わかたんかこれ  猿丸集第2歌とその類似歌は

前回(2018/1/29)、 「第1歌と類似歌」と題して記しました。

今回、「第2歌とその類似歌は」と題して、記します。(上村 朋)

 

. 『猿丸集』の第2 3-4-2歌とその類似歌

① 『猿丸集』の二番目の歌と、諸氏が指摘するその類似歌は次の歌です。(『新編国歌大観』より引用します。)

3-4-2 

<詞書なし>

   から人のころもそむてふむらさきのこころにしみておもほゆるかな

 3-4-2歌の類似歌

2-1-572歌 大宰師大伴卿(だざいのそちおほとものまへつきみ)、大納言に任(まけ)らへ、京に入らんとする時に、府の官人(つかさびと)ら、卿を筑前国(つくしのみちのくに)の蘆城(あしき)の駅家(うまや)に餞(うまのはなむけ)する歌四首(571~574 ) 

からひとの ころもそむといふ むらさきの こころにしみて おもほゆるかも 

    二首(572&573) 大典麻田連陽春

② 3-4-2歌は、古今和歌集』の記載のルールに従えば、3-4-1歌の詞書がかかる歌です。後に記すような理由からも、3-4-1歌の詞書がかかる歌となっています。

なお、3-4-1歌の詞書はつぎのとおりです。

あひしりたるける人の、ものよりきてすげにふみをさしてこれはいかがみるといひたりけるによめる」

 

2.類似歌の検討その1 詞書

① 3-4-2歌とその類似歌の趣旨は、異なっていることが予想されていますので、諸氏が既に現代語訳を示している類似歌を先に検討します。

② 類似歌2-1-572歌は、『萬葉集』巻第四「相聞」にある歌です。その詞書について、諸氏の説を参考に現代語訳(試案)すると、次のとおりです。

 「大宰師である大伴旅人卿が、大納言に任ぜられ、(天平2年(730年)12大宰府を発ち、都に上ろうと)帰京の途についた時に、大宰府の官人らが、卿のためを筑前国の蘆城(あしき)の駅家において催した送別の宴で披露した歌(から)四首(を記載する)。

 この歌は、四首のうちの三番目の歌です。

③ 大伴宿祢旅人は、神亀元年(724)正三位、同4年頃太宰師となり筑紫に向かいます。天平2(730)10月大納言を命じられ年末に帰京します。翌年正月従二位となり同年7月に薨去しています。67歳でした。

④ この歌の作者は、大宰府の大典という役職にいる麻田連陽春です。大典という役職は、大宰府の第四等官(典)のクラスでの上席であり、正七位上相当官です。大宝令によると、大宰府四等官(しとうかん)とは、師(長官)、弐(次官)、監(判官)、典(主典)です。

⑤ 当時 送別の宴席は、席をかえ主催者もかえ行われています(だから、主要な官人は何度も宴の席に連なっています)。天平2年のこの旅人の上京に関しても別途催された送別の宴の歌が『萬葉集』巻五にあります。

 

3.類似歌の検討その2 歌

① 諸氏の2-1-572歌の訳例を示します。

漢人が 衣を染めるという 紫の色のように 心にしむばかり 君は懐かしく思われます。」(『新編日本古典文学全集6 萬葉集①』)

 「韓国の人が衣に染めるという紫の色のように、心に深くしみじみと懐かしくあなたのことが思われますよ。」(『萬葉集全歌講義』阿蘇瑞枝氏 笠間書院

② 初句の「からひと」とは、この歌の万葉仮名表記では「辛人」です。「から」というのは古代朝鮮諸国をさし、更に中国本土の唐も指す場合がありますが、ここでは、国内で染色に携わっている人の特定の技術を持っている人達をさして「からひと」と表現していると理解すべきです。既に日本に在住している人達で、大和朝廷配下の(客人扱いではない)人達ですから「漢人」などという現代語訳は不正確であろうと思います。

③ 2-1-572歌の初句~三句は、「しみて」を起こす序詞と、諸氏は説明しています。染色文化も朝鮮・大陸から伝わった文化の一つです。紫色の染料の草の栽培法と紫根染法も、朝鮮半島からの渡来の人々によって伝えられたと言われています。

 紫根染法は、繰り返し繰り返し染めることにより求める色に仕上げる、根気を要する方法です。

④ 「しみて」とは、序詞との語句との関連では、布に染料が染みて、の意であり、布に染料が染みるかのように、作者の大典麻田連陽春らの心にともに過ごしたことが満足感を与える意も盛り込まれていると思いますが、それが不明の訳例です。

⑤ また、紫の色は、当時の礼服・朝服の定めによれば、正三位の官人が用いることができる色です。大宰府においては、正三位の官人であるのは、大宰府の長官である大伴旅人一人でした。「むらさきの」という語句には、衣が紫の色であることを含意していることを理解しなければなりません。

