わかたんかこれの日記 万葉のみそぎも祈願 三代集は

2017/8/3 前回、「越中守の造酒歌」と題して記しました。

 今回は、「万葉のみそぎも祈願 三代集は」と題して、記します。

万葉集』の「みそき」表記等の検討対象歌6首を比較検討したのち、三代集の「みそき」表記等の歌を抽出します。

 

1.万葉集』の「みそき」表記等の歌の総合的検討

① 『萬葉集』の6首について、ここまでの検討結果を、「みそき」表記と「はらへ等」表記についてまとめると、次の表のようになります。

表  『萬葉集』での「みそき」表記・「はらへ等」表記のイメージ一覧(2017/8/3現在)

歌番号等

対象の表記

罪が前提

穢れが前提

罪穢れ不問

2-1-423

「みそき」

 

 

I0

2-1-953

「はらへ」

 

 

B0

2-1-953

「みそき」

 

 

A0

<2-1-953>

<「みそき」&「はらへ」>

 

 

 <I0>

2-1-2407

「みそき」

 

 

I0

2-1-629

「みそき」

A11orB11orC11

 

 

2-1-629イ

「みそき」

A11orB11orC11

 

 

2-1-4055

「(いひ)はらへ」

 

 

I0

1)歌番号等は、『新編国歌大観』による。

2)イメージに関するA0,A11等は、2017/7/zzの日記記載の「現代語訳の作業仮説の表」による整理番号である。

3)検討の際、訳に使用している現代語のみそぎ(禊)の意は、「その行為を、川などで水を浴びるという民族学的行為と捉え、それにより霊的に心身を清めることとなる行為をいうものとする」である。

4)検討の際、訳に使用している現代語のはらえ(祓)の意は、「その行為を、(神道における)神事と捉え、それにより霊的に心身を確実に清めることとなる行為をいうものとする」である。

5)罪とは、「道徳あるいは宗教上、してはならない行い」の意である。

6)穢れとは、「不浄なものと観念したもので、「日本における共同体で、本来の状態から不安を感じる状態にかわり不浄と認定されたとき生じているもので、一定の霊的な手段を講じて無くすべきもの・身から離すべきものと、信じられていたもの」の意である。

 

② 『萬葉集』の「みそき」表記のある歌5首において、罪を前提にしている歌が2首しかなく、3首は罪や穢れを不問とした形で用いられている。

その罪を前提にしている歌2首(2-1-629歌と2-1-629イ歌)は、同一の題で同一の作者で、みそぎをする場所が異なるだけの歌であり、一方が他方の異伝歌と言える歌群です。その歌での「みそき」表記の意味は、2017/7/17の日記記載の「現代語訳の作業仮説の表」におけるA11orB11orC11です。

なお、

A11:「みそき」表記の意は、その罪に対してみそぎ(または略式のみそぎ)をする

B11:「みそき」表記の意は、その罪に対してはらいをする

C11:「みそき」表記の意は、その罪に対してみそぎ(または略式のみそぎ)をし、・・・はらいをする

 このうちのどれか一つに検討したが絞れ込めなかった、のが orの意である。

③ 罪や穢れを不問とした形の残りの3首は、2首(2-1-423歌と2-1-2407歌)が同表のI0の意であり、残りの1首(2-1-953歌)が、「はらへ等」表記もある歌で、同表のA0の意(同歌の「はらへ」表記はB0)であり、並記していることにより、祭主として祈願する意(I0)の意となっているとみなせる歌です。

  なお、

  I0「みそき」表記の意は、祭主として祈願する

  A0「みそき」表記の意は、罪やけがれなどから心身を霊的に清める。水使用(浴びなくともよい)。

   B0「はらへ」表記の意は、罪やけがれなどから心身を霊的に清める。はらいを行う。)

 

④ 萬葉集』の「はらへ等」表記のある歌は2首であり、その1首(2-1-953歌)は、上記③の通りであり、もう1首(2-1-4055歌)は、「いひはらへ」表記をし、この表記において、同表のI0の意です。

⑤ 結局、6首のうち4首が、I0の意で用いられています。罪や穢れの意識より祈願を意識している歌になっています。4首のうち作者がよみ人しらずの歌は1首(2-1-2407歌)だけでした。

そして残りの2首は、罪を意識している歌です。作者が明らかな歌です。

 このように、『萬葉集』において、すでに、「みそき」表記は、「みそぎをしてその神の接遇をする資格又は許しを得る」(A13)の意で用いられる例はありませんでした。

⑥ 「はらへ」表記の歌は、953歌一首のみが結局検討対象に残っただけなので、「はらへ」表記一般についてのコメントは差し控えます。

⑦ 「みそき」表記検討対象の歌の作詠時点の推計は、423歌の「723年以前」から4055歌の748年以前」であるので、30年に満たない期間です。700年代早くから「みそき」表記は「祭主として祈願をする」(I0)の意で用いられていたのではないか、と言えます。

