わかたんかこれの日記 万葉集のからころも

2017/5/8  前回、「ゆふつけとりは2種類」と題して記しました。

 今回は、「萬葉集のからころも」と題して、記します。

1.和歌のからころも

① 和歌において「からころも」という用語は、外来の衣とも、珍しく美しい衣服とも、着・裁・裾・紐などの枕詞とも古語辞典に説明があります。

② 言葉は、(2017/3/31の日記に記したように)ある年代には共通の認識で使われるものであり、その年代の後年は、それまでの認識のほか新たな認識を加えたりして使われているので、特定の歌の理解はその歌の作詠時点を考慮して、意味を理解するのが適切であろうと思います。「からころも」の意義と使い方は時代とともに変遷があり得るものと仮定をして、検討します。

③ 『古今和歌集』雑の部で地名または山の名にかけて「からころも」が用いられた例があります。『新編国歌大観』の歌番号等で示すと

1-1-995歌  雑  よみ人しらず

たがみそぎゆふつけ鳥かからころもたつたの山にをりはへてなく

です。まだ私にはこの歌がよく理解できていないので、この歌での「からころも」のために以下の検討を行います。

④ 「ゆふつけとり」の検討と同様に、1050年までの用いられ方を調べます。作詠時点が詞書等では特定できない場合、その和歌記載の歌集の成立時点あるいは諸氏の指摘等に従って推計します(概略は2017/3/31の日記を見てください)。

 

2.『萬葉集』のからころも

① 『新編国歌大観』の索引に「からころも」又は「からころむ」(以下このふたつを「からころも」表記ということとします)とある歌は、いわゆる「から衣」を指しています。次の7首です。推計した作詠時点順に示します。なお、3502歌は、『新編国歌大観』が歌番号を付しているので、3501歌とともに検討対象の歌とします。<>内は『新編国歌大観』が示す万葉仮名で表した歌です。

 

2-1-957歌 作詠時点は728以前:神亀5年

巻第六 雑歌  五年戊辰、幸于難波宮時作歌四首(955~958)  笠朝臣金村

  からころも きならのさとの つままつに たまをしつけむ よきひともがも

<韓衣 服楢乃里之 嶋待尓 玉乎師付牟 好人欲得>  

 

2-1-2198歌 738以前:作者不明歌

巻第十 秋雑歌 詠黄葉(2192~2222)           よみ人しらず

  かりがねの きなきしなへに からころも たつたのやまは もみちそめたり

<鴈鳴乃 来鳴之共 韓衣 裁田之山者 黄始有>  

 

2-1-2626歌 738以前:天平10年

巻第十一 正述心緒  寄物陳思             よみ人しらず

  あさかげに あがみはなりぬ からころも すそのあはずて ひさしくなれば 

<朝影尓 吾身者成 辛衣 襴之不相而 久成者 >   

 

2-1-2690歌 738以前:天平10年

巻第十一 古今相聞往来歌類之上  寄物陳思(2626~2818) よみ人しらず

  からころも きみにうちきせ みまくほり こひぞくらしし あめのふるひを

 <辛衣 君尓内著 欲見 恋其晩師之 雨零日乎>

    

2-1-3501歌 738以前:天平10年

巻第十四 相聞                     よみ人しらず

  からころも すそのうちかへ あはねども けしきこころを あがもはなくに 

<可良許呂毛 須蘇乃宇知可倍 安波袮杼毛 家思吉己許呂乎 安我毛波奈久尓>   

2-1-3502歌 巻第十四 相聞   或る本の歌曰く     よみ人しらず

  からころも すそのうちかひ あはなへば ねなへのからに ことたかりつも 

<可良己呂母 須素能宇知可此 阿波奈敝婆 袮奈敝乃可良尓 許等多可利都母>    

2-1-4425 755以前:天平勝宝7年

巻第二十  二月廿二日信濃国防人部領使上道得病不来 進歌数十二首、但拙劣歌者不取裁之(4425~4427)               国造小県郡他田舎人大嶋

  からころむ すそにとりつき なくこらを おきてぞきぬや おもなしにして 

<可良己呂茂 須曽尓等里都伎 奈苦古良尓 意伎弖曽伎奴也 意母奈之尓志弖>

 

② 文字数や律などに決まりのある和歌なので、意を伝えるために和歌の作者は文字数を費して詠むとおもいますので、いわゆる枕詞も有意として当該歌をまず理解したいと思います。

 そのような観点から、歌の文字の並びにおいて「からころも」表記が、掛かる一番近い言葉を抜きだすと、次のようになります。

 

