わかたんかこれの日記 ゆふつけ鳥は最初の200年に22首

2017/3/31

前回、「禊するのは誰、たつたのやまはどこにある」と題して記しました。

今回は、「ゆふつけ鳥は 最初の200年に22首」と題して、記します。

和歌における「ゆふつけ鳥」という鳥を検討するため、「ゆふつけ」表記と「ゆふつくる」表記のある歌を、『新編国歌大観』より検索すると、重複を含めて542首ありました。検討した結果、前回指摘したように、

ゆふつけ鳥は、『続後撰和歌集』にある「兵部卿元良親王家歌合に、暁別」と詞書のある、よみ人しらずの歌(同和歌集の821歌)が詠まれて以後、鶏の異名として確定し、鳴く時間帯も暁が定番となりました。それ以前の歌におけるゆふつけ鳥は、にわかに鶏と断定できません。

という結論を得ました。今回から数回その経緯を記します。

 

1.前提

これからの記述の原則を、ここに記します。

① 検討対象とする和歌は、すべて『新編国歌大観』(角川書店)記載の表現を本文とします。そして、和歌を、その巻数とその巻での歌集番号とその歌集での歌番号で示すこととします。

例えば、『古今和歌集』の「たがみそぎ・・・」の歌は、1-01-995歌、です。

② 同書には、和歌の各句単位の索引があります。清濁を無視し字音語を含めて平仮名歴史的仮名遣いで、作られていますので、それを利用します。その清濁を無視した平仮名で和歌を書き表すことを、「(かな)表記」という言い方をすることにします。

例えば、和歌において「ゆふつけ鳥」とか「夕付鳥」とかある場合、いずれも「ゆふつけとり」表記と称します。本文使用の文字により、書き表す場合は、原則として、例えば「夕付鳥」(という)表現と書き表すこととします。

③ 言葉は、ある年代には共通の認識で使われるものであり、その年代をすぎると、それまでの認識のほかに新たな認識を加えたりして使われるものである、という考えを前提とします。もてはやされる用語(とその使い方)がある、ということを認めています。そして最初の使用例がその意味の方向を定めるであろう、と推定しています。最初の使用例は、作詠時点を指標として探します。

④ ここで行う作詠時点の推計方法は、作詠時点の相対的前後関係を把握できることをめざした方法であります。

推計は、その歌を記載した歌集の成立時点、『萬葉集』は各巻の成立時点等、作者の死亡時点、その和歌を披露した会合等の時点のそれぞれが判明したらそのなかから適宜の時点を採ります。

勅撰集記載のよみ人しらずの歌は、原則として直前の勅撰集の成立時点と仮定します。但し『萬葉集』と『古今和歌集』記載のよみ人しらずの歌は諸氏の論を参考とします。

このように推定した結果は、作詠時点の下限、その暦年以前に詠まれたという意であります。

⑤ 文字数や律などに決まりのあるのが、詩歌であり、和歌はその詩歌の一つです。だから、和歌の表現は伝えたい事柄に対して文字を費やすものである、という考えを前提とします。

⑥ 和歌は、歌集として今日まで伝わっています。その歌集の撰者は、自らの意図で歌を取捨選択し歌集を作っています。だから、その選択意図と個々の作品の作者の意図とは別である、という考えを前提とします。

 

2.「ゆふつけとり」表記のある歌 「ゆふつけ」表記のある歌

① 歌の本文では、圧倒的に「ゆふつけ鳥」という表現が多いのですが、「ゆふつけどり」、「ゆふ付け鳥」、「夕付鳥」、「夕つけ鳥」、「夕つけどり」、「夕つげ鳥」、「木綿つけ鳥」、「ゆふつくる鳥」という表現もあります。このため、ひろく「ゆふつけ」表記の歌と「ゆふつくる」表記の歌を『新編国歌大観』で検索し直し、各歌の作詠時点を推計し、半世紀単位に整理すると、下表となります。なお、「ゆふつくる」表記の歌で、明らかに「鳥」を意味していない歌(2首)は除いています。

 

   表 「ゆふつけ」・「ゆふつくる」表記代表歌の概要 <2017/3現在>

作詠期間(西暦)

「ゆふつけ」表記代表歌数計(a)

(a)のうち「ゆふつけとり」表記の歌数

(a)のうち「ゆふつけのとり」表記の歌数

(a)のうちその他の「ゆふつけ」表記の歌数

 

「ゆふつくる」表記代表歌数

850以前

3

3

0

0

 

0

851~900

1

1

0

0

 

0

901~950

4

3

0

1

 

0

951~1000

11

3

2

6

 

1

1001~1050

2

0

0

2

 

0

1051~1100

2

2

0

0

 

0

1101~1150

9

6

0

3

 

0

1151^1200

17

17

0

0

 