政治を担う中心の氏族は、700年代も『古今和歌集』の歌人たちの時代も同じであり、世の中も政争は激しかったとしても『万葉集』でみられた「みそき」表記に関する傾向は古今集歌人にも引き継がれていると予想できます。

 

2.三代集で「みそぎ」表記や「はらへ等」表記のある歌

① 1-01-995歌の初句「たがみそき」表記の意味を検討するため、「みそぎ(禊)」ということばの同時代的な使い方の特徴を探るべく、1-01-995歌の詠われた時代とその直後と思われる時代の歌として三代集所載の歌を取り上げます。

② 萬葉集』と同様に、『新編国歌大観』所載の三代集から、句頭に「みそき」表記のある歌と句頭に「はらひ」又は「はらふ」又は「はらへ」表記のある歌を抽出します

その結果が、次の表です。検討対象となった歌は重複を除いて21首ありました。作詠時点の推定は、2017/3/31の日記記載の「作詠時点の推計方法」に従っています。

この21首中の、「みそき」表記と「はらへ等」表記について、先の「現代語訳の作業仮説の表」を基本にして検討した結果をも記載しました。なお、その表中の「和歌での「みそき」表記のイメージ」を「和歌での「はらへ」表記のイメージ」と読み替えて適用しています。

表 三代集における「みそき」と「はらへ等」表記の歌(三代集間の重複歌を除く) (2017/8/3現在)   

作詠時点

巻番号

歌集番号

歌番号

詞書

表記1

表記2

巻名 部立

「みそき」「はらへ等」表記のイメージ

849以前:よみ人しらずの時代

1

1

501

題しらず

恋せじとみたらし河にせしみそぎ神はうけずぞなりにけらしも (読人しらず)

みそぎ

 

巻十一恋一

祭主として祈願する(I0)

849以前:よみ人しらずの時代

1

1

995

題しらず

たがみそぎゆふつけ鳥か唐衣たつたの山にをりはへてなく (よみ人しらず)

みそぎ

 

巻第十八 雑歌下

保留

905以前:古今集

416

かひのくにへまかりける時みちにてよめる

夜をさむみおくはつ霜をはらひつつ草の枕にあまたたびねぬ(つねみ)

 

はらひつつ

巻九羈旅歌

払う(N0)

905以前:古今集

1

1

733

かへし

わたつうみとなりにしとこをいまさらにはらはばそでやあわときえなむ(伊勢)

 

 

はらはば

恋三

払う(N0)

905以前:後撰集よみ人しらず

1

2

162

返し

ゆふだすきかけてもいふなあだ人の葵てふなはみそぎにぞせし (よみ人しらず)

みそぎ

 

巻第四 夏

形代を流す(B11)

905以前:後撰集よみ人しらず

1

2

215

みな月ばらへしに河原にまかりいでて、月のあかきを見て

かも河のみなそこすみててる月をゆきて見むとや夏ばらへする (よみ人しらず)

 

夏ばらへ

巻第四 夏

民間行事の夏越の祓(K0)

905以前:後撰集よみ人しらず

1

2

275

同じ御時きさいの宮の歌合わせに

秋の野の露におかるる女郎花はらふ人なみぬれつつやふる (よみ人しらず)

 

はらふ

第五秋中

払う(N0)

905以前:後撰集よみ人しらず

1

2

478

題しらず

よをさむみ ねさめてきけは をしそなく はらひもあへつ しもやおくらん(よみ人しらず)

 

はらひもあへつ

巻第四 冬

払う(N0)

905年以前:後撰集よみ人しらず

2

770

人のもとにまかりて、いれざりければすのこにふしあかして、かへるとていひいれ侍りける

夢じにもやどかす人のあらませばねざめにつゆははらはざらまし(よみ人しらず)

 

はらはざらまし

巻十一 恋三

払う(N0)

905年以前:後撰集よみ人しらず

1

2

771

返し

涙河ながすねざめもあるものをはらふばかりのつゆやななになり(よみ人しらず)

 

はらふばかり

巻十一 恋三

払う(N0)

921以前:延喜20年

1

2

216

みな月ふたつありけるとし

たなばたはあまのかはらをななかへりのちのみそかをみそぎにはせよ (よみ人しらず)

みそぎ

 

巻第四 夏

民間行事の夏越の祓(K0)

924以前:躬恒生存

1

3

133

題しらず

そこきよみ なかるるかはの さやかにも はらふることを かみはきかなん (よみ人知らず)

 

はらふること

巻第二 夏

民間行事の夏越の祓(K0)

934以前:承平四年

1

3

293

承平四年 中宮の賀し侍りける屏風

みそぎして思ふ事をぞ祈りつるやほろづよの神のまにまに (藤原伊衡)

みそぎして

 

巻第五 賀

神々の接遇の資格(A13 orB13orC12)

