わかたんかこれ 猿丸集とは

2018/1/15) 今日から、『猿丸集』に関して記します。(上村 朋

今回は、「猿丸集とは」と題して、私が今理解しているところを、記します。

 

1.『猿丸集』の歌とは

① 『萬葉集』や『古今和歌集』などにもある歌を含む雑纂の歌集と見られてきているのが、『猿丸集』です。

② その一例をあげます。歌集の5番目にある歌です。

あひしりたりける女の家のまへわたるとて、くさをむすびていれたりける

   いもがかどゆきすぎかねて草むすぶかぜふきとくなあはん日までに

③ この歌は、次の歌の異体歌である、と諸氏が指摘しています。

題しらず  よみ人しらず

   いもがかど ゆきすぎかねて くさむすぶ かぜふきとくな ただにあふまでに

 『萬葉集』巻第十二の、「寄物陳思」にある歌(3070歌の一伝)です。

 阿蘇瑞枝氏の現代語訳(『萬葉集全歌講義』(笠間書店))を示すと、 

いとしいあの子の門口を通り過ぎがたい思いで、草を結んだ。風が吹いて結び目を解いたりしないでほしい。直接逢うまで。

 三句の「くさむすぶ」に関して、「草に限らず、松の枝、衣の紐を結ぶ行為は、生命の無事、長寿、無事なる再会など痛切な祈願の成就を期する呪術の一つであった。ここは、妹との逢会を願っての行為であろう。」と氏は説明しています。

また、作者について、「遠慮ぶかい、だが純粋な愛を抱いている青年のようである」と推測しています。

④ 『猿丸集』の五番目の歌そのものは、平仮名で表記すると、この萬葉集歌と五句が異なっているだけですが、その現代語訳(試案)を試みると、次のようになります。

 

(詞書)以前交際していたことのあるあの女の家の前を通り過ぎる、ということになり、草を、結んで投げ入れたり、(地面に生えている草を)蹴る(その時の気持ちを詠った歌)。

貴方の家の前を通り過ぎるのにあわせて、草を結びましたよ。出合える日までは結んだ草をほどかないで、風よ。

 

二句にある「かねて」とは、連語の「兼ねて」(それと同時に)の意です。

詞書にある「くさをむすびていれたりける」は、名詞「草」+格助詞「を」+「動詞「結ぶ」の連用形+助詞「て」+動詞「入る」の連用形+完了の助動詞「たり」の連用形+動詞「蹴る」の終止形、と理解するのが妥当です。

 

⑤ 萬葉集の作者は、逢える期待をもって詠っています『猿丸集』の五番目の歌の作者は、逢える期待のほとんどない女に未練がましく詠っています

この二つの歌は、詞書によって全然違う歌になっている、と言えます。このように、この五番目の歌は、萬葉集歌の異体歌では、ありません。

 このような技巧を凝らしているのが、『猿丸集』の歌です。

 

2.『猿丸集』と『古今和歌集』の同時代性

 昨年の、1-1-995歌のブログで述べたように、三代集と『猿丸集』は、同時代の作品です。それぞれの編纂担当者は同時代の人です。(ブログ2017/11/9参照)。

  『猿丸集』は、『新編国歌大観』(角川書店)の「解題」によると、「公任の三十六人撰の成立(1006~1009頃)以前に存在していたとみられる歌集」で、「猿丸」という人物は未詳とし、また、「前半に萬葉集の異体歌および出典不明の伝承歌を、後半に古今集の読人不知歌および萬葉集歌を収載し構成している雑纂の古歌集」と説明しています。

② 『猿丸集』の特徴を、私は、つぎのように理解しています。(ブログ2017/11/9参照)

第一 『古今和歌集』と違い、序が無い。しかし、しっかりした独自の方針に従い編纂されている。

第二 編纂担当者が、現在までのところ特定されていない。

第三 三代集と同様に詞書と一体で歌が理解できる。

第四 『新編国歌大観』によれば全部で52首の歌集である。歌そのもの(三十一文字の和歌だけ)に注目すると、類似の歌が、『萬葉集』に26首、『古今和歌集』に24首、『拾遺和歌集』に2首ある。『拾遺和歌集』の2首のうち1首は『赤人集』にもあり、もう1首は神楽歌である。

第五 各歌そのものは、類似の歌がベースにあって、創作され、この歌集に記載されていると思われる。したがって、歌そのものは類似の歌と異なる歌意を持っている。(類似の歌の異伝歌などではない)

第六 編纂されたのは、公任の三十六人撰の成立(1006~1009頃)以前である。

第七 完成した『猿丸集』を、後年書写にあたった歌人たちは、他の歌集と同様な扱いをしており、書写にあたりわざわざ詞書を書加たり添削等の操作を受けた可能性は低い

 

3.検討の前提

① 文字数や律などに決まりのあるのが、詩歌であり、和歌はその詩歌の一つです。だから、和歌の表現は伝えたい事柄に対して文字を費やすものである、という考えを前提とします。

② 昨年(2017年)のこのブログ(わかたんかこれ・・・と題しました)で検討した語句については、その結果を前提とします。その他は、必要に応じ、用いられている期間に配慮して用例より演繹することとします。

③ このブログでの指摘がすでに公表されている論文・記事等にあれば、その公表されている事がらを確認しようとしているものに相当するのがこのブログです。

④ 歌は、『新編国歌大観』(角川書店)によります。『新編国歌大観』より引用する歌には、番号を付し、「同書の巻番号―その巻での家集番号―当該歌集での番号」で表示するものとします。

例えば、『猿丸集』の五番目の歌は、「3-4-5歌」と表示します。

⑤ 『猿丸集』の歌が異体歌であるとされる所以の歌を諸氏が指摘しています。歌そのもの(三十一文字)を比較すると先行している歌がありますので、それを、(『猿丸集』歌の)類似歌、と称することとします。

 

4.これからの検討

① 各歌とその類似歌との比較を行います。類似歌の現代語訳をも試みることとします。

② この『猿丸集』の配列について、検討します。

③ この『猿丸集』はどのように当時理解されていたか、を検討します。

④ 次回から、3-4-1歌の語句よりより順次検討したい、と思います。

 御覧いただきありがとうございます。(上村朋)