解できます。そのほかに、チョウやガの鱗粉の意がある(『例解古語辞典』)ので、上記別訳を得ました。チョウなどの羽の模様を作っているのが鱗粉であり、水をはじき、光を反射し、微細な凸凹により羽ばたくときの空気抵抗を大きくしています。

 歌本文四句にある「ゆふぎり」の「きり」も同じ意になるはずです。

 なお、山にかかる霧(雲)のような場合、霧がただよう山肌に立つ者からは霧と認識されても、麓から山をみている者からは雲と認識されるようなことがあります。霧であれば作者の近くに生じているもの、と言えます。

⑤ 「第六 逆境深まる歌群」とした詞書2題を、比較します。

表 3-4-27歌と3-4-28歌の詞書の比較 (2024/1/26現在)

詞書を構成する文の区分

3-4-27歌の詞書

3-4-28歌の詞書

文1

ものへゆきけるみちに

物へゆきけるみちに

文2

きりの

ひぐらし

文3

たちわたりける

なきけるをききて

 共通にあるのは、文1は、すべてであり、文2は、助詞「の」、文3は、助動詞「けり」です。

 そして、異なるのは、得た情報の種類(視覚と聴覚)であり、「きりがたつ」と「ひぐらしがなく」ということです。

 これらの詞書のもとにある歌が恋の歌であるならば、その得た情報は、恋に関するなにかを示唆するか暗喩しているのではないか、と予想します。

⑥ 共通にある語句について確認します。

 文1の「もの」とは「出向いてゆくべきところ」を莫として言います。

 文1は、ゆくべきところ(外出の目的地)が文2以下の記述に関係していないのであれば、要するに外出中に、ということを言っているだけです。

ゆくべきところが文2以下の記述に関係していれば、特に名を秘すところに行く途中に、ということを意味します。

⑦ 助動詞「けり」の意は、

a「ある事がらが、過去から現在に至るまで、引き続いて実現していることを、詠嘆の気持ちをこめて回想する意を表す。・・・てきたなあ。・・・ていることだ」とか、

b「ある事がらが、過去に実現していたことに気がついた驚きや詠嘆の気持ちを表す。・・・たなあ。・・・たことだ。」

c「今まで気づかなかったり、見すごしたりしていた眼前の事実や、現在の事態から受ける感慨などに、はじめてはっと気づいた驚きや詠嘆の気持ちを表す。・・・なあ。・・・ことだ。」

などの意があります(『例解古語辞典』)。

 また、文1にある接続助詞「に」は、あとに述べる事がらの出る状況を示しています。そして「みちに」により、文1は、文2以下に記されている事がらが、偶然のことであることを示唆しているのではないか。

⑧ 3-4-27歌の詞書に関して言うと、「きり」の発生そのものよりも、「ある状況下においてきりがたちわたる」というのを目撃したこと、さらに、目撃したその「きり」の状況からとっさに作者特有の何かを連想したことは、想定していたことではないであろう、と思えるからです。

 「けり」の意は、目撃して、はじめてはっと気づいた驚きや詠嘆の気持ちを表している(上記のcの意)と推測します。それが文3の「けり」です。

 そうであるから、連想に至ることになった「ものにゆく」という行為の意義にも、振り返ってみてはじめてはっと気づいた驚きや詠嘆の気持ちの「けり」(上記のcの意)を用いている、と推測できます。それが文1の「けり」です。

⑨ はじめてはっときづいたことは、歌本文に具体に(あるいは示唆として)表現されているはずです。

 詞書は次の仮訳とし、歌本文を検討した後、改めて詞書の現代語訳を試みます。

3-4-27歌の詞書:「あるところへ行く途中において、「きり」が立ちこめているのであった(それを詠んだ歌)」

⑩ 詞書のもとにある歌本文を、検討します。用いている語句を、最初に確認します。

 初句「しながどり」とは、水鳥のカイツブリです。『萬葉集』の時代は「にほ」とも呼ばれています。いつも雌雄でいる鳥で雌雄交代で抱卵します。流れの緩やかな河川や湖沼や湿地に生息しています。

萬葉集』には「しながどり」の用例が5首あります。みな「ゐな」にかかる枕詞でした。

「ゐな」は、『萬葉集』歌においては、「動詞「率る」(引き連れる)の未然形+終助詞「な」(上代語であり誘う意)」です。「率な」とは、「引き連れてゆこう、行動をともにしよう(共寝をしようよ)」と誘っている意(ブログ2018/8/27付け「3.③」参照)があります。

 三代集には『拾遺和歌集』の1首(1-3-586歌)のみです。部立て「神楽歌」にあり、詞書は無く、3-4-7歌の類似歌のひとつです(ブログ2018/3/19付け参照)。

⑩ 『猿丸集』は、このように用例の少ない三代集の時代からその直後の時代までのある時点に編纂されたと推測されていますが、3首の用例があります。

 『猿丸集』歌が『萬葉集』歌の理解に資しているこれまでの例から、この「しながどり」は『萬葉集』の時代の「しながどり」の意を継いでいる用例かと推測します。2首は、「なたちける女のもとに」という詞書のもとにある歌であり、3首目がこの歌です。

 残りの2首には、つぎのようにあります。

 3-4-6歌の初句~三句が、「しながどりゐなやまゆすりゆくみずの」 (類似歌は2-1-2717歌の一伝)

 3-4-7歌の初句~三句が、「しながどりゐなのふじはらあほやまに」 (類似歌は1-3-586歌及び『新編日本古典文学大系42 神楽歌催馬楽梁塵秘抄閑吟集』記載の『神楽歌』(かぐらうた)にある一首)

 ともに、「しながどり」は「ゐな」の有意の枕詞となっていました(ブログ2018/3/12付け及び同2018/3/19付け参照)。

 また、「ゐなやま」という名詞は(「ゐなの」という名詞とともに)『萬葉集』歌にあり、「ゐなのふじはら」は、無く、「ゐなのふし原」は、『拾遺和歌集』歌にあります。

⑪ 「の(野)」には、一般に、「野原・広い平地」の意と、「特に、火葬場としての野原。墓地」に限定した意があります(『例解古語辞典』)。

 このため、二句にある「ゐなの」とは、「猪名野」(地名)のほか「違な野(原)」とも理解でき、「火葬風葬の地」(平安時代で言えば鳥辺野と称される地域など)を指すことができます。当時洛中では火葬が禁止されていました。

 「しながどり」は、猪名野のほかに、「ゐな・・・」と表記する、猪名川、動詞句「率な」、形容詞「違なり」を修飾することができる語句と言えます。

⑫ 三句「ありまやま」とは、「有間山」(猪名野から望める有馬方面にみえる山々)と「在り ま山」((行けば)在り、真(接頭語)山)の理解があることを既に指摘しました(ブログ2020/6/1付け「6.」参照)。

 違な野(「火葬風葬の地」)にある「山」とは、遺骨を積み上げて小山状になっているのを言うか、これから火葬すべき死体とそれを包む木々からなる小山を言うかのどちらかではないか。

 この歌では、「きり」と結び付けて理解してよいので、「きり」が煙のようなものを意味するならば、後者が有力となります。

 そうすると、「まやま」の「ま」とは、中間にはさまれた一続きの空間や時間を指す名詞「ま」(間)であり、「ある物の存在している空間・きわ(際)」の意(『例解古語辞典』)として、本来の野原にあるものではないものからなる小山状のものがある場所を「まやま」と言っているのではないか。

 火葬すべき死体とそれを包む木々からなる小山を、「有間山」という語句で暗喩する用例は知りません。

 火葬者への思い入れがない「間山」は、「まやま」の「ま」を接頭語の「真」(真実、正義、純粋などの意を添えるとかほめたたえる意)をつけてその小山を言うとする理解よりも、火葬の現場に相応しいネーミングだと思います。

⑬ また、五句にある「とも」は名詞であり、ブログ2018/8/27付け(「6.⑥」)で指摘したように「一団の人々、連中」(『例解古語辞典』)の意で、火葬に立ち会う人々を指します。なお、火葬の火の始末・火の用心はプロの人が当然行っています。

 そうすると、「ゆふぎり」とは、幾つかの火葬が現に行われ、それらに伴って昇る煙を指していることになります。

 このため、詞書にある「きり」は、「(鳥辺野のような火葬風葬地での)いくつかの火葬の煙」を見立てた表現と言えます。そして、歌本文にある「ゆふぎり」は、「日暮れ時にみたところの霧」つまり「夕日のまだある時間帯に生じている霧」であり、夕日と「火葬の煙」が交錯しチョウやガの舞っているように見えた状況の形容でもあると言えます。

⑭ 改めて3-4-27歌を理解しなおすと、歌本文は3つの文から成っています。

 初句 しながどり :「ゐな」という表記の枕詞

 二句~三句 ゐなのをゆけばあり ま山 

  :違な野である火葬の地の野原をゆくと、いくつかの「ま山」がある

 四句~五句 ゆふぎりたちぬともなしにして 

  :煙が立ちのぼっている。それは「きり」にみえる。見守る人もなく。

 詞書にある「ものへゆく」とは、作者が、誰かの火葬にたちあう等のための外出のことではないか。火葬の地を通り抜けてその先に外出の目的地があるとは思えません。

 作者は、火葬風葬の地に向かい、それを一望できる地点に至って目にした光景を、詠っているのではないかと思えます。

 歌本文に、詞書にいう「ものにゆく」ことになったから「きり」を見た、と具体的に詠んでいました。

 このように理解すると、この歌は、作者が視覚に捉えた状況から触発された感慨をも示唆できるよう選んだ語句からなる歌である、と理解できます。

 夕日で映える煙を、複数のチョウの乱舞とみて、相思相愛の二人の逢う瀬に見立て、「ともなし」を「邪魔をする者がいない」意を暗喩させているのではないか。

⑮ このような理解をして、現代語訳を試みると、次のとおり。

 詞書は、上記⑨に基づきます。

 詞書: 「あるところへ行く途中において、霧が立ち込めているのであった(それを詠んだ歌)」 (第27歌の詞書別訳その2)

 歌本文:「しながどりが雌雄でいつも「率る」ような状態になろうよ(共寝をしようよ)という「ヰナ」につながる猪名野ではない違な野を行くと、木々で造られた小さな山々があり、それから夕霧のように煙が漂っている。しかし立ち会う人々は見当たらない。(それはチョウが舞っているかにもみえる。違な野でも誰にも邪魔されずチョウは群舞している、意志を貫いているのだ。)」(第27歌の歌本文別訳その2)

⑯ この歌の作者は、縁者の火葬の立ち合いに来たところ、日が傾くなかでいくつかの火葬の煙が漂っている光景に接して、意を強くしたことを詠っています。

 この歌は、恋の相手ではなく、妨げる人などへ示した歌なのでしょうか。

 作者は、恋の相手との逢う瀬を誰に妨げられることなく持ちたい気持ちが変わらないのでしょう。チョウの乱舞と錯覚した火葬の煙にその気持ちを重ねています。それは、恋の歌である、と言えます。

3.再考 2-1-1144歌 

① では、五句だけが異なる類似歌は、見直しが必要ないか、を確認します。

 2-1-1144歌は、旅中を作詠した歌として、疑問があります。

第一 作者は官人と思われるので、「ゐなの」に宿がないのは承知しているはずである。「ゐなの」という野原に「やどり」は無い、とわざわざ言うのは、どこかおかしい。

第二 夕方「ゐなの」を通過する行程など官人は計画しない。作者はなぜ夕方に「ゐなの」を通過することになったのか。

第三 「ありまやま」と通称される山は現在の山名にも見当たらない(ブログ2018/8/27付け「3.⑤参照」)。そして、遠方の山に(雨雲でもない)薄雲がかかろうと、行程に影響はない。「ありまやまにゆふぎりがたつ」のと「やどりはない」ことの関係がわかりにくい。

 これらは、『萬葉集』歌に対する疑問ですが、『萬葉集』の編纂者の手元にあるこの歌の元資料となった歌に関する疑問でもあります。

② 『萬葉集』の配列から検討します。類似歌は 『萬葉集』巻第七の部立て「雑歌」にあります(巻七の「雑歌」は、巻一と巻三の部立て「雑歌」と違う趣旨かどうかは今不問とします)。

 「雑歌」における題詞は、いくつかのグループにわけ順に配列されている、と諸氏が指摘しています。最初に、詠物による配列として題詞は「詠天」から始まり、「詠倭琴」まで、次に旅中の地による配列として、4題、次に表現や発想の仕方での配列として、題詞「問答」以下があります(ブログ2018/8/27付け「2.①」参照)