955以前:拾遺集よみ人しらず

1

3

292

題しらず

みな月のなごしのはらへする人は千とせのいのちのぶといふなり (よみ人しらず)

 

はらへ

巻第五 賀

民間行事の夏越の祓(K0)

955以前:拾遺集よみ人しらず

1

3

1291

服(ぶく)ぬぎ侍るとて

ふぢ衣はらへてすつる涙河きしにもまさる水ぞながるる (よみ人しらず)

 

はらへて

巻第二十 哀傷

喪明けの「はらへ」(L0)

983以前:恒徳公家障子

1

3

594

恒徳公家障子

おほよどのみそぎいくよになりぬらん神さびにたる浦のひめ松 (源兼澄)

みそぎ

 

巻第十 神楽歌

朝廷の儀礼(伊勢の斎宮のはらへ)(表外)

990以前:歿

1

3

254

冷泉院御時御屏風に

人しれず春をこそまてはらふべき人なきやどにふれるしらゆき(かねもり)

 

はらふべき

巻第四冬

払う(N0)

995以前:粟田右大臣逝去

1

3

595

粟田右大臣家の障子に、からさきに祓したる所にあみひくかたかける所

みそぎするけふからさきにおろすあみは神のうけひくしるしなりけり (平祐挙)

みそぎする

 

巻第十 神楽歌

民間行事の夏越の祓(K0)

997以前:拾遺抄成立

1

3

134

題しらず

さはへなす あらふるかみも おしなへて けふはなこしの はらへなりけり (藤原長能

 

はらへなり

巻第二 夏

民間行事の夏越の祓(K0)

997以前:拾遺抄成立⑫

1

3

662

大嘗会の御禊に物見侍りける所に、わらはの侍りけるを見て、又の日つかはしける

あまた見しとよのみそぎのもろ人の君しも物を思はするかな (寛祐法師)

とよのみそぎ

 

巻第十一 恋

朝廷の儀礼(大嘗会のための天皇のはらへ)(表外)

1005以前:拾遺集

1

3

1341

おこなひし侍りける人の、くるしくおぼえ侍りければ、えおき侍らざりける夜のゆめに、をかしげなるほふしのつきおどろかしてよみ侍りける

 

あさごとにはらふちりだにあるものをいまいくよとてたゆむなるらむ(実方朝臣

 

はらふちりだに

第二十哀傷

払う(N0)

 

 

 

 

21首(重複歌を除く)

 

 

 

1)歌番号等は、『新編国歌大観』による。

2)イメージに関するA0,A11等は、2017/7/17の日記記載の「現代語訳の作業仮説の表」による整理番号である。「表外」とは同表にない現代語訳、の意であり、すべて朝廷の特定の儀礼を言う。

3)「はらへ」表記に関しては、同表中の「和歌での「みそき」表記のイメージ」を「和歌での「はらへ」表記のイメージ」と読み替えて適用している。

41—01-995歌は分類を「保留」とした。今後検討する。

5)作詠時点の推定は、2017/3/31の日記記載の「作詠時点の推計方法」に従う。

 

③ 推定した作詠時点は、849年以前から1005年以前の約150年間です。

一番古い歌が1-01-501歌と1-01-995歌のよみ人しらずの歌2首であり、『萬葉集』所載の最後の歌(2-01-4055歌)の作詠時(748年以前)から約100年経ています。

④ 「みそき」表記の歌は、8首ありました。但し、『新編国歌大観』における重複歌除く。作詠時点の早い順に並べると、次のとおり。

   1-01-501歌 1-01-995歌 1-02-162歌 1-02-216(ここまでの4首はよみ人しらず)

1-03-293歌 1-03-594歌 1-03-595歌 1-03-662歌 (この4首は作者名あり)

 作詠時点が、849年以前の歌から997年に及びます。

⑤ 「はらへ等」表記の歌は、13首ありました。但し、『新編国歌大観』における重複歌除く。作詠時点の早い順に並べると、次のとおり。

  1-01-416 1-01-733歌 (この2首は作者名あり)  

1-02-215歌 1-02-275歌 1-02-4781-02-770歌 1-02-771歌  1-03-133歌 

1-03-292歌 1-03-1291歌 (この8首はよみ人しらず)

1-03-254歌 1-03-134歌 1-03-1341歌(この3首は作者名あり)

作詠時点が、905年以前の歌から1005年に及びます。

 

⑥ これらのうち、「みそき」表記と「はらへ等」表記が重なった歌は、一首もありません。

 この表をみると、I0のイメージは「みそき」表記で1首しかなく、「みそき」「はらへ等」表記が混在しているのがK0のイメージ(民間行事の夏越しの祓)です。「はらへ等」表記では、N0のイメージ(祓に関係ない払う等)が一番多く8首あります。

⑧ 次回は、三代集の各歌の検討をし、比較検討します。

 御覧いただき、ありがとうございます。(上村 朋)