わかたんかこれ 猿丸集と後撰集の詞書その1

前回(2020/1/20)、 「わかたんかこれ 猿丸集と古今集の詞書その1」と題して記しました。

 今回、「わかたんかこれ 猿丸集と後撰集の詞書その1」と題して、記します。

(上村 朋)

 1.~4.承前 

(『猿丸集』という書名を検討し、「猿丸」という古の歌人名により、類似歌が新解釈であることを示唆している歌集か、と推測した。また、『猿丸集』の詞書のみの検討からは、恋の歌が多い歌集であるがそうでない歌もあり、編纂方針はわからず今後の検討を要する。そのため、『古今和歌集』をみると、巻第一は詞書から編纂方針が推測でき、巻第十五恋五でも大変少ない詞書のみからからの推測は、題しらずなどが中立の詞書とみると、歌群の並び方でみると歌本文を含めた推測と重なるところが十分あることがわかった。)

 

5.後撰集巻十三の詞書の特徴その1

① 『後撰和歌集』も恋歌を対象に比較することとし、恋の進捗順の部立とみて、終わりのほうの巻第十三恋五と巻第十四恋六の詞書を抜き出してその文例タイプを整理すると、付記1.の二つの表のようになります。前後の詞書(作者名を含む)をも検討し、『後撰和歌集』の編纂方針に詞書の検討が資するかみてみます。

② それらから、巻第十三恋五の詞書の特徴を次のように指摘できます。

第一 巻第十三にある歌全103首のうち100首に明記した詞書がある。詞書の文例タイプを、古今集検討時の例に倣うと、4つのうち

  歌を詠んだ動機につながる情景の記述

  題しらず

の二つしかない。

第二 歌を詠んだ動機につながる情景の記述の詞書のある歌100首のうち、「男女間」が70首と大変多く、次は「返し」が21首あり、そのほかはない。

第三 「題しらず」は9首しかなく、全103首中においても、題しらずの歌と整理できる歌は11首のみである。

第四 詞書を明記していないのは、巻第十三恋五の全首のうち、1-2-895歌と1-2-921歌と1-2-925歌の3首である。

第五 「返し」という詞書は、少なくともすべて直前の詞書と対を為す、とみなせる。「返し」という詞書の次の歌には、「男女間」の歌であることをはっきり示す詞書がある。しかし、「また返し」とある詞書や、「題しらず」という詞書もあり、歌群としては、必ずしも「返し」とある歌が歌群の区切りとは限らないと思われる。

第六 多くの「男女間」の歌であることをはっきり示す詞書がある。それらにも贈答歌のやりとりとして対となって配列されている歌もあるが、対となっていないかに見える詞書の配列もある。

第七 詞書からみると、巻第十三は、知り合って後の男女の関係が必ずしも順調ではない時点の歌が多い。しかし、明らかにそうではない詞書もある。1-2-913歌の詞書は、「人のもとにはじめてまかりて・・・」とある。単に「女のもとにつかはしける」とある詞書もある。

第八 しかし、歌の配列の方針は、今のところはっきり指摘できない。対の歌を確認するなど詞書でできる検討を試してからである。

 

③ 以上の検討において、歌本文の理解は、『新日本古典文学大系6 後撰和歌集』によっています(巻第十五も同じ)。

④『後撰和歌集』については、今日に伝わる『後撰和歌集』は奏覧本ではなく草稿本であり、作者名の表記までが詞書のうちであるとして歌を理解すべきものである、と指摘し人物の事績を物語的に伝える性格を持っていると評(『新日本文学大系 後撰和歌集』の解説(片桐洋一 岩波書店))されているように、『古今和歌集』の詞書の編纂方針とはだいぶ異なるようです。

⑤ 詞書を離れて、歌本文を比較すると、同一の語句を連続して歌に用いている箇所のあるのがわかります。詞書に反映しない配列の方針も巻第十三恋五には、あるのではないかと思えます。

