前回(2020/1/13)、 「わかたんかこれ 猿丸集の詞書その1」と題して記しました。
今回、「わかたんかこれ 猿丸集と古今集の詞書その1」と題して、記します。(上村 朋)
1.~3.承前
(『猿丸集』という書名を検討し、「猿丸」という古の歌人名により、類似歌が新解釈であることを示唆している歌集か、と推測した。また、『猿丸集』の詞書のみの検討からは、恋の歌が多い歌集であるがそうでない歌もあり、編纂方針はわからなかった。)
4.古今集の詞書の特徴
①『猿丸集』の類似歌が多くある『古今和歌集』は、編纂者が歌集全体の構想をたて部立・歌の配列等に配慮していると諸氏が指摘(付記1.参照)し、その構想を論じています。勅撰集はみな同じように一つの構想のもとに成っていると思います。今、『猿丸集』成立以前あるいはその前後に成ったと思われる三代集のいくつかの巻について、その詞書のみに注目してその巻の特徴を確認できるかをみてみたいと思います。
②最初に、『古今和歌集』の最初の巻である巻第一春歌上と、恋歌の最後の巻である巻第十五恋歌五について検討します。最初の巻は、全体の構想を示すはずであるということから、また、『猿丸集』の歌は男女間の歌が多く、それも逢って後の男女間の歌が多いので、久曾神氏が「(恋の進行順でならんでいる恋部の歌で)恋歌五は「離れ行く恋」の巻」と指摘している恋歌五を男女間の歌の例として、みてみたいと思います。③『古今和歌集』巻第一春歌上において、明記している詞書を抜き出すと、付記2.の表1のようになります。その詞書の特徴を次のように指摘できます。
第一 巻第一にある歌全68首のうち51首に明記の詞書がある。うち「題しらず」が12首であるが、68首中での題しらずの歌と整理できる歌は23首あり全体の34%を占める。
第二 詞書の文例が4つある。
暦日に沿った記述
歌を詠んだ場所・理由の記述(季節の事柄より優先して下命・歌合などと記述)
歌を詠んだ動機につながる情景の記述
題しらず
第三 暦日に沿った記述の詞書明記の歌は8首あり、暦日の進行順に配列してある。
第四 歌を詠んだ場所・理由の記述の詞書明記の歌8首は、歌合などの開催順ではなく、順不同の配列である。
第五 歌を詠んだ動機につながる情景の記述の詞書明記の歌は、季節の推移に従い配列されている。それは、暦日に沿った記述の詞書明記の歌8首と併せて暦日の進行順に記載されている。なお、1-1-39歌は歌本文にあたると、梅花を詠んおり、例外とはならない。
第六 巻第一にある全68首のうち、(詞書明記の有無にかかわらず)題しらずの歌と整理できる歌23首の歌本文にあたると、暦日に沿った記述の詞書明記の歌あるいは季節の推移に従い配列されている歌の配列になじんだ位置に挿入されている。
第七 このように、詞書の検討から、春歌上の歌全68首は、暦日の進行順に、その詠う景を推移させ配列していることが確実である。それが、春歌上と題する巻第一の編纂方針と推測してよい。
④これは、また、各歌の理解は詞書に従え、と強く編纂者が示唆している、と言えます。
⑤それでは、恋五ではどうでしょうか。『古今和歌集』巻第十五恋五において、明記してある詞書を抜き出すと、付記2.の表2のようになります。その詞書の特徴を次のように指摘できます。
第一 巻第十五にある歌全82首のうち、詞書を明記した歌が16首(20%)しかない、しかもそのうち「題しらず」が8首あるので、実質8首(10%)であり、巻第一と比較して大変少ない。
第二 巻第一の文例タイプの分類を当てはめると、上記の実質8首の詞書はすべて情景タイプ(詠んだ動機につながる情景の記述をしている詞書)であり、それも人事(男女間で贈った歌・歌の返し)のことばかりである。
第三 その実質8首の詞書のうち、初めから6番目までは、男女間で齟齬が生じている時点の詞書である。残りの2首は歌を詠んだ場所(歌合の歌であること)の記述のみである(下記⑧参照)。実質8首の詞書のこの順番での組み合わせは、同じベクトルを持っている、とみなすことができる。