 大宝元年(701)制の服色は、次のとおりです(養老令でも同じ)。

 親王四品以上・諸王・諸臣一位  深紫

 諸王二位以下・諸臣三位  浅紫

 諸臣四位  深緋(あけ)

諸臣五位  浅緋(あけ)

諸臣六位  深緑

諸臣七位  浅緑

諸臣八位  深縹(はなだ)

諸臣初位  浅縹(はなだ)

⑤ この歌は、『萬葉集』では「相聞」の1首と位置づけされています。大伴旅人の答礼の歌が宴席では当然披露されたのでしょうが、『萬葉集』では割愛されています。

 

4.類似歌の現代語訳(試案)

① 改めて現代語訳を試みると、つぎのとおりです。

「技術を持って韓から大和にやってきた人が衣をこの色に染めるという、その紫の礼服を着ているすばらしい方のことが、布が順々と染まっていくように私たちの心をとらえました。そのことを(お別れすると)心に深くしみじみとなつかしく感動をもって思い出すことでしょう(そのような方にお仕えできたことを)」

② 三句の「むらさきの」は、紫の礼服を着用する大伴旅人を指し、またその仕事ぶり人柄をも指しています。衣を紫色に染めるのは根気のいる仕事で、それをこなす「からひと」と同様に、否それ以上に、倦まず導き私共の仕事と日々の生活を充実させてくれた大伴旅人に、感謝をしているかに見えます。

この歌は、大宰府では、紫色の礼服を着用できるのが大伴旅人一人であるのがキーポイントになっています。

 

5.猿丸集第2歌は詞書が3-4-1歌に同じ

① 次に、猿丸集第2歌である3-4-2歌の検討です。ほとんどおなじ語句であり、異なるのは2カ所、

3-4-2歌の二句の「(ころもそむ)てふ」が類似歌では「(ころもそむ)といふ」

3-4-2歌の五句の「(おもほゆる)かな」が類似歌では「(おもほゆる)かも」

だけです。

3-4-2歌の「おもほゆるかな」は、下二段活用の動詞「おもほゆ」の連体形+助詞「かな」です。

② 「てふ」と「といふ」は、まったく同じ意味合いを持っている語句です。

「おもほゆるかな」の「かな」は、終助詞です。『例解古語辞典』では、「体言または活用語の連体形について詠嘆的に文を言いきるときに用いられる。・・・だなあ。・・・なあ。平安時代以後「かも」に代わって広く用いられている。」とあります。さらに、「願望の「もがも」や詠嘆の「も」も含めて「も」系から「な」系への交代の一環としてとらえるべき事象であると思われる。・・・「も」系の詠嘆表出機能の鮮度が落ち、代わって「な」系が進出したというふうに考えられる」と解説しています。

これに対して「かも」は、終助詞であり、「体言や体言に準ずる語句に、また活用語の連体形について文をいいきる。詠嘆をこめた疑問文をつくる。・・・かなあ。b感動文をつくる。・・・だなあ。・・・ことだなあ。」とあります。私は、2-1-572歌について、後者の意で現代語訳を試みています。

ここでの「かな」と「かも」は、少し意味が違うようです。3-4-2歌の「かな」は、「詠嘆的に言いきる」のに対して、2-1-572歌の「かも」は、「感動文をつくる」ため用いられており、歌のなかでの役割がちょっと異なるといえます。

③ この二つの歌に関しては、異なる点が別にあります。それは、「詞書が異なる」ということです。

 3-4-2歌は、『古今集』の記載のルールに従えば、何も記していないので、前の歌の詞書と同じであるので割愛した、ということです。3-4-1歌の詞書が前提で理解するようにと配列されている歌です。

④ 3-4-1歌の詞書は、つぎのようなものでした。

あひしりたるける人の、ものよりきてすげにふみをさしてこれはいかがみるといひたりけるによめる」

現代語訳(試案)はつぎの通りになりました。

「交友のあった人が、地方より上京してきて、スゲに手紙を添えて、「これをどのようにご覧になりますか」と、私に、言い掛けてきたので、詠んだ(歌)。」

 詞書にいう「スゲ」の花の色はだいだい色などもあります。

⑤ 3-4-1歌との比較は後ほどすることにして、この詞書における3-4-2歌を検討します。

 先に述べた助詞「かな」(この歌)と「かも」(類似歌)の違いを意識せざるを得ません。即ち、この歌は、詠嘆の歌として理解しました。「むらさき」で表現された人の何かに対して詠嘆的になった感情をもったので「かな」を用いている、と推測できます。

⑥ また、歌に触れられている衣を紫に染めるという技術者集団については、類似歌によってこの歌の作者の知識になったというより、当時の官人の常識であったとみてよいと思います。諸氏のいうように初句から三句が序詞であるとすると、当時の歌人にとって周知の事柄を言っている表現であったということであり、衣を紫に染めるという技術者集団に関する知識はこのことからも常識であったと判断してよいと思います。