6.後撰集巻十四の詞書の特徴その1

① 『後撰和歌集』巻第十四恋六の詞書の特徴は巻第十三とほぼ同じことを指摘できます。次のとおり。

第一 巻第十四恋六の歌全81首のうち75首に明記した詞書がある。詞書の文例タイプを、古今集検討時の例に倣うと、4つのうち

  歌を詠んだ動機につながる情景の記述

  題しらず

のみである。

第二 歌を詠んだ動機につながる情景の記述の詞書のある歌75首のうち、「男女間」が54首と大変多く「返し」が17首あり、そのほかはない。

第三 「題しらず」は4首しかなく、全81首中においても、「題しらず」の歌と整理できるのは10首しかない。

第四 「返し」という詞書は、少なくともすべて直前の詞書と対を為す、とみなせる。「返し」という詞書の次の歌には、例外なく「男女間」の歌であることをはっきり示す詞書がある。

  第五 「返し」という詞書の数より、多くの「男女間」の歌であることをはっきり示す詞書がある。それらにも贈答歌のやりとりとして対となって配列されている歌もあるが、対となっていないかに見える詞書の配列もある。

  第六 詞書からみると、巻第十四は、知り合って後の男女の関係が必ずしも順調ではない時点の歌と思われるが、そうとも詞書からでは判断しにくい歌もある。1-2-1012歌の詞書は、「はじめてひとにつかはしける」とある。巻頭歌1-2-994歌は「人のもとにつかはしける」という詞書である。

  第七 歌群の区切りは「返し」以外のところにもある可能性が感じられる。しかし、歌の配列の方針を今のところはっきり指摘できない。

② 編纂した和歌集であるので、もうすこしはっきりした編纂方針があるはずです。さらなる分析、言葉遣いの検討などを要すると思います。

 

7.三代集と『猿丸集』の詞書の比較その1

① とりあえず、『拾遺和歌集』も恋歌の最後の巻を、同様に整理し(付記2.参照)、三代集の数巻と『猿丸集』の詞書を比較するとつぎの表になります。

表 三代集と猿丸集の詞書に関する比較表   単位:首   (2020/1/26 15h 現在)

比較項目

古今集

巻一

春歌上

古今集

巻十五恋五

後撰集

巻十三

恋五

後撰集

巻十四

恋六

拾遺集

巻十五

恋五

猿丸集

当該巻の全歌数

 68

 82

103

81

75

 52

詞書明記の歌

 51

 16

100

75

20

 35

同上のうち「題しらず」

 12

  6

9

4

   9

無し

同上のうち「返し」

  1

  2

21

17

1

 無し

同上のうち「詠んだ場所・理由記述タイプ」

 有り

有り

 無し

 無し

 無し

 無し

全歌数における題しらずと整理できる歌

23

73

11

10

64

無し

  • 注)詞書の文例タイプ:古今集検討時の例に従う。4種類。「暦日 詠んだ場所・理由(下命・歌合など) 歌を詠んだ動機につながる情景の記述」(「男女間」、「返し」と「その他」に細分) 題しらず」

② 『猿丸集』の詞書は、三代集で比較対象とした恋に関わる巻4巻の詞書と比較すると、次のことが言えます。

第一 「題しらず」と「返し」という詞書が無い。

第二 「題しらず」が無いということは、編纂者は詠った情景を隠す(曖昧)にするよりはっきりしたい意向を持っている、と推測できる。

第三 「返し」が無いということは、詞書からは、挨拶歌や贈答歌の類であるのが明らかであるにもかかわらず、歌を送った相手の返歌・反応を示す歌を記載する必要が無いと編纂者は判断していると推測できる。

第四 『猿丸集』の各歌の現代語訳を試みる際、各歌の類似歌が重要なヒントとなったことを思うと、「類似歌あり」という語句は省かれた各歌共通の詞書(歌の理解のベクトルを定める語句)と推測してよい。

第五 詞書の文例タイプを、古今集検討時の例に倣うと、4つのうちの「詠んだ場所・理由記述タイプ(下命・歌合等の歌)」という詞書が『猿丸集』にない。これは『後撰和歌集』と『拾遺和歌集』の比較した巻と共通する。

③ 『古今和歌集』の比較した2巻では、詞書の明記の有無にかかわらず歌群が認められます。『古今和歌集』第十五では、一定の方向性を持った順番に歌群が9つ認められました。『後撰和歌集』と『拾遺和歌集』も諸氏は歌群を想定していますが、これまでの検討では、はっきり指摘できません。

