前回(2018/6/4)、 「猿丸集第17歌その1 みなせかは」と題して記しました。
今回、「猿丸集第17歌その2 おもひそめけむ」と題して、記します。(上村 朋)
1. 『猿丸集』の第17歌 3-4-17歌とその類似歌と、前回のまとめ
① 『猿丸集』の17番目の歌と、諸氏が指摘するその類似歌を、『新編国歌大観』より引用します。
3-4-17歌 (詞書の記載なし)
あひみねばこひこそまされみなせがはなににふかめておもひそめけん
3-4-17歌の類似歌 1-1-760歌 題しらず よみ人しらず
あひ見ねばこひこそまされみなせ河なににふかめて思ひそめけむ
② 前回、類似歌を検討し、次のような結論を得ました。今回は3-4-17歌の現代語訳を試み、同一の詞書の3首の整合性を検討します。
・清濁抜きの平仮名表記の「みなせかは」は、『萬葉集』から『古今和歌集』のよみ人しらずの時代までは、地表の流水の涸れた川の状態を指していた。伏流して水が流れている地下空間を含まない表現であった。
・類似歌の現代語訳を試みると、次のとおり。
「親しく逢う機会が遠のいているので、恋しさがますます募っています。水の無い水無瀬川のような、愛情があるとも思えない今の貴方に、何が原因で心をこんなに傾けてしまったのでしょうか。(いえいえ貴方は思いやりの深い方ですから私は・・・)」
・類似歌の作者は男女どちらでも可能である。
2.3-4-17歌の詞書の検討
① 3-4-17歌を、まず詞書から検討します。この歌に限った詞書が記されていないので、3-4-15歌の詞書(「かたらひける人の、とほくいきたりけるがもとに」)がかかります。
② 2018/5/21のブログで行った現代語訳(試案)を、再掲します。なお、この歌の検討が終わったところで、3首の詞書としての妥当性を改めて検討することとします。
「親しくしてきた人が、遠く立ち去ってしまって、その人のもとに(送った歌)」
3.ふたたび、みなせがはについて
① この歌(3-4-17歌)は、『猿丸集』の成立時点まで作詠時点がさがる可能性がある歌です。『猿丸集』が公任の三十六人撰の成立(1006~1009頃)以前に存在していたとみられていますので、三代集が編纂された時代の詠作が『猿丸集』歌にある可能性があります。そのため、三代集の歌人が清濁抜きの平仮名による「みなせかは」表記をどのような意で用いているかを、確認します。
② 1000年以前の作詠時点を目途に、『新編国歌大観第1巻の三代集と、同第3巻の『人丸集』から『実方集』(同巻の歌集番号1~67)を対象とすると、6首あります。(付記1.参照)
『古今和歌集』のよみ人しらずの時代以降が作詠時点と推定できる歌が、三代集には2首あります。1-1-607歌と1-2-1218歌ですが前回(ブログ2018/6/4)の付記2.で検討したように、『萬葉集』以来の意味での「みなせかは」表記でした。
個人集には、4首ありました。そのうちの、とものりの歌(3-11-48歌)は、『古今和歌集』のとものりの歌(1-1-607歌)と同じであり、躬恒の歌(3-12-37歌)は「物名」の歌(隠題歌)で「みなせがは」の意味の推測が不可能でしたが、斎宮女御の歌(3-30-96歌)と兼盛の歌(3-32-52歌)は、『萬葉集』以来の意味での「みなせかは」表記でした。
③ このため、これらの歌と同時代に詠作されたと思われる3-4-17歌における「みなせかは」表記は、地表の流水の涸れた川の状態を指していて、伏流して水が流れている地下空間を含まない表現であり、『萬葉集』以来の意味での「みなせかは」表記である、といえます。
4.3-4-17歌の現代語訳を試みると
① 類似歌とは異なる歌であると仮定して、検討します。この歌は、類似歌とちがい、一切漢字を用いない形で今日まで伝えられています。文字遣いが違うのは、類似歌と違う語句の可能性がある、という推測です。
② 二句にある「こひ」は、四段活用の動詞「乞ふ・請ふ」の連用形で、名詞化した用い方です。
同じ詞書の歌で、相手が遠ざかったことを嘆いた3-4-15歌における「こふ」も、動詞「乞ふ」でありました。
『古今和歌集』の撰者の時代、「こひ」と名詞化されて用いられている例があります。
『古今和歌集』にある凡河内躬恒の歌1-1-167歌の詞書に、「となりよりとこなつの花をこひにおこせたりければ、をしみてこのうたをよみてつかはしける」とあり、その意は「・・・とこなつ(なでしこ)の花をもらいたいと使いをよこしたので・・・」(久曾神氏)となります(とこなつはなでしこの古名。秋の七草のひとつ)。
