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わかたんかこれの日記 ゆふつけとりは2種類

2017/5/1  前回、「平安初期のあふさか その2」と題して記しました。

 今回は、「ゆふつけとりは2種類」と題して、記します。

「あふさか」表記のある1050年までの歌は、「逢ふ」あるいは「再会」を含意する「あふさか」という土地の名にことよせて作者は意を述べていることがわかりました。

 今回は「ゆふつけとり」と「あふさかのゆふつけとり」を考察し、最古の「ゆふつけとり」表記の歌の理解に資することとします。

 

  1. 「ゆふつけとり」表記に関する確認

① 「ゆふつけとり」表記に関して、いままでに確認したことをまず記します。

② 「ゆふつけ」あるいは「ゆふつくる」と表記した歌は、『新編国歌大観』記載の歌では、採用した推計方法の限界から作詠時点が849年以前と推計される次の3首が最古の歌で、みな「ゆふつけとり」表記があります。

1-1-536歌 相坂のゆふつけどりもわがごとく人やこひしきねのみなくらむ

1-1-634歌 こひこひてまれにこよひぞ相坂のゆふつけ鳥はなかずもあらなむ

1-1-995歌 たがみそぎゆふつけ鳥か唐衣たつたの山にをりはへてなく

 『萬葉集』には記載がありません。 536歌について片桐洋一氏は『古今和歌集全評釈』で、「469歌から始まった恋部は、逢えずに恋い慕う歌ばかりつづいていたが、この歌に至って、やっと「逢ふ恋」が登場した。当時の「恋ふ」は、同じ動詞に「乞う」「請う」などという感じが当たられていることでわかるように、目の前にいない人を求めることであって、逢った時の歓喜を詠むことはない」、と指摘しています。

 そして、この表記の歌は1050年までには一旦終焉しました。この間に22首あります。

③ この22首には、鳥が「なく」行為を詠んでいる歌が16首あります。「なく」とは、歌の本文に「なく(鳴く)・告ぐ・こゑたつ・きこゆ・ひと声」の表現がある、という意です。この16首を、作詠時点順にみると、「なく」時間帯と「ゆふ」に掛る詞に変遷があります。

 第一に、最古の歌から923年以前と推計した歌(5-417-21歌)までの7首は、時点が不明か夕方に「なく」歌であり、そしてすべて「ゆふ」表記に夕方の意が掛かっていたとしても不合理ではありません。そして「あふさかのゆふつけとり」の意と決めかねる歌は、「あふさか」表記のない1-1-995歌だけです。

 また、作中人物は「逢ふ」前の(あるいは逢えると信じてよい)時点で、詠っています。但し、1-1-995歌を留保します。

 第二に、8番目に古い943年以前と推計した1-10-821歌と9番目の951年以前と推計した歌5-416-188歌は、暁に「なく」歌であり、表記に夕方の意が掛かっているのは不自然であります。そしてこの2首における「ゆふつけ」(鳥)は、「あふさかの」と形容されていません。

 また、この2首は、作中人物が「逢ひて」後の時点の状況を詠っています。

 第三に、10番目となる955年以前と推計した1-2-982歌以降は、7首のうち3首が、暁に「なく」歌であり、かつ作中人物が「逢ひて」後の時点の状況を詠っており、そしてその3首の「ゆふ」表記に夕方の意が掛かっているのは不自然であったり、「夕」の表現をわざわざするという工夫を凝らしています。 

④ 「あふさか」という地名が表記された『萬葉集』記載の歌6首のうち3首で、三代集記載の歌すべてに「逢ふ」意が含まれています。「あふさかのゆふつけとり」は、「逢ふ」ことに関して歌人は用いて鳴かせているということです。

⑤ 1-10-821歌は、ゆふつけ鳥が初めて暁に鳴いている歌です。歌合における 「暁別」 と題する歌であり、その題から鳥の「鳴く」時間帯が作者に与えられていることになります。

1-10-821歌 『続後撰和歌集』 兵部卿元良親王家歌合に、暁別   よみ人しらず

したひものゆふつけ鳥のこゑたててけさのわかれにわれぞなきぬる

 積極的に「あふさかの」という形容を止めた最初の歌であり、「ゆふつけとり」と表記した後朝の別れの歌として最初の歌でもあります。

 「ゆふつけとり」に、「都あるいはその近辺の住居の近くにいる」設定の「ゆふつけとり」があらたに加わりました。「あふさかで聞くことのできるゆふつけとり」からどこにでもいる「ゆふつけとり」へ、「ゆふつけとり」の一般化がされたという理解も可能です。

 この歌で鶏の異名として「ゆふつけとり」が確定し、鳴く時間帯も暁が定番となったと思われます。

⑥ 「ゆふつけ」表記に含意する詞は、最古の歌の「夕べ」から始まり、1-10-821歌で「結ふ」、3-23-26歌で「木綿」が加わりました。

⑦ 「ゆふつけとり」表記の略称としての「ゆふつけ」表記がある最初の歌は、1-2-1126歌であり、最古の歌(849年以前の歌)から約60年後の作詠です。そのつぎの略称使用の歌は、さらに約40年後の大和物語にある5-416-188歌です。但し1-1-995歌は留保します。