③ 旅中の地による配列の4題とそのもとにある歌数は、順に「芳野作」に5首、「山背作」に5首、「摂津作」に21首及び「羈旅作」に90首です。

 畿内の地域名を用いた前3題の各歌には、当該地域内の地名(あるいは山川の名など)を原則ひとつ詠みこんでいます。例外は題詞「摂津作」のもとにある最初の歌と最後の歌であり、二つの地名を詠み込んでいます。

 最初の歌2-1-1144歌には、「居名野」(ゐなの)と「有間山」(ありまやま)です。

 最後の歌2-1-1164歌には、「難波方」(なにはがた)と「淡路嶋」(あはぢのしま)です。

 地名などが詠まれていない歌も1首(2-1-1156歌)あり、海未通女の船による藻刈を詠んでいます。摂津の多くの浦にある光景を詠っている、といえます。

 なお、「摂津作」の「摂津」とは地理的には「津国と難波京の範囲」として検討しています(ブログ2018/8/27付け「2.④」参照)

④ 最後の題詞「羇旅作」のもとには、2-1-1165歌以下、地名を詠みこまない歌が多数ありますが、詠みこんだ場合は畿外の地名を原則ひとつ詠みこんでいます。

 例外もあり、畿内の地名を詠み込む次のような歌もあります。その歌の作者の居る位置は船中がほとんどであり、畿内の地名により、望郷などの歌意を明確にしています。

 2-1-1170歌 作者は真野の近くを通過中か。 (畿内の)真野を詠みこんでいる。

 2-1-1185歌 船出の際の歌であり、(畿内にある)龍田山を詠みこんでいる。

 2-1-1189歌 作者は船中に居り、遠ざかる(摂津の)三津乃松原を詠み込んでいる。

 2-1-1193歌 作者は船中に居り、(四長鳥)居名之湖(摂津)を詠みこんでいる。

 2-1-1194歌 作者は船中に居り、停泊した名子江の浜(摂津・住吉の名児か)を詠み込んでいる。

  2-1-1226歌 作者は船中に居り、粟島と明石門を詠みこんでいる。明石門は畿内の西端である。

 2-1-1233歌 作者は船中に居り、明石之湖に泊まろうと詠う。ようやく畿内に戻った際の歌か。

 2-1-1244歌 作者が見諸戸山(大和の三輪山か)近くを通過中。五句は望郷の念か、妻のことか。

 2-1-1245歌 作者は玄髪山を越えて行く。玄髪山は未詳。残してきた妻を詠うか。2-1-1244歌と連作の歌か。

⑤ また、題詞「羈旅作」のもとには、地名を二つ詠み込んでいる歌が9首あります(付記2.参照)。それらの歌は、すべて、二つの地名を詠み込むことにより、歌意が明確になっています。

 例えば、

 2-1-1180歌   足柄乃 筥根飛超 行鶴乃 乏見者 日本之所念

      あしがらの はこねとびこえ ゆくたづの ともしきみれば

      やまとしおもほゆ

  2-1-1182歌  印南野者 往過奴良之 天伝 日笠浦 波立見

      いなみのは ゆきすぎぬらし あまつたふ ひかさのうらに

      なみたてりみゆ

 2-1-1205歌  玉津嶋 能見而伊座 青丹吉 平城有人之 待問者如何
      たまつしま よくみていませ あをによし ならなるひとの

      まちとはばいかに

 2-1-1234歌 千磐破 金之三崎乎 過鞆 吾者不忘 壮鹿之須売神
      ちはやぶる かねのみさきを すぎぬとも われはわすれじ

      しかのすめかみ

⑥ このような題詞「羈旅作」のもとにある用例から推測すると、題詞「摂津作」のもとにある歌で地名を二つ詠みこんでいる2首も、それにより歌意を明確にしているのではないか。

 題詞「摂津作」の最後の歌2-1-1164歌の歌本文は、次のとおりです。

    難波方 塩干丹立而 見渡者 淡路嶋尓 多豆渡所見

    なにはがた しほひにたちて みわたせば あはぢのしまに

    たづわたるみゆ

 歌意は明確です。

 最初の歌2-1-1144歌に詠み込まれた居名野と有間山にも対比などがあるのではないか。

 居名野は、駅が設置されておらず、官人が宿泊すべき設備がないところです。それに対して、居名野からみえる有間山(有馬山)の向こう側には、宿泊すべき有馬温泉があります。

 そうすると、「有馬山に夕霧がたつ」の「夕霧」は、湯煙をイメージしていると理解できます。

⑦ そうであるならば、二句にある「居名野」(ゐなの)は、当時の(堤防などない)猪名川や淀川の河川敷を含んだ水鳥の生息地でもある、津国にある広大な野原の名として詠み込まれており、初句「志長鳥」に修飾されて意が重層的になっているだけの語句と言えます。「違な野」の意は重ねられていません。

 そして、五句「やどりはなくて」は、有馬温泉のある有馬の地との対比を前提にしているのではないか。

⑧ 2-1-1144歌の歌本文は、4つの文からなる歌とみなせます。直訳的な現代語訳も示すと、つぎのとおり。

 初句 しながとり :「ゐな」という表記の枕詞

 二句 ゐなのをくれば :「ゐなの」に来ると

 三句~四句 ありまやま  ゆふぎりたちぬ :有馬山に夕霧がたっていた(山のむこうの有馬温泉は湯煙があがっているのだろう)

 五句 やどりはなくて : それにひきかえ 「ゐなの」はその名にふさわしくなく、泊まるところはなくて。

 この歌は、「居名野」の広さ・荒涼さを示す一種の土地褒めの歌として巻七の編纂者は配列しているのではないか。

⑨ 改めて現代語訳を試みると、

 「しながどりが雌雄でいつも「率る」ような状態になろうよ(共寝をしようよ)という「ヰナ」につながる猪名野に来ると、(正面の)有馬山に夕霧が立った。猪名野には確かに泊まるところはないなあ (山のむこうの有馬の湯は湯煙があがっているが、猪名野はその名にふさわしくなく、広いだけだなあ。)

 上記①で指摘したように、2-1-1144歌の見直しは必要であり、それを行った結果、同じく指摘していた疑問は解消しました。

 このような現代語訳に改訳したい、と思います。

⑩ ちなみに、土屋文明氏は、この歌について、「「宿りは無くて」は類型的だが、全体は淡々とした旅愁をあらはし得ている。」と指摘して、「夕霧」としている理由には触れていません(『萬葉集私注』)。

 伊藤博氏は、「日暮れて道遠い旅愁を述べた歌。「夕霧立ちぬ」が作者の嘆きを象徴している。」と指摘しています。

 なお、巻七は、全体が一つの部立て「雑歌」です。その雑歌たる所以と雑歌全体の配列の検討を割愛して今回検討しました。巻七全体のなかでの確認は宿題とします。

4.再考 3-4-27歌 その2 恋の歌か

① 類似歌も改まったので、上記「2.⑮」のように理解した3-4-27歌が上記「2.①」にあげた恋の歌に見立てるための要件を満足しているかを、確認します。

 初句「しながどり」が修飾するのは二句にある「ゐな」です。「ゐな」の含意することを、作者はなんとしても叶えたいと思って詠っています。

 この歌の直前にある(3-4-22歌~3-4-26歌共通の)詞書は、逢うのを妨げられている男女のうちの男が作者と記しています。3-4-27歌と3-4-28歌の詞書の次にある(3-4-29歌と3-4-30歌共通の)詞書は、昔の親密な関係に戻ることが確かになった女が作者と記しています。そうすると、3-4-27歌と3-4-28歌の詞書は、再会が出来ない状況にある恋の歌の詞書ではないか、と理解できます。

 上記「2.⑮」の現代語訳(試案)であれば、3-4-27歌は、恋心を詠っている、といえます。

 このため、この歌は、詞書からも「暗喩が詞書や前後の歌との関連からも認められ、それによりこの歌を恋の歌と推測できる」(要件第一))歌になり得ています。

 そして、歌本文の内容が相手を恋い慕う歌であるので、「恋の歌のタイプには、相手を恋い慕う歌、連れない態度を咎める歌、あるいは失恋中の心証風景の歌乃至一方の人の死によって終わった際に詠った歌がある。この歌は、そのいずれかに該当する」(要件第二)を満足しています。

② そして、詞書の内容は、この歌と類似歌では異なり、作詠対象としている場所が異なっていることを示唆しています。そして類似歌が「しながとり」を枕詞とする「ゐなの(猪名野という名の野原)」を詠った羈旅の歌であるのに対して、この歌は、猪名野(ゐなの)と同音の「違な野」を詠った恋の歌であり、歌意が異なります。

 だから、「当然類似歌と歌意が異なることも要件です」(要件第三)をも満足しています。

 このように、この歌は、上記「2.①」にあげた要件をすべて満足しており、恋の歌(付記1.参照)と理解してよい、と思います。そして作者は逆境にいる、とみなせます。

5.再々考 3-4-6歌と3-4-7歌

① 3-4-27歌の確認の際、「しながどり」の意の共通性の確認のため3-4-6歌と3-4-7歌も確認しました。

 「しながどり」の意は変わらなかったのですが、歌本文の理解は改めたい、と思います。

 3-4-7歌の四句「ならむときにを」(いろはかはらん)を誤解していました。「ならむ時、にを(即ち常に一緒にいるしなが鳥)」と理解すべきでした。そして五句にある「いろ」とは、「色彩」とか「美しさ・華美」ではなく、「恋愛・情事」とか「顔色・態度」の意でした。

② 詞書と歌本文を引用します。

 詞書 なたちける女のもとに (3-4-6歌の詞書に同じ)

 歌本文 しながどりゐなのふじはらあをやまにならむときにをいろはかはらん

③ 詞書にある「な」(名)とは、噂の意です。

 歌本文を、漢字仮名混じりで表記し、その句の概要を記すと、

 しなが鳥 :「ゐな」にかかる枕詞

 ゐなの冨士原青山に :「率な」とさそう駿河国の富士山の野原が(噴火によって)あをやま(新しい山即ち新しい恋人)に

 ならむときにを : なったとしたら、にを(しながどり)の

 いろはかはらん : 顔色が変わるだろう(貴方を許さない)

となります。 

④ 現代語訳を改めて試みると、次のとおり。

 「しながとりが「率な」と誘う野原が猪名の柴原(ふしはら)から富士の裾野の原になり、その野原が(噴火によって)あをやま(新しい山即ち新しい恋人)になったとしたら、にを即ち(あなたと番である)しながどりの顔色が変わるだろう(貴方を許さない)。」(7歌別訳)

この歌は、女を慰めている歌というよりも、心変わりを咎めている歌となります。

⑤ 同じ詞書のもとにある3-4-6歌は、通常追い払うべき悪鬼(儺)がわめいているのは迷惑なことですので、作者が、相手に同情しているあるいは励まそうとしている歌と理解しました。表面はそのとおりですが、恋の競争相手を「悪鬼」に例えているのですから、相手を強敵とみているというよりも、その悪鬼を既に女が選んでいると作者は思い込んでいるのかも知れません。

 この歌は、作者を捨てたらただではすまさないぞ、と婉曲に言っていると、理解できます。

 この理解のほうが、共通の詞書のもとにある3-4-7歌と平仄があいます。

⑥ このような3-4-6歌と3-4-7歌の理解に改めても、ともにそれぞれの類似歌とは異なる歌意である恋の歌です。

 「わかたんかこれ ・・・」をご覧いただき、ありがとうございます。

 次回は、 『猿丸集』の第28歌(3-4-28歌)を確認します。

(2024/1/29    上村 朋)

付記1.恋の歌の定義について

① 恋の当事者の歌に限らなくとも、広く「恋の心によせる歌」から『猿丸集』は成っており、その広く「恋の心によせる歌」を、「恋の歌」と名付け、ブログ2020/7/6付け「1.及び2.」で定義している。

② 『猿丸集』において、「恋の歌」とは、次の各要件をすべて満足している歌と定義している。

第一 「成人男女の仲」に関して詠んだ歌と理解できること、即ち恋の心によせる歌であること

第二 『猿丸集』の歌なので、当該類似歌と歌意が異なること

第三 誰かが編纂した歌集に記載されている歌であるので、その歌集において配列上違和感のないこと

第四 「成人男女の仲」に関した歌以外の理解が生じることを場合によっては許すこと

③ 『猿丸集』は、編纂者によって部立てが設けられていない。勅撰集にある部立ての「恋」の定義を離れて、恋の歌の独自の定義が『猿丸集』歌には可能である。

付記2.万葉集巻七における題詞「羇旅作」のもとにある歌で、地名(あるいは山川の名など)を二つ詠み込んでいる歌は、9首あり、『新編国歌大観』の歌番号等で示せば、次のとおり。

