わかたんかこれ 猿丸集第31歌 古今集巻第一の編纂

前回(2018/9/24)、 「猿丸集第30歌 物はおもはじ」と題して記しました。

今回、「猿丸集第31歌 古今集巻第一の編纂」と題して、記します。(上村 朋)

. 『猿丸集』の第31 3-4-31歌とその類似歌

① 『猿丸集』の31番目の歌と、諸氏が指摘するその類似歌を、『新編国歌大観』より引用します。

3-4-31歌  まへちかき梅の花のさきたりけるを見て

     やどちかくむめのはなうゑじあぢきなくまつ人のかにあやまたれけり

 

類似歌 古今和歌集』 1-1-34歌 題しらず  よみ人知らず」 

       やどちかく梅の花うゑじあぢきなくまつ人のかにあやまたれけり

 

② 清濁抜きの平仮名表記をすると、まったく同じですが、詞書が、異なります。

③ これらの歌も、趣旨が違う歌です。今回は、上記類似歌のある歌集とその元資料に関して記します。

 

2.類似歌の検討その1 『古今和歌集』の元資料の検討

① 現代語訳を諸氏が示している類似歌を、先に検討します。

類似歌は 『古今和歌集』巻第一春歌上、 にあります。

『猿丸集』の歌の類似歌が、『古今和歌集』巻第一春歌上の歌にあるのは、この類似歌や1-1-29歌など計5首です。そのため、ここで巻第一の配列を確認しておきます。

② ブログ「猿丸集第32歌(2018/9/3)」で述べた方法(ブログの2.類似歌の検討その1 巻第四秋歌上の元資料の分析方法 )により、検討します。

 即ち、『古今和歌集』歌をその元資料の歌と比較するため、元資料を確定あるいは推定し、その元資料歌における現代の季語(季題)と詠われた(披露された)場を確認し、その後『古今和歌集』の四季の部の巻の配列を検討します。

古今和歌集』記載の作者名を冠する歌集や歌合で『古今和歌集』成立以前に成立していると思われるものや『萬葉集』などを元資料と見做します。また、『古今和歌集』記載の歌本文と元資料の歌本文とを、清濁抜きの平仮名表記しても異同がある歌もあります。その場合は、必要に応じて元資料の歌を、『新編国歌大観』により示すこととします。

 その作業結果を、付記1.の各表(補注含む)に示します。

③ 元資料における歌68首に用いられている現代の季語とされる語のうち、歌の趣旨に添う季語により、詠っている時節を推定しまとめると、下表のようになります。68首に季語は124回登場しています。

時節の推定で保留としている歌は、『猿丸集』3-4-49歌の類似歌である季語を用いていない1-1-29歌です。3-4-49歌の検討時に確認します。

なお、現代では三春の季語とされているうぐひすを詠う元資料の歌は、ほかの季語により、10首が初春の時節、残りの1首(1-1-16歌)が三春となりました。

表 元資料における歌での(現代の)季語出現状況とその季語による歌の時節推定の集計表

 

時節

 

 

 

 

 

 

 

現代の季語

新春

初春

三春

仲春

晩春

晩冬

保留

計(首)

こぞことし

1

 

 

 

 

 

 

1

1

4

2

 

1

2

 

10

わかな

5

 

 

 

 

 

 

5

季語無し

 

1

 

 

 

 

1

2

あをやぎ・柳

 

 

 

 

3

 

 

3

春来

 

4

 

 

 

 

 

4

な焼きそ

 

1

 

 

 

 

 

1

春立つ

 

3

 

 

 

 

 

3

花・花見

 

8

 

1

4

2

 

15

うぐひす

 

10

1

 

 

 

 

11

 

15

 

 

 

 

 

15

2

6

2

2

6

 

 

18

春雨

1

 

1

 

 

 

 

2

ももちどり

 

 

1

 

 

 

 

1

しらつゆ

 

 

 

 

1

 

 

1

このめ

 

1

 

 

 

 

 

1

かり(かへる)

 

 

 

2

 

 

 

2

(春)かすみ

 

1

2

1

2

 

 

6

はつ花

 

 

 

1

 

 

 

1

まつのみどり

 

1

 

 

 

 

 

1

みどり

 

 

1

 

1

 

 

2

わかくさ

 

1

 

 

 

 

 

1

 

 

 

1

 

 

 

1

月夜

 

1

 

 

 

 

 

1

たき

 

 

 

 

