わかたんかこれ 猿丸集22~26歌 詞書はひとつ

 前回(2018/8/6)、 「猿丸集第26歌 かねてさむしも」と題して記しました。

 今回、「猿丸集22~26歌 詞書はひとつ」と題して、記します。(上村 朋)

 

. 『猿丸集』の第22歌から26歌に関するこれまでのまとめ

① 『猿丸集』の第22歌から第26歌までは、同一の詞書の歌となっています。歌ごとの検討を終えましたので、この5首の関連などを確認し、詞書の現代語訳(試案)を今回再確認します。

② この歌5首を、改めて『新編国歌大観』より引用します。

3-4-22歌 おやどものせいしける女に、しのびて物いひけるをききつけて、女をとりこめて

いみじういふとききけるに、よみてやる

ちりひぢのかずにもあらぬわれゆゑにおもひわぶらんいもがかなしさ

3-4-23

おほぶねのいづるとまりのたゆたひにものおもひわびぬ人のこゆゑに

3-4-24

人ごとのしげきこのごろたまならばてにまきつけてこひずぞあらまし

3-4-25

      わぎもこがこひてあらずはあきぎりのさきてちりぬるはなをらましを

3-4-26

あしひきのやました風はふかねどもよなよなこひはかねてさむしも

 

③ 3-4-22歌に記されている詞書の現代語訳(試案)を、3-4-22歌のブログ(2018/7/9)から、再掲します。

親や兄弟たちが私との交際を禁じてしまった女に、親の目を盗んで逢っていることをその親たちが知るところとなり、女を押し込め厳しく注意をしたというのを聞いたので、詠んで女に送った(歌)」

 

④ この5首の歌本文について、その現代語訳(試案)を、それぞれの歌に関するブログから、再掲します。

3-4-22歌 (詞書は上記③に記しました)

 「塵や泥のように物の数にも入らない私が、懲りないであなたに近づく故に、あなたの親兄弟は、思い悲しむのであろう。それを承知して(あい続けてくれる)貴方のいとしさよ。」  

 

3-4-23

「大きな船が出港する停泊地はゆらゆら波が揺れ止まりしていないようですが、思いがいろいろ浮かび辛いことです。親に注意をうけても慕っていただける貴方のことで。」  

 

3-4-24

「自分達に関係ない(仲を裂こうとする)ことがごたごたしていて煩わしいこのごろで(逢えませんねえ。)、あなたが美しい宝石であるならば、手にまきつけることで(あなたとの一体となるので)、あなたをこれほど恋こがれることはないであろうに。」  

 

3-4-25

「いとしいあなたが私を恋していないということならば、秋霧が、咲いてそして散ってしまっている花の茎を折るということがおこるでしょう。(風ではない秋霧には、あり得ないことです。そのように、あなたの私への愛の変らないことを信じています。)」 

 

3-4-26

「山すそを長く引く山から冬に吹き下ろす激しい風は吹いてないけれども、毎夜逢いたいという私たちの願いは、以前と変りなくかなえられませんねえ。」

 

2.この5首に関する検討 その1 類似歌追加検討

① 3-4-22歌の検討が中途半端でしたので、ここで補います。ブログ(2018/7/9)では、類似歌が2首あるのに歌の本文が殆ど変わらないので1首を代表として検討しました。歌の検討を、これまで類似歌記載の歌集での配列や詞書のもとにおいて行って来たのに、それをしていませんでした。

② その省いた類似歌をここで検討し、3-4-22歌の理解に資することとします。その類似歌は、『拾遺和歌集』記載の1-3-872歌です。

3-4-22歌の類似歌b 1-3-872歌   題しらず  

     ちりひぢのかずにもあらぬ我ゆゑに思ひふわぶらんいもがかなしさ 

③ この歌は、『拾遺和歌集』巻第十四 恋四にあります。最初に、配列等から検討します。

小池博明氏は、『拾遺和歌集』の構成を論じ、恋四は、恋の始まりから疎遠になり恋の別れまでの歌で構成する歌群を6つ重ねている、と指摘しています(『新典社研究叢書89 拾遺集の構成』)。

氏は、「(恋四の第二歌群(857~886)にある)871は「けっして(この女のもとには)来るまい」と誓っておいて、やはり逢いに行きたいと思い返した歌。つまり女に愛想をつかして関係の断絶を一度決意し、女にも伝えながら、翻意したのである。次の872では、男のためにつらい思いをする妻を、夫が愛しく思っており、男女が夫婦の関係にあることが知られる。復縁の意向を詠んだ871の後に位置して、夫の妻への表白(私に言う、逢瀬の詠歌)を詠む872からは、復縁が成就したことを読み取りえよう。この後は再び疎遠の段階の詠歌が続く。」と論じています。このような理解はこの歌集の歌として妥当であると思います。

④ 現代語訳を試みると、つぎのとおり。

 「塵や泥のように物の数にも入らない私の為に、復縁するまで辛い思いをしてきたであろう貴方が、いとしいことである。」

⑤ 既に検討した類似歌(萬葉集2-1-3749歌)は、無力の自分が原因で遣る瀬無い思いをさせている女を思いやっている歌ですが、この拾遺集1-3-872歌も、作者(男)のいたらない点(接する態度・相手への期待・自らの資金援助など)に起因して苦労を掛けた女を思いやっている歌です。これは萬葉集歌を知らなくとも小池氏の指摘するように『拾遺和歌集』の歌の配列から読み取れたのであり、そこに置くのにふさわしい(編纂者の意図する歌意となる)歌を、既知の歌から編纂者が見つけたということです。

作詠事情も作者名も伏せて「題しらず よみ人しらず」の歌に仕立るのは、『古今和歌集』以来の歌集編纂者の智慧です。(なお、『拾遺和歌集』編纂者がこの歌を『萬葉集』記載の歌として承知していいたかどうか、即ち『猿丸集』の編纂時点と『萬葉集』の古点の終了(歌を平仮名で読める)時点の前後関係は別途検討しなければらない課題です。)

このように、二つの類似歌は、作者との間に生じた問題で苦しむ女を思いやっている歌であり、これに対して3-4-22歌は、作者のために親どもとのいさかいに苦しむ女を思いやる歌です。

つまりふたつの類似歌と3-4-22歌とは、思いやる原因が異なります。この結果、3-4-22歌に関するブログの結論は変りませんでした。

 

3.この5首に関する検討 その2 シグナルの有無

① この5首は、みな相聞歌です。女の「おやども」が承知をしなければ悲恋に終わります。そのため、何らかの打開策を男(あるいは二人)は考えていたと思います。

そうすると、男のおくった歌には、その進捗を知らせる意味合いがあったかもしれません。その方法の一つとして二人の間で事前に約束した語句を、物名とか折句とすることが考えられます。それを確認します。

② 最初に、物名の歌の可能性をみてみます。当時の和歌は、清濁抜きの平仮名であったとして探しましたが、句またがりで、それらしき語句はありませんでした。

③ 次に折句の可能性をみてみます。各句の最初の文字の組み合わせは、次のとおりですが、意味を成す語句あるいは類推させる文字の並びが思い浮かびません。

3-4-22歌 ちかわおい

3-4-23歌 おいたもひ

3-4-24歌 ひしたてこ

3-4-25歌 わこあさは

3-4-26歌 あやふよか

④ このほか、あらかじめ特定の語句の使用を暗号文とする方法が考えられますが、解明する手掛かりがありません。

 

4.この5首に関する検討 その3 ことの成り行きと歌の順序

① 各歌と詞書の間に齟齬がないのは各歌のブログで確認した所ですが、この5首が、一連の歌であるか否かは未確認でした。

② この5首は、作者である男から一方的に女におくられており、返歌はこの歌集にありません。『猿丸集』の詞書を通覧してもこれらの歌の返歌を指すような詞書はありません。 「おやども」が厳しく監視することになった女のところに、この5首が本当に届けられたものであるならば、その返歌も同様な手づるで男のもとに届いたはずですが、『猿丸集』の編纂者は、記載を割愛しています。

 そのため、この5首が一連の歌であると認めるためには、『猿丸集』の記載順と歌の内容から判断するほかありません。

③ この詞書は、「おやども」が密会を知ったことによって状況が変化したことを明らかにしています。たとえ禁止されても逢いたい(連れ添いたい)という目的にむかって、今後の方針と実行案を作者である男は、女に急ぎ伝える必要が生じます。既に話し合っていたとすれば、そのとおり実行しますよという情報(合図)をおくらなければなりません。密会がばれても情報チャンネルの遮断がなかったことは、この5首の「歌をおくった」という詞書の書き方により、明らかです。

④ 作者は、「おやども」が密会を知った後、どのような行動をとったのでしょうか。一般的な行動の段階を想定し追ってみると、次表のようになります。

表:3-4-22歌以下五首の作者(男)の認識と行動

行動のステップ(想定)

作者(男)の認識

作者が伝えるべきこと

それを伝えている歌(推測)

歌を詠む出発点(現状認識)

a密会がばれたと知った

b更に厳しい親の折檻を予想 

a現状を把握しこと 

b今後の予想をしたこと

3-4-22歌(a)

 

対策案立案

現状打開策立案又は兼ねて打ち合わせていた案の提示

隠忍自重のみ

3-4-22歌

対策案実行開始の連絡

当方も計画通り実行していることの伝達

動き出したこと

3-4-23歌?

情報交換

a当方の計画の進捗報告

b適宜はげまし

a苦戦中

b1愛している

b2あなたの愛を信じる

3-4-24歌(a? b1)

3-4-25歌(a? b2)

3-4-26 歌(b2)

対策案徹底と進捗の連絡

親どもの許すまで我慢

耐えよう

3-4-26歌

並行して行う策の実行

親どもへの働きかけ(親族上司等への依頼、何らかの取引提案 など)

進捗を知らせる?

(3-4-22歌と?を付した歌か)

 

⑤ このように、この5首の順番は、作者(男)の行動ステップ(想定)に沿っているとほぼみることができ、作者(男)が女を説得していると思える順番にもなっています。歌をおくられた女からみると、『猿丸集』記載の順番に受けとることにより、作者(男)が事態の認識をしたうえ変わらぬ愛を誓ってくれていると理解できると思います。但し並行して行う策を作者(男)が実行したかどうか、歌からは不透明です。

このため、この5首は、ある一つの問題が生じたとき当事者の希望を全うしようとする一連の歌である、ということができます。

また、この5首が一連の歌であってもこの詞書で矛盾はありません。情報チャンネルがしっかりしているので、5回にわけておくったとすれば女との信頼が崩れなかったと思われます。

この5首が古歌に似ていれば、「おやども」に見つかっても相手の男からの歌ではないと言い張ることもできます。但し書きつけている用紙によって誰からおくられた歌(および文)かは解明されてしまいますが。

⑥ 悲恋に終わらせないためには、作者(男)と作者の親は、「おやども」と別途積極的に接触して打開を図らなければなりませんが、歌では直接それに触れていません。3-4-26歌にいう「やましたかぜ」に、「仲介者」の意があるとすると、進捗は疑問にみえる歌の内容です。ともかく、この二人はその後どうなったかは、わかりません。

⑦ では、作者は、どのような人物か。「おやども」からきつく阻止されているので、高位の貴族の息子ではなく、受領層の豊かな家系の息子でもないと推測します。一族の繁栄をおやどもは第一に考えているに違いありません。

 

5.この5首と類似歌群との関係

① 次に、類似歌との関係を5首まとめて検討します。(類似歌は付記1.に記載)

この5首は、3-4-21歌までの歌と同じようにその各々の類似歌と共通のことばを多く用いていても、趣旨を違えていました。

 これにより、『猿丸集』の歌に基づいて、その編纂時における各々の類似歌の理解が推理できる、ということの確率が高まりました。

② この5首の類似歌は、6首あり、『萬葉集』に5首、『拾遺和歌集』に1首です。

類似歌は、諸氏の訳例を当該ブログで示したうえ、当該歌集における歌の配列と語句の検討をすすめた結果、もう少し言葉を補う必要を感じた歌には、現代語訳を試みました。大方の諸氏の理解と異なる(試案)が2首に生じ、また3-4-24歌の類似歌2-1-439歌の(試案)2案並記のままです。

③ 『萬葉集』歌も『猿丸集』歌も意味が大幅に変わっていった語句を用いているとは思えません。

ただ、3-4-24歌にある「たまならば」のように、そのように形容することが廃れているのに用いている語句がありましたし、3-4-25歌で「秋萩」を避けており、作詠時点と『猿丸集』編纂時点が萬葉集の時代以後を示唆していると思われます。

