わかたんかこれ 猿丸集第6歌 なたちて

前回(2018/3/5)、 「第5歌 ゆきすぎかねて 」と題して記しました。

今回、「第6歌 なたちて」と題して、記します。(上村 朋) (追記 さらに理解を深めました。2020/7/27付けブログや2020/8/3付けブログも御覧ください(2020/8/3)。)

 

. 『猿丸集』の第6 3-4-6歌とその類似歌

① 『猿丸集』の6番目の歌と、諸氏が指摘するその類似歌を、『新編国歌大観』より引用します。

3-4-6  なたちける女のもとに

   しながどりゐな山ゆすりゆくみづのなのみよにいりてこひわたるかな

3-4-6歌の類似歌 萬葉集』 2-1-2717歌の一伝

    しながとり ゐなやまとよに ゆくみづの なのみよそりて こひつつやあらむ 

(・・・名耳之所縁而 恋菅哉将在) 

② 清濁抜きの平仮名表記をすると、上句においては動詞3文字が違うだけですが、下句はそれ以上の文字が違っており、また、詞書が異なります。

③ この二つの歌も、趣旨が違う歌です。

 

2.類似歌の検討その1 配列

① 現代語訳を諸氏が示している類似歌を、先に検討します。

 『萬葉集巻第十一 古今相聞往来歌類之上には、 「寄物陳思歌二百八十二首」が二つのグループで記載されています。この類似歌2-1-2717歌の一伝は、その後のグループ(2-1-2626~)にあり、 よみ人しらずの歌です。

「寄物陳思」とは、「正述心緒に対して他物を譬喩に用ゐ、或は他物を機縁とした恋愛歌」(土屋文明氏 『萬葉集私注 六』48p)のことです。

 土屋氏は、「その譬喩には、序の方法を用ゐたものが多く、枕詞を用ゐたにすぎぬものもある。また正述心緒との区別のはっきりしないものもある。分類は後から施されたものであるから、それは止むを得ないことである」と理解しています。

② 巻第十一の編纂者は、「寄物陳思」の歌としてどのような配列方法をとったのかを、確認したいと思います。

「他物」の順序をみると、二つ目のグループは、から衣の裾から始まり、紐、あづさ弓、馬などを経て、この類似歌前後は川の流れ(というよりも水)に至っています。

③ 類似歌の前の3首は、次のとおりです。    

2-1-2714歌 はしきやし あはぬきみゆゑ いたづらに このかはのせに たまもぬらしつ

2-1-2715歌 はつせがは はやみはやせを むすびあげて あかずやいもと とひしきみはも

2-1-2716歌 あをやまの いはかきぬまの みごもりに こひやわたらむ あふよしをなみ

   この3首の各作者は、逢えないので(川の流れのように)涙を流し、(手に掬い上げた水のように)逃げてゆく君、(隠れ沼の水が流れ出ないように)自分の思いだけで終るのか、と詠うように、逢うことがまだ適いません。

④ そして2-1-2717歌(およびその一伝)になります。その歌意は後程検討しますが、諸氏の多くは、噂が山の中を流れる渓流の水音がよく聞こえるように大きくなった、と詠っていると、みています。

2-1-2717歌 しながとり ゐなやまとよに ゆくみづの なのみよそりし こもりづまはも

(一伝 なのみよそりて こひつつやあらむ)

類似歌は、その一伝のほうです。

⑤ この歌のあとの3首をみると、つぎのとおりです。

2-1-2718わぎもこに あがこふらくは みづならば しがらみこして ゆくべくおもほゆ

2-1-2719歌 いぬかみの とこのやまにある いさやがは いさとをきこせ わがなのらすな

2-1-2720歌 おくやまの このはがくりて ゆくみづの おとききしより つねわすらえず

 

この3首の各作者は、(堰も越えてゆく川水のように)私は越えなければならないと相手に迫り、越えたら、「いさやがは」のいさ)のように人には「知らない」と答えて、と願い、(表にでない流れでも音でわかるように)音信をいただいて安堵している、と詠っています。

⑥ これをみると、逢いたいという歌からこの歌の後で、逢えて安堵したという歌に変っていっています。そのような配列を編纂者はしているのではないか、と理解できます。

 

3.しながどり

① 3-4-6歌の初句「しながどり」は、「ゐな」とか「あは」にかかる枕詞と言われています。

 今、「ゆふつけとり」の検討時とおなじように、この歌が詠まれた当時枕詞は有意であるはずである、という考えで『猿丸集』も検討しているので、「しながどり」という枕詞の検討を、ここで行います。