1

 

 

1

さくら

 

 

 

 

15

 

 

15

合計

10

57

10

8

34

4

1

124

 

 

④ このように元資料の歌の時節を推定しましたが、歌には現代の季語が複数用いられ、その推定した時節にそぐわない現代の季語(語句)が用いられている例があります。新年という時節区分は後代のものなので、初春に含めると整理しても、現代の季語の時節が隣り合っていない季語(語句)を用いている歌がありますす。この作業は、俳句の季語による時節の推定であり、また元資料の歌は、歌語として語句の概念が固定しつつある時代の歌であり、その語句の意味を検討すると、詠っている時節に不都合な語句ではないことが、当然ながらわかります。

例えば、

1-1-9歌の元資料の歌:付表1.の表2に示したように、はるの雪ふるにより時節は初春と推定した。 季語としての花は桜の意だが、ここでは梅となる。季語のこのめも特定されて梅のこのめであり、季語(語句)間に違和感はない。

1-1-12歌の元資料の歌:はつ花(花は桜)から時節は仲春と推定した。しかし、同じ元資料での詞書や歌の配列より「花」は梅(初春)となる。氷(晩冬)の時節とは隣り合っており、春(三春)ともなじむ。なお、現代の季語として「紅梅」は、仲春である。また、『貫之集』には月次の屏風のための屏風歌として、「二月梅の花見る所」と詞書している歌がある(3-19-141歌)。当時梅が仲春にも詠まれている例となる。

1-1-17歌の元資料の歌:な焼きそより時節は初春と推定した。わかくさ(晩春)がわかなをも意味するならば、初春~仲春となり、な焼きそ(初春)の時節に近くなる。

1-1-24歌の元資料の歌:春くるにより時節は初春と推定した。まつのみどり(晩春)は木々が鮮やかになる意と理解すれば初春の松であってよい。

1-1-27歌の元資料の歌:柳により時節は晩春と推定した。しらつゆ(三秋)という自然現象は春にも生じ得るので違和感がない。

1-1-40歌の元資料の歌:梅により時節を初春と推定した。月夜(三秋)の語は初春の月夜をいう。

1-1-60歌の元資料の歌:さくらにより時節を晩春と推定した。桜花を吉野の山の雪(晩冬)に見誤るかと詠っているので、春になっての遅い雪をイメージしており、この歌に違和感は少ない。

このように、元資料の歌は、『古今和歌集』の春歌の元資料の歌として時節が適切な歌である、といえ、また、『古今和歌集』の編纂者の時代、「花」は桜に限定されていないことがわかります(付記3.参照)。

⑤ 元資料の歌が、披露された場所別の歌数は、次のとおり。重複して推定した歌が19首あり計87首となりました。

 歌合    12首

 屏風歌b  18首

 下命の歌 11首

 公務     1首  (催馬楽の歌)

 挨拶歌   21首  (『貫之集』など元資料が明らかな歌7首、元資料不明だが作者名記載の歌9首及び元資料不明でよみ人しらずの歌が5首

 宴席の歌 11首

 外出歌    4首  (『躬恒集』1首、元資料不明作者名記載2首及び元資料不明よみ人しらず1首)

 相聞      7首

 賀        1首 (賀の部立は古今集歌に対する契沖の説による1-1-49歌の元資料の歌)

 保留      1首 (猿丸集3-4-32歌の類似歌である1-1-50歌の元資料の歌。歌意が定かでなかったので3-4-32歌の検討まで保留する)

 巻第四秋歌上の元資料の歌と比べると、歌合と宴席の歌の比率が少なく、屏風歌bの比率が多くなっています。なお、下命の歌や相聞は巻第四秋歌上では区分していませんでした(1-1-177歌は宴席の歌と推定していますが、下命の歌でもある可能性があります)。

 いづれにしても、歌人は、色々な場面で歌を詠みつつもそれ以上にその場に適した歌の採録を心掛けていることがうかがえます。その必要があった社会なのでしょう。

 

3.類似歌の検討その2 『古今和歌集』巻第一の検討

① 『古今和歌集』に戻って配列を検討します。最初に、元資料の歌の時節のまま(付記1.の各表の視点1の時節)で編纂していると仮定し、その配列が、時節の到来順であるかを検討します。

立春を詠む巻頭歌より始まり、時節が新年と初春の歌を三春の歌を交えて1-1-24歌まで配列してあります。新年の時節を初春に含めると、例外にみえる1-1-7歌、1-1-12歌も次のように初春の歌となります。