④ 『猿丸集』の歌が、類似歌の異伝歌である、とする意見があります。その意見は、3-4-22歌以下の5首をそれぞれの類似歌に置き換えても一連の歌として3-4-22歌にある詞書のもとの歌として理解できる可能性がある、という主張に同じです。そのため、「3-4-22歌の詞書のかかる歌として、当事者の希望を全うしようとする一連の歌といえるかどうか」を、確認します。

⑤ 類似歌の現代語訳が各歌に関するブログ記載(付記1.②参照)のようのままであるとすると(詞書は類似歌と詞書にさらに『猿丸集』の詞書に従っていると仮定すると)、各歌ごとには次のように判断できます。

3-4-22歌の類似歌2-1-3749歌は、「無力の自分が原因で遣る瀬無い思いをさせている女を思いやっている歌」ですので、詞書にいう「おやどもにおしこめられている女」からみて、3-4-22歌と比べれば男の状況把握に不安がありますが、別れようという申し出でもなく、3-4-22歌の詞書に反する歌とまでは、言い切れません。もうひとつの類似歌1-3-872歌でも同じです。

 3-4-23歌の類似歌2-1-122歌は、「恋の進展のないことにより外見が変わったと訴えた歌」であり、相手を慰めていません。だから、上記表の行動ステップ欄のどこにも該当しない、3-4-22歌の詞書に相反している歌と言えます。

 3-4-24歌の類似歌2-1-439歌は、現代語訳が2案あります。

類似歌が439挽歌(案)の場合は、「死んだ女性を哀悼した歌」であり、3-4-22歌の詞書に反している歌です。

類似歌が439相聞歌(案)の場合は、「普通の状態における男女の相聞歌」です。2-1-3749歌と同じく、別れようという申し出でもなく、3-4-22歌の詞書に反する歌とまでは、言い切れません。

3-4-25歌の類似歌2-1-120歌は、「相手にされていない女に、作者自身がまだ訴えている歌」であり、3-4-22歌の詞書に反している歌です。

3-4-26歌の類似歌2-1-2354歌は、「来てくれない恋人に冬の寒さにことよせてさびしさを訴える歌」であり、「きみ」という表現の句があり、少なくとも男からおくる歌ではありませんし、3-4-22歌の詞書に反している歌です。

⑥ このような類似歌を、5首の替わりにならべても、当事者の希望を全うしようとする一連の歌として女に理解してもらえる構成になっているとは思えません。

即ち、この5首が、類似歌を参考にしつつも全く別の一連の歌である、ということになります。

⑦ 更に、類似歌を3-4-22歌の詞書のもとのみの歌として現代語訳を試みた場合を検討します。

3-4-22歌の類似歌2-1-3749歌は、ブログ記載の現代語訳のままで3-4-22歌の詞書に反していません。もうひとつの類似歌1-3-872歌でも同じです。

3-4-23歌の類似歌2-1-122歌は、相手を慰める歌に、やはり理解できません。3-4-22歌の詞書と違和感が大です。

3-4-24歌の類似歌2-1-439歌は、439相聞歌(案)の場合と同じ理解で3-4-22歌の詞書に反していません。

3-4-25歌の類似歌2-1-120歌は、相手を慰める歌に、やはり理解できません。3-4-22歌の詞書と違和感が大です。

3-4-26歌の類似歌2-1-2354歌は、男からおくる歌と理解しなおせませんので、3-4-22歌の詞書と違和感があります。

このように、3-4-22歌の詞書のもとにこの順序で並べた歌としての理解が困難です。そのため、類似歌そのものを『猿丸集』の歌22歌~26歌に替えることができません。

 『猿丸集』と『萬葉集』との関連については、第27歌以降にも類似歌に萬葉集歌があるので、それらの検討後に改めて検討することとします。

⑨ さて、『猿丸集』の次の歌は、つぎのような歌です。詞書が新たになります。

3-4-27歌  ものへゆきけるみちに、きりのたちわたりけるに

しながどりゐなのをゆけばありま山ゆふぎりたちぬともなしにして

 

類似歌は2-1-1144歌。「摂津にして作りき よみ人しらず」  巻第七の雑歌にあります。

  しながとり ゐなのをくれば ありまやま  ゆふぎりたちぬ やどりはなくて 

(志長鳥 居名野乎来者 有馬山 夕霧立 宿者無而)

 

この二つの歌も、趣旨が違う歌です。

 ブログ「わかたんかこれ」を、ご覧いただきありがとうございます。

次回は、上記の歌を中心に記します。

2018/8/20   上村 朋)     

付記1.類似歌について

① それぞれの歌の類似歌を、『新編国歌大観』より引用する。

3-4-22歌の類似歌a 2-1-3749歌  中臣朝臣宅守与狭野弟上娘子贈答歌(3745~3807)

     ちりひぢの かずにもあらぬ われゆゑに おもひふわぶらむ いもがかなしさ 

(・・・於毛比和夫良牟 伊母我可奈思佐)

3-4-22歌の類似歌b 1-3-872歌   題しらず  

     ちりひぢのかずにもあらぬ我ゆゑに思ひふわぶらんいもがかなしさ 

3-4-23歌の類似歌  2-1-122     弓削皇子思紀皇女御歌四首(119~122)

      おほぶねの はつるとまりの たゆたひに ものもひやせぬ ひとのこゆゑに 

(・・・物念痩奴 人能児故尓)

3-4-24歌の類似歌  2-1-439歌 

和銅四年辛亥河辺宮人見姫嶋松原美人屍哀慟作歌四首(437~440

      ひとごとの しげきこのころ  たまならば てにまきもちて こひずあらましを

(人言之 繁比日 玉有者 乎尓巻以而 不恋有益雄)

3-4-25歌の類似歌  萬葉集 2-1-120歌  弓削皇子思紀皇女御歌四首(119^122)

       わぎもこに こひつつあらずは あきはぎの さきてちりぬる はなにあらましを

(吾妹児尓 恋乍不有者 秋芽之 咲而散去流 花尓有猿尾)

3-4-26歌の類似歌  2-1-2354歌  寄夜    よみ人しらず

     あしひきの やまのあらしは ふかねども きみなきよひは かねてさむしも

 なお、2-1-2354歌は、『猿丸集』編纂時点頃は、「あしひきの やましたかぜは ふかねども きみなきよひは かねてさむしも」と訓まれていた可能性が高い。

② 類似歌の現代語訳(試案)を各ブログから再掲する。

3-4-22歌の類似歌a 2-1-3749歌 「夫である中臣朝臣宅守(やかもり)が妻の蔵部女嬬(くらのにょじゅ)狭野弟上娘子(さののおとがみのをとめ)におくった歌」

 「塵か泥土の如く、物の数でもない私の為に、思ひわびしがるであらう妹が、可愛いそうなことである。」(土屋氏の訳) (大方の諸氏の理解と同じ)

 

3-4-22歌の類似歌b 2-3-872歌 本文5.④に記載 (大方の諸氏の理解と同じ)

 

3-4-23歌の類似歌 2-1-122歌  「弓削皇子が、紀皇女を思う御歌四首」

 「大船が、(例えば住之江の津のような)波の静かな港に停泊している時も、揺れ動き続けている。そのように、私はずっと捕らわれたままで、物思ひに痩せてしまった。この乙女のために」 (大方の諸氏の理解と同じ)

 

3-4-24歌の類似歌2-1-439 「河辺宮で奉仕する宮人が、(難波の)姫島の松原での乙女の入水を聞き、悲しんで作った歌四首」 (ブログ2018/8/23の「7.」に記したように2案ある。)

A 439挽歌(案):「噂が飛び交う(なかなか逢うことも叶わなかった)ころ、あなたが玉となったならば、(貴方のお相手の方は)手に巻いて持ち、(恋で仕事が手に付かないことも)恋しく思うこともなかったであろうに(死んで霊となっても遅いです。)」  (大方の諸氏の理解と異なる)

 B 439相聞歌(案):「人の噂が激しいこの頃なので(逢えないで時が過ぎてゆきます)。貴方が玉であったらいつも手に巻いて持ち歩き(肌も触れ合い)いたずらに貴方を恋しく思うこともないでしょうに。」

(大方の諸氏の理解と同じ)

 

3-4-25歌の類似歌 2-1-120歌 「弓削皇子が、紀皇女を思う御歌四首(119~122)

「あの人にいくら恋しても詮無い状態になってきたが、それでも、あの人が、(私の愛でる)秋萩のように咲いたら散るという花であってくれたらなあ」  (大方の諸氏の理解と異なる)

 

3-4-26歌の類似歌  2-1-2354歌 寄夜    よみ人しらず

「長く裾をひいた山を下りて来る強い風はないけれども、貴方のいない宵というものは、それだけで寒いものですねえ。」  (大方の諸氏の理解と同じ)>

(付記終り 2018/8/20  上村 朋)

 

 

 

 

わかたんかこれ  猿丸集第26歌 かねてさむしも

前回(2018/7/30)、 「猿丸集第25歌 こひてあらずは」と題して記しました。

今回、「猿丸集第26歌 かねてさむしも」と題して、記します。(上村 朋)

 

. 『猿丸集』の第26 3-4-26歌とその類似歌

① 『猿丸集』の26番目の歌と、諸氏が指摘するその類似歌を、『新編国歌大観』より引用します。

3-4-26歌 詞書 (3-4-22歌に同じ)

あしひきのやました風はふかねどもよなよなこひはかねてさむしも

 

3-4-26歌の類似歌 2-1-2354歌  寄夜    よみ人しらず

      あしひきの やまのあらしは ふかねども きみなきよひは かねてさむしも

             足桧木乃 山下風波 雖不吹 君無夕者 豫寒毛

 

② 清濁抜きの平仮名表記をすると、二句と四句のいくつかの文字が異なり、詞書が、異なります。

③ これらの歌も、趣旨が違う歌です。この歌は、相聞の歌で恋人と共にいることを詠う歌であり、類似歌は、相聞の歌ですが恋人が訪ねてくれない寂しさを詠う歌です。

 

2.類似歌の検討その1 配列から

① 現代語訳を諸氏が示している類似歌を、先に検討します。

類似歌は 『萬葉集』巻第十のうちの「冬相聞」の最後の歌であり、 巻十の最後の歌でもあります。

巻第十は、春夏秋冬を各々雑歌と相聞に別け、冬相聞は、全部で18首です。その詞書(題詞)はつぎのとおりです。

無題  ( 2首)

寄露  ( 1首) 

寄霜  ( 1首)

寄雪  (12首)

寄花    1首)

寄夜  ( 1首)

② これらは、冬の風物に寄せて詠う相聞歌です。土屋氏の訳によれば、最初の詞書「無題」の歌は、長く思っていて逢えない歌と、もう長く逢ってないのを嘆く歌であり、以後「寄霜」の歌が、寒い夜に帰る男を引き留めている逢った直後の歌と思われる歌のほかは、逢っていない状況の心境の歌や相手を誘う歌ばかりです。

③ 詞書(題詞)の順序の基準はわかりませんが、詞書(題詞)ごとにそれぞれ独立した歌である、と思えます。男女の間も寒々とした状況の歌を揃えているかにみえる「冬相聞」の歌です。

 

3.類似歌の検討その2 現代語訳を試みると

① 詞書(題詞)を、現代語訳すると、

 「夜に寄する」

となります。「詠夜」との違いは未確認です。

② 歌について、諸氏の現代語訳の例を示します。

     長く裾を引いた山のあらしはまだ吹かないが、あなたのいない宵は、すでに寒いことです。」(阿蘇氏)

     「(あしひきの、は枕詞)山から吹き下ろす風は、吹かないけれど、君の居ない夜は、吹かない前から寒い」(土屋氏)

③ 阿蘇氏は、「やまのあらし」について、「万葉仮名の表記「山下風波」の「下風」の用例は、「山下風」の略とされる。山おろしの意がこめられているのであろう。」と指摘しています。

④ 土屋氏は、「民謡であろうが、それでも卑俗である」と評しています。

⑤ 五句にある「かねて」は、副詞であり、「あらかじめ、前まえ、そうなる以前、それだけで」、の意です。

⑥ 詞書に従い、現代語訳を試みると、つぎのとおり。

     「長く裾をひいた山を下りて来る強い風はないけれども、貴方のいない宵というものは、それだけで寒いものですねえ。」  

 

