2017/7/10 前回、「所在地不定の河と山」と題して記しました。
今回は、「みそぎとは」と題して、記します。
1.みそぎの意味は今も昔も同じか
① 今回から、1-1-995歌の初句にある「みそき」表記に関して、期間を『古今和歌集』成立の前後凡そ300年と限定して検討し、記します。
② 最初に、和歌の「みそき」表記の説明をするのに使用する、現在私たちが用いる「みそぎ」の意味を確認しておきます。
現代日本語の辞典『新明解国語辞典』に、「みそぎ」という言葉は、「“身滌ぎ”の意。罪やけがれをはらうために、川などで水を浴びて身を清めること」と説明されています。 日本という地域に根付く共同体において、その構成員として霊的に不都合の状態を生じている個人が、霊的にリセットをするために行う行為ともとれます。グループで行う行事を指す言葉とは思えません。
③ 清めるとは、「不吉なものやよごれなどを取り去って、きれいにする。けがれを払い去る。浄めるとも書く。」(同上)と解説があります。
④ このため、「清める」と下記の「はらい」の説明を優先し「みそぎ」の説明を言い直すと、「“身滌ぎ”の意。罪やけがれをはらう 神に祈って罪・けがれなどを除き去るために、川などで水を浴びて身を清めること から不吉なものやよごれなどを取り去って、きれいにすること」となります。
その趣旨は、「“身滌ぎ”の意。罪やけがれと称するものを、神に祈って除き去ろうとする前に、川などで水を浴びることにより霊的に不吉なものやよごれを事前に取り去ること。神に祈ることは要件ではありません(だから神に祈ることがあってもかまいません)。」ということでしょうか
しかし、「選挙で禊が終わった」などと言われる場合は、霊的はもちろん、倫理的、社会的にも関係なく単純に物事のリセットをしたことだけに「みそぎ」という表現があてられている感があります。
⑤ このように、比喩として使われる場合は、思いのほかに拡張して使われる場合もあります。古語辞典には上記のような個人の行為に関する説明の外に、「夏越の祓」と称する行事をいうとか、垢離、祓の意でもあると、説明があります。つまり上記④の意味での「みそぎ」は現在まで連綿としてあるが、そのほかの使われ方が、「みそき」表記の過去にあった、ということです。
⑥ 現代の用語でも、みそぎとおなじような効果を生じる行為を指していると思われる「はらへ」に関して、『新明解国語辞典』は、「はらい」という言葉を立項し、名詞として「祓い」と書くと示し、
A神に祈って罪・けがれなどを除き、身を清める神事。例)水無月の祓い、悪魔祓い。
Bお祓いの神事の時によむ言葉。
C古語ははらへ。
と説明し、動詞として「祓う」を立項し、「払う」と同原として、
D神に祈って罪・けがれなどを除き去る。
E祓い清める:祓いを行って、罪・けがれ・災いなどを清める。
と説明しています。
⑦ 「はらい」が、Aの趣旨の場合、 「みそぎ」と「はらい」の『新明解国語辞典』の説明は、
・「みそき」は、その行為を、川などで水を浴びるという民族学的行為と捉え霊的に心身を清めること、
・「はらい」は、その行為を、(神道における)神事と捉え霊的に心身を確実に清めること、
と違いを強調するものの、罪やけがれなどに対しては同じような効果がある霊的な行為であることを示しています。だから神事の重要な要素である「霊的に心身を確実に清める神事においてよむ言葉(祝詞)」をも「はらい」は指すという(「はらいい」の)二つ目の意味が生じているとみられます。
⑧ 罪についてこの辞典は、
A道徳(宗教・法律)上、してはならない行い
B道徳(宗教・法律)にそむいた不正行為に対する処罰
Cよくない結果に対する責任
D相手を本当に思うならしてはいけない事をする様子
と説明しています。ここでの「罪」は、上記Aのうちの「道徳あるいは宗教上、してはならない行い」に該当するでしょう。
⑨ けがれについては、
Aきれいに見える物事の裏面に潜む、醜い実情。不正な献金や取引や、虚偽・詐欺・権謀術数など。
B昔の人の考え方で、不浄とされる事柄。忌服・月経・お産など。
と説明しています。ここでの「けがれ」は、上記Bに該当するでしょう。
2.『新編大言海』では
① 『新編大言海』(冨山房 1982新編判初版)は、昭和7年(1932)~10年(1935)に刊行された辞典の見出し語を現代仮名遣に改める等のほかは『大言海』の初版のままの辞典です。初版は語源の考究に力を尽くしたと言われています。この辞典からそれより、みそぎ等の説明を引用します。この辞典が引用している出典は割愛します。