0

1201~1250

78

78

0

0

 

0

1201~1250

61

60

1

0

 

0

1301~1350

45

45

0

0

 

0

1351~1400

37

37

0

0

 

0

1401~1450

9

9

0

0

 

0

1451~1500

34

27

1

6

 

0

1501~1550

37

34

0

3

 

1

1551~1900

29

24

2

3

 

0

合計 (b)

379

349

6

24

 

2

~1050までの小計

21

10

2

9

 

(参考)重複歌  (c)

159

154

1

4

 

 

 

(参考)ゆふつけ表記の計 (b)+(c)

538

503

7

28

 

 

 注1)「ゆふつけのとり」表記は、すべて二句にまたがる表現であった(例)夕つけの 鳥の・・・)。

注2)その他の「ゆふつけ」表記とは、例えば、「ゆふつけゆけば」、「ゆふつけわたり」などである。

注3)「「ゆふつくる」表記」の歌で明らかに鳥を意味していない歌がこの表以外に2首(ともに代表歌)がある。

 

② 作詠期間別にみると、「ゆふつけ」表記の代表歌は、どの時期でも圧倒的に「ゆふつけとり」表記が多い。その中で、951~1050年の2期間は、「ゆふつけとり」表記の比率が低い。歌数も少ないのですが、それだけ「ゆふつけ」表記について工夫をしているかにみえます。「ゆふつくる」表記は、2例のうち1例が951~1000年にあります。

③ 「ゆふつけとり」表記の歌は、『新編国歌大観』全体をみると、1001年からの50年間は1首もなくそれから急速にピークの1201~1250年の78首に向かいます。

④ 「その他の「ゆふつけ」表記」の歌は、1051年からの50年間になく、また「ゆふつけとり」表記がピークである時期には1首も詠われていません。

⑤ このため、最初期の「ゆふつけとり」表記の検討には、「1.前提 ③」より、作詠期間が、『新編国歌大観』記載の歌で「ゆふつけとり」表記が一旦途絶えるころまで(1050年まで)の歌を採りあげることとします。『萬葉集』に記載がなかったので、『古今和歌集』成立時点から考えると前後約150年の計約300年間の歌です(作詠時点を700年代と推定した歌が無かったので、実際は200年前後ですが)。

現在でいえば、1867年の前後150年(1717年から2017年)という期間であります(1917年前後100年だと1817年から2017年)。この時間は、ある程度の歌数があれば、個人の嗜好を越えた言葉の変遷が確認できる期間だと思います。前回、「「ゆふつけ鳥」という言葉は、『古今和歌集』と『後撰集』の編纂の時代またはそれ以前に生まれた言葉であり、それ以後いったん歌人が遠ざけた言葉である」と言いましたが、作詠時点を推定したので、その時代の勅撰集記載以外の歌も検討対象にできました。

⑥ 具体に、最初期の「ゆふつけとり」表記の検討対象の歌を、次に示します。上の表の「1050年までの小計」欄の「ゆふつけ」表記の代表歌数21首と「ゆふつくる」表記の代表歌数1首の計22首です。

 

   表  作詠時点が西暦1050年以前と推定した「ゆふつけ」表記及び

     「ゆふつくる」表記の代表歌(作詠時点順) 

 

作詠時点

巻名

歌集番号

歌集名

歌番号

作者

備考

849以前:よみ人しらずの時代

1

1

古今和歌集

536

相坂のゆふつけ鳥もわがごとく人やこひしきねのみなくらん

よみ人しらず

しらず

巻第十一 恋歌

849以前:よみ人しらずの時代

1

1

古今和歌集

634

こひこひてまれにこよひぞ相坂のゆふつけ鳥はなかずもあらなむ

よみ人しらず

しらず

巻第十三 恋歌三

849以前:よみ人しらずの時代

1

1

古今和歌集

995

たがみそぎゆふつけ鳥か唐衣たつたの山にをりはへてなく

よみ人しらず

題しらず

巻第十八 雑歌下

890以前:寛平2年侍従

1

1

古今和歌集

740

相坂のゆふつけ鳥にあらばこそ君がゆききをなくなくも見め

閑院

中納言源ののぼるの朝臣のあふみのすけに侍りける時、よみてやれりける

巻第十四 恋歌四 

901以前:昌泰代はじめ

3

13

忠芩集

87

ことしより かへるみとせの・・・あふみのうみの あさうみに おもひかぞへて いきければ うしろにみゆる かがみやま かへりみをだに せざりきと ゆふつけどりの つげしかど からくとざさぬ みちなれば ほどをしりてぞ なぐさめし よひよひごとに かきさくり・・・

<忠芩の元女>

長歌

 