第四 巻第十五にある歌全82首中で題しらずと整理できる歌は、72首あり全体の88%を占める。
題しらずと整理できる歌に比べて詞書の数が実質8首しかなく、少なすぎるので、恋五は、男女間で齟齬が生じている時点の歌が主体であろうと推測するが、詞書の配列のみからは、巻第一のような明確な編纂方針である、と断言するのに躊躇する。恋の進捗順(逢う前、逢って後、齟齬生じて後という順序)かどうかおよび巻第十五全体が久曾神氏の指摘する「離れ行く恋」の巻」かどうかについては、詞書の配列のほかに、歌本文にあたりたいと思う。
第五 この巻第十五は、歌本文を含めて、一度検討したことがある。その結論からは、下記⑦に述べるような歌群とその順番を推定でき、題しらずのと整理できる歌72首は、歌を詠んだ動機につながる情景の記述の詞書のある歌(さきの実質8首)の順序を崩さないような位置に配列とされている、と推測できるので、男女間で齟齬が生じている時点、さらに久曾神氏の指摘する「離れ行く恋」の巻ではないか、といえる。
⑥以上の検討において、歌本文は、久曾神氏の理解を基本とし、一部は現代語訳を試みています。
巻第十五にある1-1-760歌と1-1-817歌が『猿丸集』の第17歌と第48歌の類似歌であったので、その際巻第十五にある歌全体について検討していますが、詞書のみからの検討はしていませんでした。
⑦ブログ「わかたんかこれ 猿丸集第48歌その1 あら あら」(2019/8/26付け)において、巻第十五の歌は、「恋の部は作詠時点が一方向に進んでいるように配列している、と仮定すると、恋の部の五番目である巻第十五にある最初の歌は、「本意ではなく別れさせられた後の歌であり、最後の歌は、幾つもの恋を経験した人物が自分の経験を含めて男女の仲を振り返って詠んでいる歌となっています。恋の部が時系列に配列されているならば、巻第十五の歌は、すべて、客観的には恋が一旦終わっているとみなし得るしかし作中人物はそのように了解していない段階の歌ではないか、俗にいえば、元の鞘に戻る事に望みを抱いている人物の作詠した歌で構成されている、と言える」と仮定し、この仮定は結局支持できました。
その際、奇数番号の歌とその次の歌は、配列の上では一組として扱われている可能性が高いと分析し、巻第十五の歌に対して歌群の想定を行い、少なくとも9群に整理できる、と下記のように指摘しました。
1-1-747歌~1-1-754歌 意に反して遠ざけられた歌群
1-1-755歌~1-1-762歌 それでも信じている歌群
1-1-763歌~1-1-774歌 疑いが増してきた歌群
1-1-775歌~1-1-782歌 仲を絶たれたと観念した歌群
1-1-783歌~1-1-794歌 希望を持ちたい歌群
1-1-795歌~1-1-802歌 全く音信もない歌群
1-1-803歌~1-1-816歌 秋(飽き)に悩む歌群
1-1-817歌~1-1-824歌 熟慮の歌群 (1-1-817歌は、仮置き)
1-1-825歌~1-1-828歌 振り返る歌群
⑧上記の実質8首の詞書の具体的な記述は、女から遠ざけられた男を指す詞書(2首)に続き、冷たくされている女を指す詞書(3首)、野火に注目する詞書(1首)、歌合の歌(2首)と続く。詠う情景が詞書からはだんだん見えなくなってきますが、あとの2首は詠んだ場所を言うだけで情景に触れていないことにより、⑦のように歌本体も検討対象とした歌群の推測を否定するものではない、といえます。
⑨ 次回は『後撰和歌集』などを含めて検討したいと思います。
ブログ「わかたんかこれ 猿丸集・・・」をご覧いただき、ありがとうございます。
(2020/1/20 上村 朋)
付記1.古今集などに関する奥村恒哉氏の指摘(東洋文庫452『八代集1』,459『八代集2』の解説より)
①撰者の意図は、両序に雄弁に述べられているが、律令的合理的精神をもって一貫している。すなわち『古今集』は和歌を「まめなる所」即ち「大夫之前」にあるべきものとして、それにふさわしい作をふさわしい形に編輯したもの。