からころも きならのさと・・・1首(2-1-957歌):着るあるいは着馴らすという動詞と最初に結びつく。作中人物が「からころも」表記のものを着るあるいは着馴らす意、となります。「き」表記には、更に動詞「来」(く)の(連用形の)意もあるかもしれません。

からころも すそに(の)・・・ 4首(2-1-2626歌、2-1-3501歌、2-1-3502歌、2-1-4425歌):衣の一部をいう「裾」という名詞と最初に結びつく。「からころも」表記の衣の裾の意、となります。「すそ」表記には、裾以外の意がないと思われます。

からころも たつたのやまは・・・ 1首(2-1-2198歌):衣を「裁つ」という動詞と最初に結びつく。「からころも」表記の衣としての所定の形に仕立てる意、となります。織ったり刺繍することは含まれないでしょう。「たつ」表記には、更に「発つ」とか「立つ」の意があるかもしれません。1-1-995歌と同じように「たつたのやま」にかかります。

からころも (きみに)うちきせ・・・1首(2-1-2690歌):衣を着せるという動詞と最初に結びつく。「き」表記には「着る」意のほかの意はないと思われます。

 

 いづれの歌でも、「からころも」表記は、現代でいう「服」の一種とみることができます。

 現代の「服」という表現は、服一般の指す普通名詞の用法のほか、相手との会話(あるいは一つの組織内でのやり取り)における特定の服の代名詞あるいは略称の場合があります。

 「からころも」表記も、同じように、衣裳の美称の可能性も特定の服の代名詞あるいは略称の可能性もあります。

③ では、「からころも」表記はこれらの歌の表現のなかで何かに形容あるいは制約されているかをみると、次のように2タイプとなります。なお、2-1-2626歌は歌意において2句で切れていると整理しました。

 

タイプ1:初句に「からころも」表記があり、形容あるいは制約なし:2-1-957歌2-1-2690歌、2-1-3501歌、2-1-3502歌、2-1-4425歌および2-1-2626歌

タイプ2:「きなしきなへに」という状況下という制約がある:2-1-2198歌 

 

 7首中6首がタイプ1であり、「からころも」(という服)を使用している状況での裾の取り合いなどを4首、「からころも」を着る状況に関して2首詠っています。これらの作者全員が共通のイメージを「からころも」表記に持っています。この6首は「皆さんよくご存じのあの服を着たとき」という意で用いられています。

 タイプ2は、「たつ」(裁つ)と服を作る過程の動詞と結びついています。「きなしきなへに」の万葉仮名は「来鳴之共」であり、「(雁が)来て鳴くのと同時期に」の意で、「たつ」(裁つ)時期を限定しています。雁は毎年来るので、「からころも」(という服)を作るのも毎年この時期に繰り返して行われる、ということを詠っているのが、2-1-2198歌です。

④ 単純に「からころも」を枕詞と割り切った場合、枕詞の語の意味する事物の一部分を被枕詞としている例を『例解古語辞典』(三省堂)の付してある「主要枕詞一覧表」によりみると、

・「雨衣」の「蓑」(別途「みの」には身のの意がある)

・「白波の」の「なみ」(別途「なみ」には並・無みの意がある)、

・「夏衣」の「ひとへ」(別途「ひとへ」には人への意がある)、「ひも」、「すそ」にもかかる。

・「からころも」の「ひも」(別途「ひも」には日も、の意がある)、なお「すそ」をかかる語(被枕詞)としていない。

などきわめて少ないものの、被枕詞となっている語は、それぞれ別の意味もある語であります。「からころも」に対する「すそ」にはそのようなことがありません。「からころも」に対する「き」には「着」のほか「来」の意を持っています。

 このことから類推すると、「すそ」を導いているかにみえる「からころも」は実際の服を特定するために用いられており、いわゆる枕詞ではない、と言えます。「からころものすそ(の、に)」を、和歌の律の関係で「からころも すそ(の、に)」と表現していると見られます。

 

3.片岡智子氏らの考察

① 私は以上のようなことを推論したりしたのですが、片岡智子氏は、『古今和歌集』等での「からころも」表記をも対象とし、高句麗・日本の古墳の壁画等から服飾を検討して詳細な考察をしています。