この歌での「こふ」は、物をほしがる・求める、の意であり、「(訪れてもらっていないので)訪れを願う」意となります。
③ 三句「みなせがは」は、上記3.で検討した結果、萬葉集歌人、古今集歌人と同様に、「上流が大雨にならないと流水が直前に伏流してしまい涸れた川という状況となっている川(縦断方向で区切った川の一区画)の地表部分(以下、地表面が涸れた状態となっている川の地表部分、と略します)」の意です。普通名詞であり、伏流水部分は含んでいません。(ブログ2018/6/4 参照)
④ 五句「おもひそめけん」は、名詞「面」+下二段活用の「ひそむ」の連用形+「けむ」であり、「眉をひそめるのだろうか」、の意となります。
⑤ これまでの検討を踏まえて、詞書と前歌3-4-16歌とに留意して3-4-17歌の現代語訳を試みます。
「親しく逢う機会が遠くなってくると、その機会を願う気持がますます募ってきます。水無瀬川のように、消息もお出でも途絶えさせたうえ、どうしてそのように眉をひそめられるのでしょうか。(お願いします。)」
⑥ 作中人物は、女に思えます。前歌3-4-16歌にある「妹」かと思います。作者は、前歌3-4-16歌を踏まえると、男が代作した可能性が高いと思われます。
5.この歌と類似歌とのちがい
① 詞書の内容が違います。この歌3-4-17歌は、作詠事情に触れています。類似歌1-1-760歌は、(『古今和歌集』の編纂者が)伏せています。
② 二句 「こひ」の意味が異なります。この歌3-4-17歌は、動詞「乞ふ・請ふ」の名詞化であり、類似歌1-1-760歌は、名詞「恋」です。
③ 五句の「おもひそめけん」の意が異なります。この歌3-4-17歌は、名詞「面」+下二段活用の「ひそむ」の連用形+「けむ」であり、「眉をひそめるのだろうか」、の意となります。類似歌1-1-760歌は、動詞「思ひ染む」の連用形+助動詞「けむ」であり、「深く心をかたむけたのだろうか」、の意です。
④ この結果、この歌は、作中人物である「妹」が相手に懇願する歌となり、類似歌は、未練があり復縁を迫ったと歌となります。違いは、本人が言っているかどうかであり、正確には、この歌は、作中人物である「妹」が相手に懇願する歌を代作した歌であり、類似歌は本人が詠って復縁を迫っている歌です。
6.共通の詞書において この3首は整合しているか
① 詞書によれば、この3首を、「かたらひける人」におくったことになります。この順序で3回に分けておくったのか、それとも同時におくったのかわかりません。この歌集の順に、「かたらひける人」が手にしたとしてどのような理解をしたかを検討します。
② 3首の歌の趣旨は次のようなものです。
3-4-15歌 作中の人物が、相手が遠ざかったことを嘆いています。(ブログ2018/5/21より)
3-4-16歌 妹のいる男が、約束を引き延ばしている男(反故にしようとかかっている男)をやんわりなじっている歌です。 (ブログ2018/5/28より)
3-4-17歌 作中人物である「妹」が相手に懇願する歌を代作した歌です。 (上記5.より)
③ この順で歌をみたとすると、この3首の作者は、妹が愛情を未だに寄せている「かたらひける人」に対して、また心を開いてくれないか、と頼んでいる、とみることができます。
今まで検討してきた現代語訳(試案)でみる限り、この詞書における3首は首尾一貫しています。
④ 作者に関しての、3-4-16歌の検討時(ブログ2018/5/28)の結論は、3-4-15歌と3-4-16歌は、「同一の男で「かたらひける人」と官人同士の交際がある人」、でありました。3-4-17歌もその男であり、女の気持ちの代作をした歌です。
さらに、奈良時代も平安時代も貴族(官人)は一夫多妻の風習であり、夫婦になることが、個人の結びつきと共に一族の存亡に影響し、妹の夫として迎える人に対して親兄弟も意見が言えた時代です。
この3首の作者を親兄弟のひとりに限る具体的なヒントは、考えてみるとこれらの歌になく、詞書にもありません。妹と呼べる親しい間柄の人物であれば、作者の資格があります。(懇意な歌人に代作を依頼できる人物の資格がある、とも言えます。)
⑤ そうすると、「かたらひける人」についての理解は、作者からのアプローチより妹からのアプローチが良いかもしれません。
すなわち、「(妹が)親しくしていた人」という理解です。
詞書の現代語訳(試案)はつぎのように修正したいと思います。
「(妹が)親しくしていた人が、遠く立ち去ってしまって、その人のもとに(送った歌)」