② 「しながどり」という語句は、『猿丸集』に3首用いられています。他の2首は、次のとおりです。

3-4-7歌 (詞書はこの3-4-6歌と同じです) 

 しながどりゐなのふじはらあをやまにならむときにをいろはかはらん

 

3-4-27歌 ものへゆきけるみちに、きりのたちわたりけるに

   しながどりゐなのをゆけばありま山ゆふぎりたちぬともなしにして

 清濁抜きの平仮名表記で「しなかとり」というのは、三代集には、1-3-586歌の1首のみで、3-4-7歌の類似歌かと思われます。

 『萬葉集』には、5首あります。即ち、2-1-1144歌、2-1-1144イ、2-1-11932-1-1742及び2-1-2717歌です。その万葉仮名は、「志長鳥」2首(そのうち1首は一伝)、 「四長鳥」2首、 「水長鳥」1首です。なお、『新編国歌大観』の新訓は、みな「しながとり」です。

 以上の9首のち8首が「ゐな」にかかり、『萬葉集』の2-1-1742歌のみ「あは」にかかります。このほか、3-4-7歌の類似歌として紹介する予定の神楽歌の2首は「しながとる ゐな・・・」とあります。

③ 「しながどり」について諸氏の意見を例示します。

新日本古典文学大系 拾遺和歌集』では、1-3-586歌に関して、「しながどりとは、息(し)が長い鳥の意という。にほどり。かいつぶり。居並ぶことから「猪名」にかかる枕詞」と説明しています。

土屋氏は、これらの万葉歌において、「しなかとり」は「ゐなの」の「ゐ」または「あは」の「あ」にかかる枕詞で、明らかでないが鳰であろうと言はれる。」と説明しています。

阿蘇氏は、2-1-2717歌に関して、「「しなが鳥」は、にほ鳥に同じ。カイツブリのこと。ここは「猪名山」の枕詞。雌雄並び居る習性から「率(ゐ)る」のヰ(率)にかけて枕詞とした」と説明しています。

『例解古語辞典』では、「しながどり」を、第一に「水鳥の名。カイツブリ」、第二に「(カイツブリ)の雌雄が並んでいるようす。また、その声から」地名「猪名」「安房」にかかる枕詞」、と説明しています。

④ 1110年代前半成立と言われている『俊頼髄脳』に、「しながどり」という語句と「ゐなの」という語句の話がありますが、白い鹿とか猪がいない野とかという雄略天皇治世の話で、白い鹿の狩をしたという意の「しながどり」が 「ゐなの」の枕詞になったということです。『萬葉集』歌では万葉仮名で、「鳥」という漢字で書かれている「しながどり」(最新の訓では「しなかとり」)の「どり」ですが、1110年代には「しながどり」が鳥であるかどうかも分からなくなっていた、ということです。

⑤ 「ゐな」と「しながどり」との関係の検討を進めます(「あは」と「しながどり」との関係の検討は、付記に記します)。

阿蘇氏がいう動詞「率(ゐ)る」は、「引き連れる」とか「持って行く・携えていく」の意です。

「ゐぬ(率寝)」という連語の動詞があります。「連れて行って共寝をする」の意です。また、終助詞に、活用語の未然形につく「な」があります。「自分の意志・希望を表わす。誘いを表わす」の意です。

これから類推すると、「ゐな」とは、地名の「猪名」であるとともに、「動詞「率る」の未然形+終助詞「な」」でもあることばであると、萬葉集歌人はとらえていたのではないか。「率な」とは、「引き連れてゆこう、行動をともにしよう(共寝をしようよ)」と誘っている意であると思います。

活用語の未然形についた終助詞「な」の例を『萬葉集』から示します。

2-1-8  額田王

にきたつに ふなのりせむと つきまてば しほもかなひぬ いまはこぎいでな

   (・・・今者許芸乞菜 「今は(船団は共に)こぎだそう」、の意)

2-1-3636  かへるさに いもにみせむに わたつみの おきつしらたま ひりひてゆかな

    (・・・比利比弖由賀奈 「拾ってゆきたいなあ」、の意)

 前者は、斉明天皇7(661)百済に軍をすすめるため天皇が伊予の熟田津から筑紫に向かって船をだそうとするときの歌であり、後者は天平8(736)遣新羅使一行が往路において備後国水調郡(みずきのこほり)の長井の浦に停泊していたときに詠まれた歌です。

⑥ 「しながどり」が雌雄でいつも「率る」ような状態になろうよ、と呼びかけているのが、「しながどり(のように) ゐな」であり、その同音の「猪名」という地名を掛けている、というのが、「ゐ」と「しながどり」の関係であると理解できます。