4.3-4-26歌の詞書の検討

① 3-4-26歌を、まず詞書から検討します。3-4-26歌は、3-4-22歌の詞書がかかる数首のうちの一首ですので、その詞書を再掲します。

おやどものせいしける女に、しのびて物いひけるをききつけて、女をとりこめていみじういふとききけるに、よみてやる

② その現代語訳(試案)を、3-4-22歌検討のブログ(2018/7/zz)から引用します。

「親や兄弟たちが私との交際を禁じてしまった女に、親の目を盗んで逢っていることをその親たちが知るところとなり、女を押し込め厳しく注意をしたというのを聞いたので、詠んで女に送った(歌)」

 

5.3-4-26歌の現代語訳を試みると

① 二句にある「やました風」というのは、『新編国歌大観』が拠っている西本願寺本の『萬葉集』における2-1-2354歌の訓と同じです。

西本願寺本の『萬葉集』における訓で清濁抜きの平仮名で「やましたかせ」と句頭にあるのは、2-1-74歌と2-1-1441歌とこの2-1-2354歌の3首であり、これら3首の『新編国歌大観』の訓はみな「やまのあらし」です。

 また、三代集において同様に句頭にある「やましたかせ」表記は、『古今和歌集』の1-1-363歌と『拾遺和歌集』の1-3-253歌と1-3-777歌の3首があります。

 その歌は、つぎのとおりです。

1-1-363歌  (巻第七 賀歌)  冬        そせい法し

       白雪のふりしく時はみよしのの山した風に花ぞちりける

1-3-253歌 (巻第四 冬) 右大将定国家の屏風に    つらゆき

       白雪のふりしく時はみよしのの山した風に花ぞちりける 

 1-3-777歌  (巻第十三 恋三)  題しらず      よみ人しらず

       あしひきの山した風もさむけきにこよひも又やわがひとりねん

 なお、『貫之集』には、清濁抜きの平仮名で「やましたかせ」と句頭にある歌は、上記1-3-253歌に相当する歌(3-19-2歌)以外ありませんでした。

このようなことから、貫之をはじめとした三代集の歌人たちは、『萬葉集』の万葉仮名の表記「山下風」を、「やましたかぜ」と訓んでいたのではないかと推測します。

『猿丸集』の編纂者も「やましたかぜ」と訓んだ歌として類似歌を理解していたと思われます。 即ち、

類似歌2-1-2354歌は、

  「あしひきの やましたかぜは ふかねども きみなきよひは かねてさむしも」

であるので、3-4-26歌とは、清濁抜きの平仮名表記をすると、四句のいくつかの文字だけが異なり、詞書も異なる歌、となります。

西本願寺本の『萬葉集』の2-1-2354歌の訓はこの時代まで遡れ(付記1.参照)、梨壺の五人の『萬葉集』解読(天暦5年(951))以前から「やましたかぜ」と訓んでいた、ということです。

② 四句「よなよなこひは」とは、「夜ごと・毎夜の、私の乞い・願いは」、の意です。

③ 五句にある「かねて」とは、連語で、「以前から」の意です。なお、「かねて」ということばは、『猿丸集』では3-4-5歌においても用いられています。

④ 詞書に従い現代語訳を試みると、つぎのとおり。

「山すそを長く引く山から冬に吹き下ろす激しい風は吹いてないけれども、毎夜逢いたいという私たちの願いは、以前と変りなくかなえられませんねえ。」

 

6.この歌と類似歌とのちがい

① 詞書の内容が違います。この歌3-4-26歌では、作者の愛する女が置かれている状況を明かにしており、類似歌2-1-2354歌は 「寄夜」と、(冬の)夜に関する(相聞)歌、というだけです。

② 四句の意が異なります。この歌の四句(「よなよなこひは」)は、「夜ごとの私の願い」の意であり、当事者以外の者に起因して逢えない状況が依然として続いていることを示しています。

 これに対して、類似歌の四句(「きみなきよひは」)は、「貴方のいない宵というものは」の意であり、当事者の一方である相手が来てくれないことによって逢えない状況が依然として続いていることを詠っています。

③ この結果、この歌は、作者が困難を乗り越えようと訴えて恋人と共にいることを詠うのに対して、類似歌は、来てくれない恋人に冬の寒さにことよせてさびしさを訴える歌です。

④ 3-4-22歌からこの歌3-4-26歌までは、同じ詞書のもとの歌です。

 次回は、この五首を改めて検討し、これらの歌の詞書を確かめたいと思います。

 

⑤ ブログ「わかたんかこれ」を、ご覧いただきありがとうございます。

次回は、上記の歌を中心に記します。

2018/8/6   上村 朋)

付記1.私家集での清濁ぬきの「やましたかせ」が句頭にある歌

① 『新編国歌大観』第三巻によれば、清濁抜きの平仮名表記で句頭に「やましたかせ」とある歌は、3-100までの歌集では、3-1-168  3-3-172歌  3-4-26歌、3-19-2歌および3-15-426歌の5首ある。 

② 清濁抜きの平仮名表記で句頭に「やまのあらし」とある歌は、3-100までの歌集で、3-75-43歌(御堂関白集 )と 3-90-45歌の2首ある。(なお、三代集には無い。)

(付記終り 2018/8/6  上村 朋) 

 

 

 

 

わかたんかこれ 猿丸集第25歌 こひてあらずは

前回(2018/7/23)、 「猿丸集第24歌 ひとごと」と題して記しました。

今回、「猿丸集第25歌 こひてあらずは」と題して、記します。(上村 朋)

 

. 『猿丸集』の第25 3-4-25歌とその類似歌

① 『猿丸集』の25番目の歌と、諸氏が指摘するその類似歌を、『新編国歌大観』より引用します。

3-4-25歌   <なし> (3-4-22歌の詞書をうける)

     わぎもこがこひてあらずはあきぎりのさきてちりぬるはなをらましを

 

3-4-25歌の類似歌  萬葉集 2-1-120歌  弓削皇子思紀皇女御歌四首(119^122)

       わぎもこに こひつつあらずは あきはぎの さきてちりぬる はなにあらましを

(吾妹児尓 恋乍不有者 秋芽之 咲而散去流 花尓有猿尾)

 

② 清濁抜きの平仮名表記をすると、一句から三句と五句の字句がすこしずつ異なり、また詞書が、異なります。

③ これらの歌も、趣旨が違う歌です。この歌3-4-25歌は、相手の女が作者を愛しているのを信じている、と詠い、類似歌2-1-120歌は、相手にされていない女がなびいてほしいと、作者は詠います。

 

2.類似歌の検討

① 現代語訳を諸氏が示している類似歌を、先に検討します。

類似歌は 『萬葉集』巻第二の「相聞」(2-1-85歌~2-1-140歌)にある歌です。

この歌の詞書(題詞)のもとにある4首は、先に検討した3-4-23歌のブログで、配列などを検討しすべて現代語訳を試みました。3-4-23歌の類似歌が2-1-122歌であったからです。

その際、「この4首は恋の進行順ではなく、すべて、逢うことができない状況で繰り返し訴えている、片恋の歌で、それぞれ独立している」ことを確認しました。(3-4-23歌に関するブログ(2018/7/16)の4.と5.参照) 

そして、この相聞歌4首は、「すくなくとも紀皇女を思い詠った弓削皇子ご自身の詠作(または代作者による詠作)というのには否定的」になったこと、「宴席等での弓削皇子ご自身の詠作(または代作者による詠作)という仮説」は残っており、弓削皇子に仮託して「諸方の歌を集めて集成した面」が強いという見方(伊藤博氏)もあることに触れました。

② 3-4-23歌に関するブログから現代語訳(試案)を引用します。

2-1-120歌 弓削皇子が、紀皇女を思う御歌四首」 (119~122)

「あの人にいくら恋しても詮無い状態になってきたが、それでも、あの人が、(私の愛でる)秋萩のように咲いたら散るという花であってくれたらなあ」

③ 念のため諸氏の現代語訳の1例を示します。

     「吾妹子に戀ひ戀ひて生きてをれないならば、秋萩の咲けば散ってしまふ花になって散り失せ死ぬる方がましであろう。」(土屋氏)

 土屋氏は、「民謡の調子が感ぜられる。」と評しています。

④ 『萬葉集に萩を詠む歌は141首あり、その1/4以上が花の散り過ぎることに言及しています。つまり萩ならば散るものの代名詞です。「こひつつあらず」という認識は、諦めていないからであり、秋萩がすぐ散るように自分が諦める、と歌にして相手におくるより、それでも相手の心変わりを期待しているよ、と詠っておくり(民謡であれば謡い返し)、同じ相手との歌の応答を続けようとする、と思います。

 

3.3-4-25歌の詞書の検討

① 3-4-25歌は、3-4-22歌の詞書がかかる数首のうちの一首ですので、その詞書を再掲します。

おやどものせいしける女に、しのびて物いひけるをききつけて、女をとりこめていみじういふとききけるに、よみてやる

② その現代語訳(試案)を、3-4-22歌に関するブログ(2018/7/9)から引用します。

「親や兄弟たちが私との交際を禁じてしまった女に、親の目を盗んで逢っていることをその親たちが知るところとなり、女を押し込め厳しく注意をしたというのを聞いたので、詠んで女に送った(歌)」

 

4.3-4-25歌の現代語訳を試みると

① 初句~二句「わぎもこがこひてあらずは」とは、相手の女が作者を恋いしていないということは」の意です。

② 五句「をらましを」は、動詞「折る」の未然形+推量の助動詞「まし」の終止形+詠嘆の間投詞「を」です。

③ 3-4-25歌を詞書に従って、現代語訳を試みると、つぎのとおり。

「いとしいあなたが私を恋していないということならば、秋霧が、咲いてそして散ってしまっている花の茎を折るということがおこるでしょう。(風ではない秋霧には、あり得ないことです。そのように、あなたの私への愛の変らないことを信じています。)」

 

5.この歌と類似歌とのちがい

① 詞書の内容が違います。この歌3-4-25歌では、作者が愛する女の置かれている状況を明かにしており、類似歌2-1-120歌は、作者が愛を得たい女性の名だけ明らかにしているだけです。

② 初句~二句の意が異なります。この歌3-4-25歌の作者は、相手の女と信じあっており、類似歌2-1-120歌の作者は、片恋の状態です。

③ 詠っている花のイメージが違います。この歌3-4-25歌は、秋の花一般を言い、類似歌2-1-120歌は、秋萩のみです。

④ この結果、この歌3-4-25歌は、相愛の女に、変わらぬ愛を信じていると詠っています。これに対して類似歌は、相手にされていない女に、作者自身がまだ訴えています。

 なお、詞書にあるように、この歌は、「おやども」が「とりこめて」いる女に届けた歌です。届けられたのですから返歌も同様のルートをたどってもらえたはずです。相手の女から各歌ごとの返歌があったのかどうかの情報は詞書にありません。

⑤ 仲立ちした人が、この歌の類似歌を知っていれば、うろ覚えの古歌2-1-120歌)です、と取り繕うことが十分できる歌です。この歌を知った「おやども」が、古歌を諸氏の現代語訳の1例のように理解していたとすると、男は諦めたのかと、疑ったかもしれません。古歌を上記の現代語訳(試案)のように理解したとすると、まだ諦めていない、としか理解できないでしょう。この歌をおくられた女からみると、古歌がおくられてきたとは思っていないでしょうから、理解に迷いはない、と思います。

古歌(2-1-120歌)理解が、『猿丸集』編纂時にはどうであったか、を推測すると、諸氏の現代語訳の1例も『猿丸集』のここまでの歌の傾向に反しないので、その可能性が高いと思います。このような事態になった実際の例ではなく、編纂者の創作であれば、上記の現代語訳(試案)の可能性があります。『萬葉集』の解読作業を進めていた歌人であれば、上記の現代語訳(試案)にもたどり着くと思うからです。

⑥ さて、『猿丸集』の次の歌は、つぎのような歌です。

3-4-26歌  <詞書なし>

あしひきのやました風はふかねどもよなよなこひはかねてさむしも

3-4-26歌の類似歌は、2-1-2354歌  「冬相聞 寄夜 よみ人しらず」。巻十の最後の歌。

    あしひきの やまのあらしは ふかねども きみなきよひは かねてさむしも

この二つの歌も、趣旨が違う歌です。

⑤ ブログ「わかたんかこれ」を、ご覧いただきありがとうございます。

次回は、上記の歌を中心に記します。

2018/7/30   上村 朋)

 

 

 

わかたんかこれ 猿丸集第24歌 ひとごと

前回(2018/7/16)、 「猿丸集第23歌 ものおもひわびぬ」と題して記しました。

今回、「猿丸集第24歌 ひとごと」と題して、記します。

 