2-1-1167歌 2-1-1180歌  2-1-1182歌  2-1-1202歌 2-1-1205歌 2-1-1207歌 2-1-1208歌  2-1-1226歌 2-1-1234歌

(付記終わり  2024/1/29   上村 朋)

 

わかたんかこれ 猿丸集その220恋歌確認26歌 あしひきのやました風

 あけましておめでとうございます。ことしも和歌集を楽しみたいと思います。よろしくお願いします。

前回(2023/12/25)に引きつづき同一題詞のもとの最後の歌の再確認を行います。

 1月1日午後 能登地方地震(と津波)により被災された方々にお見舞い申し上げます。

 救命・救援・復旧が的確にすすむことを願っています。

1.経緯

 2020/7/6より、『猿丸集』の歌再確認として、「すべての歌が恋の歌」という仮説を検証中である。12の歌群の想定を行い、3-4-25歌は、「第五 逆境の歌」の歌群に整理している。3-4-25歌までは、すべて類似歌とは異なる歌意の恋の歌であることを確認した。2024年は3-4-26歌の確認から始める。歌は、『新編国歌大観』より引用する。

2.再考 第五の歌群 第26歌の課題

① 「第五の歌群 逆境の歌群」(3-4-19歌~3-4-26歌)の歌と想定した3-4-26歌を再考します。

 今回の課題は両歌にあります。

 3-4-26歌に関しては、同一の題詞のもとの歌の整合は確認した(ブログ2018/8/20付け)のですが、「やましたかぜ」に(3-4-25歌の「あきぎり」のような)寓意があるかどうかを再確認します。また、初句の「あしひきの」の意、及び五句にある「かねて」が同音異義の語句であるので再確認します。

 類似歌2-1-2354歌に関しては、その現代語訳(試案)は、ブログ2018/8/6付けで四句を特記し、歌本文全体をブログ2018/8/20付け付記1.に示しましたが、3-4-26歌と共通の語句もあるので、3-4-26歌と同じく再確認します。

② そして、以下の検討をしたところ、3-4-26歌は、まだまだ耐えなければならないのを覚悟してください、という励ましの歌であり、「あしひきの やました風」は、山から吹いてくる風の意でそれには寓意があるようです。 

 類似歌2-1-2354歌は、恋の終りを確認するかのような歌であり、「足檜木乃 山下風」は、部立て「冬相聞」の詞書「寄夜」のもとにある歌なので特に冬の夜の寒い風を指しています。

 このように、3-4-26歌は類似歌と異なる歌意の恋の歌と確認できました。

 なお、『猿丸集』編纂時における類似歌の二句は、「やましたかぜ」という訓みでしたが、ここでは、『新編国歌大観』の訓である「やまのあらし」で検討しました。

③ 『猿丸集』の26番目の歌と、諸氏が指摘するその類似歌は、つぎのとおり。

  3-4-26歌 詞書 (3-4-22歌に同じ)おやどものせいしける女に、しのびて物いひけるをききつけて、女をとりこめていみじういふとききけるに、よみてやる

   あしひきのやました風はふかねどもよなよなこひはかねてさむしも

 

  3-4-26歌の類似歌 2-1-2354歌  寄夜    よみ人しらず

   足檜木乃 山下風波 雖不吹 君無夕者 予寒毛

  あしひきの やまのあらしは ふかねども きみなきよひは かねてさむしも

 

3.再考 3-4-26歌

① 3-4-26歌の題詞は、既に再確認しました(ブログ2023/12/25付け)。

 その現代語訳(試案)は、次のとおり。

「親や兄弟たちが私との交際を禁じてしまった女に、親の目を盗んで逢っていることをその親たちが知るところとなり、女を押し込め厳しく注意をしたというのを聞いたので、詠んで女に送った(歌)」

② 次に、歌本文のいくつかの語句を確認します。

 初句「あしひきの」は、「山・峯」などにかかる枕詞であって、原義は不明だが、平安時代以降の和歌では、「山裾を長く引く」というイメージを含めた用法が多い(『例解古語辞典』)語句だそうです。つまり『萬葉集』歌での意は不明、ということです。

 これまで、枕詞は有意という前提で現代語訳を試みてきています。当初の検討(ブログ2018/8/6付け)では、平安時代以降の和歌と同じ「山裾を長く引く」というイメージで、3-4-26歌とその類似歌2-1-2354歌の現代語訳を試みてきました。原義を推測し、類似歌と3-4-26歌に原義の適用の可能性を確認します。

③ 『萬葉集』の初期の編纂である巻一~巻四にある「あしひきの」の用例より、その意を推測します。

 即ち、訓「あし」と「ひき」の正訓字表記(「足」字と「引」字)と義訓の類の「疾」字などを検討すると、「あしひきの」とは、「足が疲れる」意があり、山に即して理解すると「越えるとか山頂に到るのに苦労する・存在する山により不便をかこつ」という意であり、「苦労する・不便な」を示唆する語句といえます。「山裾を長く引く」という山はその示唆が該当する一例と理解できます(付記1.①~⑥参照)。

 類似歌のある巻十の用例にその意を適用しても、歌本文の意が無意の枕詞として理解した歌意と矛盾する歌はありませんでした(付記1.⑦~⑧参照)。

 そのため、類似歌には、上記の理解を適用し、3-4-26歌に、その意とさらに意を限定した「山裾を長く引く」のみの意とを適用して、歌本文を再確認します。

④ 次に、二句「やました風」は、古語辞典には歌語とあり、「冬に山から吹き下す激しい風」とあります。「やました風」とは、元々『萬葉集』にある表記「山下風」に対する『猿丸集』の編纂時(三代集の時代の前後)の訓です。

萬葉集』での「山下風」という表記の用例は3首だけです。その3首が詠まれている季節は、以下の検討によれば冬(旧暦10月~12月)とは限っていません。

 このため、「やましたかぜ」とは、季節は不問にした「山から吹いてくる風」の意ではないか。詠まれる場面が冬であれば、北風が多くそして寒い風でしょう。

 「山下風」に」対する『新編国歌大観』の訓は「やまのあらし」です。「やまのあらし」と「やました風」は同じ自然現象を指している語句と言えます。

⑤ 用例3首の検討を記します。

 第一 2-1-74歌は、題詞に「大行天皇幸于吉野宮時歌」とあり、大行天皇とは文武天皇を指しているので、『続日本紀』によれば行幸大宝元年2月20日~27日と大宝2年7月11日の記事があり、この歌の作詠時点の季節は春(旧暦正月~三月)か秋(旧暦7月~9月)となります。旧暦正月は2024年の現行の暦では2月10日です。大宝元年は、同年3月21日(ユリウス暦5月3日)に改元された元号です。2月20日からの行幸時の四季感は今日においては春です。同年7月11日からの行幸時の四季感は同じく秋ではないでしょうか。

 第二 2-1-1441歌は、部立てが「春雑歌」、題詞が「大伴宿祢村上梅歌二首」であり、歌に梅花を詠んでいます。その梅の開花は、今日における京都での平年日は2月22日だそうで節分からだいぶ後となります。だから作詠時点の季節は、春であり、確かに部立て「春雑歌」の歌です。

 ちなみに、巻五にある題詞「梅花歌卅二首 并序」のもとにある歌は、その序から天平二年正月十三日の作詠ということになっています。つまり梅の花の季節は春・正月です。

 しかし、後年の編纂である巻十にある2-1-2353歌は部立て「冬相聞」にある歌で「寄花」という題詞のもとで「梅の花」を詠っています。梅の花冬の花とみなしている編纂ぶりです。

 第三 2-1-2354歌は、部立て「冬相聞」、題詞「寄夜」であり、歌に「寒し」と詠んでいます。作詠時点の季節は、部立てより冬(旧暦10月~12月)となります。年末が作詠時点なのでしょうか。

 このように、冬の季節の風を詠っているのは題詞により季節が冬となる2-1-2354歌の1首だけであり、(題詞のもとにある)歌本文の意図からみればほかの2首は寒い風とは決めつけられません。

 「山下風」表記は、「山から吹いてくる風」の意であって、季節は限定されていないようです。

⑥ さらに、「あしひきの」と訓む表記と同じように、「山下風」という表記を「やましたかぜ」と訓むことからの検討をします。

「やましたかぜ」と発音するのは漢字3字を正訓字表記で用いていることになります。

 その漢字の意から理解すると、「山下風」は「山を下ってくる風」すなわち「その山のある方角から吹き下してくる風」となります。季節は不問であって、その山(の方角)から吹いている風の意ではないか。

 これは、3首の用例からの推測と重なります。

⑦ また、五句にある「かねて」は、同音異義の語句であり、三つの意があります。

 第一 副詞 予て :あらかじめ・前まえ・そうなる以前 

 第二 連語 予て :事の予定された日の前に・以前から

 第三 連語 兼ねて :合わせて・それと同時に

 題詞や歌本文全体の理解に資する意を、歌ごとに選ばなければなりません。

 歌本文に用いられている「予」字は正訓字表記で「かねて」と訓まれているとみるか義訓の類とみるかは微妙な問題です。

⑧ このような検討の結果、3-4-26歌のいままでの歌本文の現代語訳(試案)(ブログ2018/8/6付け参照)は改訳を要します。初句は上記③に記したように2案で、二句以下各句は1案で改訳します。

 二句は、四季いずれであっても「山からの風」の意であり、三句は、「(山を越えてくる風は)吹いていない」の意です。そして、詞書から「山を越えてくる風」とは、「女の親たちの監視」の意を含意しているのではないか。

 四句は、「夜な夜なの乞い」即ち日々願っていること、の意です。「いつでも逢える状況にいたい、という願い」です。

 五句にある「かねて」という語句は、二句にいう「やました風」が吹く時期は寒い日々の続く時期」という社会通念を念頭にしているとすれば、連語「兼ねて」として、「やました風」が吹いたときと同じ寒さ、の意ではないか。四句が実現しない理由を「さむし」と言っていることにもなるので、願っていることが実現していないことの意を含むことになります。

⑨ このため、現代語訳を改めて試みると、

  3-4-26歌 題詞: 上記①参照

  同 歌本文 :第1案 初句は、『万葉集』歌と同じ意で「苦労するか不便であることの例え」とする案

 「山からふく苦労する風は吹いてないけれども、毎夜の私たちの願いは、以前と変りなくかなえられませんねえ。」

 同 歌本文 :第2案 初句は、平安時代以降の意(山裾を長く引く)とする案

「山すそを長く引く山から吹き下ろす風は吹いてないけれども、毎夜逢いたいという私たちの願いは、以前と変りなくかなえられませんねえ。」

⑩ 題詞のもとにある歌なので、作詠時点が「やました風」の吹く時期が終わったときであれば、「やました風」は、題詞にいう女の親たちの監視を示唆します。

 また、作詠時点が「やました風」が吹き始める頃であれば、「やました風」は、その監視が一段厳しくなることを示唆するのではないか。

 題詞のもとにある5首の連作であり、作詠時点は明らかに三代集の時代です。このため、(試案)を一案にするならば、「あしひきの」が原義が不明の枕詞と既になっていた時点が作詠時点になっているので、第2案が有力になります。

 しかし、『猿丸集』の類似歌が『萬葉集』歌である場合、その歌の斬新な理解のヒントが当該猿丸集歌との比較で得られました。このため、類似歌を十分意識して作詠されていると予想できるので第1案を採りたい、と思います。この結果題詞との整合性は高まりました。

 そして、この歌は、恋人に対して、まだまだ耐えなければならないのを覚悟してください、という励ましの歌、と理解できます。

4.再考 3-4-26歌の類似歌 2-1-2354歌

① まず、歌本文の語句の検討をします。

 初句「足檜木乃」(あしひきの)は、上記「2.③」で検討しました。

 二句にある「山下風」という表記に対する訓「やまのあらし」は義訓の類(「付記1.②第二」参照)、と言えます。その意は、「やましたかぜ」と訓む場合とおなじく、「山(のある方角)から吹いている風」の意である、と理解できます。

② 四句「君無夕者」(きみなきよひは)の「夕」という表記は、義訓の類です。漢字「夕」の訓は「ゆう・ゆうべ」であり「よひ」ではありません。

「よひ」とは、「夜にはいって間もないころ。だいたい日没後2,3時間のあいだ。あるいは日没後、夜中までともいう」(『例解古語辞典』)意であり、漢字であれば普通「宵」字をあてています。「ゆふ(べ)」とは「夕方・夕暮れ」の意で「あさ・朝がた」の意の「あした(朝)」の対です。

 この歌の場合、「夕方」のみ相手がいない状況などあり得ないので、「君無夕者」とは、「貴方のいない宵(と夜中という時間帯)というものは」の意であって、朝まで作者のところを訪れるはずの相手がいないことを言っています。