1-1-7歌は、詞書に「はるのはじめの御うた」とある1-1-4歌と詞書に「正月三日におまへにめして」とある1-1-8歌の間に配置され、巻第一春歌上での歌の並びを重視すれば、元資料の歌と違って、時節は、『古今和歌集』においては「新年」となります。

1-1-12歌は、巻第一春歌上での歌の並び、元資料での配列から推測すれば花は梅になります。元資料の歌と違って時節は、『古今和歌集』においては「初春」となります。

② 次に1-1-25歌から1-1-31歌は、晩春の柳と仲春の花を詠んだ歌がありますが、よぶこどりを三春の季語をみて概略仲春の歌と三春の歌の配列と言えます。しかし全体の配列は、1-1-32歌からは初春の歌に戻り(一見例外が1-1-43歌と1-1-44歌)、1-1-49歌以後は晩春の歌(一見例外が1-1-57歌と1-1-63歌)を配列しています。

③ この初春の並びの例外かとみえる 1-1-43歌と1-1-44歌は、『古今和歌集』では詞書に「梅の花」と明記しているので、三春の歌となり例外とはなりません。

元資料の歌の作者は両歌とも伊勢であり、元資料の詞書では「花の宴せさせたまひ・・・いけにはなちれり」とあり、花の名は記されていません。『古今和歌集』の編纂者が1-1-44歌の初句を元資料と異なる表現に直し、1-1-43歌との配列順も元資料と逆にしてさらに詞書に花の名を明記して編纂者の意図を明確にしているのではないかと思います。

また、1-1-43歌から梅の散る歌がはじまっています。梅の香は残っているでしょうから、梅の香をも詠っている歌もこの後にはあります。

④ また、晩春の並びの例外かとみえる1-1-57歌は、詞書に従えば、晩春となり、並びの例外ではありません。

1-1-57歌の元資料において、時節を初春と推定した理由は、元資料の歌のなかで桜の香を詠むのはこの一首であり、1-1-57歌を別にして三代集でみてみると、梅の香を詠む歌が20首に対して、桜の香を詠む歌が実質1首であるのもその根拠です(付記4.参照)。

『友則集』の成立は『古今和歌集』成立後であり、1-1-57歌の元資料は不明として詞書なしの歌から時節を推定しました。(付記1の表の補注では略記したところです。)

1-1-57歌の元資料の歌における、「としふる」という感慨は桜の咲いている時点より新年を迎えた際の感慨と考えられ、これからも花が梅であると推測したところです。

そのような元資料の歌を、この1-1-57歌の詞書により、『古今和歌集』編纂者は桜を詠む歌にしたと思えます。三句「咲くらめど」に「桜」を物名として詠み込んでいると見立てていることを示唆しているのが『古今和歌集』の詞書です。作者は編纂者の一人であり、『古今和歌集』編纂途中亡くなった友則の歌であるので、何か理由があると思うがいまのところわかりません。

⑤ 次に、1-1-63歌は、元資料の歌と違って、1-1-62歌と対の歌として理解すべきことを『古今和歌集』編纂者は詞書で明確にしています。1-1-62歌の返歌である1-1-63歌の「花」は、1-1-62歌で詠う「桜花」と同じ花となります。また、雪の語句のある上句は反実仮想であり、明日は季節外れの雪が降りすぐ消えるであろう、の意です。このため、桜と雪を詠ったこの歌の時節は晩春となり、並びの例外ではありません。

 

⑥ しかし、時節の順を配列の基本とする立場にたつと、仲春から1-1-32歌において初春の歌に戻る説明ができません。しかも、1-1-32歌からの初春の歌は全て梅を詠む歌です。1-1-49歌以下の晩春の歌もすべて桜を詠む歌です。そしてうぐひすを詠む歌や植物を詠む歌もまとまって配列されています。さらに、春歌下の巻を用意しているのに、晩春の歌が春歌上に既に20首からあるように時節ごとの歌数を気にしていないようです。

 巻第一春歌上の最後の歌は、山里の桜は他の桜が散ってから咲いてほしいと詠っています。巻第二春歌下は、山桜の花が移ろいゆくのを詠う歌で始まります。そして、巻第二春歌下は、巻頭歌から、20数首が散る桜を詠むとなっています。振り返って巻第一春歌上の桜を詠う歌を確認すると散ると詠っている歌はありません。