④ 編纂した歌集であれば、歌群の設定はおこなわれていると予想してよい。

このため、詞書の語句を比較するなど、もうすこし詞書の検討を続けます。巻第十三・十四にある歌すべてを、詞書のみと、詞書と歌本文とあわせての検討の比較を、時間をすこしいただくことになりそうです。

⑤ ブログ「わかたんかこれ 猿丸集・・・」をご覧いただき、ありがとうございます。

 次回は、類似歌のあった『千里集』にもう一度戻ります。

(2020/1/27 上村 朋)

付記1. 後撰集において詞書を明記した歌の例(巻第十三と巻第十四)

表1 後撰集巻十三 恋五の詞書    (2020/1/27 現在)

詞書明記の歌番号等

詞書

文例タイプの分類

1-2-891

 題しらず

 題しらず

1-2-892

返し

情景(返し)

1-2-893

つれなく見え侍りける人に

情景(男女間)

1-2-894

 題しらず

 題しらず

1-2-896

女のうらみおこせて侍りければ、つかはしける

情景(男女間)

1-2-897

あだなるをとこをあひしりて、・・・つかはしける

情景(男女間)

1-2-898

 題しらず

 題しらず

1-2-899

女のもとにまかりたりけるに・・・まかりかへりて、あしたにつかはしける

情景(男女間)

1-2-900

返し

情景(返し)

1-2-901

かつらのみこにすみはじめけるあひだに・・・かのみこあひおもはぬけしきなりければ

情景(男女間)

1-2-902

忍びたるひとにつかはしける

情景(男女間)

1-2-903

せうそこかよはしけれどあだあはざりける男をかれこれあひにけりといひさはぐをあらかはさなりとうらみつかはしければ

情景(男女間)

1-2-904

おとこのつらうなりゆくころ雨のふりければつかはしける

情景(男女間)

1-2-905

女のもとにまかりてえあはでかへりてつかはしける

情景(男女間)

1-2-906

女に物いふおとこふたりありけりひとりに・・・ききていまひとりがつかはしける

情景(男女間)

1-2-907

女のこころかはりぬべきをききてつかはしける

情景(男女間)

1-2-908

文つかはしける女のおやのいせへまかりければともにまかりけるにつかはしける

情景(男女間)

1-2-909

一条がもとにいとなむこひしきといひやりたりければおにのかたをかきてやるとて

情景(男女間)

 

1-2-910歌以下の情景(男女間)タイプを略す

情景(男女間)

 

1-2-910歌以下の情景(返し)タイプ:1-2-910, 1-2-915, 1-2-923, 1-2-930, 1-2-932, 1-2-945, 1-2-947, 1-2-951, 1-2-956, 1-2-958, 1-2-968, 1-2-970, 1-2-974, 1-2-979, 1-2-982, 1-2-984, 1-2-986, 1-2-990, 1-2-992

情景(返し)

 

1-2-910歌以下の題しらずタイプ:1-2-918, 1-2-920, 1-2-929, 1-2-957, 1-2-972, 1-2-989

 題しらず

計 全103首 (891~993) 

詞書明記の歌 100首 

うち返し21首 

題しらず9首

全103首のうち題しらずと整理できる歌11首

 

注1)歌番号等:『新編国歌大観』の巻数―当該巻での歌集番号―当該歌集での歌番号

注2)「文例タイプの分類」欄の分類は4種類。「暦日 詠んだ場所・理由(下命・歌合など) 情景 題しらず」

注3)「文例タイプの分類」欄の()書きは、文例が情景タイプで嘱目している事柄。

注4)詞書を明記していない(後撰集が割愛している)歌は、3首。1-2-895歌(題しらず)、1-2-921歌(題しらず)、1-2-925歌(情景(・・・男女間))

 

表2 後撰集巻第十四 恋六の詞書   (2020/1/27 現在)

詞書明記の歌番号等

詞書

文例タイプの分類

1-2-994

人のもとにつかはしける

情景 (男女間)

1-2-995

返し

情景(返し)

1-2-996

みづからまできて、よもすがら物いひ侍りけるに、ほどなくあけ侍りにければまかりかへりて

情景 (男女間)

1-2-997

女のもとにつかはしける

情景 (男女間)

1-2-998

返し

情景(返し)

1-2-999

いひわずらひてやみける人に、ひさしうありて又つかはしける

情景 (男女間)

1-2-1000

返し

情景(返し)