それは、「(妹のように大事にしている同族の女の)交際相手の男が、とんと寄り付かなくなったというので、その男のもとに(送った歌3首)」の意ともなります。この場合、この3首は同族の男共が対策を練り、親に成り代って作った共同の詠作であるかもしれません。
⑥ 3-4-16歌は、やんわりなじっている歌と理解しましたが、3-4-17歌のための布石であり、疑問文でありなじる気持ちを籠めていない歌と思われます。3首とも詰問調ではなく、低姿勢の歌いぶりでありました。
⑦ なお、『猿丸集』の各歌を通底しているもの、あるいは編纂の意図は、あらためて検討します。
⑧ さて、『猿丸集』の次の歌は、つぎのような歌です。
3-4-18歌 あひしれりける人の、さすがにわざとしもなくてとしごろになりにけるによめる
をととしもこぞもことしもはふくずのしたゆたひつつありわたるころ
3-4-18歌の類似歌:類似歌は2首あります。
a 上句に関して2-1-786歌:「大伴宿祢家持贈娘子歌三首(786~788)」 巻第四相聞にある。
をととしの さきつとしより ことしまで こふれどなぞも いもにあひかたき
b 三句以下に関して2-1-1905歌 巻第十 春の相聞 花に寄する(1903~1911)
ふじなみの さくはるののに はふくずの したよしこひば ひさしくもあらむ
これらの歌も、趣旨が違う歌です。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は、上記の歌を中心に記します。
(2018/6/11 上村 朋)
付記1.三代集の歌人たちの「みなせかは」表記の歌について
① 『古今和歌集』のよみ人しらずの時代以降1000年以前の作詠時点を目途に、『新編国歌大観』第1巻の三代集と、同第3巻の『人丸集』から『実方集』(同巻の歌集番号1~67)を対象とすると、清濁抜きの平仮名で「みなせかは」表記のある歌は、6首あり、次のとおり。
② 三代集にある次の2首は、ブログ2018/6/4の付記2.を参照されたい。
1-1-607歌 題しらず とものり
事にいでていはぬばかりぞみなせ河したにかよひてこひしきものを
1-2-1218歌 人のもとにふみつかはしけるをとこ、人に見せけりとききてつかはしける よみ人しらず
みな人にふみみせけりなみなせ河その渡こそまづはあさけれ
③ 個人の歌集にある4首は、次のとおり。
3-11-48歌 かへりごとなければ、また(37~54) (『友則集』)
ことにいでていはぬばかりぞみなせがはしたにかよひて恋ひしきものを
この歌は、『古今和歌集』記載のとものり歌(1-1-607歌)に同じ。
3-12-37歌 みなせがは (『躬恒集』)
をちこちにわたりかねてぞかへりつるみなせかはりてふちになれれば
この歌は、『古今和歌集』の「物名」に相当する歌で「・・・皆瀬変わりて淵に・・・」に「みなせかは」を隠しているので、「みなせかは」表記の川に関する意味の分析ができない。躬恒は『古今和歌集』の撰者の一人であり、生没年未詳である。
3-30-96歌 おほむかへり (『斎宮女御集』 95歌と対の歌)
わすれがはながれてあさきみなせがははなれるこころぞそこにみゆらん
この歌は、「ふかきこころ」を河の底に(その場所に)残してあると詠う3-39-95歌に応えた歌です。「心と言っても忘れるという心が、「みなせがは」のそこにみえる、と詠っている。つまり地表にみえる流水のほとんどない「みなせがは」の川底はよく見える、ということであり、「みなせかは」表記に、伏流水を含ませていない。
斎宮女御の微子女王は、承平6年(936)斎宮に卜され天慶8年(945)母の喪によって退下ののち村上天皇に入内して女御となった。寛和元年(985)卒。
(参考) 3-30-95 まゐり給ひけるに、わすれたまひて、いかなることかありけむ、かへりたまひて
みづのうへにはかなきこともおもほへずふかきこころしそこにとまれば
3-32-52歌 いといたううらみて ( 『兼盛集』)
つらけれど猶ぞこひつる水無瀬川うけもひかれぬ身とはしるしる
詞書は「本当に大変恨んで」の意。
この歌の初句は、名詞「面」+動詞「蹴る」の已然形+接続助詞「ど」。
詞書に留意して現代語訳を試みると、次のとおり。
「川面を蹴ったけど、なお鯉を釣っている自分がいるよ。涸れた水無瀬川に鯉を釣ろうと垂らした釣り糸の浮子に引きが無いのと同じだった自分だとよくよくわかったよ。」
兼盛は天暦4年(950)臣籍に下り、平氏となり、正歴元年(990)80歳を過ぎて没した。
④ 躬恒の歌の「みなせがは」は解明が不可能であったが、残りの3首の水無瀬川は「地表面が涸れた状態となっている川の地表部分」を意味している。
(付記終る 2018/6/11 上村 朋)