⑧「ゆふつけ」表記あるいは「ゆふつくる」表記の歌にはゆふつけ鳥を意味しない歌もあり、単に「夕べ」、「木綿を付ける」意の歌が各々1首、5首あります。

⑨ 「をりはへて」と言う表記は、『萬葉集』になく三代集に「ゆふつけとり」で1首(1-1-995歌)、ほととぎすで2首あります。「をりはへてなく」とは、一フレーズの時間が長いというよりも、飽きないでそのフレーズを繰り返している状況を指しています。「声ふりたてて」も同じ状況を指しています。

⑩ 最初の7首に登場する「ゆふつけとり」が、どんな鳥を指すのかまだ未検討です。

 

2.最初の7首におけるゆふつけ鳥の実際

① 1-1-821歌以前の「ゆふつけとり」が「なく」のを改めて各歌についてみると、

1-1-536歌は、ねのみなくらん

1-1-634歌は、なかずもあらなん

1-1-995歌は、をりはへてなく

1-1-740歌は、ゆふつけとりはなくという表現がなく (作者が)なくなくもみめ

3-13-87歌は、つげしかど

1-2--1126歌は、(ゆふつけに)なく鳥のねを・・・ききとがめずぞ・・・

5-417-21歌は、ゆふなきを・・・(作者が)なきわたるききわたる

と、あふさかのゆふつけとりは、季節を気にせず鳴き続けています。

 たまたま相坂にいる鳥、季節性の強い鳥ではなさそうです。

 夕べを「ゆふ」に掛けている歌からは夕方鳴き続ける鳥のイメージがあります。

② 鳥の習性は、昔も今もほとんど変わりません。だから、現在の夕べの光景も充分参考になる、と考えらます。

 充分大きくなった街路樹のある駅前などで、夕方モズが集団を為してせわしく鳴いている光景をよく見かけます。そして自らの巣にある方向に一斉に飛び立ちます。

 カラスやスズメなどが集団を為して夕方飛び回り一方向に飛んでゆく光景も、よく目にします。

 鶏は養鶏場に飼われているので放し飼いされた鶏の夕方の行動はわかりません。どなたか教えてください。自家用の卵を採るため各農家が飼っていたころは、夕方鶏の騒ぎを聞いたことがあります。

 当時鶏は、採卵よりも闘鶏用に飼われ(当然オスが少なくない)ていました。

③ 相坂の地は、平城遷都により歌人にぐっと近いものになりました。相坂にあったという関寺やその近くの石山寺など、参詣で相坂の地は官人以外も通過する場所でした。しかし、当時の相坂の地は、森林に囲まれていたはずです。夜は街灯のない当時は新月の夜は星明りだけです。

 当時の日本列島の人口は、井上滿郎氏(論文「平安京の人口について」)によると、平安初期の人口は約600万人です。2017年1月1日現在の日本の人口12,694万人の5%未満であり、人口密度は20人/㎢未満です。野鳥は断然身近な存在であり、夕方騒ぐのをみることがよくあったのではないでしょうか。

 日が暮れて行き、巣に向かう前に集まって夕鳴きする鳥たちを、「ゆふつけとり」と表記したのではないでしょうか。飼っていた鶏も鳴き出し、「ゆふつけとり」の仲間となったかもしれません。

 この光景は、1-1-821歌以前の7首の「ゆふつけとり」のイメージに合います。逢えることが分かっている1-1-536歌の作中人物は、その夕暮の鳴き声が、自分の気持ちの高ぶりと同じだと感じたのではないでしょうか。続々と星が見えてくるのは、逢いたい人との距離がどんどん縮まっているかに感じ鳥たちが一斉に鳴いたのち、必ず巣に向かうのを、逢う事へ予祝に思え、頼もしく見上げたのではないでしょうか。

④ 巣に向かう前の情景に登場する鳥たちを「ゆふつけとり」と表記したのだと思います。「夕告げ鳥」であったのです。但し、1-1-995歌がこの理解で良いかどうかは、保留せざるを得ません。「逢う」前と作者が思っているのかを、今のところ歌に私は発見できないでいますので。

 

3.和歌の表現

① 『古今和歌集』の作者たちは、和歌を、清濁無視の平仮名で書き表し、積極的に、それを利用して作詠していると、諸氏が指摘しています。

 例えば、「ゆふつけ」表記は、「yufutsuke」と「yufuzuke」と「yufutsuge」という発音に対応しているので、その表記の意味は、「夕付け」「夕づけ」「夕告げ」「木綿付け」「木綿づけ」が有り得ます。また、「ゆふ」表記だけならば「夕」や「木綿」のほかに「結ふ」や「言ふ」も有り得ることです。

「ゆふつけ」表記に二つの意味を掛けていることを、歌を贈られた人も歌合の会合に連なる人も理解していたということです。

② 今、資料として用いた『新編国歌大観』の、『古今和歌集』は、漢字かな交じりで記述されています。そのほかの歌集も同じです。今目にしている歌の表現が、詠まれた時の姿ではない、ということです。原本となる歌はコピー&ペーストで広がったのではなく人の手で書き写されて広がり、今日まで伝えらました。