暑中お見舞い申し上げます。また、西日本豪雨で被災された再建・復興途上の皆さま、ボランティアの皆さま、関係機関の皆さま、暑さにご留意ください。夏休みとなった生徒さん、こまめに日陰に入り水分補給と休憩をしてください。(上村 朋)

 

. 『猿丸集』の第24 3-4-24歌とその類似歌

① 『猿丸集』の24番目の歌と、諸氏が指摘するその類似歌を、『新編国歌大観』より引用します。

3-4-24歌  <なし> (3-4-22歌の詞書をうける)

人ごとのしげきこのごろたまならばてにまきつけてこひずぞあらまし

 

3-4-24歌の類似歌  『萬葉集』  2-1-439歌 

和銅四年辛亥河辺宮人見姫嶋松原美人屍哀慟作歌四首(437~440

      ひとごとの しげきこのころ  たまならば てにまきもちて こひずあらましを

(人言之 繁比日 玉有者 乎尓巻以而 不恋有益雄)

 

② 清濁抜きの平仮名表記をすると、四句と五句にすこし違いがあり、また詞書が、異なります。

③ これらの歌も、趣旨が違う歌といえます。

それぞれの詞書を信じれば、相聞歌と挽歌に別れます。

 

2.類似歌の検討その1 配列から

① 現代語訳を諸氏が示している類似歌を、先に検討します。

類似歌は 『萬葉集』巻第三の「挽歌」(418~486歌)にあります。全69首のうち、この歌の前後の詞書(題詞)をみてみます。

 

2-2-429歌  柿本朝臣人麿見香具山屍悲慟作歌一首

4-2-430歌  田口広麿死之時刑部垂麿作歌一首

2-4-431歌  土形娘子火葬泊瀬山時柿本朝臣人麿作歌一首

2-1-432歌  溺死出雲娘子火葬吉野時柿本朝臣人麿作歌二首

2-1-434歌~ 過勝鹿真間娘子墓時山部宿祢赤人作歌一首 幷短歌 東俗語云・・・

2-1-437歌~ 和銅四年辛亥河辺宮人見姫嶋松原美人屍哀慟作歌四首

2-1-441歌~ 神亀五年戊辰太宰師大伴卿思恋故人歌三首

2-1-444歌  神亀六年己巳左大臣長屋王死之後倉橋部女王作歌一首

2-1-445歌  悲傷膳部王歌一首

2-1-446歌~ 天平元年己巳摂津国班田史生丈竜麿自経死之時判官大伴宿祢三中作歌一首幷短歌

2-1-449歌~ 天平二年庚午冬十二月大伴卿向京上道之時作歌五首

 

このように、死亡・葬儀等の対象者が同じ人という詞書はなく、詞書をまたがって他の歌と関連づけて理解しなければならない歌はないようです。

② なお、表現が似ている詞書があります。屍を見た、とする詞書です。

2-1-429歌   柿本朝臣人麿見香具山屍悲慟作歌一首

2-1-437歌~  和銅四年辛亥河辺宮人見姫嶋松原美人屍哀慟作歌四首

前者が、「香具山(近くの路頭に横たわっている)屍」を「見た」、後者が、「姫嶋の松原にある美人の屍」を「見た」とあり、両者は「屍を見て歌を作った」としています(ただし、両者の作者は、前者が、『萬葉集』に多数記載のある人物の歌、後者は無名でしかも女性の歌)。

また、『萬葉集』には、2-1-418歌の詞書「上宮聖徳皇子・・・・見竜田山死人悲傷御作歌一首」、2-1-220歌の詞書「・・・視石中死人柿本朝臣人麿作歌一首 幷短歌」という例もあります。

③ この歌の詞書(題詞)のもとにある最後の歌(四首目)には、次の左注があります。

「右、案ふるに、年紀(とし)と所処また娘子(をとめ)の屍の歌を作る人の名はすでに上にみへたり。ただし、歌の辞(ことば)相違ひ、是非別き難し。因りて塁(かさ)ねてこの次(つぎて)に載す。」

この左注に対して阿蘇氏は、「ほぼ同じ題詞をもつ二首(2-1-228歌と2-1-229歌)が巻二にある。その2首は題詞と歌に詠まれた場所が一致する。しかし、2-1-437~2-1-440歌は、題詞と詠まれた場所が離れすぎたり(437歌)、男性を偲んだり(438歌)、恋の相聞歌(439&440歌)。巻二とこの四首の間に資料の段階で、誤認による混同があったのであろう。」、と指摘しています。

 この2点は検討を要します。

 

3.類似歌の検討その2 現代語訳の例

① 諸氏の現代語訳の例を示します。

     人の噂の激しいこのごろ、あなたが玉であったら、いつも手に巻いていて恋しく思うことはないでしょうに。」(阿蘇氏)

     世間の人の言ふことのうるさい此の頃であるが、若し君が玉であるならば、手につけて持って、戀ひ思ふこともせずにありたいものを。」(土屋氏)

② 土屋氏は、「民謡風の相聞。(題詞にいう)美人(おとめ)生前における有様を作ったとしてもそのあまりに一般的な作風のために、特定の作者や時處を感ずることすらできない。」、と評しています。

 両氏の訳は、相聞の歌としての理解になっています。

③ なお、「てにまきつけて」という表現は勅撰集に有りません。

 

4.類似歌の検討その3 詞書の現代語訳の試みと作者について

① 詞書に関して現代語訳の例を示すと、つぎのとおり。

     「川辺宮人が姫島の松原で美人(おとめ)の死骸を見て悲しんで作った歌四首」(阿蘇氏)

② 作者の河辺宮人は、伝未詳です。宮人とは律令制における後宮の職名(従事する者は当然女性)です(奈時代後半にいう女官)。

作者を宮人と職名で呼んでいるので、「河辺」とは、特定の天皇の宮が所在した場所の名と思われ、法隆寺金堂の薬師如来像光背銘に「川辺大宮治天下天皇大御身労賜時・・・」とあるそうです。

しかし、詞書にある和銅4年(711)のときの天皇元明天皇です。そして前年に平城京に遷都しています。臨時の宮であったかもしれませんが、河辺宮の所在地は不明です。

③ 姫島とは、淀川河口の三角州にある島の一つであり、記紀や『続日本紀』にも見える地名で、牧もあった島だそうです。2-1-228歌と2-1-229歌によれば「美人」は水死者です。多分自ら「入水」した者でしょう。

④ その姫島に、後宮を職場としている人が、実際に行った際に屍を「見」て歌を作った、というように詞書を理解するのは疑問があります。この疑問は、『萬葉集』巻第二にある、二首(2-1-228歌と2-1-229歌)の題詞についても「・・・姫島松原見嬢子屍悲嘆作歌」とあるので、該当します。

第一に、作者を、姫島に公務出張させる理由が見当たりません。第二に、宿泊所から公務外に、突発的に許可も受けずに外出できることが疑わしい。水死は突発的事件であったはずです。

また、第三に、2-1-229歌は、

なにはがた しほひなありそね しずみにし いもがすがたを みまくくるしも」

と、水死体(である屍)が水面に上がらないことを願っており、屍は、「目視」できない状態です。

このように、作者が「水死した乙女を見(目視し)た」というのは、不自然です。

作者が「見」るとすると、遺骸の一部など(遺髪とか、遺灰とか、形見とか)を、それも、平城京のどこかにそれが安置されていた場合です。後宮を職場としている作者にも忌引きや休暇を願うことはできますから。

⑤ これらのことから、2-1-429歌の詞書の「・・・見香具山屍悲慟作歌」を含めて、「見」という文字は、「見・・・屍」という表現においては、「仄聞」あるいは「文書によって知る」という意、あるいは下命による作詠を示唆する言葉とも理解した方がよいのではないか、と思います。目視しなければ追悼の歌が作れない訳ではありません。

少なくとも、ここにあげた三つの詞書の理解はこのほうが理に叶っています。

ついでに言えば、「作歌」という表現も、「その時あるいはその行事に披露された歌」あるいは「会合で話題となった際に披露された歌」を指す歌語とみなせます。前者は、朝廷が人々の死を悼む(あるいは遺族の生活を支えようと決意表明する)行事とか家族や一族が行う葬式の類です。

どこかで誰かによって披露されて人々は文字に残し、それが『萬葉集』の編纂者の手元に集まったのです。この歌の場合、同一の案件に対して二人の記録者がいた、ということになります。

⑥ このため、この詞書は、後宮を職場としている作者(女性)が、同性の若い人が自ら命を絶ったことを聞いて哀悼の歌を詠んだ、という趣旨のものである、となります。姫島に作者の同僚も行くのは不可能なので、命を絶った者は地縁あるいは血縁の者であるか、または、土屋氏がいうように当時のニュースとなった人ではないか、と思われます。

⑦ さらに、無名の女性の死を悼んだ歌で、作者が女性、というのは、1~4巻では、河辺宮人の一連の歌だけです。溺死した女性(氏名の記載無し)の追悼の歌(2-4-432)は、柿本人麿を作者にしています。

女性が、同性の女性の死に哀悼の歌を作っているので、この二人の共通点を探すと、姫島に近い地名に津国の河辺郡(現在の猪名川町周辺)があるので、その出身者同士かという推測ができます。そうすると河辺宮人とは、河辺郡出身の宮人という意となります。作者の名を隠すための方策が「河辺宮人」という名となったのかもしれません。

とにかく、女性が同性に哀悼の歌を作っている例を、巻第二の編纂者は記載したかったようで、それは巻第三の編纂者にも引き継がれている、と判断できます。

⑧ 『萬葉集』の各巻の編纂者のところには、官人が見聞し記録した歌が集まったと思います。この歌の作者とされる「河辺宮人」も、後宮で現に奉仕している女性に仮託した官人の作ということも考えられるところです。

⑨ このような検討の結果、詞書の現代語訳を試みると、つぎのとおり。

 「和銅四年辛亥の年に、河辺宮で奉仕する宮人が、(難波の)姫島の松原での乙女の入水を聞き、悲しんで作った歌四首」

 この(試案)と阿蘇氏の訳とでは、「見」という文字の理解が異なります。 「見」は、いわば歌語です。

 

5.この詞書の歌4首の現代語訳を試みると

① 詞書(題詞)を重視して『猿丸集』を今検討している立場からは、類似歌も詞書に従った理解による追悼歌として4首の検討を試みます。さらに諸氏のいうように2-1-439歌などは相聞歌としても検討したいと思います。

② この詞書のもとにある四首は、次のとおり。

2-1-437歌 かざはやの みほのうらみの しらつつじ みれどもさぶし なきひとおもへば

2-1-438歌 みつみつし くめのわくごが いふれけむ いそのくさねの かれまくをしも

2-1-439歌(類似歌) ひとごとの しげきこのころ  たまならば てにまきもちて こひずあらましを

2-1-440歌 いももわれも きよみのかはの かはぎしの いもがくゆべき こころはもたじ

 

③ 上記の現代語訳(試案)の詞書に従い、すべてを挽歌としての解釈を試みると、つぎのとおり。

すべて女性が、女性を追悼している歌としての解釈をしました。

 

2-1-437歌 

「風早の美保の浦回の海岸に咲く恨めしくおもえる白つつじは、見ても楽しくない。亡き人を思うと」

弓のように曲がって入り込んでいる海岸に対して「浦回」(うらみ)という歌語があります。三句「しらつつじ」は、相手の男性の比喩であり、作者も間近に接することができる職にいるような男性でしょうか。

 

2-1-438歌 

「勢いの盛んな伝説の久米の若子のように勇壮な若者が触れたのであろうか、そのために磯に咲く草が(時期を待たず)枯れてゆくのが惜しい。」(若者が戯れかけたのが原因でそれを信じた美人が死んだ。惜しいことではないか。)

土屋氏は、「詞書にいう歌とするには「くめのわくご」を普通名詞とみなければならない」、と評しています。

初句「みつみつし」は、久米にかかる枕詞であり、三句「いふれけむ」の「い」は歌語をつくる上代の接頭語です。四句にある「くさね」は「草根」であり、「根」は接尾語で特に意味はない、ともされていますが、ここでは、死にかかわる言葉と理解して、「草が根こそぎ(来年芽が出ないほど)」という意とします。

詞書(題詞)より女性一人が悲嘆にくれて水死したのを悼む、という理解をしました。女性の作者も同じような(高位の者の息子に遊ばれた)境遇にいるとみられます。

 

2-1-439歌 

「噂が飛び交う(なかなか逢うことも叶わなかった)ころ、あなたが玉となったならば、(貴方のお相手の方は)手に巻いて持ち、(恋で仕事が手に付かないことも)恋しく思うこともなかったであろうに。」(この現代語訳(試案)を439挽歌(案)ということにします。)