 四句~五句は、相手が来てくれないことが続いている(あるいは相手がもう来てくれないと確実に予測できた)ことを詠っています。

③ 次に、改訳します。

 これまでの現代語訳(試案)は次のとおり(ブログ2018/8/20付け「付記1.」参照)

「長く裾をひいた山を下りて来る強い風はないけれども、貴方のいない宵というものは、それだけで寒いものですねえ。」  (大方の諸氏の理解と同じ)

 土屋文明氏の大意は、次のとおり。

「(アシヒキノ、は枕詞)山から吹き下ろす風は、吹かないけれど、君の居ない夜は、吹かない前から寒い」

 「山下風」表記と「予」表記の意の捉え方(後者は副詞)は、氏のほうがよいと思えるので、この大意をもとに検討します。

 上記「2.」での「あしひきの」と「やましたかぜ」の検討を踏まえると、「やまあらし」にかかる「あしひきの」の意は同じです。題詞「寄夜」を踏まえて改訳すると、次のとおり。

 「(夜になって)吹いてきて寒くて苦労するところの山から吹き下ろす風は、吹かないけれど、君の居ない夜は、吹かない前から寒い(昨日も寒いし今日も明日も寒い)。」(2-1-2354歌改訳試案)

④ 「冬相聞」の最後がこの歌であるので、直前の歌との比較を補足します。

 2-1-2353歌 題詞 寄花

   吾屋戸尓 開有梅乎 月夜好美 夕々令見 君乎祚待也

   わがやどに さきたるうめを  つくよよみ よひよひみせむ きみをこそまて 

 この歌は、梅の花を見せたいと作者は待ち続けています。

 この歌の直後の歌は、この配列を考えると、考え直して来訪してくれるのを期待しているよりも諦めの歌と理解できます。

 部立て「冬相聞」の配列として、2-1-2354歌はただ一首恋の諦めを詠っている可能性がある歌として理解できるのではないか。

5.再考 3-4-26歌は、類似歌と異なる恋の歌か

① 上記のように3-4-26歌と類似歌2-1-2354歌を見直して、現代語訳(試案)はともに改訳しました。

 改訳した2首の歌を比較すると、作者が「さむしも」と五句で相手に訴えるのは、二人の願いである逢うことが叶うことへの認識と、作者だけの期待が叶わないことへの認識とに別れています。

 ブログ2018/8/6付けの「6.」で、「この歌(猿丸集の第26歌)は、作者が困難を乗り越えようと訴えて恋人と共にいることを詠うのに対して、類似歌は、来てくれない恋人に冬の寒さにことよせてさびしさを訴える歌です。」と指摘しました。類似歌については、今回「それは、来てくれないことがはっきり判った時の別れの挨拶ともとれる歌である」と追加したい、と思います。

② 上記「2.①」であげた第26歌の課題については、次の結論を得ました。

 第一 「やましたかぜ」に、寓意はありませんでした。しかし、この語句を修飾する「あしひきの」は、寓意がありました。

 第二 「あしひきの」には、「足が疲れる」意があり、山に即して理解すると「越えるとか山頂に到るのに苦労する・存在する山により不便をかこつ」という意であり、「苦労する・不便な」を示唆する語句です。「山裾を長く引く」という山はその示唆が該当する一例です。

 第三 「かねて」は、副詞です。

 第四 第26歌とその類似歌は改訳することになりました。

 第五 第26歌は、改訳後も類似歌と異なる恋の歌でした。そして「第五の歌群 逆境の歌群」(3-4-19歌~3-4-26歌)の歌に違いありません。「あしひきの やました風」には、親の監視という示唆があります。

 第六 類似歌は、部立て「冬相聞」の詞書「寄夜」のもとにある歌として、恋の終りを確認するかの歌です。「足檜木乃 山下風」は、部立て「冬相聞」にあるので冬の夜の寒風を指しています。

③ ブログ「わかたんかこれ ・・・」をご覧いただき ありがとうございます。次回は、第27歌を確認します。

(2024/1/8  上村 朋)

付記1.万葉集巻一~巻四での「あしひきの」考  <2024/1/8現在>

① 『萬葉集』歌は、『新編国歌大観』の訓により、検討してきている。その訓「あしひきの」について、『萬葉集』全20巻のうち初期に編纂されたとみられる巻一~巻四での用例を検討し、「あしひきの」の原義を推測し、類似歌2-1-2354歌がある(その後の編纂である)巻十の用例への適用可能性を検討する。

② 検討は、次の三つの原則による。

第一 『万葉集』記載の歌は、一つの書記システムと個人的な表記方法に拘る方式で記録されている(山田健三氏による)。

第二 一つの書記システムとは、仮名表記(音由来でも訓由来でも一音節を表記)と正訓字表記によっており、読解しやすい。前者は、仮名一文字分を、漢字の意を考慮せず当該漢字で表記である。例えば「い」であれば、「伊」、「以」とか「射」など。後者は、漢字本来の意味に即した読み方をして仮名一文字分などを当該漢字で表記する。「やま」であれば「山」とか動詞「きく」であれば「聞」など。

また、個人的な表記方法に拘る方式とは、解読作業を課すことを意図した義訓の類である(以上も山田健三氏による)。

第三 正訓字表記は、当該漢字の意により、その当該漢字を用いた語句の意味合いを推測するヒントとなる。 例えば、「孤悲」というのは、「こひ」(恋)の表記である。なお、正訓字表記であっても二音節の仮名表記とみなせる場合も想定できるが別途検討するものとする。

③ 巻一~巻四にある訓「あしひきの」の用例は、11例ある。「山」や「磐根」や「山道」を修飾している。

巻別にみると次のとおり。

 巻一 無し

 巻二 2首 部立て「相聞」

2-1-107歌 足日木乃 山之四付二  妹待跡 吾立所沾 山之四附二

2-1-108歌 吾乎待跡 君之沾計武 足日木能 山之四附二 成益物乎

 巻三 5首 部立て「雑歌」で2首、「挽歌」で3首

2-1-269歌 牟佐々婢波 木末求跡 足日木乃 山能佐都雄尓 相尓来鴨

2-1-417歌 足日木能 石根許其思美 菅根乎 引者難三等 標耳曽結焉 

2-1-463歌 ・・・人乃尽 草枕 客有間尓 佐保河乎 朝河渡 春日野乎 背向尓見乍 足氷木乃 山辺乎指而 晩闇跡 隠益去礼 将言為便 将為須敝不知尓 ・・・

2-1-469歌 ・・・<露>霜乃 消去之如久 足日木乃 山道乎指而 入日成 隠去可婆 ・・・

2-1-480歌 足桧木乃 山左倍光 咲花乃 散去如寸 吾王香聞 

 巻四 4首 部立て「相聞」

2-1-583歌 足引乃 山尓生有 菅根乃 懃見巻 欲君可聞 

2-1-672歌 足引之 山橘乃 色丹出而 語言継而 相事毛将有 

2-1-673歌 月読之 光二来益 足疾乃 山而隔而 不遠国 

 2-1-724歌 足引乃 山二四居者 風流無三  吾為類和射乎 害目賜名

④ このように訓「あしひきの」の用例は、「足日木乃(能)」が5例、「足引乃(之)」が3例、「足氷木乃」と「足桧木乃」と「足疾乃」が各1例である。

「あしひきの」の「あし」の表記は、漢字「足」という漢字一字に固定されている。漢字「足」による正訓字表記である。漢字「足」の意は、「あし・ふむ(踏)・あゆむ・とどまる」などのほか「たす・そえる」の意がある。(『角川新字源』)

「あしひきの」の「ひき」の表記は、「日木」などの仮名表記(音由来でも訓由来でも一音節を表記)が 7例のほかに、漢字「引」という正訓字表記が3例と漢字「疾」という義訓の類と思えるのが1例ある。

漢字「引」の意は、「aひく b音楽のひとつ c唐以後に始まった文体のひとつ」などであり、aの意は、さらに「ゆみをひく」、「ひっぱる・ひきずる」、「みちびく・案内する」、「もってくる・あげもちいる」と細分されている。

 また、漢字「疾」の意は、「aさす(傷) bやまい c欠点 dくるしみ。なやみ eやむ fはやい gはげしい」などがあり、「やむ」意では疾病2字を対比させると疾が軽く、病は重くなる意になる。(『角川新字源』)

⑤ この「足」字と「引」字と「疾」字の意から、「あしひき」の意を想像すると、「足をひっぱる・ひきずる」 あるいは「あゆみのくるしみ・なやみ」として「足が疲れる」という共通項を見いだせる。それは、山に即していえば「越えるとか山頂に到るのに苦労する・存在する山により不便をかこつ」という意ということになる。人に即していえば「苦労する・不便な」を示唆する語句ということになる。これが原義ではないか。

 そして、そのような山には、高い山や山裾が長い山も該当するであろう。

⑥ その意で11例の歌を題詞のもとにある歌として確認すると、次のように違和感がない。

 各歌ごとに、「あしひきの+それが修飾語句」の大意を示す。

2-1-107歌 (題詞:大津皇子石川郎女御歌一首)人目に付かないよう苦労して山にかくれその雫の中に愛する貴方を待っていて、自分は立ち濡れた・・・

2-1-108歌 (題詞:石川郎女奉和歌一首)・・・という苦労して待っていたというその山の雫になにならましものを

 2-1-269歌 (題詞:志貴皇子御歌一首)むささびは梢を欲しがり(誘いだそうとして)苦労してその山に入り、猟師(親)に出会ってしまったことだ (ブログ2022/3/21付け「付記1.表E」の注4参照)

2-1-417歌 (題詞:大伴宿祢家持歌一首)  不便をかこつようなところにある磐根はごつごつしてるので、菅の根を・・・

2-1-463歌 (題詞:七年乙亥大伴坂上郎女悲嘆尼理願死去作歌一首 并短歌) ・・・頼みとした人がすべて草枕を重ねる旅に出ている間に、佐保川を朝に川渡りをして、春日野を背後に見ながら、私たちにはなかなか近づきがたい山(菩薩の境地・悟りの境地)の上り口を指して、夕闇としてお隠れになったので、どう言ってよいか、どのようにしてよいかわからないで ・・・

2-1-469歌 (題詞:又家持作歌一首 并短歌) ・・・露霜が消えるように、山頂に到るのに苦労する山道(悟りの境地)を指して、夕日のように隠れてしまったので、

2-1-480歌 (題詞:(十六年甲申春二月安積皇子薨之時内舎人大伴宿祢家持作歌六首)反歌山頂に到るのに苦労する(おひとり登られる高御座)までも光って咲く花が散ってしまうような我が大君である

 2-1-583歌 (題詞:余明軍與大伴宿祢家持歌二首 [明軍者大納言卿之資人也])) 越えるとか山頂に到るのに苦労する山に生えている管の根がしっかり根を張っているように、いつまでも懇ろに見て居たい貴方であるよ。

2-1-672歌 (題詞:春日王歌一首 [志貴皇子之子母曰多紀皇女也])山頂に到るのに苦労する山の橘のように色に出てうわさになれ。お互い手紙のやりとりも出来て会うこともあるだろうから

(山橘は別名やぶこうじ・十両。林内に生育し、に赤い果実をつけ美しいので、栽培もされる。)

2-1-673歌 (題詞:湯原王歌一首) 月読みの光にいらっしゃいよ。越えるのに苦労する山に隔たって遠いというわけでもないのに

2-1-724歌 (題詞:獻天皇歌一首 [大伴坂上郎女在佐保宅作也])不便をかこつ山に居りますればみやびが無いので、私のする行をおとがめ下さるな。(土屋文明氏の大意をベースとする)

⑦ では、類似歌のある巻十での用例ではどうか。用例は12例ある(下記⑧参照)。

訓「あしひきの」の「あし」の表記は、巻一~巻四の用例と同じで、すべて漢字「足」の正訓字表記である。 

訓「ひき」の表記は、仮名表記(仮名一文字分を、漢字の意を考慮せず当該漢字で表記)しているのが、「比木」が1例 、「日木」が4例 、「檜木」が2例 である。そして、正訓字表記しているのが、「引」に2例 と「曳」に3例ある。

 漢字「曳」の意は、「ひく・ひかれる・つまずく・こえる」である。「ひく」は細分して「aひっぱる・ひきよせるbひきずる cつえをつく・たずさえる」である(『角川新字源』)。