 さらに、『萬葉集』には、紫根染法に用いる灰汁をも詠んだ歌もあり、技とも術者集団に関する知識も官人や庶民にも一般化していたとも見えます。

なお、「からひと」という表現のある歌は、三代集に見えません。

「むらさき」を言い出す(あるいは示唆する)歌で名歌が無かったのか、詠われなかったのかというと、前者であると思います。三位になる人にお祝いを言いたい人は大勢おり、また縁故を得たい人人も大勢いた官人社会であったのは、(現在の経済活動に従事している人々と同じように)間違いないと思えるからです。

 

⑦ この二点から、現代語訳を試みると、つぎのとおりとなります。

「(朝鮮半島の)韓から技術を持ってやってきた人が衣に染めるという紫の色と同じ(色の礼服を着用されている)貴方を、心に深くしみじみと思うことになるのですね。(今までのようなご交際がお願いできないと思うので。)」

この現代語訳(試案)は、ブログわかたんかこれ2017/11/9に示した訳を、更に推敲したものです。

 

6.この歌と類似歌との違い

3-4-1歌と類似歌2-1-283歌を比べると、次のように違いがありました。

① 詞書の内容が違います。

② 相手との距離感が違います。この3-4-1歌は、官位の隔てからの述懐をいうのに対して、類似歌2-1-572歌は直接の上司部下の関係が無くなることと、空間的に遠方となることからの述懐を詠っています。

③ 五句にある終助詞が異なります。この歌は、詠嘆調の「かな」、類似歌は、詞書より感動文となる「かも」となっています。

類似歌をこの歌の作者が承知していると仮定すると、三句の「むらさき」は、類似歌と同様に人を暗示している、と思えます。そのうえで、類似歌の「かも」を「かな」に替えて別の歌となり得ると判断していると見られます。類似歌と比較しても、「むらさき」で表現された人の何かに対して詠嘆的になった感情をもったので「かな」を用いている、と推測できます。

④ この結果、この歌は、相手(あひしる人)の帰京を祝うもののこれから疎遠になることを残念に思っています。類似歌は、「むらさき」で示唆している人物(大伴旅人)の昇進を祝いまた称賛し感謝をしています。

⑤ このように、この2首は、詞書に従い理解すると、それぞれの類似歌と、清濁抜きの平仮名表示ではよく似ていますが、まったく別の歌となっています。

 

7.3-4-1歌と3-4-2歌の比較検討

① 上記までは、3-4-2歌について3-4-1歌(詞書を除く)を参照せず検討してきました。この二首とそれぞれの類似歌二首とを比較検討すると、共通点があります。

② 3-4-1歌と3-3-2歌およびその類似歌2-1-284歌と2-1-572歌には、「むらさき」が詠み込まれています。

 ハギの花は赤紫色です。三位に至らない四位の礼服の色は深緋(あけ)です。

三位の礼服の色が紫です。

③ 3-4-1歌と3-4-2歌のそれぞれの作者と「あひしる」人はよく知っている者同士の間柄です。また、両歌の類似歌2-1-284歌と2-1-572歌もそれぞれの作者と作者が歌を贈った人とは、同じようによく知っている者同士の間柄です。2-1-284歌では、作者とその夫であり、2-1-572歌は、作者とその上司でした。

④ 3-4-1歌と3-4-2歌は、相手(あひしる人)を称賛する歌と疎遠になることを残念に思っている歌の組み合わせとなっており、再会の歌と疎遠の歌との組み合わせでもあります。

類似歌である2-1-284歌と2-1-572歌は、相手(作者の夫と一行)の無事を祈っている歌と大伴旅人の昇進を祝いまた称賛し感謝している歌ですが距離的には疎遠になる歌です。つまり、再会(を願っているところ)の歌と疎遠の歌との組み合わせです。

⑤ 3-4-1歌と3-4-2歌は、慎重に類似歌が選ばれている、とも言えます。

この2首が同一の作者かどうかは不明ですが、少なくとも『猿丸集』の編纂者は、類似歌をみると、作者に関係なく、一つの詞書におけるペアの歌となるよう配列しています。

⑥ さて、3-4-2歌の次の猿丸集の歌とその類似歌は、つぎのようなものです。

 

3-4-3歌 あだなりける人の、さすがにたのめつつつれなくのみありければ、うらみてよめる

   いでひとはことのみぞよき月くさのうつしごころはいろことにして

 

3-4-3歌の類似歌 1-1-711歌 題しらず    よみ人しらず

   いで人は事のみぞよき月草のうつし心はいろことにして

 

 この二つの歌も、趣旨が違う歌です。

⑧ ご覧いただきありがとうございます。

次回は、上記の歌を中心に記します。

2018/2/5  上村 朋)