わかたんかこれ  猿丸集第1歌とその類似歌

(2018/1/29) 前回「第1歌 あひしりたりける人」と題して記しました。

今回、「猿丸集第1歌とその類似歌」と題して、記します。(上村 朋)

 

1. 『猿丸集』の、第1歌 3-4-1歌

① 『猿丸集』の最初の歌と、諸氏が指摘するその類似歌を、示します。

 

3-4-1 あひしりたるける人の、ものよりきてすげにふみをさしてこれはいかがみるといひたりけるによめる

しらすげのまののはぎ原ゆくさくさきみこそ見えめまののはぎはら

 

2-1-284歌 黒人妻答歌一首 

しらすげの まののはりはら ゆくさくさ きみこそみらめ まののはりはら

 

2.類似歌が詠われるきっかけの歌

① 類似歌2-1-284歌の前に、『萬葉集』では、「高市連黒人歌二首」と題した歌2首(282~283歌)があります。

黒人が妻あてに詠った歌であり、この2首を前提に黒人妻の詠った歌が、2-1-284歌です。

少なくとも、そのように理解できるように『萬葉集』は、この3首を連続して配置しています。

それを信じて検討をするのが良い、と思いますので、この3首をあわせて検討します。

② 『新編国歌大観』より「高市連黒人歌二首」を引用します。「巻第三 雑歌」におかれています。

   

 2-1-282歌   高市連黒人歌二首 

わぎもこに ゐなのはみせつ なすきやま つののまつばら いつかしめさむ

 

2-1-283歌

いざ子ども やまとへはやく しらすげの まののはりはら たをりてゆかむ

 

『新編日本古典文学全集6 萬葉集①』では、次のように訳しています。

2-1-282歌:「妻に 猪名野は見せた 名次山や 角の松原は いつになったら見せてやれようか。」

2-1-283歌:「さあ、皆の者よ 大和へ早く 白菅の 真野の榛原の枝を 手折って帰ろう。」

 

③ この2首に詠まれている地名等は、上記の訳に従うと、

・妻に見せた場所等:ゐなの(猪名野)

・これから妻に見せたい場所等: 「なすきやま(名次山)」と「つののまつばら(角の松原)」

・妻にみせたいかどうか不明の場所等:「まののはりはら(真野の榛原)」

④ これらの地名などを、奈良や難波から近い順に西方に辿ると、

猪名野(現在の伊丹市、後ほど再説)、名次山(西宮市) 角の松原(西宮市松原町津戸・旧武庫川の河口) そして一番西方が真野の榛原(神戸市長田区) となります。

 妻には、一番難波に近い、猪名野(現在の伊丹市)を見せた、と黒人は2-1-282歌で詠いました。これから見せたいのは、猪名野の西に位置する名次山と、その名次山の西に位置する角の松原だといいました。

 これから類推すると、陸路を辿ってさらに西にある真野のはりはらを別格と黒人はしており、妻に見せる気が今のところない、と推測できます。

 海路によって海から遠望させるとすると、難波にある港を出港したら、港のある地の内陸側に位置する淀川に接すると思われる猪名野を除いて、名次山、角の松原とともに真野の榛原を見せることは容易にできるでしょうから、この2首の詠い方は陸路を想定していると思われます。

⑤ なお、真野とは、阿蘇氏によると、神戸市長田区東尻池町や西池町や真野町などの一帯を言います。

 また、猪名野とは、諸氏は、伊丹市と推定していますが、奈良時代かそれ以前淀川右岸の現在の吹田市から尼崎市に置かれた猪名県(あがた)の地域にある野原、の意であるのではないかと思います。伊丹市も該当するのではないでしょうか。堤防もなく蛇行する当時の淀川沿いの河川敷の野原を含んだ原野を指していると、思います。当時の淀川は、奈良盆地の水を集めた大和川も合流しており、今日の神崎川と大川(旧淀川)と新淀川をまたがる幅を河口としているといえます。

土屋文明氏は、猪名野に関して、「摂津河辺郡為奈野」の地名があり伊丹市付近かと指摘しています。名次山や角の松原も比定地が確定しにくい旨も指摘しています。

⑥ 黒人が、この二つの歌を詠んだ旅行の趣旨と場所とは、詞書に明示されていません。考えてみると、次のようなケースが想定できます。

・公務の旅行で、出発時に見送り等を受けて。

・公務の旅行で、出発後猪名野や真野などを通過する際。

・公務の旅行で、大和へ戻る途中、真野を通過する際。

・公務の旅行で、大和へ戻る途中、真野を間近になった際。

⑦ そして、この二つの歌を、詠んだ後、黒人は、どのようにして妻の元へこの歌を送ったのでしょうか。そして、妻の答歌をどのようにして受け取ったのでしょうか。

 