 これから「足引」表記と「足曳」表記は、「あしをひきずる」、「あゆむにつえをたずさえる」をイメージできる。これは「山に即して困難を伴う」という共通項を指摘できる。

 巻一~巻四の用例による「あしひきの」の意(原義)を、巻十の「あしひきの」に適用すると、各歌とも無意の枕詞として理解した歌意に沿っている。

⑧ 巻十の用例は、次のとおり。

2-1-1828歌 冬隠 春去来之 足比木乃 山二文野二文 鴬鳴裳 (ふゆこもり はるさりくれば あしひきの やまにものにも うぐひすなくも)

2-1-1846歌 除雪而 梅莫恋  足曳之 山片就而 家居為流君 (ゆきをおきて うめをなこひそ あしひきの やまかたづきて いへゐせるきみ)  左注あり「右二首」 (注:『萬葉集私注』:2-1-1845歌と問答になっている。雪を梅と思ふに対して山近く居るにしても近くの雪をかへり見ずに梅に心を寄せ給ふなと答へた。)

2-1-1868歌 足日木之 山間照 桜花 是春雨尓 散去鴨 (あしひきの やまのまてらす さくらばな このはるさめに ちりゆかむかも)

2-1-1944歌 朝霞 棚引野辺 足檜木乃 山霍公鳥 何時来将鳴 (あさかすみ たなびくのへに あしひきの やまほととぎす いつかきなかむ)

2-1-2152歌 足日木笶 山従来世波 左小壮鹿之 妻呼音 聞益物乎 (あしひきの やまよりきせば さをしかの つまよぶこゑを きかましものを)

2-1-2160歌 足日木乃 山之跡陰尓 鳴鹿之 聲聞為八方 山田守酢兒  (あしひきの やまのとかげに なくしかの こゑきかすやも やまたもらすこ (注:『萬葉集私注』:譬喩する所があるのかも知れない。鹿声に、恋い寄る男の声を寓した如くも見える)

2-1-2204歌 九月 白露負而 足日木乃 山之将黄変 見幕下吉 (ながつきの しらつゆおひて あしひきの やまのもみたむ みまくしもよし)

2-1-2223歌 足曳之 山田佃子 不秀友 縄谷延与 守登知金 (あしひきの やまたつくるこ ひでずとも なはだにはへよ もるとしるがね (注:『萬葉集私注』:寓意あるか。心に思ひ定めながら未だ結婚して女を持つ男に、呼びかける趣であらうか。)

2-1-2300歌 足引乃 山佐奈葛 黄変及 妹尓不相哉 吾恋将居  (あしひきの やまさなかづら もみつまで いもにあはずや あがこひをらむ)

2-1-2317歌 足曳之 山鴨高 巻向之  木志乃子松二 三雪落来 (あしひきの やまかもたかき まきむくの きしのこまつに みゆきふりくる (左注あり「右柿本朝臣人麿之歌集出也」)

2-1-2319歌 足引 山道不知 白牫牱 枝母等乎乎尓 雪落者 [或云 枝毛多和多和] (あしひきの やまぢもしらず しらかしの えだもとををに ゆきのふれれば [或云 えだもたわたわに] )(左注あり:右柿本朝臣人麿之歌集出也 但件一首 [或本云 三方沙弥作]

2-1-2354歌 足檜木乃 山下風波 雖不吹 君無夕者 予寒毛 (注:3-4-26歌の類似歌)

(付記終わり  2024/1/8   上村 朋)

 

わかたんかこれ 猿丸集その219恋歌確認25歌附23歌再確認

 前回(2023/12/18)に引きつづき『猿丸集』歌の第25歌の再確認を続けます。

                                          

1.~13.経緯

 2020/7/6より、『猿丸集』の歌再確認として、「すべての歌が恋の歌」という仮説を検証中である。12の歌群の想定を行い、3-4-25歌は、「第五 逆境の歌」の歌群に整理している。3-4-24歌までは、すべて類似歌とは異なる歌意の恋の歌であることを確認した。3-4-25歌の類似歌は『萬葉集』の2-1-120歌である。

 歌は、『新編国歌大観』より引用する。

14.3-4-25歌の再確認

① 3-4-25歌の類似歌の再検討が終わりました。次に3-4-25歌を再検討し、類似歌との差異を確認します。また、3-4-23歌の類似歌も『萬葉集』の同一題詞のもとにある歌なので、3-4-23歌と類似歌の差異も再確認します。

 最初に、『猿丸集』の25番目の歌と、諸氏が指摘するその類似歌を、検討します。

 3-4-25歌  おやどものせいしける女に、しのびて物いひけるをききつけて、女をとりこめていみじういふとききけるに、よみてやる  (3-4-22歌~3-4-26歌にかかる詞書)

     わぎもこがこひてあらずはあきぎりのさきてちりぬるはなをらましを

  3-4-25歌の類似歌:萬葉集 2-1-120歌  弓削皇子思紀皇女御歌四首(2-1-119歌~2-1-122歌にかかる題詞)

       わぎもこに こひつつあらずは あきはぎの さきてちりぬる はなにあらましを

(吾妹児尓 恋乍不有者 秋芽之 咲而散去流 花尓有猿尾)

② 以下の検討の結果、確かに趣旨の違う歌であり,3-4-25歌は恋の歌(付記1.参照)でした。

  3-4-25歌は、相手の女が作者を愛しているのを信じている、と相愛の仲の相手におくった恋の歌であり、類似歌2-1-120歌は、話題としている人の周辺状況の変化を期待すると詠っており、恋の歌ではなく挨拶歌です。

 なお、前回検討したブログ2018/7/30付けでは、類似歌の題詞にある「思」字の理解を正す以前の成果でしたが、3-4-25歌は相愛の歌であり、類似歌は片恋の歌であり、歌意が異なりました。

 この二つの歌は、詞書(題詞)の趣旨が異なり、歌本文の二句の状況になるのは歌をおくる相手と作者自身という違いがあるがほか、三句の名詞も五句の動詞も異なっています。

③ 3-4-25歌を再検討します。

 最初に、詞書を再検討します。2018/7/9付けブログの「4.」で現代語訳を試み、この詞書とそのもとにある5首との整合に矛盾のないことをブログ2018/8/20付けブログの「3.」以下での検討で確認したところです。

 3-4-25歌の現代語訳(試案)は、次のとおり。

「親や兄弟たちが私との交際を禁じてしまった女に、親の目を盗んで逢っていることをその親たちが知るところとなり、女を押し込め厳しく注意をしたというのを聞いたので、詠んで女に送った(歌)」(ブログ2018/7/9「4.」参照)

 「おやどものせいしける女」の動詞「せいす」は、「(おもに口頭で)制止する・止める」意のほか「決める・決定する」意があります(『例解古語辞典』)。この詞書は、 「おやどものせいしける女」と後段の「「とりこめ、いみじふいう」とが対比されている文章ですので、「せいす」は前者よりも後者の意で用いている、と理解できます。このため、この(試案)は妥当である、と思います。

④ 次に、歌本文を再検討します。類似歌と異なっている初句~二句と、三句の名詞と五句の動詞を確認します。

 二句「こひてあらず(は)」とは、上二段活用の動詞「恋ふ」の連用形+接続助詞「て」+ラ変活用の動詞「あり」の未然形+打消しの助動詞「ず」の連体形+(係助詞「は」)です。

 「て」は、連用修飾語をつくる場合は、「あとに出る動作や状態が、どんなふうにして行われるか、どんな状態で行われるか、どんな程度であるのか、などを示して、あとの語句にかかります(『例解古語辞典』)。

 動詞「あり」とは「aある・存在する。bその場に居合わせる。c(時が)たつ・経過する。」意があります(同辞典)。

 このため、初句~二句は、「貴方が恋をして、(しかし)そのまま時が流れていない、ということは」の意であり、詞書のもとにあるので、「貴方が私との恋の成就をもうあきらめる(作者を見限る)、ということは」あるいは「貴方が私を(もう)恋していないということは」と訳せると思います。

 あるいは、「て」が接続語をつくるとみれば、「それでいて、そのくせ、という気持ちで、あとに述べる事がらに対して一応の断わりを述べる」意があります(同辞典)。

 そうすると、初句~二句は、「貴方が恋するというもののそれを継続していない」即ち、「恋しているというものの今は見限ったということは」と訳せます。

類似歌の二句「こひつつあらず(は)」とは、上二段活用の動詞「恋ふ」の連用形+接続助詞「つつ」+ラ変活用の動詞「あり」の未然形+打消しの助動詞「ず」の連体形+(係助詞「は」)です。

 接続助詞「つつ」の意はここでは「動作の反復・継続して行われる気持ちを表し」ています(『例解古語辞典』)。

 このため、類似歌の初句~二句は、「貴方に恋をし続ける(アプローチをくりかえす)のを止める」、の意であり、題詞のもとにあるので、一つの仮定をしているとも理解できます。 

⑤ 次に、三句にある「あきぎり」は、気象現象である「秋の霧」に「飽きの切り」を掛け、「飽きる状態の期限、即ち破局」ということではないか。

 平安時代以降、春は霞、秋は霧と使い分けられたと一般にいわれていますので、この歌が平安時代の作であるならば、「秋の」という語句は不要のところを、わざわざ「あきぎり」と表記しています。作詠時点の用例に倣えば異様です。

 『猿丸集』は、『新編国歌大観』(角川書店)の「解題」によると、「公任の三十六人撰の成立(1006~1009頃)以前に存在していたとみられる歌集」です。そのころまでに成った(奏覧された)三代集と次の『後拾遺和歌集』の恋部の詞書の文末の特徴をみると(ブログ2018/4/16付けによる)、「つかはしける」と「題しらず」が多いのに、『猿丸集』にはなく、多くが「よめる」です。文末が「よめる」とあるのはこれらの勅撰集の恋の部では段々と増加し四番目の勅撰集『後拾遺和歌集』(承保2年(1075年)奉勅)に多い。

 また『猿丸集』の全52首では、いまみた四つの勅撰集にある「つかはしける」と「題しらず」という文末で終る詞書がありません。

 このような文末の特徴から言えば、『猿丸集』の成立は「公任の三十六人撰の成立」次期に近い頃が有力です。

 これに対して、類似歌の三句にある「あきはぎ」は、植物「はぎ」に季節を冠しているという語句です。「はぎ」は秋の七草のひとつです。

 類似歌のある『萬葉集』をみると、巻一~巻四では「あきはぎ」の用例3首、「はぎ」の用例無しです。巻八には「はぎ」を詠った歌が35首ありますが20首が「あきはぎ」です。『萬葉集』の作者は、「あきはぎ」という表記を良く用いており、類似歌での「あきはぎ」は、その時代の平均的な用例と言えます。

⑥ 次に五句の動詞「をる」は、(花を)「折る」意であり、類似歌の語句の動詞「あり」は、連語「有らまし」の一部であって、(・・・という花に)「なっていたらよいのに」という気持ちを表しています。

⑦ 3-4-25歌の現代語訳(試案)を、2018/7/30付けブログ「4.」で示しました。

「いとしいあなたが私を恋していないということならば、秋霧が、咲いてそして散ってしまっている花の茎を折るということがおこるでしょう。(風ではない秋霧には、あり得ないことです。そのように、あなたの私への愛の変らないことを信じています。)」

 この(試案)では、「あきぎり」の理解が不十分でした。このため、次のように改めます。

 「いとしいあなたが私を恋していないということならば、「飽きの切り」と同音の秋霧が、咲いてそして散ってしまっている花の茎を折るということがおこるでしょう。(これはあり得ないことです。破局を迎えるなど思ってもいません。あなたの私への愛の変らないことを信じています。)」(3-4-25歌改訳案)

⑧ 次に、類似歌です。現代語訳(試案)はブログ2023/11/13付けでの結論は、初句~二句に引用文があるとみて、次のようになりました。類似歌の題詞は、「思」字の意が「恋う・慕う」ではなく、「かんがえる」とか「思案する」とか「おもいやる」という意で作文されています。

「親愛なる貴方に、どなたかが「こひつつあらず」という状況だそうですが、秋ハギのような咲いたらすぐ散る花になってほしいですね(諦めてくれるといいですね)。」 (2-1-120歌現代語訳改定試案)

 3-4-25歌と、まったく異なる歌意です。

 3-4-25歌は、相手の女が作者を愛しているのを信じている、と相愛の仲の相手におくった恋の歌であり、類似歌2-1-120歌は、話題としている人の周辺状況の変化を期待すると詠っており、恋の歌ではなく挨拶歌です。

⑨ なお、類似歌を片恋の歌として理解した以前の現代語訳(試案)は、正しく題詞を理解していませんが、『猿丸集』の編纂者も同じような過ちをしていたかもしれません。その場合はブログ2018/7/30付けに示した現代語訳(試案)があります。次のとおり。やはり、3-4-25歌とは異なる歌意です。