相手の男が誠意ある男であったらば、このように思うであろう、と作者が詠ったと理解しました。

初句の「ひとごと」とは、万葉仮名で「人言」であり、「人のいうこと。うわさ。」の意です。

 土屋氏は、2-1-732歌に関して、「玉を愛人に比するのは当時の社会的表現」と説明しています。(付記1.参照) 

 

2-1-440歌 

「貴方(美人)も私も清らかな明日香川の両岸のような関係です。(明日香川は両岸がしっかりしていてこそ田畑は守られています。) その岸が崩れるような、貴方を裏切るような気持ちはもつまい(、と言ってくれていたら・・・)。」

初句から三句は、「悔ゆ」を起こす序詞です。

「いももわれも」は、普通、親しい間の男女を男性側からいう語句です。女性の挽歌として理解すると、2-1-439歌と同じように、相手の男が誠意ある男であったらば、このように思うであろう、と作者が詠ったと理解しました。

きよみのかは(清之河)とは、単に清い川の意で、土屋氏は、明日香浄御原宮、巻第十三にある2-1-3237歌の初句「清三田屋乃」の訓に準ずれば、明日香川の局地的呼称か、と推測しています。早く『萬葉集代匠記』に見える説です。

 

④ このように理解すれば、詞書にいう「水死の美人」を弔う歌とみなせます。

 土屋氏は、「当時の普通の習慣に従って変死者の霊を慰めるために作歌したのであらう」と評しています。又、この4首を「世に伝えられる民謡を河辺宮人に託して組み上げたもの」という見方をしていますが、題詞に沿って組みあげた、とまでは言っていませんので、合点するのに躊躇します。

⑤ 次に、現代語訳を、詞書は無視して、すべてをよみ人しらずの相聞歌として試みると、つぎのとおり。作者を女性に限定しません。

 

2-1-437歌 

「風早の美保の浦回の海岸に咲く恨めしくおもえる白つつじは、見ても楽しくない。かけがえのない人を思うと」

五句の万葉仮名は「無人念者」です。「なきひと」とは、「(比べる人が)無いも同然の人、すなわち、自分にとりかけがえのない人」、の意と推測しました。「亡き人」では相聞歌という理解が困難です。

「白つつじ」とは、かけがえのない人の病気とか、地方勤務とかが想定できます。

 

2-1-438

 「意気盛んな久米の若者が触れたであろうこの磯にある草が枯れる。それは惜しいことよ(草に咲く花には見頃があるのに見過ごしてしまって。私もおなじですよ。)」

  「久米の若子」とは、久米歌のある久米氏と関係があるかどうかわかりません。

 

2-1-439

「人の噂が激しいこの頃なので(逢えないで時が過ぎてゆきます)。貴方が玉であったらいつも手に巻いて持ち歩き(肌も触れ合い)いたずらに貴方を恋しく思うこともないでしょうに。」(この現代語訳(試案)を以後439相聞歌(案)ということにします。)

 

2-1-440

「貴方(美人)も私も清らかな明日香川の両岸のような関係です。(明日香川は両岸がしっかりしていてこそ田畑は守られています。)その岸が崩れるような、貴方を裏切るような気持ちはもつまい(約束を必ず守りますよ)。」

作者は男であり、挽歌と理解するよりも素直な歌です。現代語訳(試案)の文言は作者が女性である挽歌とほとんどかわりません。

 

⑥ このように、4首は、相聞歌として現代語訳(試案)が出来ました。

今、詞書を重視して『猿丸集』を検討しており、挽歌の歌意を理由なく無視するのは方法論として矛盾してしまいます。しかし、諸氏が採用している相聞の歌という理解は有力です。

 『萬葉集』歌の理解は、『猿丸集』編纂時の歌人たちの類似歌についての理解が前提ですので、この2-1-439歌をどちらの理解をしたのか判断材料が見つかりません。

このため、類似歌の現代語訳(試案)を1案に固定せず、この歌(3-4-24歌)の現代語訳を試みます その(試案)や前後の歌などを再考する機会まで、類似歌の現代語訳(試案)は複数のままとします

 

6.3-4-24歌の詞書の検討

① 3-4-24歌は、3-4-22歌の詞書と同じであり、その詞書を再掲します。

おやどものせいしける女に、しのびて物いひけるをききつけて、女をとりこめていみじういふとききけるに、よみてやる

② 現代語訳(試案)を、3-4-22歌に関するブログ2018/7/9より引用すると、つぎのとおり。

「親や兄弟たちが私との交際を禁じてしまった女に、親の目を盗んで逢っていることをその親たちが知るところとなり、女を押し込め厳しく注意をしたというのを聞いたので、詠んで女に送った(歌)」

 

7.3-4-24歌の現代語訳を試みると

① 初句にある「人ごと」は、「人事」であり「自分または自分たちに関係ない、よそのこと。」の意です。

② 二句にある「しげき」」とは、「多い」とか「頻繁にあり絶え間がない」、という意より「ごたごたして煩わしい」意を採ります 五句「こひずぞあらまし」は、上二段活用の動詞「恋ふ」の未然形+打消しの助動詞「ず」の連用形+係助詞「ぞ」+連語「有らまし」です。

 打消しの助動詞「ず」は活用語の未然形に付くので、「こひ」は動詞の未然形となります。連語「有らまし」は、事実とは異なる状態を想像して、そうあったらよいのに、という気持をあらわします。(動詞「乞ふ」は四段活用であり、その未然形は「乞は」)

④ 詞書に従い、現代語訳をこころみると、つぎのとおり。

「自分達に関係ない(仲を裂こうとする)ことがごたごたしていて煩わしいこのごろで(逢えませんねえ。)、あなたが美しい宝石であるならば、手にまきつけることで(あなたとの一体となるので)、あなたをこれほど恋こがれることはないであろうに。」(付記2.参照)

 

8.この歌と類似歌とのちがい 

① 詞書の内容が違います。この歌3-4-24歌は、詠む事情を述べており作者(男)と相手の女性との関係を明かにしています。

これに対して類似歌2-1-439歌が439挽歌(案)であれば、詠む事情を述べていますが、作者(女)と相手(水死した女性)との関係は不透明です。類似歌2-1-439歌が439相聞歌(案)であれば、「題しらず」と同じであり、詠む事情は不明です。

② 初句「ひとごとの」の意が異なります。この歌3-4-24歌は、「人事(が)」であり「自分たちの仲を裂こうとする家族・一族の行動」、の意です。類似歌2-1-439歌は、439挽歌(案)や439相聞歌(案)のどちらであっても万葉仮名が「人言之」であるので、「噂(が)」、の意です。

③ 二句の副詞の意が違います。この歌は、「このごろ」と表現し、この歌を詠っている今日この頃、という意です。類似歌が439挽歌(案)であれば、「このころ」は、必然的にこの歌を詠っている時点より遡った「噂になったあのころ」を意味します。類似歌が439相聞歌(案)であれば、この歌と同じく歌を詠っている時点の頃」となり、違いはありません。

④ この結果、この歌は、親たちが監視する状況がつづいている女と作者との変わらぬ愛を男の立場で表現した歌ですが、これに対して類似歌は、439挽歌(案)であれば、死んだ女性を哀悼した歌です。

また類似歌が439相聞歌(案)であれば、普通の状態における男女の相聞歌です。親の監視の度合いが違い、この歌が、いわば、逆境にいる者へ送った歌とすれば、類似歌439相聞歌(案)は土屋氏のいう民謡がベースの歌で順境にいる者へおくった歌です。

⑤ 『猿丸集』のこれまでの各歌とその類似歌との関係がこの3-4-24歌にも当てはまるとすると、この歌が相聞歌であるので、類似歌は、439挽歌(案)である可能性が高い。

しかし、これは、それぞれの詞書(題詞)にも合致する、とは即断できないし、『萬葉集』にあるこの歌を含む4首に対する左注との整合性が問題となります。『猿丸集』の編纂者が2-1-439歌だけに注目したとすれば、妥当な結論といえます。

 これに対して類似歌を439相聞歌()とすると、共に相聞歌でありその違いは、二人の置かれている環境(女の親どもとの緊張の度合い)の違いであり、その厳しい環境でも愛しあう者へ送った歌と、恋愛遊びの対象者へも送れる程度の軽い気持ちの歌にもなり得る歌との違いとなります。『萬葉集』にあるこの歌を含む4首に対する左注の指摘を正しいとすることになります。

『猿丸集』の編纂者の時代に、類似歌の理解が439挽歌(案)か439相聞歌(案)どちらの案であったか今のところなんとも言えません。どちらの案であっても、この歌の理解が変わるわけではありませんので、

1案に絞るのは暫く保留し、2-1-439歌の理解も複数の案のままで検討を続けることとします。

 『猿丸集』の歌は、まだ24首目の検討であり、まだ半数にも至っていません。

 

⑥ さて、『猿丸集』の次の歌は、つぎのような歌です。

3-4-25歌  <詞書なし>

       わぎもこがこひてあらずはあきぎりのさきてちりぬるはなをらましを

3-4-25歌の類似歌 2-1-120  弓削皇子思紀皇女御歌四首(119^122)

          わぎもこに こひつつあらずは あきはぎの さきてちりぬる はなにあらましを

 (吾妹児尓 恋乍不有者 秋芽之 咲而散去流 花尓有猿尾)

この二つの歌も、趣旨が違う歌です。

ご覧いただきありがとうございます。

次回は、上記の歌を中心に記します。

2018/7/23   上村 朋)

付記1.『萬葉集』における「たまならば(玉有者)」の用例

① 「たまならば(玉有者)」の用例は3首ある。みな、「手に巻き」と続く。

2-1-150 巻三挽歌:天皇崩時婦人作歌 姓氏未詳

   うつせみし ・・・ さかりゐて あがこふるきみ たまならば てにまきもちて(玉有者 手尓巻以而) きぬならば ぬくときもなく ・・・

2-1-439  この類似歌(本文1.参照)

2-1-732 巻四 相聞:大伴坂上嬢贈大伴宿祢家持歌三首(732~734)

たまならば てにもまかむを(玉有者 手二母将巻乎) うつせみの よのひとなれば てにまきかたし 

 

付記2.「しげきこのころ」について

① 『萬葉集』『新編国歌大観』記載の『萬葉集』には、「このころ」と訓む歌はあるが、「このごろ」と訓む歌はない。

② 上記『萬葉集』で、「このころ」と訓む万葉仮名を例示すると、つぎのとおり。

     句頭に「しげきこのころ」とあるのは、2-1-2370歌に「繁比者」、2-1-439歌に「繁比日」。西本願寺本の訓では2-1-2863歌に「繁時」(『萬葉集』の訓では「しげきときには」)

     「このころは」と訓む「比日者」(2-1-651歌)、「比者」(2-1-689歌)、「比来者」(2-1-770歌)、「頃者(名付)」(2-1-3069歌)

     「このころは」と訓む「己能許呂波」(2-1-3748歌、2-1-3790歌)

     「このころの」と訓む「比日之」(2-1-1609歌、2-1-2186歌)、「比者之」(2-1-2217歌、2-1-2530)、「比来之」(2-1-3880歌)

③ 『新編国歌大観』記載の三代集には、句頭に「このころ」とある歌はないが、句頭に「このごろ」とある歌は2首ある(1-3-1037歌と1-3-1118歌)。そして句頭に「しげきこのごろ」とある歌が1首ある(1-3-566歌)。

(付記終り 2018/7/26  上村 朋)

 

 

 

 

 

 

わかたんか 猿丸集第23歌 ものおもひわびぬ

前回(2018/7/9)、 「猿丸集第22歌 おもひわぶらん」と題して記しました。

今回、「猿丸集第23歌 ものおもひわびぬ」と題して、記します。(上村 朋)

 

. 『猿丸集』の23番目の3-4-23歌とその類似歌

① 『猿丸集』の23番目の歌と、諸氏が指摘するその類似歌を、『新編国歌大観』より引用します。

3-4-23歌   <なし>(3-4-22歌の詞書をうける)

おほぶねのいづるとまりのたゆたひにものおもひわびぬ人のこゆゑに

 

3-4-23歌の類似歌   万葉集 2-1-122     弓削皇子思紀皇女御歌四首(119~122)

      おほぶねの はつるとまりの たゆたひに ものもひやせぬ ひとのこゆゑに 

(・・・物念痩奴 人能児故尓)

 

② 清濁抜きの平仮名表記をすると、二句の一字と四句の三字と、詞書が、異なります。

③ これらの歌も、趣旨が違う歌です。この歌は、熱愛の相手を慰めている歌であり、類似歌は、逢えないため痩せてきたと相手に訴えた歌です。

 