3.2-1-282歌などを詠んだとき・場所

① 歌の贈答は、恋の歌を除いても、二人の位置関係が離れている場合あるいは離れようとする場合に生じます。さらに、宴席での応酬としても、地方へ出立する際の見送りでの応酬もあります。

②  『古今和歌集』や『土佐日記』などにあるように、地方へ赴任する官人は、峠などまで見送られ、あるいは主催者を替えて何回か宴席を設けられています。

 この3首が、今信じているように一組の歌であるならば、黒人の地方への赴任にあたっての宴席での歌の可能性が一番高いのではないかと推測します。

③ そうすると、2-1-282歌は、猪名野を見せるから、淀川の渡し場まで送ってくれないか、と妻に問いかけている歌にも理解できます。今回は連れてゆけないがいつか赴任地まで連れてゆこう、と訴えている歌にも理解できます。行って来ます、と挨拶している歌にも見えます。

 2-1-283歌は、任務を終え、無事元気に帰京できる見通しが立った場所での感慨を詠っているかに見えます。この2首は、往路と復路の元気な黒人一行の姿を詠っているかに見えます。

④ これに対して2-1-284歌は、無事に任務を全うし元気に戻ってくるのを信じて、送り出しているかに見えます。地方に赴任する黒人一行を、黒人の妻は、黒人が挙げた一番西の地名等を挙げ、「そこを見て着任し、そこを見て帰任するのですね」と詠い、必ず無事な顔を見せてくださいな、といっているかに見えます。

⑤ 諸氏の言う様に黒人と妻が一緒に旅行しているならば、順に通過する土地は必ず見せることになり、「いつかしめさむ」という状況になるのは不自然です。妻は都で留守番をする前提の歌と推測できます。

 ですから、公務の旅行で、出発時に見送りにあたっての歌であり、大和にいる妻が淀川の渡船の場所まで(上司の妻と同僚の妻とともに)見送ったというよりも宴席での歌ではなかったかと、推測できます。妻の歌は、同僚か部下の代詠であったかもしれません。

 

4.3首の現代語訳(試案)

① 以上のような背景があるので、現代語訳(試案)は、次のようになります。

2-1-282歌:「妻に猪名野をみせてやった。名次山や角の松原は、いづれ教えてやろう(と言いたいので見送っておくれ。貴方を連れて次には赴任できるように今回頑張ってくるよ)」

2-1-283歌:「さあ皆の者よ、大和へ急ぎ行こう。白菅も茂る真野の榛原を手折って(任務を全うし、元気に帰任しようではないか)。」

2-1-284歌:「白菅でも有名な真野の榛原におおわれた野原を、旅の行き来に あなたこそ元気で眺めることができるでしょうね、確かに。真野の榛原におおわれた野原を(そうなることを祈っています。私は子を育てしっかり留守番をしていますから)。」

② 『新編日本古典文学全集』では、「しらすげ」を無意の枕詞としています。真野の代表的景物を取り上げて冠した枕詞としています。しらすげは、かやつり草科の多年草。葉が白色を帯びた緑色であるところからその名があると解説しています。

③ 黒人は、淀川の渡河地点の当時の淀川の対岸を西国に陸路赴任する通過地点の猪名野と認識していると思われます。

 

5.猿丸集の第1歌詞書について

① 既に指摘しました(ブログわかたんかこれ2017/11/9参照)ように、詞書の現代語訳(試案)は、つぎのとおりです。

「交友のあった人が、地方より上京してきて、スゲに手紙を添えて、「これをどのようにご覧になりますか」と、私に、言い掛けてきたので、詠んだ(歌)。」

② 詞書にいう「あひしりたりける人」の検討は、「ブログわかたんかこれ2018/1/22」を、「もの」の検討については「ブログわかたんかこれ2017/11/9」を参照してください。

「ものよりきて」は、「地方より、京に上がってきて」、の意です。

③ 詞書にいう「すげ」は、種類が多く、水辺や山野にはえている植物です。笠や蓑の材料に利用されていいます。どこにでも手に入るスゲに手紙を、交友のあった人は、作者に言い掛けたのです。スゲに寓意があると理解してしかるべきです。