② みそぎ:名詞:禊:身滌ノ約。
(一)身ニ、罪又ハ穢レアルトキ、河原ニ出デテ、水ニテ身ヲ淨メ祓フコト。ミソギバラヘ。はらへ(祓)ノ(二)ヲモ見ヨ。
(二)<古き語として>多クハ三月三日ニ行フヲ云フ。
(三)天皇ノ禊ヲ御禊ト云フ。
③ はらえ:名詞:祓
(一)祓フルコト。祓ヲスルコト。穢ヲ祓ハシムルコト。コレヲ善解除(ヨシハラヘ)、又、きよばらい(清祓)ト云フ。解除。
(二)水邊ニ出デテ、水ヲ身ニソソギ、清祓(キヨメハラヘ)スルコト。コレヲ禊ト云フ。みそぎ(禊)の條ヲ見ヨ。
(三)<古き語として>罪アル者ニ、祓具(ハラヘツモノ)ヲ出サセテ、罪ヲ清メシムルコト。コレヲ悪解除(アシハラヘ)ト云フ。
④ けがれ:名詞:穢:
(一)ケガレルコト。不淨。ヨゴレ。汚。
(二)死者ニ触レ、産ニ遇ヘル時ナドニ、身、穢ルトシテ、勤ニ就キ、神事ニ與(あづか)ルナドヲ憚ルコト、其日數ニ定メアリ。觸穢。
⑤ けがる:動詞:穢・汚。清離る(きよかる)ノ約カ。清ら、けうら。
(一)<古き語として>不淨ニナル。キタナクナル。ヨゴル。
(二)忌服、産穢、ニ関係シテ居リ。
(三)<古き語として>婦女ノ貞操ヲキズツク。
(四)悪シキ習慣ニ染マル。
(五)<古き語として>月經トナル。
⑥ つみ:罪:障(つつみ)ノ約、慎むノ意。
(一)<古き語として>人ノ悪行、穢レ、禍ナド、スベテ、厭ヒ悪ムベキ、凶(あ)シキ事の稱。
(二)専ラ、政府ノ法律ヲ破ル所行。
(三)神ニ對シテ、恐ルベク慎ムベキコトヲ、犯シタルコト。
(四)又、佛ノ教法ヲ破ル所業。後ニ、其罰ノ果ヲ受クトス。罪業。
(五)人ニ對シテ、道徳ニ背キタル行爲。
⑦ きよ:接頭語:清淨:生好(きよ)ノ義ニモアルカ。
キヨキ。ケガレヌ。キタナカヌ。イサギヨキ。清淨ナル。
⑧ よしはらえ:名詞:善祓。
己レガ身ノ穢レヲ、祓ハシムルコト。キヨメバラヘ。罪アリシ者ニ、罪ヲ祓ハシムルヲあしはらへと云フ、共ニ、祓具ヲ出サシム。又、罪ニ因リテ二ツヲ負ハスルモアリ。コノ語、吉棄物(ヨシキラヒモノ)、凶棄物(アシキラヒモノ)ト云ヘルモ、亦同ジ。
⑨ はらう:四段活用の動詞:祓。神ニ祈リテ、災、穢、罪ナドヲ拂ヒ去ル。又、除キ清ム。後ニ、厄ヲ落トスナドト云フモ、此意ナリ。又、凶事ナクトモ、神事ナドニ、人身ヲモ、地ヲモ、家ヲモ、清ムルニ云フ。
⑩ はらう:下二段活用の動詞:祓。須佐之男命、悪キ事、轉アリシニ因リテ、贖物ヲ責メハタリ、祓具(はらへつもの)ヲ出サセテ遣ハレタルヨリ起ルト云フ。
(一)祓ヲ行ハシム。祓ハシム。
(二)罪アル者ニ祓具ヲ課セテ、罪ヲ清メシム。
⑪ これをみると、昭和の時代には、「はらえ」は第一に、「神道に従う善解除」の意であり神に祈ってもよい、第二に「水邊ニ出デテ、水ヲ身ニソソギ、清祓スルコト。コレヲ禊ト云フ」の意、であって、「みそぎ」は、「はらえ」の第二に同じ」の意、と理解している説明です。
これは、『新明解国語辞典』に対する私の理解と同じところがあります。ただ除去対象が、罪・けがれのほかに、災いが加わっています。
3.漢和辞典では
① 『角川新字源』は、小型ですが、漢字の本来の意義と用法の知識を提供してのち、国語における用法をも説明しています。その辞典によれば、
② 禊:
Aみそぎ。水浴びをして身を清め、邪気をはらうまつり。春禊は三月の上巳(月の最初の巳の日、のちには三日)の日に。秋禊は七月十四日に行う。
Bはらう。みそぎをする、悪をはらう。
同訓異義欄をみよ、とあり、同欄の「はらう」の項には、「禊」字に「水を浴びて、みそぎをしてはらう。春禊」と説明し、「祓」字に「やくばらい、清めのはらいなどをいう」と説明しています。そのほか「除字」、「払」字などの説明もあります。熟語として、禊飲(=禊宴)をあげ、修禊、祧禊、祓禊(ふつけい)を例示しています。
③ 祓:
Aはらう。同訓異義欄をみよ。神にいのって災いをはらい除く。神にいのって身のけがれをはらい清める。のぞきさる。
B はらい。おはらいの行事。
熟語として、祓禊 祓除、祓飾、祓濯、をあげています。
④ 解:とく、悟る等との説明があり、熟語として解顔、解題などをあげ、解除は、ありません。
⑤ この辞典によれば、「禊」字は、中国古代には、まつり(行事)を指しているが、「はらう。みそぎをする、悪をはらう」にこの字があてられ、「祓」字は、中国古代でも「神にいのって災いをはらい除く。神にいのって身のけがれをはらい清める。のぞきさる。」の意であったようです。
