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わかたんかこれの日記 ゆふつけ鳥はいつなくか

2017/4/3   前回、「ゆふつけ鳥は 最初の200年に22首」と題して記しました。

今回は、「ゆふつけ鳥はいつなくか」と題して、記します。

 作詠時点を推計したところ、「ゆふつけとり」表記の最古の歌は、『古今和歌集』にある3首でした。「ゆふつけ」とか「ゆふつくる」という表記の歌は、その後1050年までが一時代であり、該当する歌が22首現在確認できます。その22首の特徴を探り、「ゆふつけとり」表記に歌人が持ったイメージとその広がりなどを確認したいと思います。

1.『古今和歌集』の作者たちの時代

① 『古今和歌集』の作者たちは、和歌を、清濁無視の平仮名で書き表しています。そして積極的に、それを利用しています。例えば、「ゆふつけ」表記は、「yufutuke」と「yufuzuke」と「yufutuge」という発音に対応しているので、その表記の意味は、「夕付け」「夕づけ」「夕告げ」「木綿付け」「木綿づけ」が有り得ます。また、「ゆふ」表記だけならば「夕」や「木綿」のほかに「結ふ」や「言ふ」も有り得ます。

 作者は、場合によってはこれらのどれかを「ゆふつけ」表記に掛けて歌を詠み、歌を贈られた人も歌合の会合に連なる人もそのように理解することを確信していたということです。

② そのころ、歌人はどのくらいいたのでしょうか。井上滿郎氏は、論文「平安京の人口について」において、「平安初期の人口約600万人、平安京の人口は約12万人」の数字を示し、「貴族・官人と天皇・皇族つまり宮廷文学に参画できると思われるのは1万5千人。全国人口約600万人に占める比率は 0.25%にすぎない。」と、指摘しています。

 用語の使用者が現代とは格段に少ない。しかし、貴族・官人は都に多く居を構えており、電子情報がなくとも研鑽や情報共有化もしやすかったのではないでしょうか。

 

2.「ゆふつけ」表記と「ゆふつくる」表記の歌22首の検討

① 22首は、「とり」表記がある12首のグループと、そうではない10首のグループとに分けられます。前者は、「ゆふつけとり」表記と「ゆふつけのとり」表記の歌であり、後者は、その他の表記のグループです。後者には、「ゆふつけとり」の略称の表記であったりする歌もあるグループです。下の表は、これらに対する作業結果を示します。

② 最古の歌は、前者のグループの歌で、作詠時点を849年以前と推計した3首(1-1-536歌 1-01-634歌 1-01-995歌)です。 

③ 後者の歌について、用語の使い方等を確認し現代語訳を試みるなどした結果、

「ゆふつけになく」(907年以前)、「ゆふつけの」(951,994年以前)、「ゆふつけを」(994年以前)と表記して「ゆふつけ鳥」を意味していた歌が、 4首 

(1-2-1126歌 5-416-188歌 3-60-20歌 3-60-164歌 )

「ゆふつけ鳥」を意味せず「木綿を付ける」を意味していた歌が、5首

 (3-23-26歌 5-419-72歌 5-419-73歌 7-22-97歌 7-28-5歌)

「夕」を意味していた歌が、 1首 (3-76-108歌)

となりました。(歌本文は前回の表を御覧ください。)

④ このうち、「ゆふつけ鳥」を意味していた歌4首の最初の歌は、最古の歌の作詠時点から約60年後と推計した1-2-1126歌であり、そのつぎの歌は、さらに約40年(『大和物語』にある5-416-188歌)後です。

 最古の歌から段々と「ゆふつけとり」表記の「ゆふ」表記にいろいろ工夫していることがわかります。

⑤ ゆふつけ鳥は、1050年以降が作詠時点の歌でも、姿かたちよりも、「なく」ことが歌に詠われており、鳥であるのは間違いありません。

「なく」とは、歌の本文に「なく(鳴く)・告ぐ・こゑたつ・きこゆ・ひと声」のいずれかの表現があることを、括ってここでは言っています。

 「なく」仕草への言及が歌にあるかないかは、ゆふつけ鳥を詠っているかどうかの確認方法のひとつとなるでしょう。その区別も下の表に加えました。

表 作詠時点が1050年以前の「ゆふつけ」「ゆふつくる」表記のある歌の、作詠時点別・「ゆふつけ」3区分別・「なく」意の有無別の表

作詠時点

「ゆふつけ(の)とり」表記ある歌 (a)

左以外で「ゆふつけ鳥」を意味する語のある歌 (b)

左以外の「ゆふつけ」「ゆふつくる」表記のある歌 (c)