③ 現在、和歌本文にある「ゆふつけ鳥」という表現を、[yuutsukedori]と発音していますが、『古今和歌集』の歌人たちが、どのように発音していたのか、知りません。

 和歌は、公私の宴会の席、歌合の場で、朗々と読み上げられたと、諸氏が指摘しています。詩文での前例があります。

④ (2017/3/31の日記に記したように)和歌の表現は「伝えたい事柄に対して文字を費やすもの」である、という考えで、今検討をしています。例えば、逢った翌朝渡す和歌は、当事者の二人(と仕えている何人かの人々)に意が十分伝わるように、屏風歌であるならば、その屏風で荘厳した賀の式典の参加者には是非とも理解を得ないとなりません。100年後の鑑賞者のために当時の常識的なことに文字を費やすはずがありません。それは、歌集の編纂者も同じです。

⑤ 「あふさかのゆふつけとり」と11文字も費やすのですから、(作者であり、鑑賞者でもある)歌人たち共通の認識があったはずです。1050年前後に廃れてしまった言葉は、後代の者にはなぞかけの一つになりました。

4.ゆふつけとりとあふさかのゆふつけとり

① 「逢ふ」を含意できる「あふさか」の地名は、『萬葉集』では「相坂山」で多く用いられ、その後色々の景物を生みました。そのひとつである「ゆふつけとり」が、849年以前の1-1-536歌などで生まれました。「しみつ」(清水)も、850年以前の1-1-537歌で生まれています。

 「あふさかのゆふつけとり」は、略称が作れなくて文字数をなかなか減らせませんでした。

 「あふさかのせき」は、「せき」で同じ意を持つようになりました。

 「あふさかのしみつ」 は、三代集だけに限っても、最初の「相坂の関にながるるいはし水」から、「あふさかの関のし水」、  「あふさか山のいはし水」  「(関こえてあはづのもりのあはずとも)し水」と苦労しています。

④ このようななかで、暁に鳴く鶏という意を新たに「ゆふつけとり」表記が獲得したのです。

 「ゆふつけとり」表記は、逢った後のシーンである後朝の別の時間帯に登場する鳥であり、「あふさかのゆふつけとり」表記は、確実に逢える時の時間帯に登場する鳥であるというように、二つの違った概念となったと思われます。「あふさかのゆふつけとり」表記の略称(使用文字の減少)が「ゆふつけとり」だけというわけではありません。

⑤ 現在、「車」(くるま)は、自動車の略称として用いられています。車両法にいう車両の略称としても用いられています。また、車輪や円形のものも指す場合もあります。車輪から「車」という用語がはじまったのでしょうが、現在は、自動車の略称としてよく使われています。「ゆふつけとり」も意味が順々と込められていって、最後の意味が主たる使い方となっていったのではないでしょうか。

⑥ 1-10-821歌の作者は、「あふさかのゆふつけとり」の持っていた「なく鳥」のイメージだけを引き継いだのではないかと思われます。

 暁になく鳥の候補は、時を告げるイメージを既に得ている鶏、『古今和歌集』夏の部に象徴されるように聞くことができる時期が限られているものの暁の鳥と詠われている郭公、現代の電線に集まる雀、暁烏とも称される烏などがあります。そのなかから、歌人たちは、季節に関係なく鳴く鶏を選び取ったのではないでしょうか。

⑦ 相坂の現実を離れて「ゆふつけとり」と詠うにつれ、「なく」要素をも意識から消えてゆき、単に、鶏を指す言葉と歌人たちが理解してしまったのではないでしょうか。(1050年以降の「ゆふつけとり」の検討は後日とします。)

 

5.1-1-995歌について

① 1-1-995歌の「ゆふつけとり」表記は、夕べに鳴いているとなれば、(たつたの山で鳴いても)1-1-536歌の「あふさかのゆふつけとり」と同様に、の意という解釈も可能です。「みそぎ」などの用語から、夕べに鳴いていることが否定されると、1-1-536歌の「ゆふつけとり」と違う意味合いを持っている可能性が生じます。

② 1-1-536歌や1-1-634歌の作者は、相坂の地に居るか、相坂に居る思い人のところに夜往復できる土地にいる人物が、まず浮かびます。防人の歌が『萬葉集』にあるように、都に住んでいない人達がたくさんの歌を詠んでいますから、この可能性は高いと思いますが、相坂を通過する官人の可能性があります。1-1-995歌の作者が相坂に居るものとは思えませんので、どのような経緯で「あふさかのゆふつけとり」という表現を知ったのかも確認を要すかもしれません。

③ 1-1-995歌の理解のためには、この歌の用語で名詞である「みそぎ」や「からころも」や「たつたのやま」も、この時代どのような認識を歌人たちが持っていたのか、の確認が要します。

④ なお、ここに記した事柄を、すでに公表されている論文・記事等が指摘していたら、私のこの記事はその指摘を再確認しているものです。

次回は、これらの名詞のうち、「からころも」に関して記します。

ご覧いただき、ありがとうございます。