わかたんかこれ  猿丸集 類似歌のことなど

前回(2018/12/10)、 「猿丸集第37歌その4 千里集の配列その2ほか」と題して記しました。

今回、「猿丸集 類似歌のことなど」と題して、記します。(上村 朋)

 

. 類似歌という紹介は漠然としていた

① 12か月かけて、『猿丸集』を、第37歌まで検討してきましたが、年末でもあり、立ち止まって「類似歌」を再確認したいと思います。

「類似歌」とは、『猿丸集』のいずれかの歌に表現が似通った歌で、『猿丸集』編纂者が参考にしたであろう歌をイメージして、名づけたところです。『猿丸集』歌の理解に直接資する歌であり、現代語訳を同時に行い確かめる必要のある歌、と私が判断した歌です。

しかし、ブログを振り返ってみると、『猿丸集』の歌の理解に資する歌にもかかわらず類似歌と称しなかったことがありました。『古今和歌集』の「元資料」と括った歌で、類似歌の元資料の歌のことです。

② 『古今和歌集』にある類似歌は、3-4-37歌まで11首ありましたが、1首を除いてみな「よみ人しらず」の歌であり、「元資料」は不明でした。残りの1首が「よみ人しらず」の歌ですが、この歌は何故か『千里集』にもあり(3-4-37歌の類似歌)、兎も角も検討対象にできました。

これから検討する歌でいうと、3-4-39歌の類似歌である1-1-215歌の「元資料」は歌合の歌であり、その歌合の歌も類似歌のひとつとなります。

③ 『猿丸集』の検討にあたって、類似歌の定義をしました。ブログ「わかたんかこれ  猿丸集とは  上村 朋」(2018/1/15付け)」における定義です。すなわち、

「『猿丸集』の歌が異体歌であるとされる所以の歌を諸氏が指摘しています。歌そのもの(三十一文字)を比較すると先行している歌がありますので、それを、(『猿丸集』歌の)類似歌、と称することとします。」

類似歌とした歌の「元資料の歌」も、明らかに当該『猿丸集』歌に「先行している歌」ですから、この定義に該当します。

④ 類似歌は、結果として「和歌の表現は似ていても趣旨の違う歌」や「意識して似せた歌」であることが確認できた歌となっています。ということは、『猿丸集』編纂にあたって別の歌であることを意識し、「編纂者が参照した歌」と推測できます。それらの可能性があるのではないかと私が判断した歌が「類似歌」と称している歌だ、と意識して、それを表現したい、と思います。

『猿丸集』の歌の類似歌を、これからは、「『萬葉集』における類似歌」、「『古今和歌集』における類似歌」などと記すようにしようと思います。

⑤ このブログでは、『猿丸集』編纂者の意図と当時の社会における『猿丸集』の歌の理解を探ろうとして類似歌を採りあげているところです。『猿丸集』の検討を始めたきっかけは、『猿丸集』の歌は、既に知られていた歌を用いた歌集である、というが、そんな歌ばかりでどうして歌集を編纂するだろうか、という疑問でした。

 

2.『千里集』について

① 今回、『千里集』にある歌を『猿丸集』の37歌の類似歌として、検討しました。下命により献上したと序にある歌集という『千里集』は、官人である千里自身の体面が保たれているかに疑いが生じ、『千里集』の編纂時点(と編集者)への疑問が湧きました。

その類似歌は、『猿丸集』歌に「先行している歌」ではない可能性が生じたのです。それを指摘する根拠には触れておいた方がよいと思います。(今、『新編国歌大観』(角川書店)に拠って検討しており、同書及び諸氏の成果を与件として(歌集の凡そ成立時点や底本の検討は原則避けて)検討していますので、そのような歌集の歌もこのブログでは「類似歌」として扱っています。)

② 『千里集』の配列の検討にあたり、序を参考としました。

序にいう古句の原拠詩を当時の官人が見いだせない(当時知られていた漢詩において似通った句のある漢詩がない)とすると、序と歌の詞書とは論理矛盾していることになります。これでは千里は、漢文の素養を疑われることになります。また、以前に(歌合等の場で)披露した歌を一首も記載しないで新しい歌で編んだ歌集を、下命による歌集として序までつけて奏上したことは先例になっていないようです。

漢文の序を用意したこのスタイルは、官人としての素養を示す絶好の機会であったはずですが、このスタイルは天皇と仲間の官人から高く評価された形跡が不明です。

下命により天皇に奏上する文書に相応しい形式と内容かどうかの疑問です。

③ 大江千里が、自分の和歌を下命により集録して献上したのは、『古今和歌集』の998歌の詞書を信じればたしかなことと思えます。しかし、この詞書は998歌に言及しているだけです。部立をしっかりして殆どが新作の歌で編纂した『千里集』を指して言及している訳ではありません。これだけで『千里集』献上の証左としてよいのかどうかは、検討を要します。

④ 千里など下命を受けた者が奏上した歌集をもとに『古今和歌集』編纂者は、作業をしたはずです。ほかの人の歌も自ら献上する歌集に、関係ある歌として記す場合も考えられますが、『古今和歌集』に千里作とある歌に『千里集』にない歌があります。その歌を、『古今和歌集』編纂者はどのように入手したのでしょうか。千里が歌集を二つに分けて献上するとは信じられません。

⑤ 現在千里作と言われている和歌については、3つのグループ分けが可能であるので、グループ別の作風などを確認し同一人物が詠んだ歌か(披露した歌か)どうかは検討に値します。

そのグループとは、三代集において千里作と作者名が明記されている歌群と、『千里集』と『赤人集』に重複記載の歌群と、その他の歌群です。平安朝における和歌の受容を考える資料にもなると思います。