このため、巻第四秋歌と同様に、配列の基本は、現代の季語相当の語句を、一定の方法によりを配列している、と理解できます。

⑦ 『古今和歌集』の編纂者は、現代の季語に相当する語とその語の状況を細分した歌群を設け、歌群単位で時節の進行を示そうとしたのではないか。

その歌群は次のように見ることができます。

     立春の歌群 1-1-1~1-1-2

     雪とうぐひすの歌群 1-1-3~1-1-16

     わかなの歌群 1-1-17~1-1-22

     山野のみどりの歌群 1-1-23~1-1-27

     鳥の歌群 1-1-28~1-1-31

     香る梅の歌群 1-1-32~1-1-48

     咲き初め咲き盛る桜の歌群 1-1-49~1-1-63

     盛りを過ぎようとする桜の歌群 1-1-64~1-1-68

⑧ 因みに巻第二春歌下についてその歌群をおおよそ推定してみると、次のような1案が得られました。

     散る桜の歌群  1-1-69~ 

     色々な花がさかんな歌群  1-1-90~

     散る梅の歌群  1-1-105~

     その他ひろく花が散る歌群 1-1-111~

     山吹その他の花の歌群 1-1-118~

     春を惜しむ歌群 1-1-126~1-1-134

 

⑨ 今検討しようとしている類似歌1-1-34歌は、香る梅の歌群の三番目の歌です。この歌群での配列については次回検討したい、と思います。

ブログ「わかたんかこれ猿丸集・・・」を、ご覧いただきありがとうございます。

次回は、類似歌1-1-34を含む歌群の検討の後、類似歌と3-4-31歌との違いを中心に記します。

2018/10/1   上村 朋)

付記1.古今集巻第一春歌上の元資料の歌の判定表  <2018/10/1現在>

① 古今集巻第一春歌上に記載の歌の元資料の歌について、ブログ「わかたんかこれ 猿丸集第28歌その1 類似歌の歌集」(2018/9/3)の本文の「2.類似歌の検討その1 巻第四秋歌上の元資料の分析方法」に準じて判定を行った結果を、便宜上4表に分けて示す。

② 表の注記を記す。

1)歌番号等とは、「『新編国歌大観』記載の巻の番号―その巻での歌集番号―その歌集での歌番号」である。

2歌番号等欄の*印は、題しらずよみ人しらずの歌である。

3)季語については、『平井照敏NHK出版季寄せ』(2001)による。(付記2.参照)

4)視点1(時節)は原則季語により新年、初春、仲春、晩春、三春に区分した。

5)視点3(部立)は『古今和歌集』の部立による。

6()書きに、補足の語を記している。

7)《》印は、補注有りの意。補注は表4の下段に記した。

8)元資料不明の歌には、業平集、友則集、素性集及び遍照集の歌を含む。元資料の歌も『新編国歌大観』による。

表1 古今集巻第一春歌上の各歌の元資料の歌の推定その1 (2018/10/1 現在)

歌番号等

歌での(現代の)季語

視点1(時節)

元資料と 視点2(詠われた場)

視点3(部立)

視点4 (作詠態度)

1-1-1

こぞ・ことし

新年(こぞ・ことしによる)

寛平御時中宮歌合(第3歌)

歌合 題は不明

知的遊戯強い 

1-1-2

春立つ

初春

元資料不明(貫之集に無し)

歌合・屏風歌b

知的遊戯強い(礼記月令の一節の翻案)

1-1-3*

はるかすみ

三春(雪は晩冬)

元資料不明

屏風歌b

知的遊戯強い

1-1-4

春(来)

うぐひす

初春(春来による)

元資料不明

下命の歌 《》

知的遊戯強い

1-1-5*

梅・うぐひす

初春(梅による)

催馬楽(呂歌 梅枝)

公務 《》

春&賀

知的遊戯強い

(うぐひすが雪のなかで鳴くのを詠う)

1-1-6

春た(てば)

花・うぐひす

初春(初句の「春たてば」による)

元資料不明(素性集にあり)《》

屏風歌b

知的遊戯強い

(うぐひすが雪のなかで鳴くのを詠う)

1-1-7*

(きへあへぬ)雪 花

晩冬(雪による)

元資料不明《》

挨拶歌

 

知的遊戯強い

(雪を花に見立てている)

1-1-8

春の日

(かしらの)雪

三春(春の日による)