②(古今集は)一首の独立性(三十一字での内容が完結する)が甚だ強く、三十一字の意味の誤解を防ぐために最小限度の詞書が付けられ(てい)る。
③『後撰集』は、『古今集』に比べて、スガタ(『無名抄』)に拘泥せず、心情の率直な流露を重んじた。「大夫之前」のものとするために、いわば切り捨てざるを得なかった和歌のもつ豊穣さを再びとりあげている。
④『拾遺集』は、古今集的規範の外に出ようとする動きが認められる。(例えば)屏風歌であると大量に(詞書に明記)、最多の入集歌人貫之113首に対して人麻呂104首。
付記2.付記2.古今集において詞書を明記した歌の例(巻第一と巻第十五)
表1 古今集巻第一 春歌上の詞書 (2020/1/20 現在)
詞書明記の歌番号等 |
詞書 |
文例タイプの分類 |
1-1-1 |
ふるとしに春たちける日よめる |
暦日(一月一日以前の立春) |
1-1-2 |
はるたちける日よめる |
暦日(立春) |
1-1-3 |
題しらず |
題しらず |
1-1-4 |
二条のきさきのはるのはじめの御歌 |
暦日(初春) |
1-1-5 |
題しらず |
題しらず |
1-1-6 |
雪の木にふりかかれるをよめる |
情景(春の雪) |
1-1-7 |
題しらず |
題しらず |
1-1-8 |
二条のきさきの・・・正月三日おまへにめして・・・ |
暦日(正月三日)&詠んだ場所・理由 |
1-1-9 |
ゆきのふりけるをよめる |
情景(春の雪) |
1-1-10 |
春のはじめによめる |
暦日(初春) |
1-1-11 |
はるのはじめのうた |
暦日(初春) |
1-1-12 |
寛平の御時きさいの宮のうたあはせのうた |
詠んだ場所・理由 |
1-1-16 |
題しらず |
題しらず |
1-1-21 |
仁和のみかどみこにおはしましける時に、人にわかなたまひける御うた |
暦日(子日)&情景(若菜) |
1-1-22 |
歌たてまつれとおほせられし時よみてたてまつれる |
詠んだ場所・理由 |
1-1-23 |
題しらず |
題しらず |
1-1-24 |
寛平の御時きさいの宮の歌合によめる |
詠んだ場所・理由 |
1-1-25 |
歌たてまつれとおほせられし時によみてたてまつる歌 |
詠んだ場所・理由 |
1-1-27 |
西大寺のほとりの柳をよめる |
情景(春の柳) |
1-1-28 |
題しらず |
題しらず |
1-1-30 |
かりのこゑをききてこしへまかりにける人を思ひてよめる |
情景(春の雁) |
1-1-31 |
帰雁をよめる |
情景(春の雁) |
1-1-32 |
題しらず |
題しらず |
1-1-36 |
むめの花ををりてよめる |
情景(梅花) |
1-1-37 |
題しらず |
題しらず |
1-1-38 |
むめの花ををりて人におくりける |
情景(梅花) |
1-1-39 |
くらぶ山にてよめる |
情景(くらぶ山*) |
1-1-40 |
月夜に梅花ををりてと人のいひければ、をるとてよめる |
情景(梅花) |
1-1-41 |
はるのよ梅花をよめる |
情景(梅花) |
1-1-42 |
はつせにまうづるごとに・・・そこにたてりけるむめの花ををりてよめる |
情景(梅花) |
1-1-43 |
水のほとりに梅花さけりけるをよめる |
情景(梅花) |
1-1-45 |
家にありける梅花のちりけるをよめる |
情景(梅花) |
1-1-46 |
寛平の御時きさいの宮の歌合のうた |
詠んだ場所・理由 |
1-1-48 |
題しらず |
題しらず |
1-1-49 |
人の家にうゑたりけるさくらの花さきはじめたりけるを見てよめる |
情景(さくら) |
1-1-50 |
題しらず |
題しらず |
1-1-52 |
そめどののきさきのおまへに花がめにさくらの花をささせ給へるを見てよめる |
情景(さくら) |
1-1-53 |
なぎさの院にてさくらを見てよめる |
情景(さくら) |
1-1-54 |
題しらず |
題しらず |
1-1-55 |
