わかたんかこれの日記 猿丸集の特徴

 

2017/11/9  前回「歌の現場」と題して記しました。

今回、「猿丸集の特徴」と題して、記します。

 

1.『猿丸集』と『古今和歌集』の同時代性

① 1-1-995歌を、『新編国歌大観』より、引用します。

1-1-995歌  題しらず         よみ人しらず

   たがみそぎゆふつけ鳥かからころもたつたの山にをりはへてなく

 

文字遣いがちょっと違いますが、この歌が『猿丸集』にあります。

今まで検討してきたところでは、この歌あるいはこの歌の異伝・類似していると思われる歌が採録されている同書記載の歌集で、最古の『古今和歌集』に近い位置にある(先行しているかどうかは分かりませんが)のが、『猿丸集』です。

② つまり、1-1-995歌に用いられている語句の意味が同じであろう期間に、編集されているのが『猿丸集』です。言い換えると、『古今和歌集』の語句と、『猿丸集』の語句は同じ感覚で用いられている、と言えます。

 

2.『古今和歌集』の構成

① 『猿丸集』は、検討の詳細は後日に記しますが、『古今和歌集』と同様な手法で構成編集された歌集である、と言えます。

② その『古今和歌集』の手法について、その特徴を記すと、

・序が付けています。そして撰者を明らかにしています。

・各巻の順番は、歌を和歌と歌謡(大歌所歌・神あそびのうた・東歌など)に分け、前者を四季・恋・雑の順とし、各巻は、その主題のもとに整然と歌を配置しています。そして後者を最後の巻に配しています。

・各歌は、詞書とともに配置しています。詞書は、同前ならば省略されています。作者名も同じです。当時の歌人が記録保存する場合の一般的な方法であったのでしょう。この方法は、三代集もその他の勅撰中も踏襲しています。

・詞書の内容は、各巻の趣旨に添うものとなっています。詞書は、もともとの資料にある詞書を、編集方針に従い取捨あるいは不明にしています。例えば、四季の部立の巻では、その部立の方針に沿い、屏風歌として詠われた歌であること(作詠事情)を積極的に記していない歌があるのが、分かっています。恋の部でも屏風歌であることや歌合の場での歌であることを積極的に記していない歌が、あります。

これにより、詞書は、編集方針に沿って、歌を理解するための示唆を与える役割を担っているといえます。

 ・歌は、1100首あり、平仮名を多用して書いてあります。そして歌枕や掛詞の技巧が用いられています。

 ・歌集の書写につれて、わずかな違いが生じていますが、信頼を損なうものではありません。大胆な作為が書写にあたって加えられていません。

③ 1-1-995歌も、『古今和歌集』の編集者が採用した資料にあった元々の詞書を採らず、 『古今和歌集』では「題しらず」と記し、さらに作者名をも省き、歌のみを記載したということも考えられるところです。

『猿丸集』の場合も、少なくとも三代集と同時代であり、歌の記載方法は、当時の歌人のやり方を採用しているのであろうと、推測でき、検討の結果はその通りでありました。

3.『猿丸集』の構成

① 『猿丸集』は、三代集の時代に編集された歌集です。『新編国歌大観』の「解題」によると、公任の三十六人撰の成立(1006~1009頃)以前に存在していたとみられる歌集で、編集者については触れていません。

 『古今和歌集』と違うのは、序が無いことと撰者が特定されていないこと、です。

② 歌の配列については現在のところ未検討です。

③ 『猿丸集』には、詞書が、全52首のうち35首にあります。記載のない歌は、同前の詞書、という扱いです。なお、1-1-995歌を類似歌とする3-4-47歌の詞書は、この歌のみにかかります。

④ 『猿丸集』記載の歌に類似した歌が、『萬葉集』や『古今和歌集』などにありますが、『猿丸集』記載の歌とその類似歌の詞書は、異なっています。

⑤ 『猿丸集』は、作者名を記していません。詞書で作者のスタンスが分かる歌はあります。作者を詮索せず、歌を鑑賞せよと、歌集の編集者は言っています。

⑥ このように、『猿丸集』の編集者は、独自の方針で、『古今和歌集』同様に元資料を取捨選択しているあるいは創作している、といえます。

⑦ 歌は、平仮名を多用して記されています。

⑧ なお、完成した『猿丸集』を、後年書写にあたった歌人たちは、他の歌集と同様な扱いをしたと思われます。書写にあたりわざわざ詞書を書加たり添削等の操作を受けた可能性は低いと思われます

 

4.『猿丸集』の概要

① 詞書を重視すれば、歌の趣旨がそれにより左右されます。

歌を、清濁抜きの平仮名表記をしてほぼ同じであっても、歌意が異なれば、一つが正伝でほかの歌が異伝という関係にあるのではなく、別の歌、違う歌である、と言えます。

歌集が、そのような歌の集りであるならば、その歌集は、特定の編集者により「独自の一定の方針」もとに編集されている、と見なせます。

『猿丸集』は、まさにそのような歌集であったのです。

② 今、1-1-995歌の検討のため『猿丸集』歌を理解しようとしているので、1-1-995歌を類似歌とする3-4-47歌を除いた『猿丸集』の51首の歌について、その各自の類似歌との比較考量を行いました。