元資料不明

下命の歌(古今集の具体的な詞書を信じる)

春&雑

知的遊戯強い

1-1-9

かすみ・はる

このめ

初春 (はるの雪(が)ふるにより初春とする)《》

元資料不明(貫之集に無し)

屏風歌b

春&賀

知的遊戯強い

 

1-1-10

春・花

うぐひす

初春(花は梅をいうので)

元資料不明

宴席の歌

知的遊戯強い

 

1-1-11

春(来ぬ)

うぐひす

初春(春来ぬによる)

忠岑集

下命の歌・挨拶歌

知的遊戯強い

(その詞書は「はるたちて、うぐひすのおそくなきしに」)

1-1-12

はつ花

(とくる)こほり

仲春(はつ花による)

寛平御時后宮歌合 (第2歌)

歌合

知的遊戯強い

(はつ花の植物名は歌合の配列より梅)

1-1-13

うぐひす

初春(花による)

寛平御時后宮歌合(第1歌)

歌合

知的遊戯強い

(香を詠う花は梅を言う)

1-1-14

うぐひす

春(くる)

初春(春くるによる)

寛平御時后宮歌合(第22歌)

歌合

知的遊戯強い

詩経小雅の詩句の翻案)

1-1-15

春(たつ)

花(もにほはぬ)・うぐひす

初春(春たつによる)

寛平御時后宮歌合(第17歌)

歌合

知的遊戯強い

(香を詠う花は梅を言う。)

1-1-16*

うぐひす

三春

元資料不明

宴席の歌 挨拶歌

春&恋

民衆歌・相聞歌

(鶯しか聞けないのは辛い)

 

表2 古今集巻第一春歌上の各歌の元資料の歌の推定その2 (2018/10/1 現在)

歌番号等

歌での(現代の)季語

視点1(時節)

元資料と 視点2(詠われた場)

視点3(部立)

視点4 (作詠態度)

1-1-17*

わかくさ

(かすかの)なやきそ

初春(なやきそによる) 《》

元資料不明

宴席の歌

春&恋

民衆歌・相聞歌

1-1-18*

わかな

新年

元資料不明

宴席の歌・屏風歌b

民衆歌

1-1-19*

わかな

新年

元資料不明

宴席の歌

知的遊戯強い

1-1-20*

はるさめ

わかな

新年(わかなによる)

元資料不明

屏風歌b

知的遊戯強い

《技巧がさえる》

1-1-21

春のの

わかな

新年

元資料不明

挨拶歌

知的遊戯強い

1-1-22

わかな

新年

元資料不明(貫之集に無し)

下命の歌・屏風歌b

知的遊戯強い

1-1-23

はる

かすみ

三春

元資料不明

歌合か 《》

知的遊戯強い

1-1-24

まつのみどり

春(くる)

初春(春くるによる)

寛平御時后宮歌合(第39歌)

歌合

知的遊戯強い

 

1-1-25

はるさめ

(のべの)みどり

三春(はるさめによる

元資料不明(貫之集に無し)

下命の歌・屏風歌b

知的遊戯強い

 

1-1-26

あをやぎ

晩春(あをやぎと花による)

元資料不明(貫之集に無し)

下命の歌・屏風歌b

知的遊戯強い

1-1-27

(あさ)みどり

しらつゆ(三秋の季語)

晩春(柳による)

元資料不明(遍昭集にあり)

挨拶歌(僧侶訪問か) 屏風歌b

知的遊戯強い

 

1-1-28*

ももちどり

三春

元資料不明

宴席の歌

春&雑

知的遊戯強い

1-1-29*

無し

保留(よぶこどりが不明)《》

元資料不明

屏風歌b

春&雑

知的遊戯強い

(猿丸集の類似歌)

1-1-30

かりかへる

仲春(かりかへるによる)

躬恒集(第359歌)

外出歌・挨拶歌

春&雑

知的遊戯強い

1-1-31

はるがすみ

(みすててゆく)かり

仲春(みすててゆくかりによる)

伊勢集(第303歌)

挨拶歌(伊勢集の詞書を信じる)

知的遊戯強い

(ここでの花は桜に限らず春に咲く花を言う)

 

表3 古今集巻第一春歌上の各歌の元資料の歌の推定その3 (2018/10/1 現在)

歌番号等

歌での(現代の)季語

視点1(時節)

元資料と 視点2(詠われた場)

視点3(部立)

視点4 (作詠態度)

1-1-32*

 