 

6.猿丸集第1歌

① 二句と四句の「はぎ」は、マメ科ハギ族のなかのヤマハギ節に属する数種類を今日でもいい、ヤマハギミヤギノハギ、ニシキハギ、ツクシハギなどがあります。低木または低木状の多年草で落葉性がありますが、その花は、紅紫で、長さ1^2cmあり、多数が穂に集まって咲き、美しい植物です。秋の七草のひとつです。

② 詞書にいう「スゲ」の花の色はだいだい色などもあります。

しらすげは、かやつり草科の多年草。葉が白色を帯びた緑色であるところからその名がある。しらすげ:枕詞。真野の代表的景物を取り上げて冠した枕詞。

 

③ 作者は、類似歌に詠われている、「しらすげ」や「はりはら」の語句のほかに「ハギ」を用いて詠っています。

④ 衣服冷の規定では、礼服の色葉一位は深紫、三位以上は浅紫。四位は深緋、五位は浅緋となっています。

⑤ これらを考慮すると、次のような現代語訳(試案)が、得られます。

「しらすげも花を咲かせている真野の野原に、赤紫に咲く萩を、あなたは旅の行き来によく見えたのではないでしょうか。萬葉集の歌の真野のはりはらではなく赤紫に咲く萩の野原を。(紫衣の三位への昇進も望めるようなご活躍にお祝い申し上げます。)」([ブログわかたんかこれ2017/11/9]の(試案)の上句部分をさらに吟味しました)

 

⑥ 詞書にいう「いかがみる」という問いかけは、実際は「今回地方官を交替させられ待命を命じられた。なかなか昇進は叶わない」の趣旨であったかもしれませんが、作者は、「いやいやそんなことは」と、挨拶したのかもしれません。

⑦ 作者は、男で、地方への赴任をも期待している下級貴族と推測します。

 

7.この歌と類似歌との違い

 3-4-1歌と類似歌2-1-283歌を比べると、次のように違いがありました。

① 詞書の内容が違います。

この歌3-4-1歌は、具体に詠むこととなった事情を説明し、類似歌2-1-284歌は、採録している歌集の巻の主題以外分からりません(それ以上の説明を不要と判断した上で採録された歌となっている)。

これから同じ言葉遣いでも歌の解釈への影響があることが予想できます。

② 強調している語句が違います。

この歌は、二句と五句で「はぎはら」を繰りかえし詠い、類似歌は二句と五句で「はりはら」を繰り返しています。繰り返しているのは、強調しているのであろうから、「はぎはら」は何かを含意しています。上記のように色を示唆していました。類似歌は、「はりはら」よりも「真野」という黒人が通過するはずの地名を繰り返えしていると言えます。

③ 四句の動詞が異なります。

 この歌は、「(こそ)みえめ」であり、動詞「みゆ」(下二段)の未然形+推量の助動詞「む」の已然形です。『例解古語辞典』によれば、「みゆ」とは「a物が目にうつる。見える。b人に見えるようにする。」、の意です。

「(こそ)みえめ」は、「(はぎはらの花の色こそが)見えることでしょう」、の意となります。

 類似歌は、「みらめ」であり、動詞「みる」(上一段)の未然形+現在推量の助動詞「らむ」の已然形です。「(真野のはりはらを)今頃眺めているでしょう」、の意となります。

この歌は、自然と目に飛び込んでくるスタンスであり、類似歌は、その気なら眺められる、というスタンスです。

⑤ この結果、この歌は、相手(あひしる人)を称賛しています。類似歌は、相手(作者の夫と一行)の無事を祈っています。

 

8.猿丸集第2歌は詞書が同じ

① 猿丸集第2歌と、その類似歌は次のような歌です。詞書が違うので、第1歌とおなじように歌意も異なると予想できます。

3-4-2 <詞書なし。つまり、同上、の意。>

から人のころもそむてふむらさきのこころにしみておもほゆるかな

 

3-4-2歌の類似歌:2-1-572歌 大宰師大伴卿、大納言に任ぜられ、都に入らんとする時に、府の官人ら、卿を筑前国の蘆城(あしき)の駅家に餞する歌四首(571~574 ) 

からひとの ころもそむといふ むらさきの こころにしみて おもほゆるかも 

    右二首(572&573) 大典麻田連陽春

② ご覧いただきありがとうございます。

 次回は、『猿丸集』の第2歌に関して記します。

(2018/1/29   上村 朋)