 

4.類似歌の検討 その2 現代語訳

① 2-1-2717歌の一伝の訳例を示します。

・「しなが鳥の猪名山もとどろに流れてゆく水のように噂だけ関係があるように言われて恋しく思い続けることであろうかなあ。」(阿蘇氏)

 初句~三句は、「うわさのやかましさをあらわす比喩の序詞」としています。

・「しなが鳥 猪名山を響かせて 流れる水のように 名ばかり言い寄せられた 内緒の妻よ(また(一伝は)「名ばかり言い寄せられて 恋し続けることよ」)(『新編日本古典文学全集 萬葉集』)

・「しながどり(枕詞)猪名山をとどろと音たてて行く川水の如くに、うるさい噂だけ、一緒にされて居る、こもり妻はまあ。」(土屋氏の2-1-2717歌の訳)

② 土屋氏は「三句までは序である。川水の音高いのを、ナ即ち噂の高い事に言ひ続けた。普通の民謡である。「一に云ふ」(の歌)は意も希薄になり劣る。」、と指摘しています。

③ さて、初句の「しながどり」は、先に検討したように、「率(ゐ)な」を引き出し、同音の「猪名(ゐな)」の枕詞として用いられています。有意の枕詞です。

④ 同音の「猪名(ゐな)」は、単なる地名のほか、野原や山や川の名前とすることができますので、この歌は、川水の音が高い、をいうために「ゐな山」を選びました。

二句にある「いなやま」は、猪名川を挟んだ山地の意でしょう。特定の山頂を指した使い方ではありません。

作者は「率(ゐ)な」と呼び掛けたいがために「しながどり」から詠いはじめ、「猪名(山)」を引き出し、その山の川音から「な」が高いことを説明しています。

ですから、この歌は、17文字を費やしてまで「名」が高まったと言っています。そのような歌は、相手に送ったというより、仲間に自慢しているかに見えます。つまり、その女に逢いたいがために、「逢えた、逢えた(だから他の男はもう手を出すな)」と言っているかに、見えます。

萬葉集』で次に置かれている2-1-2718歌も、作者はまだ相手の女に逢えていません。

⑤ 類似歌である2-1-2717歌の一伝を、現代語訳(試案)すると、次のようになります。

(枕詞のしながとりにちなむ)「率な」に通じる猪名の山々の間を水音高く下る川の水のように、私との噂だけが自然にひろがっていって・・・噂になってますます恋しく思い続けることであろうなあ。

⑥ 四句にある「よそる(寄そる)」とは、「自然に寄せられる・なびき従う」あるいは「うち寄せる・寄せる」という意があります。作者がそう言っているのは、前後の歌の配列の中でみると、不自然です。作為的な表現であります。

 

5.3-4-6歌の詞書の検討

① 3-4-6 歌を、まず詞書から検討します。

 「なたちけり」と客観的に状況を説明しています。「な」は、噂を意味する「名」の可能性が高い。

 この詞書は、どのような内容の「名」であるかについては触れていません。

③ 詞書を現代語訳(試案)は、つぎの通り。

噂がたった(作者が通っている)女のところへ(送った歌)」

④ 試案の、前段の()書きは、下記の歌の検討から補いました。

 

6.3-4-6歌の現代語訳(試案)

① 3-4-6歌は、類似歌2-1-2717の一伝と同じく、下句が作者の訴えたいことです。上句は、類似歌と同じく「な」の序詞になっているかに見えますので、下句を先に検討します。

② 下句「なのみよにいりこひわたるかな」の「(な)のみ」は、強調の副助詞で上にくる語句を強調しています。ここでは、「な」がそれに相当し、名詞です。

「な」を主語と考えると、対応する動詞は、類似歌にならえば四句にある「いり」(動詞「入る」の連用形)となり、類似歌と異なるのならば、五句にある「こひわたる」になります。

 「な」も類似歌にならえば「噂」の意となります。詞書とも矛盾しません。そうすると、四句は、

・噂のみが、「よに」入る(中にはいる、そのような状況になる、などの意)

・噂のみが、「よに」恋渡る

のどちらかの意となります。

 前者は、「よに」を「世の中に」とか、「節に」と理解すると、この歌が、昼も夜も「名」(うわさ)が既に飛び交っている最中に作られた歌という経緯の上で詠まれていることを考えると、下句で確認をするように「噂だけは広まって(私は恋しさが募る)」と詠っていることになります。噂は当事者にとり迷惑なものという位置づけの歌が多いなか、この意では違和感を感じる歌となってしまいます。詞書に「女のもとに送った歌」とあるので、このような歌をもらって女はどう感じるでしょうか。 