うぐひす

初春(梅による)

元資料不明

屏風歌b

知的遊戯強い

(梅の香を詠う)

1-1-33*

うめ

初春

元資料不明

屏風歌b

知的遊戯強い

(梅の香を詠う)

1-1-34*

梅(の花)

初春

元資料不明

挨拶歌・相聞

春&恋

知的遊戯強い

(梅の香を詠う。猿丸集の類似歌)

1-1-35*

梅(の花)

初春

元資料不明

挨拶歌・相聞

春&恋

知的遊戯強い

(梅の香を詠う)

1-1-36

うぐひす

梅(の花)

初春(梅による)

元資料不明

宴席の歌

知的遊戯強い

(古今集1081歌のパロディ)

1-1-37

梅(の花)

初春

元資料不明(素性集に詞書あり)

挨拶歌

知的遊戯強い

(梅の香を詠う)

1-1-38

梅(の花)

初春

元資料不明(友則集第3歌)

挨拶歌

知的遊戯強い

(梅の香を詠う)

1-1-39

梅(の花)

初春(梅による)

元資料不明(貫之集に無し)

屏風歌b

知的遊戯強い

(梅の香を詠う)

1-1-40

月夜

梅(の花)

初春(梅による)

躬恒集(第360歌)

挨拶歌

知的遊戯強い

(梅の香を詠う)

1-1-41

春の夜

梅(の花)

初春(梅による)

元資料不明(躬恒集に無し)

挨拶歌・宴席の歌

知的遊戯強い

(梅の香を詠う)

1-1-42

初春(貫之集の詞書によれば花は梅を言う)

貫之集(814歌)

挨拶歌

春&雑

知的遊戯強い

(梅の香を詠う。)

1-1-43

春・花

晩春(花による)

伊勢集(第98歌)

下命の歌

知的遊戯強い

(花は桜)

1-1-44

晩春

伊勢集(第97歌)

下命の歌

知的遊戯強い

(花は桜)《》

1-1-45

梅(のはな)

初春

元資料不明(貫之集になし)

挨拶歌

春&恋

知的遊戯強い

古今集の詞書は編纂者がつけたもの)

1-1-46

初春

寛平御時后宮歌合(第35歌)

歌合

知的遊戯強い

(梅の香を詠う)

1-1-47

梅(の花)

初春

寛平御時后宮歌合(第3歌)

歌合

知的遊戯強い

(梅の香を詠う)

1-1-48*

梅(の花)

初春

元資料不明

宴席の歌(相聞の歌)

春&恋

民衆歌・相聞歌

(梅の香を詠う)

 

   

表4 古今集巻第一春歌上の各歌の元資料の歌の推定その4 (2018/10/1 現在)

歌番号等

歌での(現代の)季語

視点1(時節)

元資料と 視点2(詠われた場)

視点3(部立)

視点4 (作詠態度)

1-1-49

春・さくら

 

晩春(桜による)

元資料不明(貫之集になし)

屏風歌b・賀の歌《》

知的遊戯強い

《》

1-1-50*

さくら(花)

晩春

元資料不明

保留 《》

知的遊戯強い

(猿丸集の類似歌)

1-1-51*

山桜

はるかすみ

晩春

元資料不明

屏風歌b

知的遊戯強い

1-1-52

晩春

元資料不明

下命の歌

春&雑

知的遊戯強い

1-1-53

さくら

晩春

元資料不明(業平集は古今集以後成立)

下命の歌

知的遊戯強い

1-1-54*

さくら

晩春(さくらによる) 《》

元資料不明

外出歌

知的遊戯強い

(猿丸集の類似歌)

1-1-55

さくら

晩春

元資料不明(素性集第8歌)

外出歌

知的遊戯強い

1-1-56

やなぎ

さくら

晩春

元資料不明(素性集第9歌)

外出歌

知的遊戯強い

1-1-57

無し

初春 《》

元資料不明(友則集第4歌)

宴席の歌

春&雑

知的遊戯強い

(語句に異同あり)《》)

1-1-58

はるかすみ

さくら

晩春

元資料不明(貫之集になし)

挨拶歌

知的遊戯強い

(贈られた花の御礼の歌)

1-1-59

さくら

晩春

元資料不明(貫之集になし)

下命の歌・屏風歌b

知的遊戯強い

 

1-1-60

さくら

晩春(さくらによる)

歌合寛平御時中宮歌合(第4歌)