1-2-1001

をとこのまできて、すき事をのみしければ、人やいかが見るらんとて

情景 (男女間)

1-2-1002

返し

情景(返し)

1-2-1003

をとこのひさしうおとづれざりければ

情景 (男女間)

 

1-2-1004歌以下の「返し」以外の情景タイプ」を略す

 

 

1-2-1004歌以下の「返し」の情景タイプ:

1-2-1004, 1-2-1015, 1-2-1026, 1-2-1030, 1-2-1035, 1-2-1041, 1-2-1043, 1-2-1047, 1-2-1051, 1-2-1053, 1-2-1057, 1-2-1071, 1-2-1073,

情景(返し)

 

1-2-1004歌以下の題しらずの情景タイプ:

1-2-1007, 1-2-1019, 1-2-1059, 1-2-1064,

 題しらず

計 全81首

 

うち詞書明記の歌:75首 

うち返し17首 

題しらず4首

詞書のない歌が6首(すべて題しらずの歌)

全81首のうち題しらずと整理できる歌10首

注1)歌番号等:『新編国歌大観』の巻数―当該巻での歌集番号―当該歌集での歌番号

注2)「文例タイプの分類」欄の分類は4種類。「暦日 詠んだ場所・理由(下命・歌合など) 情景 題しらず」

注3)「文例タイプの分類」欄の()書きは、文例が情景タイプで嘱目している事柄。

注4)全81首中題しらずと整理できる歌は1-2-1007歌等上記の4首のほか、1-2-1020歌、1-2-1021歌、1-2-1060歌、1-2-1061歌、1-2-1065歌、1-2-1066歌の6首。

注5)情景(男女間)タイプと分類した1-2-994歌と1-2-1044歌の詞書における「人」は、恋歌であるので男を指すと理解した。

注6)情景(男女間)タイプと分類した1-2-1069歌は、詞書における「常夏」が「常なつかし」を掛けているとみて、詞書のみで男女間の情景を指していると理解した。

 

付記2.拾遺集において詞書を明記した歌の例(巻第十五)

表 拾遺集巻第十五 恋五の詞書  (2020/1/27 現在)

詞書明記の番号等

詞書

文例タイプの分類

拾遺抄での歌番号

1-3-925

善祐法師ながされ侍りける時、母のいひつかはしける

情景 (?)

368

1-3-926

 題しらず

 題しらず

無し

1-3-941

女につかはしける

情景 (男女間)

243

1-3-942

 題しらず

 題しらず

337

1-3-950

ものいひ侍りける女の、のちにつれなく侍りて、さらにあはず侍りければ

情景 (男女間)

343

1-3-951

題しらず

 題しらず

345

1-3-963

女のもとにまかりけるを、もとのめのせいし侍りければ

情景 (男女間)

340

1-3-964

 題しらず

 題しらず

無し

1-3-971

円融院御時、少将更衣のもとにつかはしける

情景 (男女間)

無し

1-3-972

 御返し

情景(返し)

無し

1-1-973

 題しらず

 題しらず

335

1-3-977

延喜御時、・・・たへてのちいひつかはしける

情景 (男女間)

無し

1-3-978

 題しらず

 題しらず

無し

1-3-986

小野宮のおほいまうちぎみにつかはしける

情景 (男女間)

334

1-3-987

 題しらず

 題しらず

無し

1-3-991

左大臣女御うせ侍りければ、ちちおとどのもとにつかはしける

情景 (?)

無し

1-3-992

女の許につかはしける

情景 (男女間)

328

1-3-993

 題しらず

 題しらず

327

1-3-998

とほき所に侍りける人、・・・たかさごといふところにてよみ侍りける

情景 (?)

 

無し

1-3-999

 題しらず

 題しらず

無し

計 全75首

うち題しらずと整理できる歌63首

詞書明記の歌20首

うち、題しらず9首、

返し1首

 

 

注1)歌番号等:『新編国歌大観』の巻数―当該巻での歌集番号―当該歌集での歌番号

注2)「文例タイプの分類」欄の分類は4種類。「暦日 詠んだ場所・理由(下命・歌合など) 情景 題しらず」

注3)「文例タイプの分類」欄の()書きは、文例が情景タイプで嘱目している事柄。「?」は男女間の事柄と即断できない意を表す。

 

(付記終わり 2020/1/27 上村 朋)