⑥ ちなみに、渡辺秀夫氏は、『新撰万葉集』(成立が寛平5年(893))を論じて『千里集』(成立が寛平9年(897))に対して次のように指摘しています(『和歌の詩学-平安期文学と漢文世界―』(勉誠出版(株) 2014/6)。『句題和歌』とは『千里集』のことです。

・『新撰万葉集』はほぼ同時期に編まれた大江千里『句題和歌』とは相違する。すなわち、(後者は前者と違い)和歌一首に対応する漢詩が無い(詩の一句のみ)、和と漢の対比・対立そのものがない、漢語(漢詩句)の和語(和歌)化への限りなき同一化・帰化(詩的本意(そのもの)の和歌的情趣化)が試みられるばかり。

・『新撰万葉集』における「和歌と漢詩」の関係はそれぞれの《本意(詩的イメージの秩序体系)》を比較・対照する多分に遊戯的な試みである。あえて和漢のイメージの対立・対比を楽しみつつ、両者の“詠み合わせ・付け合わせ”という“番える”おもしろみを狙った、多分遊戯的・余技的な作意をもった作品である。

・『新撰万葉集』は、寛平~延喜の文学風土が要求した一回的な作品である。和漢の緊張関係(の有意味性)がうすれればおのずからその意義を失う。『新撰万葉集』下巻の漢詩の在り方がその傾向を顕著にしている。

⑦ 渡辺氏の指摘に従うならば、『千里集』はその特徴からして成立は寛平~延喜期ではなく後代の作であるか、あるいは『千里集』の作者の漢文の素養がだいぶ当時の官人の水準と異なる、ということになります。

また、渡辺氏は『新撰万葉集』の序は遊戯性がある文であると評しています。『千里集』の序(の論理矛盾)もそのように評することができると、『新撰万葉集』同様に、下命の書ということではない、ということになりかねません。

⑧ 『赤人集』にも『千里集』の歌があること、「或本」を参照して復元したと寂連筆本にあること、『千里集』における序と歌の詞書との間の矛盾を官人の常識から埋め切れないこと、この歌集が官人である千里の体面を保っているかの疑義などからは、千里の名を借りた他人の手になる歌集という疑いが浮かびます。

⑨ 『猿丸集』を編纂する者がいた時代の産物として『千里集』があり得るという仮説を立てることができます。この仮説を否定できる根拠がまだ見つかりません。

⑩ なお、官人である千里が常識ある人物であるという仮説と、『千里集』の歌全部の作者が同一人物であるという仮説はそれぞれ独立した別の仮説です。

⑪ 『古今和歌集』において、当時存命の官人の歌が、作者名を明らかにされた歌とよみ人しらずとされた歌とに二分されて理解するのは何か理由があるはずです。その一つによみ人しらずの歌の作者を後年の読者が決め込んでいるというケースがあるのではないか。

 

3.『古今和歌集』と『猿丸集』について

① 『千里集』に比べて、『古今和歌集』の序については現代語訳の試みをこれまでしませんでした。四季の部立にある歌が類似歌の場合、春歌と夏歌と秋歌が共通の配列基準と認められたので、割愛しました。それでもって、『猿丸集』の歌も納得のゆく理解となったからです。

② 古今和歌集』の四季の部立の部は配列を検討しました。その方法はブログ「猿丸集第28歌その1 類似歌の歌集」2018/9/3)」で述べた方法(ブログの2.類似歌の検討その1 巻第四秋歌上の元資料の分析方法)です。

巻第一春歌上の配列:ブログ「わかたんかこれ 猿丸集第31歌 古今集巻第一の編纂

2018/10/1付け)

巻第二春歌下の配列:ブログ「わかたんかこれ 猿丸集第33歌 にほへるいろも」」(2018/10/22付け))

巻第三夏歌の配列:ブログ「わかたんかこれ 猿丸集第35歌 なをうとまれぬ」(2018/11/5付け)

巻第四秋歌上の配列:ブログ「わかたんかこれ 猿丸集第28歌その1 類似歌の歌集」(2018/9/3付け)

巻第五秋歌下と巻第六冬歌は、未検討

 『古今和歌集』にある類似歌の作者は、ここまでよみ人しらずの歌ばかりです。よみ人しらずの歌とは、官人に、色々の場面で用いられることが可能な歌、としてよく知られた歌であったのでしょう。それらをある条件のもとで集めて部立・配列した一例が『古今和歌集』であり、『猿丸集』であるのかもしれません。全歌の現代語訳を試みた後に、『猿丸集』全体の編纂方法などを検討してみたいと思います。

 

4.『猿丸集』の次の歌

① さて、『猿丸集』の次の歌は、つぎのような歌です。

 

3-4-38歌   (詞書なし 前歌に同じ)

あきはぎの色づきぬればきりぎりすわが身のごとや物はかなしき

3-4-38歌の類似歌 1-1-198歌:「題しらず  よみ人しらず」   ( 『古今和歌集』巻第四  秋歌上)

     あき萩も色づきぬればきりぎりすわがねぬごとやよるはかなしき

 

この二つの歌も、趣旨が違う歌です。

② ブログ「わかたんかこれ猿丸集・・・」を、ご覧いただきありがとうございます。

引用した方々そのほか諸氏の成果に導かれここまで検討を進めることができました。感謝申し上げます。

これまで記してきたことに関して、皆さまのご教示をいただけたら幸いです。それに応えるのに時間を要すると思いますがご理解をお願いします。

 (メールアドレス:waka_saru19@yahoo.co.jp) 

③ 20181月に始めて、『猿丸集』の第37歌にたどり着きました。まだたくさん歌がありますので、来年も検討を続けたいと思います。

 皆様が、よい年を迎えられることを、祈念します。

2018/12/17   上村 朋)