歌合

知的遊戯強い

 

1-1-61

さくら

晩春

伊勢集(225歌)

挨拶歌

知的遊戯強い

 

1-1-62

さくら

晩春

元資料不明(業平集にあり)

挨拶歌・相聞歌

春&恋

知的遊戯強い

 

1-1-63

晩冬(雪による)

元資料不明

挨拶歌

知的遊戯強い 《》

 

1-1-64*

さくら

晩春

元資料不明

宴席の歌(相聞歌)

春&恋

民衆歌 相聞歌

1-1-65*

さくら

晩春

元資料不明

屏風歌b 相聞歌

春&恋

民衆歌 相聞歌

(猿丸集の類似歌)

1-1-66

晩春

元資料不明

挨拶歌 相聞

春&恋

知的遊戯強い

 

1-1-67

花見

晩春

躬恒集(368歌)

挨拶歌

知的遊戯強い

 

1-1-68

さくら

晩春

伊勢集(104歌 亭子院歌合になし)

歌合

知的遊戯強い

 

補注

1-1-1歌:「こぞ」と「ことし」の二語で季語を成している、とみて、時節は新年とする。》

1-1-4歌:后の歌という古今集の詞書は元資料の詞書であったと信じ、下命の歌とする

1-1-5歌~1-1-7歌:梅の香を詠ってない点が1-1-32歌以下の歌と異なる。また1-1-5歌は催馬楽なので公の式典の際演奏されている。》

1-1-7歌:元資料の詞書不明。○句にある「みゆらむ」により、折り取って手元に来た枝への賛歌とみて、挨拶歌とする。》

1-1-9歌:春歌の9番目であり、このめ(仲春)より雪を重視し、時節は初春とする。》

1-1-17歌:かすがのを焼くのは、奈良の山焼きを指しており、これにより時節は初春とする。》

1-1-23: 作者は正三位民部卿になった人。<要再確認2018/9/16>専門歌人ではないので屏風歌bは無し

1-1-29歌:猿丸集の類似歌であり、時節は3-4-49歌の検討まで保留する。》

1-1-44歌:元資料の伊勢集の初句は「としごとに」。編纂者が1-1-43歌との重複を避けて「年をへて」と替えたか。また、古今集において花を梅の花とした詞書は古今集編纂者の意志か。1-1-43歌と1-1-44歌の前後の歌は「梅」を歌に詠み込んでいるがこの両歌は「花」。》

1-1-49: 賀の部立は契沖の説より。古今集の詞書は編纂者が与えたもの。》

1-1-50歌:猿丸集の類似歌であり、詠われた場の推定は3-4-32歌の検討まで保留する。》

1-1-54歌:貫之集に春の屏風歌として滝を詠んでいる1首がある(3-19-280歌)。さくらにより時節は晩春とする。》

1-1-57歌:季語からは保留となるが、初句「色も香も」により桜ではなく梅を詠うとみて、時節は初春。また友則集二句「むかしながらに」→古今集「おなじ昔に」。》

1-1-63歌:雪と花とを詠うので、花は梅。なお、古今集では62歌と63歌を対の歌としているが元資料が同一とする資料が無く、異なる資料としてそれぞれ単独の歌と理解した。》

(補注終り)

 

付記2俳句での春と新年の季語(季題)について

① 『平井照敏NHK出版季寄せ』(2001)は、春の季語を春(立春から立夏の前日まで)の全体にわたる季題(三春)と、季の移り変わりにより初仲晩に分かれる季題に分類している。別に新年の部類を設けている。

② 三春に、「(春・朝)かすみ、春(べ)、春(の日・の月・の野)、春雨、うぐひす、ももちどり、春の鹿、東風、おぼろ月、摘み草」等を示している。  

初春に、「春立つ、春来、梅、奈良の山焼き(お山焼き・嫩(わか)草山焼き)、野焼く」等を示している。

仲春に、「紅梅、木の芽、初花、初桜、辛夷(こぶし)、鳥かへる、かへるかり」等を示している。

晩春に、「花、花の陰、月の花、(山・八重・里)桜、花の雪、桃の花、わかくさ、(青)柳、若緑(松の新芽を言う)、松のみどり、緑立つ、藤、山吹、つつじ、花見」等を示している。