山のさくらを見てよめる |
情景(さくら) |
1-1-56 |
花ざかりに京を見やりてよめる |
情景(さくら) |
1-1-57 |
さくらの花のもとにて年のおいぬることをなげきてよめる |
情景(さくら) |
1-1-58 |
をれるさくらをよめる |
情景(さくら) |
1-1-59 |
歌たてまつれとおほせられし時によみてたてまつる |
詠んだ場所・理由 |
1-1-60 |
寛平の御時きさいの宮の歌合のうた |
詠んだ場所・理由 |
1-1-61 |
やよひにうるふ月ありける年よみける |
暦日(三月のうるふ月) |
1-1-62 |
さくらの花のさかりに、ひさしくとはざりける人のきたりける時によみける |
情景(さくら) |
1-1-63 |
返し |
情景(返し) |
1-1-64 |
題しらず |
題しらず |
1-1-67 |
さくらの花のさけりけるを見にまうできたりける人によみておくりける |
情景(さくら) |
1-1-68 |
亭子院の歌合の時よめる |
詠んだ場所・理由 |
計 全68首
|
詞書明記の歌51首 うち、題しらず12首、 返し1首 詠んだ場所・理由8首 |
全68首のうち 題しらずと整理できる歌23首 詠んだ場所・理由と整理できる歌13首 |
注1)歌番号等:『新編国歌大観』の巻数―当該巻での歌集番号―当該歌集での歌番号
注2)詞書欄の下線部分は、文例が暦日タイプの根拠のことば
注3)「文例タイプの分類」欄の分類は4種類。「暦日 詠んだ場所・理由(下命・歌合など) 情景 題しらず」
注4)「文例タイプの分類」欄の()書きは、文例が暦日あるいは情景タイプの場合の嘱目している事柄
注5)「文例タイプの分類」欄の1-1-39歌の「くらぶ山*」は歌にあたると梅花を詠んでいる意を表す。
表2 古今集巻第十五 恋歌五の詞書 (2020/1/20 現在)
詞書明記の歌番号等 |
詞書 |
文例タイプの分類 |
1-1-747歌 |
五条のきさいの宮のにしのたいにすみける人に・・・あばらなるいたじきにふせりてよめる |
情景(男女間) |
1-1-748 |
題しらず |
題しらず |
1-1-780 |
仲平朝臣あひしりてはべりけるを、かれがたになりにければ・・・とてよみてつかはしける |
情景(男女間) |
1-1-781 |
題しらず |
題しらず |
1-1-783 |
返し |
情景(返し) |
1-1-784 |
業平朝臣きのありつねがむすめにすみけるを・・・のみしければよみてつかはしける |
情景(男女間) |
1-1-785 |
返し |
情景(返し) |
1-1-786 |
題しらず |
題しらず |
1-1-789 |
心地そこはへるころ、・・・とぶらへりければよみてつかはしける |
情景(男女間) |
1-1-790 |
あひしれりける人のやうやくかれがたになりけるあひだにつかはしける |
情景(男女間) |
1-1-791 |
物おもひけるころ、ものへまかりけるみちに野火のもえけるを見てよめる |
情景(多分男女間*) |
1-1-792 |
題しらず |
題しらず |
1-1-802 |
寛平御時御屏風に歌かかせ給ひける時、よみてかきける |
詠んだ場所・理由 |
1-1-803 |
題しらず |
題しらず |
1-1-809 |
寛平御時きさいの宮の歌合のうた |
詠んだ場所・理由 |
1-1-810 |
題しらず |
題しらず |
計全82首 |
詞書明記の歌16首 うち題しらず6首 返し2首 |
|
注1)歌番号等:『新編国歌大観』の巻数―当該巻での歌集番号―当該歌集での歌番号
注2)「文例タイプの分類」欄の分類は4種類。「暦日 詠んだ場所・理由(下命・歌合など) 情景 題しらず」
注3)「文例タイプの分類」欄の()書きは、文例が情景タイプで嘱目している事柄
注5)「文例タイプの分類」欄*印:恋五にある詞書であるので多分「男女間」を象徴するものを野火にみて作者は詠んだと推測できる。
(付記終わり 2020/1/20 上村 朋)