⑥ 日本における文字の使用の歴史、当時の支配階級の中国文化尊崇の念を考えると、祓うことに関する行事をも「祓」字と「禊」字が意味していることは、『萬葉集』・三代集の時代の日本の言葉遣いに影響を与えていること思われます。
4.『大漢和辭典』では
①諸橋氏の『大漢和辭典』では、つぎのように説明しています。
②祓:
A神に祈って災いをはらひのぞいて福を求めること。
Bのぞく。弊害穢悪をのぞき去る。以下略。
熟語に、祓串、祓禊などを例示しています。
③穢:
Aあれる。荒地。雑草が生ひ茂る。又、その地。
B雑草。
Cけがれる、けがす、けがれ。Dけがらはしい所。以下略。
熟語に、穢汚、穢土 穢人(古く、東夷の名。)などを例示しています。
③禊:
Aみそぎ。水辺で行ふ悪を祓ひ除く祭。
Bみそぎする。はらふ。
熟語に、禊遊(陰暦3月3日のみそぎ遊び)、禊飲(上巳のみそぎの酒もり)などを例示しています。
5.この検討における「みそぎ」の意
① 以上を踏まえて、現代における「みそぎ」などの用語は、当面、次のような意味で用いることとします。
② 仮名の「みそぎ」を漢字で表現する場合は「禊」と書き表す。
A 「みそぎ・禊」は、その行為を、川などで水を浴びるという民族学的行為と捉え、それにより霊的に心身を清めることとなる行為をいうものとする。罪やけがれなどに対して効果がある行為である。また、個人の行為であり、グループで行う行事とか式典を指す言葉ではない。
③ 仮名の「はらい、はらえ」を漢字で表現する場合は「祓」と書き表す。
B 「はらい・はらえ・祓」は、その行為を、(神道における)神事と捉え、それにより霊的に心身を確実に清めることとなる行為をいうものとする。罪やけがれなどに対して効果がある行為である。個人のおける行為であり、グループで行う行事とか式典を指す言葉ではない。
ここに「(神道における)神事」とは、贖物(あがないもの)を捧げ神を招き願い又は感謝を申し上げ昇神を願う一連の手順のあるであろうことを指し、プロの神主や幣の存在とか玉串拝礼とか直会とかの有無を問いません。定義をするにあたってこれらの確認を要しないこととした、ということです。
④ 上記に該当しないが「みそぎ」、「はらい・はらえ」と表現されている行為や行事・儀式に相当する場合は、別途定義する。
例えば、『新明解国語辞典』が説明している「はらいとは、お祓いの神事の時によむ言葉」という場合は、現代語の文章においては、「神事によむ言葉(祝詞)」と書き表すこととし、その意は、「霊的に心身を確実に清めるという神事を行う際に、その神事の祭主あるいは執行者がよむ言葉(祝詞)」とする。
6.和歌における「みそき」表記の例
① 「みそき」表記が、現代日本語の「みそぎ・禊」のこのような意(上記5.の定義)に通じるとして用いられている和歌は、古語辞典が種々説明しているように、一部の和歌にしかありません。例えば、
1-1-501歌 題しらず
恋せじとみたらし河にせしみそぎ神はうけずぞなりにけらしも
この歌の「みそき」表記は、「川などで水を浴びるという民族学的行為と捉え、それにより霊的に心身を清めること」(A)にとどまらず、祈願の行為を指すかにみえます。
1-2-162歌 返し
ゆふだすきかけてもいふなあだ人の葵てふなはみそぎにぞせし
この歌の「みそき」表記も、Aではなく、何かを水に流し去ることを指しているかにみえます。
この歌は「賀茂祭りの物見侍りける女のくるまにいひいれて侍りける」と言う詞書の「ゆきかへるやそうち人の玉かつらかけてそたのむ葵てふ名を」(1-2-161歌)の返事の歌です。
きみにより ことのしげきを ふるさとの あすかのかはに みそぎしにゆく(潔身為尓去)
この歌の「みそき」表記は、Aに近そうです。あるいは、祈願をしているのかもしれません。
3-19-11歌 みなづきのはらへ
みそぎする川のせみればから衣ひもゆふぐれに浪ぞ立ちける
この歌の「みそき」表記は、みなづきのはらへ(夏越しの祓か)という民間の行事を指しているようです。
1-1-995歌 題しらず
たがみそぎゆふつけ鳥か唐衣たつたの山にをりはへてなく
「みそき」表記は、何を指すのでしょうか。
② 次回は、1000年前の「みそき」表記に関する仮説について、記します。
御覧いただき、ありがとうございます。
<2017/7/10 上村 朋>