次のことが、分かりました。

・類似歌がベースであって、この歌集の歌はその後創作され、編集された。

・類似歌は、『萬葉集26首。『古今和歌集24首、『拾遺和歌集2首である。なお、『赤人集』に1首ありそれは『拾遺和歌集』歌とも重なる。

・詞書に従い歌を理解すると、歌の趣旨が類似歌と異なっている。類似歌からいうとこの歌集にある歌は、類似歌の異伝の歌ではない。

③ 『猿丸集』はしっかりした編集方針で編集されていますので、3-4-47歌と類似歌である1-1-995歌とにも、このような原則があてはまるはずです。

 

5.『猿丸集』の歌の例 3-4-1歌と3-4-2歌

① 『猿丸集』の歌の具体例で説明します。最初の歌3-4-1歌は、詞書を3-4-2歌と共有しています。

 その二首の歌の詞書と歌の現代語訳(試案)を示します。

 歌は、詞書に従い理解したものです。

3-4-1 あひしりたるける人の、ものよりきてすげにふみをさしてこれはいかがみるといひたりけるによめる

しらすげのまののはぎ原ゆくさくさきみこそ見えめまののはぎはら

3-4-2 <詞書なし。つまり、同上、の意。>

から人のころもそむてふむらさきのこころにしみておもほゆるかな

 

② 3-4-1歌の詞書の現代語訳(試案)は、次のとおり。

「交友のあった人が、地方より上京してきて、スゲに手紙を添えて、「これをどのようにご覧になりますか」と、私に、言い掛けてきたので、詠んだ(歌)。」

③ 3-4-1歌の歌意は次のとおり。

「しらすげも花を咲かせ、立派で赤紫に咲く萩が見事な花畑となっている見事な野原を、あなたは旅の行き来によく見えたのではないでしょうか。萬葉集の歌の真野のはりはらではなく赤紫に咲く萩の野原を。(紫衣の三位への昇進も望めるようなご活躍にお祝い申し上げます。)」

④ 3-4-2歌の歌意は次のとおり。

「(朝鮮半島の)韓から技術を持ってやってきた人が衣に染めるという紫の色と同じ色で咲くハギの花(昇進されるあなた)を、心に深くしみじみと思うことでしょう。」

⑤ 3-4-2歌は3-4-1歌の詞書のもとで詠まれた歌と私が主張する理由は、次のとおりです。

  a 「紫」が両歌に詠み込まれている。両歌の類似歌である2-1-284歌と2-1-572歌にも「紫」が詠み込まれている。(ハギの花は赤紫色である。)

   b 両歌はよく知っている者同士でのやりとりの歌であり、また、両歌の類似歌2-1-284歌と2-1-572歌も、それぞれやりとりした歌として記載されている。

  c 両歌は再会の歌と別れの歌で対になっている。類似歌2-1-284歌と2-1-572歌も同様である。

⑥ 補足をすると、詞書にいう「ものよりきて」は、「地方より、京に上がってきて」、の意です。

 例を挙げます。

 ・『猿丸集』3-4-21歌の詞書「物へゆくに、うみのほとりを見れば・・・」

(地方に下ってゆく途中に、海の渚をみれば・・・)、

・同3-4-27歌の詞書「ものへゆきけるみちに、きりたちわたりけるに 」

(都ではなく)地方へ下ったときの道すがら、・・・、の意。あるいは、女性を訪れる夜の道に、・・・の意。

 ・『後撰和歌集』1-2-1225歌の詞書「男の物にまかりて(二年許有てまうで来たりけるを)」

(ある男が、地方に赴任して(二年ばかり・・・))

・同1-2-1262歌の詞書「物にこもりたるに」

(あるお寺に参籠したところ)

・『拾遺和歌集』1-3-485歌の詞書「物へまかりける人のもとに・・・」

(ある国へと出立する人のところに・・・)

・同1-3-1032歌の詞書「春物へまかりけるに・・・」

(春、あるところへ出かけたところ・・・)

 

⑦ この二首の類似歌を示すと、次のとおりです。

3-4-1歌の類似歌:2-1-284歌 黒人妻答歌一首 

しらすげの まののはぎ原 ゆくさくさきみこそみらめ まののはりはら

 

3-4-2歌の類似歌:2-1-572歌 大宰師大伴卿、大納言に任ぜられ、都に入らんとする時に、府の官人ら、卿を筑前国の蘆城(あしき)の駅家に餞する歌四首(571~574 ) 

からひとの ころもそむといふ むらさきの こころにしみて おもほゆるかも 

    右二首(572&573) 大典麻田連陽春

⑧ 前者2-1-284歌の作者である黒人の妻は都で留守番をしていたのであり、「白菅で有名な真野のハギの野原を、旅の行き来に あなたこそ眺めることができるでしょうね。真野のハギの野原を(私は留守番役ですが。)」、と返歌をしています。黒人の妻は、3-4-1歌と作者と同じように、都にいて詠んでいます。

諸氏のいう黒人と共に妻が旅中にいるかのような理解は、誤りです。妻が旅中の歌と理解しても、前者2-1-284歌と3-4-1歌とは、別の歌であるのは明白です。

 後者2-1-572歌の初句~三句は、「しみて」を起こす序詞です。染色文化も朝鮮・大陸から伝わった文化の一つです。2-1-572歌の作者は、大宰師大伴卿と上下の関係が切れるのですが、縁のあったことを喜んでいる、と思われ詠いぶりです。

⑨ このように、この2首は、詞書に従い理解すると、それぞれの類似歌と、清濁抜きの平仮名表示ではよく似ていますが、まったく別の歌となっています。

 次回は、もう一例と3-4-47歌について、記したいと思います。

御覧いただき、ありがとうございます。(上村 朋)