 「あの人にいくら恋しても詮無い状態になってきたが、それでも、あの人が、(私の愛でる)秋萩のように咲いたら散るという花であってくれたらなあ」

 これは、『萬葉集』に萩を詠む歌は141首あり、その1/4以上が花の散り過ぎることに言及していることに留意した(試案)です。萩ならば散るものの代名詞であり、「こひつつあらず」という認識は、諦めていないからです。だから、秋萩がすぐ散るように自分が諦める、と歌にして相手におくるより、それでも相手の心変わりを期待しているよ、と詠っておくり(民謡であれば謡い返し)、同じ相手との歌の応答を続けようとする、と理解したものです。

 類似歌について、諸氏の理解の一例として土屋文明氏の大意を紹介ます。

「吾妹子に戀ひ戀ひて生きてをれないならば、秋萩の咲けば散ってしまふ花になって散り失せ死ぬる方がましであろう。」(『萬葉集私注』)

 この歌は、反語であり、「秋萩は、すぐ散ることでも満足しているだろうが、私は秋萩ではないのです」と言っている歌と氏は理解されているのではないか。

 これらのどの理解でも類似歌は、3-4-25歌と歌意が異なります。

15.3-4-23歌の再検討

① 2-1-120歌と2-1-122歌は、同一の題詞のもとにあります。そして2-1-122歌は、3-4-23歌の類似歌です。題詞の現代語訳(試案)は、「思」字の理解により改まりましたので、改めて、3-4-23歌とその類似歌2-1-122歌の差異を確認します。

3-4-23歌  (3-4-22歌の詞書をうける)おやどものせいしける女に、しのびて物いひけるをききつけて、女をとりこめていみじういふとききけるに、よみてやる

おほぶねのいづるとまりのたゆたひにものおもひわびぬ人のこゆゑに

 

3-4-23歌の類似歌   万葉集 2-1-122歌     弓削皇子思紀皇女御歌四首(119~122)

     おほぶねの はつるとまりの たゆたひに ものもひやせぬ ひとのこゆゑに 

(大船之 泊流登麻里能 絶多日二 物念痩奴 人能児故尓)

② 下記の検討をして、やはり3-4-23歌とその類似歌2-1-122歌は異なる歌であり、相愛の歌と述懐の歌とにわかれます。

 そして(前回のブログ2021/7/19付けでの結論のように)類似歌が片恋の歌であっても、3-4-25歌は愛情を交わした女に対する作者の心のうちを詠って、相手を慰める相愛の歌であり。類似歌は、恋の進展のないことにより外見が変わったと訴えた片恋の歌であり、異なる恋の歌です。

 この二つの歌は、詞書(題詞)の趣旨が異なり、歌本文の二句の船の状況が違い、四句の動詞が違います。

③ 3-4-23歌から再検討します。

 詞書は、3-4-25歌と同じであるので、その現代語訳(試案)は上記「14.③」に引用してあります。

 歌本文については、類似歌と語句が異なっている二句と四句と五句を確認します。

④ 二句「いづるとまりの」の「いづ」とは、下二段活用の動詞「出づ」の連体形です。

 類似歌の二句は「はつるとまりの」の「はつる」とは、下二段活用の動詞「泊つ」の連体形です。

 船の出港時と停泊時という船の状況の違いがあります。

 四句「ものもひわびぬ」の動詞「侘ぶ」とは、ブログ2023/7/16付けで指摘したように、心の動きに関する動詞であり、類似歌の四句にある「痩す」は外見に関する動詞です。どちらにも同音異義の語句はありません。

 また、五句にある「ひとのこ」とは、恋の相手である「親が作者との交際を停められた人物」つまり「そのようなことを行う親に正面切って反対できない子」の意です。類似歌の「ひとのこ」とは、題詞を見直して人並という意になりましたが、題詞の「思」字の理解を見直す前は、特定の人物を指すのは同じで歌をおくる相手(紀皇女)、という意と理解していました。

 そして、この歌は、初句~三句の文章の主語は、「とまり」(停泊地)です。「たゆたひ」は、停泊地の海面が波打つことを指しています。出港する船が波をたてることを含めて海面の揺れが収まらない様を形容している、と言えます。初句~三句の文章は、大船の揺れ方に関する当時の常識を詠み込んでいるわけではありません。多くの諸氏もそのように理解されています。

⑤ そのため、3-4-23歌の現代語訳(試案)は、ブログ2018/7/16付け「7.⑥」に示し、ブログ2021/7/19付けで確認した(試案)そのままでよい、と思います。つぎのとおり。

「大きな船が出港する停泊地はゆらゆら波が揺れ止まりしていないようですが、思いがいろいろ浮かび辛いことです。親に注意をうけても慕っていただける貴方のことで。」

 「親ども」は、この歌を当然知るところとなるでしょう。『萬葉集』記載の類似歌を承知していれば、歌人としての才は認めてもらえたかもしれません。それだけで交際が許されるとは思えません。(ブログ2018/7/16付け「7.⑦」)

 なお、「大船」とは、この歌での暗喩はなく、遣唐使船などの船体の大きい船の意です。

⑥ 類似歌については、題詞にある「思」字の理解が改まりましたので、類似歌の現代語訳(試案)は、同一題詞のもとの4首の整合性から、次のようになりました(ブログ2023/12/18付け「12.」参照)。

 「大船が停泊している港であって揺れが止まらない状況にあり、私は物思いするようになり、痩せてしまった、どなたかと同じく「人の子」故に。」(第231別案) 

 大船が停泊地で揺れの止まらないという状況は、当時の常識に反しています。つまり異常な事態であり緊張が増す事態である、という意となります。

 上記現代語訳(試案)の初句~三句は、大船が主語であることを、より明確にするために、すこし修正したいと思います。

 「大船が、停泊している港にあって揺れの止まらないという状況にあり、私は物思いするようになり、痩せてしまった、どなたかと同じく「人の子」故に。」(第231別案の2)

 大船とは、隠語であり、「大船の揺れがとまらない」ことが起因となって、他の人もそうだが、作者も物思いに沈んだ、ということを詠った歌と理解したところです。誰かの「たゆたひ」により翻弄されている状況を詠っています。

⑦ 作者である弓削皇子の活躍時期を考慮すると、「大船」とは、持統天皇の御代におけるある政治的な状況を意味するのではないか。作者である弓削皇子は、次期天皇の候補とみなされるのを嫌がっている心境を詠ったのではないか、と推測できます。体制批判をする気持ちはないはずです。部立てに「相聞」をたてている巻一~巻四の編纂者としてもそのような気持ちはないはずです。

 この題詞のある部立て「相聞」とは、伊藤氏や土屋氏の定義であっても、恋愛中の歌以外の歌も「相聞」に含まれています。私の定義では、「神々となった人物たちの見守る今上天皇のもとで現世の人々の喜びを活写する場面」の歌(ブログ2023/8/28付け「25.④」)ですので、そのような歌も当然含まれます。体制批判の歌を編纂者はここに配列しないはずです。

 このため、この歌と類似歌は、相愛の歌と述懐の歌となり、異なる歌です。

⑧ また、『猿丸集』の編纂者が、「題詞」の「思」字の意は「恋情」によるものとして、類似歌は片恋の歌と理解していたとしても、この歌との差異は同じようにあります。

 この歌は、愛情を交わした女に対する作者の心のうちを詠って、熱愛の相手を慰めている歌であり、類似歌は、恋の進展のないことにより外見が変わったと訴えた歌(2018/7/16付けブログでの結論)です。

 この場合の現代語訳(試案)を再録すると、つぎのとおり。

 「大船が、(例えば住之江の津のような)波の静かな港に停泊している時も、揺れ動き続けている。そのように、私はずっと捕らわれたままで、物思ひに痩せてしまった。この乙女のために」(2018/7/16付けブログ「4.⑥」)

⑨ 諸氏の理解の一例として、類似歌2-1-122歌の土屋文明氏の大意を紹介すると、次のとおり。

 「大船が、碇泊する港に於いて、揺れ動いて定まらぬごとく、ためらいながら物思ひに痩せてしまった。此のをとめの為に」(『萬葉集私注』土屋氏)」

 氏は、弓削皇子が詠ったという恋の歌として理解しています。この題詞のもとの4首について、「創意が少なく、多く社会的表現を用ゐて居る」、「弓削皇子の他の作とは少しく趣を異にして居る」と指摘しています。

⑩ なお、3-4-23歌も3-4-25歌も、「第五の歌群 逆境の歌群」(3-4-19歌~3-4-26歌)の歌であることに変わりありませんでした。

 今年は遅々とした歩みで3-4-25歌まで確認できました。一方、類似歌が多くある『萬葉集』については、巻四などの理解が進みました。来年は3-4-26歌の確認からはじめます。

 今年もブログ「わかたんかこれ ・・・」をご覧いただき有難うございます。

 皆様 よいお年をお迎えください。

(2023/12/25   上村 朋)

付記1.恋の歌の定義

『猿丸集』において、「恋の歌」とは、次の各要件をすべて満足している歌と定義している。

第一 「成人男女の仲」に関して詠んだ歌と理解できること、即ち恋の心によせる歌であること

第二 『猿丸集』の歌なので、当該類似歌と歌意が異なること

第三 誰かが編纂した歌集に記載されている歌であるので、その歌集において配列上違和感のないこと 

第四 「成人男女の仲」に関した歌以外の理解が生じることを場合によっては許すこと

(付記終わり 2023/12/25    上村 朋)

わかたんかこれ 猿丸集その218恋歌確認25歌 萬葉集弓削皇子の歌その5 人の子

前回(2023/12/11)に引きつづき『猿丸集』歌の第25歌の再確認を続けます。

1.~10.経緯

 2020/7/6より、『猿丸集』の歌再確認として、「すべての歌が恋の歌」という仮説を検証中である。12の歌群の想定を行い、3-4-25歌は、「第五 逆境の歌」の歌群に整理している。3-4-24歌までは、すべて類似歌とは異なる歌意の恋の歌であることを確認した。3-4-25歌の類似歌は『萬葉集』の2-1-120歌である。

 歌は、『新編国歌大観』より引用する。

11.一つの題詞のもとにある4首の整合性は

① 「弓削皇子思紀皇女御歌四首」という題詞のもとにある(3-4-25歌の類似歌を含む)4首の個々の検討が一応おわりましたので、4首の整合性を再確認し、類似歌(2-1-120歌)の理解を深めます。

 そして、以下のような再検討をした結果、「思」字の意は、2-1-85歌(から2-1-88歌)と2-1-114歌の題詞にある「思」字と同じになりました。そして4首は題詞のもとにある歌本文として整合性があるものの、恋の歌ではなく、起居往来の歌となりました。また、この題詞と4首は、弓削皇子に巻二編纂者が何かを仮託した歌であるかもしれません。

 『猿丸集』歌とその類似歌としての比較は次回になりました。

② 検討の前提条件は次のとおり。

第一 題詞は、「弓削皇子の紀皇女を思ふ御歌四首(2-1-119歌~2-1-122歌)」と読み下し、現代語訳(試案)は「弓削皇子が、紀皇女を思う御歌四首」 (119~122)」とします(ブログ2023/11/6付け「5.⑤」付け参照)。

第二 題詞に用いられている漢字「思」字の意に、同じ用字がある(2-1-85歌と2-1-114歌の)題詞2題にならい、次の作業仮説をたてる。

「「かんがえる」とか「思案する」とか「おもいやる」というものであり、日本語の「おもふ」の「心に思う」とか「心配する」意に通じているのであろう」(ブログ2023/11/11/6付け「5.⑥」)

第三 皇子と皇女の恋愛は、皇位継承問題に絡みやすく制約の多いものである。

第四 序詞は、これまでの検討と同じく有意の語句である、として歌を理解する。

 

③ 上記前提条件は、『萬葉集』巻一~巻四全体の理解の原則でもあります。作業は、

第一 巻二の部立て「相聞」における題詞の配列から当該題詞の意味合いを確認します。

第二 これまでに得た4首の現代語訳(試案)がこの一つの題詞のもとで整合性があるかどうかを確認します。

第三 4首に関する諸氏の理解の例とも比較します。

第四 2-1-120歌は、『猿丸集』第25歌の類似歌なので、第25歌と併せて検討します。

第五 また、当該題詞のもとにある2-1-122歌は、『猿丸集』第23歌の類似歌なので、第23歌と併せて検討します。

④ 最初に、題詞の配列から検討します。ブログ2018/7/16付けで一度検討していますが、巻二の部立て「相聞」の「藤原宮御宇天皇代」の歌について再確認します。

 巻二の部立て「相聞」は、巻一と同様に標目をたて、各歌を題詞のもとに配列しています。標目の順番は天皇の代の暦代順であり、その代ごとに天皇が登場する題詞は最初においています。標目「藤原宮御宇天皇代」(持統天皇の御代)は、下表のように、天皇が登場する題詞はなく、天武天皇の皇子が登場する題詞に始まり、臣下とその妻が登場する題詞で終わっています。