849年以前

1-1-536

1-1-634

1-1-995

 

 

3首

850年~900年

1-1-740

 

 

1首

901年~950年

3-13-87

5-417-21

1-10-821

1-2-1126

 

4首

951年~1000年

 

1-2-982

2-16-12765

3-28-264

3-60-188

5-419-672

5-416-188

3-60-20

3-60-164

3-23-26

3-76-108

5-419-72

5-419-73

12首

1001年~1050年

 

 

 

7-22-97

7-28-5

2首

12首

  4首

  6首

22首

注1)赤字の歌番号は、ゆふつけ鳥が「なく」と詠われている歌

注2)「なく」とは、歌の本文に「なく(鳴く)・告ぐ・こゑたつ・きこゆ・ひと声」の表現がある、という意である。計14首あった。

注3)「左以外で「ゆふつけ鳥」を意味する語」とは、「ゆふつけの」「ゆふつけに」など「ゆふつけ(の)とり」以外の表記であるが、「ゆふつけ鳥」の略称であるとか、前後の用語から「ゆふつけ鳥」を指すと語でもあると判断できる語、という意である。

注4)「左以外の「ゆふつけ」「ゆふつくる」表記のある歌」欄の斜体で示す3-76-108歌は、「ゆふつけ」の意が「夕べ」の歌である。その他の歌は「木綿」の意の歌である。

 

⑥ 表の「ゆふつけ(の)とり」表記のある歌という区分欄(a欄)で、「なく」表現が無い3-28-264歌と3-60-188歌は、検討対象の期間(~1050年)の終わりのほうの時期の歌です。

 改めて、この2首について、「なく」を中心に検討します。

 

3-28-264歌   

詞書なし                           元真

ゆふつけの鳥につけてもわすれじをかなしげをやはきみはのこさぬ

 

 「なく」の表現はありません。二句にある「(鳥)につけても」の意は、「ゆふつけの鳥」の姿や行為あるいはその言葉が象徴する出来事とかに「かこつけて」とか「ちなんだとしても」の意であります。また、五句「きみはのこさぬ」と言っているので、消えてゆくものが「ゆふつけの鳥」に何か関係があるかもしれません。

 「ゆふつけの鳥」のイメージを当時の歌人が共有していたとするならば、ゆふつけ鳥が「なく」ことに起因している事柄である可能性が、一番高いと言えます。

 

3-60-188歌

詞書なし                        賀茂保憲

よにいれてつきのかげさすまきのとはゆふつけどりのふねもあけける

 

 この歌の詞書は、前後の歌を比較考量し、ないものと推計しました。

 この歌を、仮に現代語訳すると「夜となって、杉かヒノキで作られた戸は、板の継ぎ目から月の光を家中に入れて、ゆふつけ鳥を囲っていれている桶に届かせ、その蓋を開けてしまったことだ。(暁と勘違いさせてゆふつけ鳥を起こしてしまいましたよ。)」、となるでしょうか。

 これは、ゆふつけ鳥に、鳴き声を上げさせたという意です。

 この2首は、このように理解でき、「なく」(鳴く)のイメージを「ゆふつけ鳥」につながることを否定していません。すなわち、表の「ゆふつけ(の)とり」表記の歌12首は、すべて「なく」(鳴く)の意の用語を前提に詠まれているといえます。

⑦ 表のb欄の歌、「ゆふつけ」表記の歌のうち「ゆふつけ鳥」を意味している歌4首には、すべて「なく」(鳴く)の意の表現があります。つまり、22首のうち12首+4首の16首が「ゆふつけ鳥」が「なく」ことに作者みんなが留意していることになります。

 これに対して表のc欄の歌6首には、すべて「なく」(鳴く)の意の表現がなく、しかも、すべて950年以降に詠まれた歌で、検討対象の期間の終わりのほうです。

⑧ この22首においては、言い換えると849年以前から1050年までの間は、「ゆふつけ(の)とり」表記と「なく」(鳴く)の意の表現は深い関わりがあることが確認できました。

⑨ それにしても「ゆふつけ(の)とり」と「なく」と31文字のうち25%以上の8~9文字も費やさなければならない語句は、歌を詠む際の大変な制約と認識する歌人が当時もいたことでしょう。さらに「あふさかの」という形容をしている歌が6首もあります。

⑩ このようにみてくると、「ゆふつけ鳥」という鳥を扱う歌は、1050年まで使い方の創意工夫の連続であり、それが時代とともに、略称でも通用するようになっていったといえます。

 

3.暁になく鳥の出現

① ゆふつけ鳥と「なく」が密接であることがわかったので、「なく」時間帯についても検討します。

(「なく」とは、歌の本文に「なく(鳴く)・告ぐ・こゑたつ・きこゆ・ひと声」の表現がある、という意。)