③ 新年に、「こぞことし、新年、初春、若菜(冬の七草をいう)、若菜野(七草の生えている野をいう)、七種(粥)、初比東風」等を示している。

④ なお、「(けさ)の雪、氷、雪あかり」を晩冬の季語とし、

「緑、新緑、若葉、葉柳、夏柳、葉桜、卯の花、」は初夏の、「花橘、柿の花」は仲夏の、「橘、かぐのみ」は晩夏の、「青葉、滝、涼し」は三夏の季語としており、

「よぶこどり」は季語としていない。

⑤ これは、現代における認識である。『古今和歌集』巻第三夏歌の巻頭歌は、藤とホトトギスを詠い、二首目には卯月に咲いた桜を詠っている。

付記3.現代と当時の季語の時節の違いの例

① 現代の季語の「わかな」は、七草のことだが、『古今和歌集』の編纂者の時代は春の野に芽をだす草とその花を広く言い、時節は初春がふさわしい。

例1:1-1-21歌の元資料の歌は、「わかなつむ」と「雪はふりつつ」を同時に詠んでいる。

2:巻第二春歌下にある1-1-116歌の元資料の歌では、「わかな」と「散る花」を同時に詠んでいる。

  5-4-8歌   寛平御時后宮歌合  春歌廿番

   春の野に若菜つまむとこし我を散りかふ花に道はまどひぬ

② 現代の季語の「花」は桜のことであるが、梅も「花」と略して詠っている。そのほか花の場合もある。

31-1-12歌は本文で指摘した。1-1-42歌は、梅の香を詠う歌の間にあり、元資料の貫之集での詞書によれば梅を指して用いている。

4: 「わかな」の例にあげた1-1-116歌の元資料の歌において、花の名の候補に桜が有力となると、現代の季語の整理では桜は晩春となる。木に咲く花で「散りかふ」と形容できる花には、つつじや桃の花(ともに晩春)や辛夷(こぶし、仲春)などがある。しかし梅は、当時山野に自生していたのであろうか。

51-1-63歌と1-1-62歌が、元資料の歌と違って詞書により対の歌となっている。これは、梅の木の花も桜の木の花もその他の木の花も、略称として花ということに当時違和感がなかったから、編纂者が対の歌と出来たところである。また、1-1-62歌は歌に「桜花」とあるので、詞書は「ひさしく・・・」のみで十分対句として理解できるところ、詞書において「さくらのはなのさかりに」と条件を付している。1-1-62歌の元資料歌は「桜花」ではなく「梅の花」と詠んでいたのであろうか。元資料において対句とすでになっていたとすると、1-1-6歌や1-1-7歌を念頭に、対句の花は梅として理解が可能である。

 

付記4.三代集で梅の香または桜の香を詠む歌

① 句頭に「はなのいろ」、「かをだにぬすめ」、「はなのか」、「にほひ」、「にほふ」とある歌を検索した。

②『古今和歌集』では、1-1-57歌を別にして梅の香と詠む歌が、1-1-13歌、1-1-33歌、1-1-34歌、1-1-35歌、1-1-37歌、1-1-38歌、1-1-40歌、1-1-41歌、1-1-42歌、1-1-46歌、1-1-48歌、1-1-335歌の12首あり、梅が匂ふと詠む歌が、1-1-15歌、1-1-32歌、1-1-39歌、1-1-47歌の4首ある。

桜の香を詠む歌が、春歌としての1-1-91歌の1首のみ。1-1-91歌の詞書は「はるのうたとてよめる」と記され、歌での現代の季語は「花、かすみ、春(の山かぜ)」であり、「かすみ」に隠れる花ということで庭木である梅とは違う「桜」の香を詠む歌と判断できる。

② 『後撰和歌集』の春歌には、梅の香と詠む歌が、1-2-27歌、1-2-29歌、1-2-31歌、1-2-44歌の4首あり、梅が匂ふと詠む歌が、1-2-17歌、1-2-28歌、1-2-39歌の3首ある。

桜が匂ふと詠む歌が、12-68歌、1-2-69歌、1-2-106歌、1-2-116歌の4首あり、桜の香と詠む歌は1-1-91歌を本歌とした1-2-73歌の1首ある。

③ 『拾遺和歌集』の春歌には、梅の香と詠む歌が、1-3-14歌、1-3-16歌、1-3-17歌、1-3-27歌、1-3-30歌の5首、梅が匂ふと詠む歌が、1-3-31歌の1首ある。

 桜が匂ふと詠む歌が、1-3-40歌の1首ある。

(付記終り 2019/10/1 上村朋)