③、次に、後者は、その動詞が通常動物の行為であるので、人間でも動物でもない「噂」が主語ではおかしい。この後者は、文を為していません。

後者は、「な」が、動物であるならば、文を為します。そのような名の動物は思いつかないのですが、鬼神にも対象を広げると、「儺」がいます。

儺は、儺やらい・追儺(ついな)という邪気払いの儀式において追い払う悪鬼のことです。宮中での年中行事が民間に広がり定着する過程で、矛と盾とを持ち大声で鬼を追い払っていた側が鬼と見なされるようになってゆきます。

そして、儺であるならば、「こひわたる」は、「乞ひわたる」がふさわしい動詞となります。

四句にある「よにいり」は、「夜に入り」と儺の活動する時間帯を示していることになります。

④ この結果、下句を漢字かな交じりで表すと、次のようになり、文を為します。

「儺のみ夜に入り乞ひ渡るかな」

下句の意は、儺が、夜になると、貴方を与えてくれと方々に「乞う」ているなあ、ということです。

下句は、類似歌では、四句の文と五句の文の二つがあったのに対して、この歌は、一つの文となっています。

⑤ 上句は、類似歌では「な」を修飾しています。この歌は、それにならっているか、を見てみます。

 この歌3-4-6歌の上句は、つぎのとおりです。

 「しながどりゐな山ゆすりゆくみづの」

 類似歌2-1-2717歌の上句は、つぎのとおりです。

 「しながとり ゐなやまとよみ ゆくみづの」

 初句からの「しながど(と)りゐな(やま)」は、語句もほぼ同じで、意も同じです。

 二句にある動詞が、「ゆすり」と「とよみ」と違っていますが、その意は、「どよめく・騒ぎ立てる」と「物音などが鳴り響く・鳴り響かせる」であり、ともに「山中を音たてて流れて(ゆく水)」の形容です。

 上句は、結局、

 この歌では、(枕詞のしながとりにちなむ)「率な」に通じる猪名の山々の間を水音をひびかせ下る川のように騒ぎ立てる」儺(という鬼)

類似歌では、(枕詞のしながとりにちなむ)「率な」に通じる猪名の山々の間を水音高く下る川の水のような」名(噂)

ということで、「な」の修飾としてどちらの歌でも無理がない、と理解できます。

⑥ 以上の検討を踏まえて、詞書に留意して3-4-6歌の現代語訳を、試みます。

「(枕詞のしながとりにちなむ)「率な」(ともに行動しよう)という声を声高に、それも猪名山に谷音ひびかせて下る川のようにわめく悪鬼(儺)だけが、ひっきりなしに夜になって貴方がほしいと乞うているのだねえ(貴方も迷惑しているでしょうが、がまんしてください)。」

⑦ 通常追い払うべき悪鬼(儺)がわめいているのは迷惑なことですので、この歌は、作者が、相手に同情しているあるいは励まそうとしている歌です。このような歌を送るという女は、作者に関係のある女であると、推測します。このため、詞書に()で補ったところです。

 

7.この歌と類似歌との違い

① この歌3-4-6歌と類似歌2-1-2717歌とは、詞書の内容が異なります。この歌は、詠むきっかけと歌を送ったことを記し、類似歌は、「寄物陳思」の歌とあるだけです。その「寄物」が何なのかも記していません。配列で類推させるだけです。

② 名詞「な」の意味が、異なります。この歌の詞書では名(噂)ですが、歌では、儺(鬼)であり、類似歌は、名(噂)です。

③ 四句・五句の意が、これにより異なります。

④ この結果、この歌は、女を慰めている歌です。これに対して類似歌は、女に逢えたと、吹聴している歌(あるいは事実はともかく、そう宣言している歌)、となります。

 さて、『猿丸集』は、この歌のあとに、つぎのような歌が続きます。

3-4-7歌 (詞書なし)  しながどりゐなのふじはらあをやまにならむときにをいろはかはらん

3-4-7歌の類似歌:その一例として1-3-586歌があります。神楽歌です。

    しながどり ゐなのふし原 とびわたる しぎがはねおと おもしろきかな

 

⑥ 御覧いただき、ありがとうございます。

 次回は、3-4-7歌に関して記します。

2018/3/12   上村 朋)