907以前:歿

1

2

後撰和歌集

1126

相坂のゆふつけになく鳥のねをききとがめずぞ行きすぎにける

としゆきの朝臣

やまひし侍りて、あふみの関寺にこもりて侍りけるに、まへのみちより閑院のご石山にまうでけるを、ただいまなん行きすぎぬると人のつげ侍りければ、おひてつかはしける

巻第十六 雑二

923以前:延長元年歿

5

417

平中物語 <貞文日記>

21

臥す床の・・・せめてわびしき ゆふぐれは むなしきそらを ながめつつ むなしきそらと しりながら なにたのみつつ あふさかの ゆふつけどりの ゆふなきを ふりいでいでぞ なきわたる ききわたる・・・

この男

長歌

第三段

943以前:元良親王逝去

1

10

後撰和歌集

821

したひものゆふつけ鳥のこゑたててけさのわかれにわれぞなきぬる

よみ人しらず

兵部卿元良親王家歌合に、暁別

巻第十三 恋歌三

951以前:大和物語

5

416

大和物語

188

あか月はなくゆふつけのわびごゑにおとらぬねをぞなきてかへりし

男(藤原さねき)

<えあふまじきことやありけむ、えあはざりければ、かへりにけり。さて、朝に、男のもとよりいひおこせたりける。>

第百十九段

955以前:後撰集

1

2

後撰和歌集

982

関もりがあらたまるてふ相坂のゆふつけ鳥はなきつつぞゆく

朝綱朝臣

返し

巻第十三 恋五

967以前:村上天皇退位

3

23

忠見集

26

ひねむすにみれどもあかずゆふつけてかものやしろにおりやつがまし

忠見

十一月、臨時のまつり

おなじ御とき、み屏風に(16~27)

967以前:村上天皇退位

2

16

夫木和歌抄

12765

夕つけの鳥のひと声明けぬればあかぬ別に我ぞなきぬる

元真

鶏 家集、恋歌中

巻第二十七 雑部 九動物部

967以前:村上天皇退位

3

28

元真集

264

ゆふつけの鳥につけてもわすれじをかなしげをやはきみはのこさぬ

元真

賀茂にて人に  <歌番号263の詞書>

 

984以前:詞書「おなじころ」

3

76

大斎院前の御集

108

神がきにゆふつけてなくはつせみのこゑきくからに物ぞかなしき

おなじころのゆふがた、せみのこゑのいとわかうなけば、あはれとや思ひけん、 

 

994以前:加茂保憲女集

3

60

賀茂保憲女集

20

ゆふつけのしだりもながき春の日にあけばうらこくなくぞかなしき

賀茂保憲

正月のころほひ、おもひあまりては、ながうたも <歌番号1の左注?>

 

994以前:加茂保憲女集

3

60

賀茂保憲女集

164

ひとりねにあはれとききしゆふつけをけさなくこゑはうらめしきかな

賀茂保憲

逢ての恋

 

994以前:加茂保憲女集

3

60

賀茂保憲女集

188

よにいれてつきのかげさすまきのとはゆふつけどりのふねもあけける

賀茂保憲

あじろのひをを、うじにて

 

999以前:宇津保物語

5

419

宇津保物語

72

すもりごとおもひしものをひなどりのゆふつくるまでなりにけるかな

みや(大宮)

 

 

999以前:宇津保物語

5

419

宇津保物語

73

めづらしくかへるすもりのいかでかはゆふつけそむる人もなからん

女御(仁寿殿女御)

(無し)

二 藤はらの君

999以前:宇津保物語

5

419

宇津保物語

672

ほのかにもゆふつけどりときこゆればなほあふさかをちかしと思はん

上(朱雀院)

<三五 帝 螢の光で尚侍の姿をごらんになる――中野幸一氏のつけた段落名>

十一 内侍のかみ

1030以前:推定没年

7

22

重之女集

97

みなかみにはらへてけふはくらしてんゆふつけわたりいはのうへの水

重之女

六月

 

1036以前:逝去

7

28

道成集

5

さかきばをさしはへいのるしるしあらばゆふつけてもといはれにしがな

道成

女のもとにつかはしける

 

注1)巻名欄の数字および歌集名欄の()内数字は、『新編国歌大観』の巻番号と歌集番号である。

 

⑦ 通覧すると、「ゆふつけとり」表記は、「なく」につながる表記とよく重なっています。また、作詠時点が下がるにつれて、「あふさかのゆふつけ鳥」以外が現われてきます。

⑧ 「ゆふつけとり」表記の歌で作詠順で8番目に古い(と記録され残されてきた)歌が、作詠時点を943年以前と推計した

「したひものゆふつけ鳥のこゑたててけさのわかれにわれぞなきぬる」(1-10-821歌)

という歌になります。

 紀貫之がなくなった頃の歌合での歌です。

⑨ 次回は、1050年までの「ゆふつけとり」の意味の拡張に関して記します。

 御覧いただき、ありがとうございます。