2.類似歌の検討その1 配列から

① 現代語訳を諸氏が示している類似歌を、先に検討します。

類似歌は 『萬葉集』巻第二の「相聞」(2-1-85歌~2-1-140歌)にある歌です。

この歌の前後の歌の詞書(題詞)をみてみます。

但馬皇女高市皇子時思穂積皇子御作歌一首(114)

穂積皇子近江志賀山寺但馬皇女御作歌一首(115)

但馬皇女高市皇子時竊(ひそかに)接穂積皇子事既形而御作歌一首(116)

人皇子御歌一首(117

舎人娘子奉和歌一首(118)  

弓削皇子思紀皇女御歌四首(119~122)

三方沙弥娶園臣生羽之女幾時病作歌三首(123~125

石川女郎贈大伴宿祢田主歌一首 

    即佐保大納言大伴卿第二子母曰巨勢朝臣(126)

大伴宿祢田主報贈歌一首(127)

同石川女郎更贈大伴田主中郎歌一首(128

大津皇子宮侍石川女郎贈大伴宿祢宿奈麿歌一首

    女郎字曰山田郎女也、宿奈麿宿祢者大納言兼大将軍卿之第三子也(129

② これらの詞書(題詞)の末尾は、「・・・御作歌◯首」、「・・・御歌◯首」、「奉和歌◯首」、「・・・作歌◯首」、「・・・贈・・・歌◯首」、「・・・歌◯首」という書き分けがなされています。

類似歌が該当する詞書(題詞)「弓削皇子思紀皇女御歌四首(119~122)」は、「・・・御歌◯首」のタイプであり、弓削皇子の歌、ということになります。

③ 「相聞」の部の歌の作者名をみると、巻第二の編纂者は、「相聞」の歌をほぼ編年体に配列し、そして天皇家一族を優先しています。このような詞書(題詞)の並びをみると、他の詞書に関係なく、当該詞書において独自性のある歌であれば、この歌はよい、ということになります。

 

3.類似歌の検討その2 現代語訳の例

① 詞書(題詞)の現代語訳を試みると、つぎのとおり。

弓削皇子が、紀皇女を思う御歌四首(119~122)

この詞書(題詞)は、「・・・御歌◯首」とあり、「・・・御作歌◯首」と記されていないので、弓削皇子ご自身の詠作とこの文言からは断言できません。さらに、弓削皇子の歌という建前で記載した歌、とも理解できます。

以下では、弓削皇子ご自身の詠作(または代作者による弓削皇子の歌)という仮説を確認するという方法で検討します。

② 諸氏の現代語訳の例を示します。

・「大きな船が停泊する港の波がゆらゆら揺れるように、揺れる思いにすっかり痩せてしまった。あの人のせいで。」(阿蘇氏)

・「大船が碇泊する港において、揺れ動いて定まらぬごとく、ためらいながら物思ひに痩せてしまった。此のをとめのために」(土屋氏)

③ 阿蘇氏は、五句に関して、「万葉集において「人の兒(子)」の用例は10例。(大伴家持作の)2-1-4118歌(「賀陸奥国出金詔書歌一首幷短歌」 )では子孫の意だが、そのほかは親を持つ子の意、つまり恋や妻問の対象になる女性。現に対象としているという限定は必ずしもない」と指摘し、土屋氏は、「民謡の改作、あるいは民謡をそのまま用いたか。相聞の歌には多い(傾向)。「たゆたひ」の主語は船」と指摘しています。

④ 初句~二句は、三句にある「たゆたひ」の序と諸氏が指摘しています。動詞「たゆたふ」とは、「ためらう。ちゅうちょする」意と、「漂う」意とがあります(『例解古語辞典』)。

 

4.類似歌の検討その3 現代語訳を試みると

① 初句と二句に、格助詞「の」が重ねて用いられています。三句の「たゆたふ」という動詞の主語が「おおふね」です。初句の「の」は、主語であることを明示する主格の助詞であり、二句の「の」は、「たゆたふ」場所を限定している連体格の助詞である、となります。

 停泊している舟、それも当時の大きな船は、波の比較的穏やかな停泊地においても揺れ続けている、というのは、当時の常識であったのでしょう。

② 四句は、恋の一般論でもありますが、詞書により、ここでは、一般論に当てはまる人物である私が現にここにいる、ということを 言っています。

③ 作者とされる弓削皇子は、天武天皇の皇子のひとり(母は天智天皇の皇女)であり、267歳で薨去されています。

紀皇女は、天武天皇の皇子である穂積皇子(母は蘇我赤兄の娘)の同母妹であり、二人が実際に結婚を念頭に置いていたのかどうかは推測する資料もなく不明です。弓削皇子は、持統天皇から、皇位継承の有資格者として警戒されていたとの諸氏の指摘があります。そうであれば、皇子(が中心の一族)同士の結託ともとられかねない行動には弓削皇子側は慎重になっていたであろうとみるのが常識的な推測ではないでしょうか。

弓削皇子への献呈歌(作者未詳)が、『萬葉集』第第九 雑歌にあるところをみると、同じように巻第九に献呈歌のある忍壁皇子や舎人皇子とともに、和歌を披露する機会を私的に設ける(人々が参集する)ことができる立場に弓削皇子はあったと思われるので、それだけでも弓削皇子は自分の置かれている政治的立場を認識せざるを得ないと思います。

この相聞歌4首も、政治的に、言い訳ができる歌を詠んでいるとみるのが妥当であろうと思います。

④ 弓削皇子の作とする歌が、『萬葉集』に8首あります。そのうちで歌を贈った相手からの返歌が記載されているのは額田王におくった一首だけです。相聞歌として扱われていますが、相手への思いより共通の話題を互いに詠っている歌です。また、諸氏のいうように紀皇女が浮名の立ちやすい人物と評判になっていたとすると、その人物を想定した片恋の一連の歌は、同じ皇族のひとりである弓削皇子が詠うならば、さもありなん、という範疇のこととして評判になり得る、とおもいます。

 この詞書(題詞)のもとの4首に対し、(代作依頼も可能な立場にいる)紀皇女の歌は『萬葉集』にありません。だから私的に二人が逢ったことには『萬葉集』歌からは否定的です。穂積皇子と但馬皇女の場合は、両者の歌が『萬葉集』巻第二の「相聞」に記載されおり、舎人皇子と舎人娘子の場合も同じですが、弓削皇子と紀皇女の場合は、巻第二の編纂者にとり、そうしたくともできる材料がなかった、とも推察できます。

 このようなことから、この相聞歌4首は、すくなくとも紀皇女を思い詠った弓削皇子ご自身の詠作(または代作者による弓削皇子の歌)というのには否定的になります。しかし、宴席等での弓削皇子ご自身の詠作(または代作者による弓削皇子の歌)という仮説は、残ります。

また、弓削皇子に仮託して「諸方の歌を集めて集成した面」が強いという見方(伊藤博氏)もあります。

⑤ そのため、作者の特定はせず、この歌は、大人の男女の軽い相聞歌と理解します。土屋氏のいう「民謡を用いたか」という意見の方向と同じであります。(下記⑦及び付記1.参照)

⑥ 現代語訳を試みると、つぎのとおり。

 「大船が、(例えば住之江の津のような)波の静かな港に停泊している時も、揺れ動き続けている。そのように、私はずっと捕らわれたままで、物思ひに痩せてしまった。この乙女のために」

 大船の動きに自分を喩えているのは、相手にへりくだっている印象がありません。贈られた女性はどう思うでしょうか。

 2-1-122歌の四句の万葉仮名は、物念痩奴」ですが、痩」という漢字を用いてなければ、また違った理解も生じたところです。即ち、四句「ものもひやせぬ」を、動詞「ものもふ」の連用形+係助詞「や」+動詞「為」の未然形+打消しの助動詞「ず」の連体形とする理解です。歌の趣旨が変わってしまうところです。

 

5.同一の詞書(題詞)の歌について

① 同一の詞書(題詞 「弓削皇子思紀皇女御歌四首」)に4首ありますので、そのなかにおける類似歌の独自性を確認することとします。

 なお、2-1-120歌は、『猿丸集』の3-4-25歌の類似歌であり、その3-4-25歌の詞書は、この歌3-4-23歌と同じです。

② 2-1-119歌 

    よしのがは ゆくせのはやみ しましくも よどむことなく ありこせぬかも

現代語訳を試みると、つぎのとおり。

吉野川の早瀬のところが暫くの間でも淀まないように、私の場合もなってくれないものかなあ。」)

 

③ 2-1-120

    わぎもこに こひつつあらずは あきはぎの さきてちりぬる はなにあらまし

  (吾妹児尓 乍不有者 秋芽之 咲而散去流 花尓有猿尾)

 

現代語訳を試みると、つぎのとおり。

「あの人にいくら恋しても詮無い状態になってきたが、それでも、あの人が、(私の愛でる)秋萩のように咲いたら散るという花であってくれたらなあ」

③ 作者の弓削皇子は、「こひつつあらずは」を2-1-1612歌でも用いています。

「こひつつあらずは」を阿蘇氏は「恋い続けていないで」と訳しています。つまり相手にされていないことに気が付いたが恋を作者は諦めているわけではないので、の意です。だから、三句以下は、相手の心変わりを期待している意であると、理解しました。

連語「有らまし」は、事実とは異なる状態を想像し、そうあったらよいのに、という気持ちを表わします。

「こひつつあらずは」と表現する歌は、『萬葉集』に18首あります。良く詠われているフレーズといえます。

④ 三句にある「あきはぎ」の万葉仮名は、「秋芽之」です。『萬葉集』における「はぎ」 の詠み方について、『新日本文学大系1萬葉集1(佐竹他)で、「萬葉集に萩を詠む歌は141首。その1/4以上が花の散り過ぎることに言及し、平安朝以後の萩の歌が下葉の紅葉や露を好んで主題とするのとは傾向を異にする。「萩」の字は万葉集に登場しない。『新撰万葉集』も「芽」の字。」と指摘しています。

ハギ(萩)は、マメ科ハギ属の落葉低樹で、高さ1.5m位で細い枝が土にしだれます。花が総状につきます。紅紫の花や白もあります。万葉時代には、野の花であり、ハギのあるところは、生活空間の周辺であり郊外を彷彿とさせることばです。

⑤ なお、土屋氏は、「こひつつあらずば」と訓み、『萬葉集私注』で論じています(十巻18p~)。また、「恋愛心の表現にすぐ生死を言ふのは萬葉集(時代の人)の表現技法だけの問題」として、次のように訳し、 2-1-119歌と同様民謡などの調子が感ぜられる、と氏は評しています。

「吾妹子に戀ひ戀ひて生きてをれないならば、秋萩の咲けば散ってしまふ花になって散り失せ死ぬる方がましであらう。」

諸氏の多くも、このようであれば作者は花になったほうがましだ、と詠っていると解釈していますが、この歌を相手におくったら、「ご勝手にどうぞ」と言われる可能性があります。そのような返歌の心配のない歌を詠んだのだと主張する立場に作者を置いて理解した(相手に哀願する歌を贈る)ほうが、相聞歌としてよい、と思います。

 

⑥ 2-1-121

    ゆふさらば(暮去者) しほみちきなむ すみのえの あさかのうらに たまもかりてな

 現代語訳を試みると、つぎのとおり。

「もしも夕方が過ぎると、(暗さが本格的になるし)潮は満ちて来てしまう。だから、住之江の浅香の浦の (この夕方という時間帯のうちに)玉藻を刈ってしまいたい。」

初句は「ゆふされば」ではなく「ゆふさらば」であり、名詞「夕」+動詞「去る」の未然形+助詞「ば」です。

「夕(べ)」は、夜を中心とした時間の始まりで、「夕映え」という語からも知られるように、日暮れ時分で、まだ暗くない頃であり、「宵」が「夕(べ)」に続く暗い時間です(『例解古語辞典』)。

⑦ 4首を比較すると、2-1-122歌は現代語訳(試案)のように2-1-121歌と住之江という地名が共通ともとれますが、最後の2-1-122歌も含めこの4首は恋の進行順ではなく、すべて、逢うことができない状況で繰り返し訴えている、片恋の歌で、それぞれ独立しています。

⑧ 片恋の歌であることは、弓削皇子紀皇女は結びつかなかったという理解をしてもらえる材料の一つになるでしょう。また、誰かが、皇女と皇子の間の片恋の歌に仕立てるとしても弓削皇子20代で薨じており子孫への迷惑もない存在だったのではないでしょうか。

 