付記:「しながとり」が「あは」の枕詞であるかのように使われている理由

① 「しながとり」が「あは」の直前にある歌は、三代集にはなく、『萬葉集』に1首だけです。それは、高橋虫麻呂が詠んだ長歌の最初にあります。

 2-1-1742歌  上総(かみつふさ)の末の珠名娘子(たまなをとめ)を詠む歌一首并せて短歌

   しながとり あはにつぎたる あづさゆみ すゑのたまなは・・・

  (水長鳥 安房尓継有 梓弓 末乃珠名者 ・・・)

② 「上総(かみつふさ)の(国にある)末(周淮)」という郡名を、この歌は、なぜ隣の国の名から言いだすのでしょうか。

③ 安房国は、養老2(718)上総国より四郡で分立し、天平13年(741上総国に併合され、天平宝字元年(757)再分立しました。四郡は、太平洋側の清澄山以南に位置する長狭郡、その南の朝夷(あさひな)郡、南端の安房郡(現在の館山市国府の寺院跡が国分寺と比定されています。)及び東京湾側の平群郡(鋸山以南)です。

 安房国が分立していた頃の上総国では、東京湾側では安房国平群郡に天羽郡が接し、その北に周淮(すえ)郡がありました。国府はさらに北にある市原郡にあります。(郡名は延喜式によります。)東京湾沿いには両国の国府を結ぶ道もあります。

上総国安房国は接していますが、郡に注目すると、安房郡と周淮郡との間には別の郡があることになります。

④ 「しながとり」は、雌雄の仲がよい鳥、「率る」鳥であります。それは接している上総国安房国の関係でもあるのでしょう。しかし、安房郡と周淮郡は海路でも陸路でも繋がっているものの接しておらず、弓の元と末といえるほど離れている、と虫麻呂は詠っています。

⑤ 詞書に留意し、長歌の冒頭を検討すると、「水長鳥 安房尓継有」の二句において、「水長鳥」は、「安房」の直接的な枕詞ではなく、

「「しながとり」を枕詞としている「ゐな(率な)」のような関係にあるのは、安房国からいうとそれに接しているあの国、詞書に記した上総国(であるが)」

というような意をこの二句に作者は持たした、と思います。

⑥ 2-1-1742歌の冒頭四句の、現代語訳の例を示します。

・「しなが鳥の安房に接している梓弓の末、そのスエ(周淮)の珠名娘子は、・・・」(阿蘇氏)

 安房は郡名ではなく、国名としています。

・「(しなが鳥)安房の地続き(梓弓)末の珠名は・・・」(『新編日本古典文学全集 萬葉集』)

 枕詞の「しなが鳥」のかかり方は未詳、「しなが鳥」はにほ鳥とおいい、湖沼にすみ潜水がたくみな鳥で、雌雄仲睦まじい鳥で、常に相率るところからヰ(率)にかけた(枕詞でもある)、と説明しています。

・「(大意)安房の国に近い、周淮(すえ)の郡の珠名(という名の女性)は・・・」(土屋氏)

 土屋氏は、「安房は国名。」、「平民社会で女が有名になるには、・・・徳川町人社会に於けるが如くであったと思うが、珠名もそれであったと(長歌の内容より)十分推測される」、と説明しています。

⑦ 「上総国にある周淮(すえ)郡」と言わず、「隣の国(その国府がある郡)から遠いところにある当国の周淮(すえ)郡」と言ったのは、枕詞と言われる「しながとり」のイメージ、及び「しながとり いな」というフレーズの確たるイメージが当時あり、そのフレーズの返事として「あはむ」などという語句をも浮かび上がらせ、共寝をさそう行為を、珠名という女性に結び付けさせようという考えが作者にあったのでないか、と推量できます。

⑧ 以上を踏まえて、2-1-1742歌の冒頭四句の現代語訳(試案)を、示すと次のとおりです。

「「しながとり」を枕詞としている「ゐな(率な)」のような関係は、安房国からいうと、分立させてもらった国、詞書に記した国である上総国である。その上総国の周淮郡は、安房国の(国府のある)安房郡からは、弓の末と本との関係になってしまうのであるが、それでも(「ゐな」に対して「・・・あはむ」とかすぐ返事をすると言われると)聞こえてくる珠名郎女という女性は・・・」

⑦ 「しながとり」と「ゐな(率な)」の関係を踏まえて、作者高橋虫麻呂は詠んでいる、と推測できます。

「しながとり あは・・・」と詠っている歌は三代集以前では、この歌だけです。

以後の勅撰集にもなく、『新編国歌大観』第2巻私撰集編にもこの歌以外には、ありません。

(付記終る。 2018/3/12 上村 朋)