 表のa欄とb欄にある歌計16首が対象となります。

 検討の方法は、歌や詞書や歌集での前後の並び順などから歌意を探り、その歌の場面においてゆふつけ鳥が鳴いている時間帯を推計し、「ゆふつけ」「ゆふつくる」の表記に「夕べ」の意を掛けているか否かの結果を突き合わせるという方法です。

② 検討した結果は、次のとおりです。

第一 作詠時点順で923年以前と推計した歌(5-417-21歌)までの7首は、歌や詞書や歌集での前後の並び順などから推計すると、時点が不明か夕方に「なく」。そして「ゆふ」表記に夕方の意が掛かっていたとしても不合理ではない。

 例えば、5-417-21歌では、「ゆふつけどりの ゆふなきを」と「なく」という表現も歌で表現している。

第二 作詠時点順で8番目に古い943年以前と推計した歌(1-10-821歌)と9番目の951年以前と推計した歌(5-416-188歌)は、暁に「なく」。そして「ゆふ」表記に夕方の意が掛かっているのは不自然である。

第三 作詠時点順で10番目となる955年以前と推計した歌(1-2-982歌)以降は、7首のうち3首が、暁に「なく」。そしてその3首の「ゆふ」表記に夕方の意が掛かっているのは不自然であったり、「夕」の表現をわざわざするという工夫を凝らしている。

③ それでは、最初に暁に「なく」とした1-10-821歌を、具体に検討します。

1-10-821歌      

     兵部卿元良親王家歌合に、暁別                                  よみ人しらず

したひものゆふつけ鳥のこゑたててけさのわかれにわれぞなきぬる

 この歌は、『新編国歌大観』記載の六つの歌集にあります。1-10-821歌を『新編国歌大観』の最初にあるので今代表歌としました。1-18-1411歌 2-15-2208歌 2-16-12750歌 5-021-34左歌 6-27-1104歌とあります。「兵部卿元良親王家歌合」は『陽成院親王二人歌合』(5-021の歌集名)とも言われますが、その成立を元良親王歿年の天慶6年(943)以前と推計し、その時点をこの歌の作詠時点と推計しています。

 この歌は、歌合における題詠であり、その題から鳥が「鳴く」としたらその時間帯が作者に与えられていることになります。初句の「したひもの」の紐の縁語として、「結ふ」が「ゆふつけとり」表記の「ゆふ」に掛けてあります。(なお、これが「結ふ」を掛けた最初の例です。)

 それまでの「ゆふつけとり」表記には「あふさかの」という形容が1-01-995歌を除きあったのに、この歌は省いています。つまりく「ゆふつけとり」という表記にとどめることで新たな意味を持たしていること、与えられた「暁別」という題だから夕方でなく暁になく「鳥」を指して表現したという主張にとれます。作者の新しい試みです。

 後朝の別れというよく歌を詠む場面に、いつでも、街中で身近にいるとして登場し得る鳥は、「鶏」をおいてほかにありません。

「ゆふつけとり」表記された鳥は、この歌で初めて明け方に鳴いたのです。ゆふつけ鳥を、「鶏」に限定したのがこの歌であるかもしれません。

④ 作詠時点が1-10-821歌以前の歌は、歌意からみると、逢えないで恋しいと鳴くか、逢いたくとも逢えずに別れに際して鳴く(告げる等)のに対して、この1-10-821歌は逢って後の別れのつらさを詠い、この点でも、刮目すべき歌です。 

⑤ この歌の「ゆふつけとり」表記と最古の歌群における(あふさかの)「ゆふつけとり」表記は、意味するところ(イメージ)が違う可能性があります。

後者が鶏を指しているのかどうかの検討を迫る歌です。

⑥ ちなみに、この代表歌の記載された勅撰集は、藤原為家撰の『続後撰和歌集』です。建長3年(1251)に成立しました。その直前に成立した『万代和歌集』(2-15の歌集)の撰者も撰んでいます。その初撰本は撰者が真観(光俊)で宝治2年(1248)に、あるいは御製を得て衣笠家良が撰び翌年奏覧したともいわれている歌集です。撰者たちの時代である1201~1250年には60首にゆふつけ鳥が詠まれています。

 なお、作詠時点が1-10-821歌と5-416-188歌とでは10年未満です。後者は『大和物語』中の歌であり、誰かが詠んだ歌を採り入れていると推量できますので、作詠時点の差は微妙になります。

⑦ 次回は、最古の3首のゆふつけ鳥に関して記します。

 御覧いただき、ありがとうございます。