6.3-4-23歌の詞書の検討

① 3-4-23歌は、3-4-22歌の詞書がかかる数首のうちの一首ですので、その詞書を再掲します。

おやどものせいしける女に、しのびて物いひけるをききつけて、女をとりこめていみじういふとききけるに、よみてやる

② その現代語訳(試案)を、3-4-22歌に関するブログ(2018/7/9)から引用します。

「親や兄弟たちが私との交際を禁じてしまった女に、親の目を盗んで逢っていることをその親たちが知るところとなり、女を押し込め厳しく注意をしたというのを聞いたので、詠んで女に送った(歌)」

 

7.3-4-23歌の現代語訳を試みると

① 初句の「おほぶね」という表現は、『萬葉集』に多数ありますが、『古今和歌集』には1首のみです。題しらず・よみ人しらずの歌であり、作詠時点を推測すると、『猿丸集』の同時代の歌あるいはその直前の歌、とみてよい、次の歌です。

1-1-508歌  題しらず            よみ人しらず

いで我を人なとがめそおほ舟のゆたのたゆたに物思ふころぞ  

「おほ舟」が「ゆたのたゆたに」なる、と表現している歌です。この表現は、2-1-122歌と同じ発想です。「おほ舟」はどの停泊地においても揺れてしまうもののようです。

② 初句~二句「おほぶねのいづるとまりの」とは、大船が出向する港、即ち、「大問題が生じている(親どもが折檻するという)一家・一族」、の意となります。

③ 三句「たゆたひに」の主語は、「とまり」であり、女の一家・一族を指します。

④ 四句「ものおもひわびぬ」となる理由が、五句です。「もの」とは、個別の事情を明示しないで一般化していっている語句であり、「おもひわぶ」とは、つらいと思う、思い悲しむ意であり、「ぬ」は、完了の助動詞「ぬ」の終止形です。家族にとりこめられている女になにもしてやれない無力さを感じていることの表現です。

⑤ 五句の「ひとのこ」は、特定の人物を念頭においた表現の「人」で、その意は、詞書より「とりこめられていみじう」されても作者を慕ってくれている女」を指しています。つまりその女と作者は愛し合っています。

⑥ これらの検討の結果、3-4-23歌の現代語訳を、詞書に従い試みると、つぎのとおり。

「大きな船が出港する停泊地はゆらゆら波が揺れ止まりしていないようですが、思いがいろいろ浮かび辛いことです。親に注意をうけても慕っていただける貴方のことで。」

⑦ 「親ども」は、この歌を当然知るところとなるでしょう。『萬葉集』記載の類似歌を承知していれば、歌人としての才は認めてもらえたかもしれません。それだけで交際が許されるとは思えません。

 

8.この歌と類似歌とのちがい

① 詞書の内容が違います。 この歌3-4-23歌は、作者が愛する女の置かれている状況を明かにしており、類似歌2-1-122歌は作者が愛を得たい女性の名だけ明らかにしているだけです。

② 二句の語句が異なります。この歌は、「いづるみなと」で出発する港の意で、問題が発生していることを示唆しています。類似歌は「はつるとまり」で停泊する港の意で、停泊しているのにかかわらず揺れるという表現につながり、気持ちのおちつかないことを示唆しています。

③ 四句の動詞が異なります。この歌は、「おもひわび(ぬ)」で、心に関しての動詞です。類似歌は、「やせ(ぬ)」で外見に関しての動詞です。

④ 五句の「ひとのこ」の意が異なります。この歌は、特定の人物を念頭においた表現の「人」で、その意は、詞書により、おやどもに「とりこめられていみじうされても作者を慕ってくれている女」を指しています。そしてその女と作者は愛し合っています。

類似歌は、特定の人物を念頭においた表現の「人」であるのは変わりなく、詞書により紀皇女を指していますが、軽い相聞歌なので、その二人の関係は、作者の片思いであってもかまわないものです。

⑤ この結果、この歌は、愛情を交わした女に対する作者の心のうちを詠って、相手を慰める歌であり、類似歌は、恋の進展のないことにより外見が変わったと訴えた歌です。

⑥ さて、『猿丸集』の次の歌は、つぎのような歌です。

3-4-24歌  <詞書なし>

人ごとのしげきこのごろたまならばてにまきつけてこひずぞあらまし

類似歌は万葉集2-1-439:和銅四年辛亥河辺宮人見姫嶋松原美人屍哀慟作歌四首(437~440

ひとごとの しげきこのころ  たまならば てにまきもちて こひずあらましを

(人言之 繁比日 玉有者 乎尓巻以而 不恋有益雄)

 

この二つの歌も、趣旨が違う歌ともいえます。

⑦ ご覧いただきありがとうございます。

次回は、上記の歌を中心に記します。

2018/7/16   上村 朋)

付記1.弓削皇子について

① 弓削皇子は、天武2(673)に生れ(寺西貞弘氏ら)。持統天皇7年(693)同母兄長皇子とともに浄広井弐。持統天皇10(696)高市皇子薨去後の皇嗣選定会議において4歳ほど年長にあたる葛野王に叱責されている。そのような会議に出席できる立場なので、発言が政治的に解釈されることを理解していたと思われる。文武天皇3(699)歿。

② 弓削皇子の作の歌とある歌は、『萬葉集』に8首ある。相聞の歌6首と雑の歌2首である。

このほか献呈歌(作者未詳)が、『萬葉集』第第九 雑歌にある。

③ 相聞の歌6首は、つぎのとおり。

2-1-111歌 幸于吉野宮時弓削皇子贈与額田王歌一首

    いにしへに こふるとりかも ゆづるはの みゐのうへより なきわたりゆく

 この歌は、巻第二の相聞にある。この歌に対して、額田王は「額田王奉和歌一首 従倭京進入」と題する歌(2-1-112)と「従吉野折取蘿生松柯遣時額田王奉入歌一首」と題する歌(2-1-113)2首を贈っている。

この歌のみに返歌がある。男女の間の歌の交歓なので、雑ではなく、相聞とされたと推測できるが、共通の話題について互いに詠っており、この歌の贈答は、昔を忍ばせる贈り物に添えた歌のように感じられる。

 

2-1-119歌以下の4首( 弓削皇子思紀皇女御歌四首)は、本文5.参照。

この四首は、巻第二の相聞にある。この四首に応えたと思われる紀皇女の歌は、『萬葉集』に記載がない。

2-1-1612歌 弓削皇子御歌一首

      あきはぎの うへにおきたる しらつゆの けかもしなまし こひつつあらずは

 この歌は、巻第八 秋相聞30首の3番目の歌である。下句「けかもしなまし こひつつあらずは

」が同じとなる歌が、2-1-2258歌など3首ある。五句の表現の歌は『萬葉集』に18首ある。

 類歌が、巻第十に3首あり、土屋氏はこの歌も「本来は民謡であったのを巻第二との類似により、弓削皇子に帰せしめられたたのであらう」、と指摘している。

④ 雑の歌は、つぎのとおり。

2-1-243歌 弓削皇子遊吉野時御歌一首

    たきのうへの みふねのやまに ゐるくもの つねにあらむと わがおもはなくに

 春日王が、この歌に対して「春日王奉和歌一首」と題する歌(2-1-244歌)で応えている。

 この歌は、巻第三 雑歌にある。また、『萬葉集』には「或本歌一首」と題する2-1-243歌と発想の似た「みふねのやま」を詠む歌(2-1-245歌)が記載され、その左注に「人麿之歌集出」とある。

2-1-1471歌 弓削皇子御歌一首 

    ほととぎす なかるくににも ゆきてしか そのなくこゑを きけばくるしも

この歌は、巻第八 夏雑歌の、ホトトギスを詠む13首の3番目の歌である。

この歌の類似歌は、『萬葉集』にない。

   この歌は、『猿丸集』にある3-4-4歌の類似歌となっている(ブログ2018/2/26参照)。

⑤ 弓削皇子に献じられた歌が、巻第九 雑歌にある。 「献弓削皇子歌三首」と題する歌3首(2-1-1705~ 作者未詳)と、同「献弓削皇子歌一首」と題する歌(1713歌 作者未詳)がある。

また、「弓削皇子薨時置始東人作歌一首幷短歌」がある。(2-1-204歌~2-1-206歌)

⑥ 歌を披露(朗詠)し記録される機会のひとつに、朝廷の公的な宴席や有力皇族や貴族の私的な宴席が想定される。そのほか贈答品に添えた歌(あるいはお返しの歌)も、和歌をたしなむ者は記録すると、思える。

巻第十五にある中臣宅守と佐野弟上娘子のような個人的な贈答の歌が第三者に残される可能性は一般的には低いであろう。朝廷の処罰の対象になったような事件に関係した歌は公的あるいは噂として記録されたりしたのであろうか。

(付記終り 2018/7/16  上村 朋)  

 

 

 

 

 

 

 

わかたんかこれ 猿丸集第22歌 おもひわぶらん

前回(2018/7/2)、 「猿丸集第21歌 あまをとめ」と題して記しました。

今回、「猿丸集第22歌 おもひわぶらん」と題して、記します。(上村 朋)

 

. 『猿丸集』の第22 3-4-22歌とその類似歌

① 『猿丸集』の22番目の歌と、諸氏が指摘するその類似歌を、『新編国歌大観』より引用します。

3-4-22歌  おやどものせいしける女に、しのびて物いひけるをききつけて、女をとりこめていみじういふとききけるに、よみてやる

ちりひぢのかずにもあらぬわれゆゑにおもひわぶらんいもがかなしさ

 

3-4-22歌の類似歌 2-1-3749歌  中臣朝臣宅守与狭野弟上娘子贈答歌(3745~3807)

     ちりひぢの かずにもあらぬ われゆゑに おもひふわぶらむ いもがかなしさ 

(・・・於毛比和夫良牟 伊母我可奈思佐)

 この歌にかかる左注があります。「右四首中臣朝臣宅守上道作歌(3749~3752)

② 清濁抜きの平仮名表記をすると、四句の一字と、詞書が、異なります。

③ 類似歌は、もう一首ありますので、『新編国歌大観』より引用します。

3-4-22歌の類似歌 1-3-872 題しらず    よみ人しらず

ちりひぢのかずにもあらぬ我ゆゑに思ひわぶらんいもがかなしさ

 この歌は、『拾遺和歌集』巻第十四 恋四 にあります。

 三代集と『猿丸集』は、同時代の作品でありそれぞれの編纂担当者は同時代の人です(ブログ2017/11/9参照)ので、3-4-7歌の類似歌と同様にこの歌も類似歌として検討対象となります。しかし、清濁抜きの平仮名表記をすると、歌は3-4-7歌と全く同じであり、2-1-3749歌と四句の一字の違いだけであるので、2-1-3749歌を代表の類似歌として以後検討します。

④ これらの歌は、相手を思いやっているのは共通ですが、その理由がだいぶ違う歌です。

 

2.類似歌の検討その1 配列から

① 現代語訳を諸氏が示している類似歌を、先に検討します。

類似歌2-1-3749歌は、 『萬葉集』巻第十五の「中臣朝臣宅守与狭野弟上娘子贈答歌」と題する中の歌です。西本願寺本の目録にはつぎのようにあります。

「中臣朝臣宅守娶蔵部女嬬狭野弟上娘子之時勅断流罪越前国也於是夫婦相嘆易別離一レ会陳慟情贈答歌六十三首」

② 六十三首の配列から、この類似歌の特徴をみてみます。

この63首中に左注がいくつかあり、小見出しのようになっています。それは次の順にあります。

右四首娘子臨別作歌 (3745~3748

右四首中臣朝臣宅守上道歌  (3749~2752)  (類似歌がこのグループの最初)

右十四首中臣朝臣宅守  (3753~2766)

右九首娘子  (3767~3775)

右十三首中臣朝臣宅守  (3776~2788)

右八首娘子  (3789~3796)

右二首中臣朝臣宅守  (3797~3798)

右二首娘子  (3799~3800)

右七首中臣朝臣宅守寄花鳥陳思作歌  (3801~3807)

この類似歌は、夫である中臣朝臣宅守(やかもり)が妻の蔵部女嬬(くらべのにょじゅ)狭野弟上娘子(さののおとがみのをとめ)におくった歌であり、二番目の左注の歌群に含まれ、配流先へ向かう途中の思いを歌にしています。狭野弟上娘子は、役職上男官と日々接触する立場であり、土屋氏は、「女嬬(という役職そのもの)が御物に準ずべきもの故、盗んだとみなされ流罪となったのか」と論じています(『萬葉集私ち注』(巻十五追考))。中臣朝臣宅守の配流先は三段階あるうちの一番軽い地です。配流後天平139月の大赦で帰京し、天平宝宇8年(764恵美押勝の乱連座しています。