⑤ 歌群の整理を、題詞での各皇子と臣下の男子でしました。そして、当該題詞に登場する人物同士の関係(一人(作者名)のみの場合はその一人とその歌を贈る相手との関係及び「和歌」とある場合はその直前の題詞の人物との関係)を確認しました。

 これを見ると、弓削皇子が2度題詞に登場し、連続して配列されていません。

 そして、題詞に登場する人物同士の関係では、恋愛関係のペアはなく、臣下で夫婦となっているペアが2組あるだけでした。

表 万葉集巻二部立て相聞の「藤原宮御宇天皇代」にある題詞の作文パターン別の歌一覧

(2-1-105歌~2-1-140歌) (2023/12/16現在)

歌群

題詞

作文パターン(歌の性格付け)

題詞にある人物同士の関係

贈字がある

和歌又は奉入とある

左以外で作歌とある

左以外で御歌又は歌曰とある

大津皇子関連の歌

大津皇子竊下於伊勢神宮上来時大伯皇女御作歌二首

 

 

2-1-105

2-1-106

 

皇族で同母兄弟

大津皇子石川郎女御歌一首

2-1-107

 

 

 

皇族と女官か

石川郎女奉和歌一首

 

2-1-108

 

 

皇族と女官か

大津皇子竊婚石川女郎時津守連通占露其事皇子御作歌一首

 

 

2-1-109

 

皇族と女官

日並皇子関連の歌

日並皇子尊贈賜石川女郎御歌一首 

2-1-110

 

 

 

皇族と女官

弓削皇子関連の歌その1

幸于吉野宮時弓削皇子贈与額田王歌一首

2-1-111

 

 

 

皇族の男女

額田王奉和歌一首

 

2-1-112

 

 

皇族の男女

従吉野折取蘿生松柯遣時額田王奉入歌一首

 

2-1-113

 

 

皇族の男女

穂積皇子関連の歌

但馬皇女高市皇子宮時思穂積皇子御作歌一首

 

 

2-1-114

 

皇族の男女

勅穂積皇子遣近江志賀山寺時但馬皇女御作歌一首

 

 

2-1-115

 

皇族の男女

但馬皇女高市皇子宮時竊接穂積皇子事既形而御作歌一首

 

 

2-1-116

 

皇族の男女

人皇子関連の歌

人皇子御歌一首

 

 

 

2-1-117

皇族(と女官)

舎人娘子奉和歌一首

 

2-1-118

 

 

皇族と女官

弓削皇子関連の歌その2

弓削皇子思紀皇女御歌四首

 

 

 

2-1-119

2-1-120

2-1-121

2-1-122

皇族の男女

三方沙弥関連の歌

三方沙弥娶園臣生羽之女未経幾時臥病作歌三首

 

 

2-1-123

2-1-124

2-1-125

 

臣下の夫婦

大伴宿祢田主関連の歌

石川女郎贈大伴宿祢田主歌一首 

2-1-126

 

 

 

臣下同士

大伴宿祢田主報贈歌一首

2-1-127

 

 

 

臣下同士

同石川女郎更贈大伴田主中郎歌一首

2-1-128

 

 

 

臣下同士

大伴宿祢宿奈麻呂関連の歌

大津皇子宮侍石川女郎贈大伴宿祢宿奈麻呂歌一首

2-1-129

 

 

 

臣下同士

長皇子関連の歌

長皇子与皇弟御歌一首

 

 

 

2-1-130

皇族同士

柿本人麻呂関連の歌

 

柿本朝臣人麻呂従石見国別妻上来時歌二首并短歌

 

 

 

2-1-131

2-1-132

2-1-133

2-1-135

2-1-136

2-1-137

臣下の夫婦

或本反歌

 

 

 

2-1-134

臣下の夫婦

柿本朝臣人麻呂従石見国別妻上来時歌二首并短歌

 

 

 

2-1-135

臣下の夫婦

或本歌一首并短歌

 

 

 

2-1-138

2-1-139

臣下の夫婦

柿本朝臣人麻呂妻依羅娘子与人麻呂相別歌一首

 

 

 

2-1-140

臣下の夫婦

 

 

 

 

 

 

注1)歌は、『新編国歌大観』の「巻数―当該巻の歌集番号―当該歌集の歌番号」で示す。

注2)題詞とそのもとにある歌本文の理解は次のとおり。

A 題詞:上村朋の理解(ブログ2023/10/16付け参照)

B 2-1-105歌~2-1-110歌:土屋文明氏の理解(『萬葉集私注』参照)

C 2-1-114歌~2-1-116歌:上村朋の理解(ブログ2023/10/16付け及び同2023/10/23付け参照)

D 2-1-117歌~2-1-118歌:土屋文明氏の理解 舎人娘子は乳母子と推測する

E 2-1-119歌~2-1-122歌:上村朋の理解(ブログ2023/11/6付けなど参照)

F 石川郎女と石川女郎は、巻二編纂者が書き分けているので、別人として整理している。石川女郎は2-1-129歌より女官となる。石川郎女も、女官と想像する。

G 2-1-130歌:土屋文明氏の理解(『萬葉集私注』参照)但し、誰が皇弟かについては保留する

H 上記以外は、主として土屋文明氏あるいは伊藤博氏の理解に基づく。

⑥ この表から、次のことも指摘できます。

 ほかの代でも同じですが、皇族が登場する題詞を先に配列し、次に臣下関連が配列されています。

 例外は、長皇子が登場する題詞であり、臣下同士が登場する題詞の途中に配列され、その次が臣下の柿本人麻呂が登場する題詞です。長皇子は、巻一の部立て「雑歌」において標目「寧楽宮」にただ一題一首だけある歌の作者です。

 この巻一の例に倣えば、巻二の部立て「相聞」は、標目としては例外の表記である「寧楽宮」という代を長皇子と柿本人麻呂の歌により設けているようにみえます。

巻二の次の部立て「挽歌」には、「藤原宮御宇天皇代」の次の標目として「寧楽宮」があり、女官の「河辺宮人」と皇族「志貴皇子」の挽歌が配列されており、そうすると、標目「寧楽宮」が巻一~巻二の全ての部立てにある、ということになります。

⑦ そして各題詞に登場する主たる人物2名の関係で、恋愛感情(あるいは愛情)を持った者同士というのは、弓削皇子と紀皇女が登場する題詞を保留すると、夫婦である臣下が登場している題詞だけです。石川女郎とそのような関係を占にでたことを大津皇子が嘆いていると理解(土屋文明氏の『萬葉集私注』)ができる歌本文がある題詞がありますが、二人に恋愛感情はない状況での歌と推測できます。

 なんとなれば、大津皇子が登場した題詞の直後に日並皇子がその石川女郎に歌を贈っています。同一の女性が有力皇族二人に分け隔てない交際をしているかに見えるとすれば、これらは宴席等での歌なのではあるまいか。

 石川女郎は、臣下である大伴宿祢田主や大伴宿祢宿奈麻呂とも歌を交換していることがこの部立て「相聞」にあり、2-1-128歌題詞には女官と明記されています。

 このため、恋愛感情は大津皇子と石川女郎の間にない、とみてよいと思います。

⑧ 大津皇子の登場する題詞には「石川女郎」のほか「石川郎女」が登場する題詞もあります。巻二の編纂者が書き分けているので別人と整理します。大津皇子石川郎女が登場する題詞の歌(107歌と108歌)は、土屋氏が「(105歌と106歌などと同じ事情で)前々からの年月未詳の製作(された歌)がここに収録されたものであらう」と指摘しているように、元資料は伝承歌です。

 そのため、大津皇子石川郎女が恋愛感情を装っただけの挨拶歌か宴席での歌として編纂者の手元にあつまったのではないか。(土屋氏は、110歌についても「民謡風の諧調が一首を貫いて居て快い。或いは既成の民謡が根拠になって居るのかもしれない」と指摘しています。)

 また、舎人娘子は乳母子であるので、舎人皇子との間の歌(2-1-117歌と2-1-118歌)は、日常的な挨拶歌と理解できます。

 このようなことから、保留していた弓削皇子と紀皇女が登場する題詞でも、恋愛感情を持っている者同士と二人を見るのは配列からは不自然と言えます。

 そして、上記②の前提条件第三からも、恋愛感情を持っている者同士という推測はしにくい、と思います。

⑨ 次に、上記⑤で指摘したように弓削皇子が2度題詞に登場し、連続して配列されていません。(二つ目の題詞のもとに2-1-120歌があります)。

 歌群「弓削皇子関連の歌その1」は、弓削皇子が贈った歌とその返歌並びにそれらと明らかに関連ある歌とからなる歌群です。持統天皇の吉野行幸に供奉し、昔天武天皇行幸に供奉した際に見た「み井」を題材にした歌群です。このような作詠事情が題詞と3首の歌本文より判ります。

 歌群「弓削皇子関連の歌その2」は、弓削皇子が詠んだ4首に対応する返歌或いは事前におくられた歌はこの歌群にありませんし、『萬葉集』の他の箇所にもありません。  そして題詞の歌本文から作詠事情は漠としています。

 諸氏の指摘のように、この歌群の歌が作者を弓削皇子に仮託したものであるならば、巻二編纂者は、そのことにより何かを仮託している歌群として配列しているのではないか、と疑えます。

 このような歌群の趣旨が違うことが、離れて配列されている理由なのでしょうか。確かな理由は今のところ未だわかりません。

⑩ 次に、題詞のもとで4首の歌本文の整合性を確認します。

 題詞と4首の現代語訳(試案)は、前回までに、次のようなものを得ました。歌本文は付記1.に引用しています。

 第一 題詞: 弓削皇子が、紀皇女を思う御歌四首 (これは今回検討する前提条件のひとつ)

 これは、倭習漢文である題詞において、「思」字を「しのぶ」と理解しない、ということになります。

 第二 2-1-119歌:2案あります(ブログ2023/11/6付けの結論)。

作者弓削皇子は、「紀皇女を思」って詠っていますので、紀皇女が関係する何らかの問題が生じていることを承知している、と推測できます。

 第一案 作者とこの歌をおくった相手の間に何らかの緊張関係あるいは信頼関係の問題が生じていると想定した一般的な場合

吉野山中を流れる川の瀬は、流れが速くわずかな時間も澱むことがない。そのようによどむことのない状況が続いてくれないかなあ(なんとか解決したいですねえ)。」

この場合、生じていた問題を、弓削皇子とこの歌をおくる相手とは共有していることになります。しかし、弓削皇子がどのような解決策を持っていたかは、題詞でも歌本文でも判然としません。

 第二案 作者とこの歌をおくった異性である相手の間に問題が生じていると作者が信じていると想定した場合(第一案の中の一例)

 「吉野山中を流れる川の瀬は、流れが速くしばらくの時間も澱むことがない。それと同じように私たちの仲もよどむことのないようになってくれないかなあ。」 

 この場合、女性である相手が、紀皇女であるならば、題詞に「思」字でなく「贈」字を用いれば明解です。それを巻二編纂者は避けているかに見えます。そのため、相手は紀皇女でない誰かが有力です。

 そして、同ブログ「6.⑨」で宴席等での社交的な遣り取りの歌の可能性が高いでしょうと、指摘しましたが、挨拶歌の可能性もあります。

 題詞の「思」字の意は、紀皇女を「思いやって」の意と理解できます。

 第三 2-1-120歌:1案です。(ブログ2023/11/13付けの結論) 

「親愛なる貴方に、どなたかが「こひつつあらず」という状況だそうですが、秋ハギのような咲いたらすぐ散る花になってほしいですね(諦めてくれるといいですね)。」 (2-1-120歌現代語訳改定試案)

 この(試案)は、初句~二句に引用文があるとみています。事前にその間の事情を弓削皇子と紀皇女が共有する状況であれば、不自然な理解ではありません。作者弓削皇子と紀皇女の間の今喫緊の問題を抱えている恋の歌ではない、と言えます。題詞にある「思」字は、「かんがえる」とか「思案する」とか「おもいやる」というものであり、日本語の「おもふ」の「心に思う」とか「心配する」意に通じているのであろう、と思います。(同ブログ「7.⑧、⑨」参照) 

 第四 2-1-121歌:1案です。(ブログ2023/11/20付けの結論)

 「もし夕方ならば(あるいは夕方なら(と仮定すると))、潮はきっと満ちてくるだろう。住之江にある浅鹿の浦において、貴方に玉藻を刈りとってほしい。」(仮に、ある行為を成すに適した時期となれば、そのとき、貴方にはある特定の場所である行為をしてほしい。) (2-1-121歌改訳(試案))