② 片岡智子氏は、「「からころも(韓衣・唐衣)」考 歌語の実態と消長」(1991/11/8)において、「からころも」の実態を探るとともに、その表現性を解明し、

・「からころも」は、北方胡服系の衣一般を指すものでなく、その後の時代に有用性故に残った特徴のある特定すべき衣の呼称であった。

・「からころも」は、胡風で、前身頃が左右に返されて前聞きの、秋に縫われる袷の衣で、恋の衣、旅の衣となる外套だったのである。

・時代とともに袖などが変化したが、長く愛用された衣服で、それは季節感もあり、表現性も豊かで、五音で声調も良く、歌語として定着した。

等を明らかにして、今まで単なる技巧とだけ捉えられていた枕詞や序詞(および)そこから導き出される縁語、掛詞が、にわかに生々と水々しく具体的イメージを伴って浮上して来る、と指摘しています。

③ また、『國史大辭典』(吉川弘文館)では、「萬葉集に「可良許呂毛」(巻14,20),「辛衣」(巻11)、「韓衣」(巻10)とある。「須曽尓等里都伎」(すそにとりつき)とか「襴之不相而」(すそのあはずて)として多く「すそ」にかけて使用しているので、長衣の襴付衣の表衣にちがいない。したがって短衣の無襴の背子(はいし・からぎぬ)とは別の表衣である。外来服であり、唐様か韓様かが問題であるが、『日本書記』天武天皇13年(684)閏四月丙戌条の詔に、「男女並衣服者、有襴・無襴、及結紐長紐、任意服之、其会集之日、著襴衣而著長紐」とあって、唐様の有襴の表衣の使用を伝えているので、「からころも」は、この種の胡服系の盤領(まるえり)の縫腋(ほうえき)のことのようである。」と説明しています。

④ 吉野裕子氏は、『新編日本古典文学全集 月報3』の「枕詞を推理する 御食向ふ」において、枕詞とは「古く日本の歌、文章において、特定の語の上におかれた言葉で、その目的は、その語を修飾し、あるいは句調を整えることにある、と定義されるとしたうえで、「枕詞は、まさにこの定義通りであるが、時には内実に深く立ち入り、その意味を推理する必要があろう。ある種の枕詞は古代日本人の世界観・祖霊観を内包し、同時に、それに伴う彼らの豊かな情感をも充分うかがわせるものだからである。」と論じています。

 

4.700年代でのからころも

① 片岡氏の論は、説得力があります。萬葉集歌人である官人も防人も着ることができた服の一つを「からころも」と詠っていると、私は思います。

しかし、服は、普通繰り返し着ることにより慣れてきますし、馴れて、だんだんよれよれになるものです。雁の飛来と同時に毎年つくる服ならば、すぐよれよれになる材料の入手が簡単であったと思われます。

 また、官人と、防人や庶民とが、作詠時点と推計した700年代前半の当時、材料も織り方も縫製も同じ服を着ていたとは思えません。現代でも、外套と形容してよい用向きの服は、ピンからキリまであります。江戸時代でも当時でも貧富に応じた外套とならざるを得ません。材料に色々の草木の利用もあったのではないでしょうか。両者が共通に着る日常着である上着が、現代で言えば特定ブランドの基本のデザインが同じ上着とするのは、限定しすぎると思います。

② 片岡氏は、旅の衣でもある、と論じています。

 官人の朝服は、現在の勤務先の制服にあたるもので、出勤途上も着用を義務付けられていないでしょう(律令で確認をしていないので今は予想の一つですが)。後年のことですが、狩衣は、私服として発達し平安時代の常服となっていったそうであり、朝服と常服と言う語を用いて諸氏が説明しています。

 旅行・移動にあたり、官人には、輿などを常用するクラスと乗馬を常用するクラスと徒歩のクラスがあり、それぞれの家柄などにふさわしい私服が着用されたのでしょう。徒歩のクラスの官人は、冬用の外套には、獣皮、布を素材に選んだと思います。庶民においても同じでありましょう。スーツの上に裾を出すスタイルを撰べば、その外套が短衣(丈が長くない衣)というデザインであるのは、いつの時代も同じではないでしょうか。

③ 2-1-2198歌から、雁が飛来する頃毎年「からころも」(という服)は作る、あるいは作り直される、と言うことが示唆されていますので、長持ちする材料で作る服でも「からころも」の範疇であるようにみえます。

④片岡氏の論と上記を踏まえると、裾に特徴のある胡服起源を含めて、

「からころも」表記は、官人の着用する胡服起源の外套その他の短衣の防寒に資する上着を指す、と思われます。その上着は、耐用年数1年未満の材料・製法の衣も含まれます。

⑤ なお、片岡氏は、三代集の「からころも」表記のある歌の解釈もこの論文で示していますが、1-1-995歌に関する指摘については理解できませんでした。

⑥ 次回は、三代集の「からころも」表記に関して記します。

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