 この場合は、紀皇女が関係する事柄を弓削皇子が詠んで紀皇女以外の人物におくった歌です。少なくとも巻二の編纂者の作文した題詞は、この理解が可能です。

  また、巻二の部立て「相聞」の配列からも、当事者の恋を語る歌という可能性はありません。そしてこの歌のように皇女が玉藻を刈り取るのは非現実的であり、弓削皇子は暗喩のために伝承歌を利用している可能性があります。(同ブログ「8.⑮」参照)

 そして、題詞にある「思」字の意は、上記②で示した作業仮説の範疇の意であって恋する意ではないことになりました同ブログ「8.⑭」参照)。

 第五 2-1-122歌:1案です。(ブログ2023/12/11付けの結論)

 「大船が停泊している港であって揺れが止まらないという状況になり、私は物思いするようになり、痩せてしまった、貴方が「人の子」というせいで(ショックですよ)。」(第121別案その2)

  この場合、「大船」を「親」の隠語として、初句~三句の主語は「大船」、四句~五句の主語は作者であり、誰かの「たゆたひ」により翻弄される作者の歌、とみる理解が素直であり、作者が「たゆたふ」と詠う序詞はくどい。また、漢字「思」字の意に沿った歌であり、宴席での歌の類です。

(同ブログ「10.⑧参照」)

⑪ 4首を、このような現代語訳(試案)として理解すると、4首目の歌にある「人の子」とは親の言うなりになったことで1首目の前提にあるはずの「紀皇女が関係する何らかの問題」が解決し、その間に遣り取りした歌がこの4首、ということになります。 そしてこの解決は弓削皇子にとって嘆かわしいことになります。

 弓削皇子の活躍期間(持統天皇7年(693)に浄広弐に叙せられてから文武天皇3年(699)薨去(27歳か)までの間)に生じた「紀皇女が関係する何らかの問題」とは何なのでしょうか。皇女の立場を重視すれば、適齢期の独身の女性として、立后天皇の代替わりに伴う斎院下命、男子皇族との結婚、臣下との結婚が考えられます。弓削皇子にとって嘆かわしいというのは、立后されなかったとかを指しているのでしょうか。同母兄妹でもないのに不自然です。

⑫ 諸氏もいう弓削皇子に仮託された歌とすると、4首に起承転結があるのではないか。それは次のような趣旨を作者が伝える歌となるのではないか、と思います。なお、2-1-119歌は恋の歌ではないことになったので、第一案となります。

2-1-119歌:(紀皇女が関わる)何かは、澱むことなく進行することを願う

2-1-120歌:貴方(紀皇女か)に執心の人があきらめるといいね。

2-1-121歌:その時には、然るべき場所で、成すべきことをしてほしい。

2-1-122歌:騒動になって心配したが、貴方が「人の子」(親に従う子)であるので。

 このように4首を理解できます。紀皇女がかかわる何かは、毅然とした皇女の行動で解決したというよりも、親に頼って解決し、一件落着となったようです。皇女の親は、天武天皇ですが、「藤原宮御宇天皇代」という標目のもとにあることから2-1-122歌の作詠は天武天皇薨去後の時点となっている、といえます。

 なにがあったのでしょうか。

⑬ これは、少なくとも4首目の理解に誤りがあるのかもしれません。「人の子」が代名詞であるので、誰にでも用いることが出来るのに、作者と相手の人物のほかの第三者の場合の検討を無視してきました。それを確認します。

12.2-1-122歌の見直し。

① 2-1-122歌本文を引用します。

   大船之 泊流登麻里能 絶多日二 物念痩奴 人能兒故尓

   おほぶねの はつるとまりの たゆたひに ものもひやせぬ ひとのこゆゑに

 四句にある「ひとのこ」を、弓削皇子と紀皇女以外の人物を指している、として再検討します。

② この歌が倒置文形式の一つの文章とすれば、題詞のもとにある歌本文の現代語訳(試案)は、第121別案と第221別案をベースにすると、作者を弓削皇子、「大船」は隠語とし、「ひとのこ」は第三者を指すとすると、次のようになります。四句と五句が主語を省いた表記なので、このような理解も可能です。

 第五 「大船が停泊している港であって揺れが止まらない状況に、私は物思いするようになり、痩せてしまった、どなたかが「人の子」というせいで」(第131別案)

 第六 「大船が停泊している港であって揺れが止まらない状況にあり、私は物思いするようになり、痩せてしまった、どなたかと同じく「人の子」故に。」(第231別案)

 「人の子」とは、ここまで「人」とはその人の「両親」を指しているとみなして、「親の意見を子として尊重せざるを得ない貴方(子供)」の意として検討してきました(ブログ2023/12/11付け「9.⑫」参照)。

③ 『萬葉集』での「ひとのこ」の用例10例は、類似歌2-1-122歌を除くと、「(親の監視が強いなど)婉曲に自由にならない恋の相手である女の意が7例、「私を除く普通の人達」の意(人並の意)が1例(2-1-3821歌)及び「子孫」の意が1例(長歌である2-1-4118歌)」となります(同ブログ「9.⑩参照」)。

 恋の歌でないならば、「私を除く普通の人達」の意(人並の意)か「子孫」の意で詠われており、前者は、ひろく「人並」の意と通用できます。

 そうすると、普通は「大船」と「人の子」は結び付けて理解することはなく、恋の歌であればこそ結び付けられて理解することがある、ということであったのではないか。

 恋の歌でないならば、「人の子」の意を「人並」に理解すれば、第六の試案(第231別案)が妥当な(試案)と思います。

 「大船の揺れがとまらない」ことが起因であって、他の人もそうだが、作者も物思いに沈んだ、ということを詠った歌と理解できます。

 これまでの(試案)でも下記に引用する第四の試案(第221案)も、恋の歌としての()内の訳文を省けば「人並」に理解した(試案)となります。

④ これまで、作者を弓削皇子として、次の現代語訳(第一~第四)をこころみ、下記第三の(試案)を2-1-122歌の現代語訳として検討してきました。恋に寄せての歌ではないかとの思い入れがまだある試案でした。

 第一 「大船が、停泊している港であって揺れがとまらない状況というように、私の心は定まらないままなので、ためらいが続き、そして物思いするようになり、痩せてしまった、貴方のせいで。」(第121案)

 第二{大船が、停泊している港であって揺れがとまらない状況というように、私の心は定まらないままなので、ためらい続け、そして物思いするようになり、痩せてしまった、貴方と同じく「人の子」故に。」(第221案)

 さらに、「大船」を隠語と見た場合、

 第三 「大船が停泊している港であって揺れが止まらない状況に(貴方の親が思いのほかのことを言い出して)、私は物思いするようになり、痩せてしまった、貴方が「人の子」のせいで(しばらく逢えないのですね。了解しました)。」(第121別案)

 第四 「大船が停泊している港であって揺れが止まらない状況にあり、私は物思いするようになり、痩せてしまった、貴方と同じく「人の子」故に。(私の親は気にしています。ちょっとおとなしくしましょう。)」(第221別案)

⑤ 恋の歌ではない、と割り切って4首の整合性をする必要があります。

 

13.再び4首の整合性について

① 2-1-122歌の現代語訳(試案)を、

 上記第231別案とすると、4首は、次のような起承転結があると言えます。

2-1-119歌:(紀皇女が関わる)何かは、澱むことなく進行することを願う

2-1-120歌:貴方(紀皇女か)に執心の人はあきらめるといいね。

2-1-121歌:機は熟すので、そのとき成すべきことをしてほしい。

2-1-122歌:「大船」が揺れ続けていて、私も人並みにやせた。

 題詞で弓削皇子は紀皇女を「思」って詠んでいるものの、紀皇女には、誰かあるいは何かの暗喩があるのではないか。そしてこの歌は、題詞より恋に関わることではないので、皇族間の問題が1首目にある「何か」であって、弓削皇子はこの歌を他の皇族におくったのではないか。

 弓削皇子の活躍時期を考慮すると、次期天皇の候補とみなされるのを嫌がっている心境を詠ったのではないか、と推測できます。

② このような趣旨を含んだ歌が弓削皇子の詠んだ歌として巻二編纂者の手元に集まるのは疑問であり、弓削皇子に仮託すべく編纂者が伝承歌から選択してここに配列している可能性を捨てきれません。この4首は、何かに関して、訴えている歌と理解でき、特定の人物との恋愛を詠う歌ではなくて、起居往来の歌とみなせます。

 この4首は、恋愛関係にある人への片恋の歌ではないことが確かめられました。そのため、今は『猿丸集』の類似歌としての検討はこれで十分だと思います。『萬葉集』の歌としては更なる情報を得て確かめたい歌群です。

③ 次に、この題詞のもとにある4首に対する諸氏の理解の例として伊藤博氏と土屋文明氏の理解を紹介します。

 伊藤氏は、題詞の「思」字を「しのふ」と訓み、その意は「思い慕う」意としており、そのため作者(弓削皇子)はそれでも今も慕っている、と理解していることになります。そして、氏は、「弓削皇子が紀皇女をひそかに思いを寄せていたという事実を背景にしながら(後人が二人に)仮託した歌であろう」と指摘しています。しかし氏が事実と指摘した根拠は『萬葉集』のこの題詞の「思」字からの推測ではないか。それ以外の資料では確認できませんし、仮託をしてまでここに配列する理由に触れていません。

 そして、「思」字の意を、「なつかしむ」意と理解すれば、今となっては過去のことと振り返っている状況下での4首となり得ます。

 氏は、部立て「相聞」について「個人の情を伝えあう歌」の意と理解されており、「思」字が「なつかしむ」意でも氏の定義する「相聞」の歌の範疇にこの4首はあります。つまり、「今恋いしあっている時の歌」という理解に限定する理由はありません。

 また、歌本文は、題詞により歌意が限定されますので、氏のいう二人に編纂者が仮託した理由を明らかにしないと、この4首は理解半ばではないか、と思います。

④ 次に、土屋氏は、この4首について、題詞の訓は示さずに「序を用ゐて一首を構成するは相聞の普通の技法」と指摘し、「(創意が少なく)大部分が民謡を改作し、或いはいくつかは民謡其の儘を用ゐたものかもしれぬ。相聞の歌にはさうしたものも多かったものと思はれる。」と指摘しており、題詞のもとの歌として「弓削皇子の他の作とは少しく趣を異にして居る」と指摘しています。

 そして氏は、「相聞」を「個人間に問ひ交はす意に中国で古くから用ゐられる文字であるといふ。此の集の用ゐ方もその如くで人と人との間に言ひ交はされた歌であるが、実際は殆ど対多数が恋愛の歌である」(『萬葉集私注』「萬葉集巻第二 相聞 の巻頭言)と指摘し、起居往来の歌とも指摘しています。

 氏の理解は、この4首は起居往来の歌として弓削皇子は伝承歌を用い、題詞の「思」字の意は、「恋愛」であっても構わない、と理解しているようです。

 両氏とも2-1-85歌と2-1-114歌の題詞の「思」字の理解は、私と異なります。

⑤ そして、巻二の題詞における「思」字の意は、これにより3題すべて共通となり、作業仮説(上記「11.②第二」)の意となりました。「おもふ」と訓み、「思案する」意が強く、恋する意ではありませんでした。

 ブログ「わかたんか これ ・・・」をご覧いただきありがとうございます。

 次回は、2-1-120歌を『猿丸集』の類似歌として、『猿丸集』第25歌との比較を再検討します。

 (2023/12/18   上村 朋)

付記1.題詞「弓削皇子思紀皇女御歌四首」のもとにある歌本文  (『新編国歌大観』より)

2-1-119歌の歌本文:

芳野河 逝瀬之早見 須臾毛 不通事無 有巨勢濃香問

よしのがは ゆくせのはやみ しましくも よどむことなく ありこせぬかも

2-1-120歌の歌本文:

    吾妹児尓 恋乍不有者 秋芽之 咲而散去流 花尓有猿尾

わぎもこに こひつつあらずは あきはぎの さきてちりぬる はなにあらましを

2-1-121歌の歌本文:

    暮去者 塩満来奈武 住吉乃 浅鹿乃浦尓 玉藻苅手名

ゆふさらば しほみちきなむ すみのえの あさかのうらに たまもかりてな

2-1-122歌の歌本文: 

    大船之 泊流登麻里能 絶多日二 物念痩奴 人能兒故尓

おほぶねの はつるとまりの たゆたひに ものもひやせぬ ひとのこゆゑに 

(付記終わり 2023/12/18   上村 朋)