③ 二番目の左注の歌群の歌をすべて記すと、つぎのとおり。

 2-1-3749歌 類似歌(上記1.参照)

 2-1-3750歌 あをによし ならのおほちは ゆきよけど このやまみちは ゆきあしかりけり

 2-1-3751歌 うるはしと あがもふいもを おもひつつ ゆくばかもとな ゆきあしかるらむ

 2-1-3752歌 かしこみと のらずありしを みこしぢの たむけにたちて いもがなのりつ

④ 一番目の左注の歌群が、娘子が詠う都での別れの歌であり、二番目の左注の歌群は、宅守が都を出発してから配所までの間の思いを詠っている歌です。三番目の左注の歌群は、内容をみると宅守が配所に着いてからの歌となっています。

類似歌は、4首連作した羈旅の歌のひとつとして理解してよい、と思います。(付記1.参照)

 

3.類似歌の検討その2 現代語訳

① 諸氏の現代語訳の例を示します。

     塵や泥のように、物の数にも入らないこの私故に、辛い思いをしているであろうあなたが いとおしく切なく思われます。」(阿蘇氏)

     塵か泥土の如く、物の数でもない私の為に、思ひわびしがるであらう妹が、可愛いそうなことである。」(土屋氏)

② 阿蘇氏は、「四句「思ひわぶ」とは、「苦しく思う、思い悲しむ」、の意であり、「(五句にある)かなしさ」には、「いとしい思いと、にもかかわらず離れなければならない悲しい思いとが含まれている。」、と指摘しています。

土屋氏は、「わぶ」とは、「遣る瀬ながるとでも言ふのであらう。」と指摘しています。

③ 「ちりひじの」は、「数にもあらぬ」の枕詞と諸氏は指摘していますが、『萬葉集』での用例は、この歌1首だけです。三代集の用例は、1首だけありますが、その歌は、『拾遺和歌集』巻第十四恋四、にあるよみ人しらずの歌1-3-872歌であり、この類似歌の引用といえる歌です(四句の「わぶらむ」が「わぶらん」となっている)。なお三代集以後の勅撰集にも一首あるあるだけです(『風雅和歌集』1-17-1702歌)。

④ 両訳は、枕詞の「ちりひじの」も省略せず現代語訳に含みますが、五句「いもがかなしさ」の訳の差により、現代語訳として今、土屋氏の訳を採り、3-4-22歌との比較をします。

 

4.3-4-22歌の詞書の検討

① 3-4-22歌を、まず詞書から検討します。

 「おやども」とは、親を代表として係累の者たち、の意です。少なくとも親とその女の兄弟を含みます。当時、貴族(官人)の子女の結婚は、氏族同士の結びつきと同義の時代です。

③ 「せいしける」の「せいし」とは、3-4-19歌・20歌の詞書と同様に、動詞「制す」の連用形であり、その意は、「(おもに口頭で)制止する」のほか、「決める・決定する」、の意もあります。

④ 詞書の現代語訳を試みると、つぎのとおり。

「親や兄弟たちが私との交際を禁じてしまった女に、親の目を盗んで逢っていることをその親たちが知るところとなり、女を押し込め厳しく注意をしたというのを聞いたので、詠んで女に送った(歌)」

⑤ この詞書は、この歌以後の数首の歌にかかります。それらの歌の現代語訳(試案)を試みた後に、あらためてこの詞書(試案)の妥当性を確認したいと思います。

 

5.3-4-22歌の現代語訳を試みると

① 初句の「ちりひぢ」は、類似歌と同じく、「塵泥」であり、些細な価値もあるかどうか分からない物の喩えと、理解できます。ここでは、作者が自分を卑下して言っていますが、一夫多妻の貴族社会にあっては、結婚がその氏族の命運を左右するので親兄弟は慎重になります。

そのような視点からみると、娘から遠ざけようとしている作者が「塵泥」であるのは、政界における有力者の息子ではない、ということです。また、その娘は有力者の息子に相応しい教養があり、親は結婚後支援できるほどの財力がある受領のひとりの可能性がある、と推定できます。

② 四句にある「おもひわぶ」とは、「思ひ侘ぶ」であり、「思い悲しむ。つらいと思う」意です。

誰が主語かというと、禁止をしたのにまだ言い寄る作者がいるのでこまり果てている親、となります。

③ 詞書に留意し、現代語訳を試みると、つぎのとおり。

「塵や泥のように物の数にも入らない私が、懲りないであなたに近づく故に、あなたの親兄弟は、思い悲しむのであろう。それを承知して(あい続けてくれる)貴方のいとしさよ。」

 

6.この歌と類似歌とのちがい

① 詞書の内容が違います。この歌3-4-22歌は、詠む事情を作者自ら記しています。 類似歌2-1-3749歌は、夫婦の間の贈答歌であることを『萬葉集』巻第十五の編纂者が指摘しているだけです。

② 初句の「ちりひぢ」の意味が、異なります。この歌は、社会的な属性の違いを示唆し、類似歌は、相手に寄り添えない今の自分の境遇をさしています。

③ 四句にある「おもひわぶ」の主体が違います。この歌では、相手の親兄弟などの親族となり、類似歌では、歌を贈った相手となります。

③ この結果、この歌は、作者のために親どもとのいさかいに苦しむ女を思いやる歌です。これに対して、類似歌は、無力の自分が原因で遣る瀬無い思いをさせている女を思いやっている歌です。

④ さて、『猿丸集』の次の歌は、つぎのような歌です。

3-4-23歌 <なし>

おほぶねのいづるとまりのたゆたひにものおもひわびぬ人のこゆゑに

3-4-23歌の万葉集2-1-122:弓削皇子思紀皇女御歌四首(119~122)

 おほぶねの はつるとまりの たゆたひに ものもひやせぬ ひとのこゆゑに 

(・・・物念痩奴 人能児故尓)

 

この二つの歌も、趣旨が違う歌です。

⑤ ご覧いただきありがとうございます。

次回は、上記の歌を中心に記します。

2018/7/9   上村 朋)

付記1.2-1-3752歌について

① 土屋氏の現代語訳を引用すると、つぎのとおり。

2-1-3752

 「謹んで口に出さず居ったのを越の道の神に手向ける坂で、娘の名を口にしてしまった。」(土屋氏)

 

② 2-1-3752歌が、事実を詠った歌だとすると、狭野弟上娘子の「名」を護送していた者たちに聞かれたことになります。単に役職名を口にしたとは思えない。当時他人に名を知らせることは憚るもののひとつであっても、道中の平安を祈る手向け(峠)で娘子の名を口にしたりあるいは歌にその事実を詠うのには抵抗がない程度の憚りであったか(少なくとも巻第十五の編纂者の時代には)。

③ 「みこしぢとは、越の三国(越中・越前・越後)へ通じる道のこと。「たむけ」(峠)は畿内と畿外の境目に位置する逢坂山では口にするのを我慢して、愛発の坂での手向けが候補となる。

(付記終り 2018/7/9  上村 朋)

 

 

 

わかたんかこれ 猿丸集第21歌 あまをとめ

前回(2018/6/25)、 「猿丸集第1920歌 たまだすき」と題して記しました。

今回、「猿丸集第21歌 あまをとめ」と題して、記します。(上村 朋)

 

. 『猿丸集』の第21 3-4-21歌とその類似歌

① 『猿丸集』の21番目の歌と、諸氏が指摘するその類似歌を、『新編国歌大観』より引用します。

3-4-21歌    物へゆくにうみのほとりを見れば、風のいたうふくに、あさりするものどものあるを見て

    風をいたみよせくるなみにあさりするあまをとめごがものすそぬれぬ

 

 3-4-21歌の類似歌  2-1-3683歌   海辺望月作歌九首(3681~3689)  よみ人しらず  

    かぜのむた よせくるなみに いざりする あまをとめらが ものすそぬれぬ 

(可是能牟多 与世久流奈美尓 伊射里須流 安麻乎等女良我 毛能須素奴礼奴) 

 一伝、あまのをとめが ものすそぬれぬ    

 

② 清濁抜きの平仮名表記をすると、初句 三句 四句 に違う表記があり、詞書が、異なります。

③ これらの歌も、趣旨が違う歌です。 この歌3-4-21は、風の強い日に海に臨む崖の景を詠い、類似歌は、漁師の乙女を詠っている歌です。

 

2.類似歌の検討その1 配列から

① 現代語訳を諸氏が示している類似歌を、先に検討します。

類似歌2-1-3683歌は 『萬葉集』巻第十五にあります。この巻は、天平八年の遣新羅使人等の歌145首と中臣宅守と狭野茅上娘子との間の贈答歌(63首)の二群だけで構成されており、その前者にこの歌はあります。西本願寺本の目録には、前者について「天平八年(736)丙子夏六月、遣使新羅之時、使人等各悲別贈答、及海路之上慟旅陳思作歌、幷當所誦詠古歌 一百四十五首」とあります。

② 一百四十五首は、出発にあたって留守居する者との贈答歌から始まり、ほぼ旅程の順に配列されています。

この歌の前後の詞書(題詞)は、つぎのとおりです。

至筑紫館遥望本郷悽愴作歌四首 (3674~3677)

七夕仰観天漢各陳所思作歌三首 (3678~3680)

海辺望月作歌九首(3681~3689

筑前国志麻郡之韓亭舶泊経三日、於時夜月之光皎皎流照・・・聊以裁歌六首 (3690~3695)

引津亭舶泊之作歌七首 (3696~3702)

このように詞書(題詞)は、筑紫館で詠んだ歌が3つの詞書(題詞)に分かれているが、後は船を泊めた(宿泊した地)であろう港単位になっています。

③ このため、各詞書単位に、その歌群で整合が取れている歌であればそれでよい、と理解できます。

 なお、筑紫館とは、外来の客や朝廷の公使専用に大宰府が管理している宿泊所兼接待所です。

 

3.類似歌の検討その2 現代語訳の例

① 諸氏の現代語訳の例を示します。

     「風と共に寄せてくる波に、魚を捕っている海人娘人たちの裳の裾が濡れてしまった。」(阿蘇氏)

     「風と共に寄せて来る波に、漁をする海人をとめ達の、裳の裾がぬれた。」(土屋氏)

② 阿蘇氏は、「この歌は、安易に海人娘人と裳の裾を結びつけて海浜の旅の歌としたのであろう。観念的につくられた歌である。地名も読み込まれていない。」と指摘しています。

③ 土屋氏は、「天平八年の遣新羅使人等の歌145首のうち作者を注で示していない103首は、145首をまとめて後記した者の作か」と指摘し、作者名の記載方法からみて「小判官(という役職)以下の録事程度の(職にいる)者か」と推測しています。その作風は「概して極めて拙劣なること、枕詞などほとんど乱用とみられるものがある」と評しています(『萬葉集私注』巻十五冒頭部分)。

遣新羅使のトップは、大使です。以下、副使、大判官、小判官の職にいる者は作者名としてその役職名の記載となっています。103首の作者を、仮に「未詳の作者」と呼ぶこととします。なお、「未詳の作者」は複数であるとする諸氏もいます。

 

4.類似歌の検討その3 現代語訳を試みると

① 各句単位に、検討を始めます。

初句「かぜのむた」という語句は、『萬葉集』に、いくつかあります(付記1.①参照)。「むた」は、「と共に」の意です。

② 三句「いざりする」の「いざり」とは、「漁り(平安時代以後「いさり」と読む)、漁をすること」を指す(『例解古語辞典』)とありますが、 『萬葉集』での用例より、類似歌における意味を確認します。

句頭に「いざり(する)」あるいは句頭に「あまのいざり」とある『萬葉集』歌は、15首ありました(付記1.②参照)。それらの歌における「いざり(する)」の意を整理すると、次の表になります。歌番号が赤色は、巻十五の遣新羅使群の歌(3600~3744)中の歌です。

 

表 句頭に「いざり(する)」あるいは句頭に「あまのいざり」とある『萬葉集』歌における「いざり(する)」

の意味区分(対象歌数計15首 2018/7/2  現在)

意味区分

 歌番号

計(首)

A あま(海人)が舟に乗り 「いざりする」

 258  944  3188  3629 3631  3645  3675  3686  4384

  9

B 舟に乗り 「いざりする」あま(海人)を 貧弱な衣服の者に例える

 253イ 

  1

C 「いざり」は夜の漁における集魚灯

3694 3918

  2

D あまをとめ(海人の少女)が 舟に乗り「いざりする」

3649

  1

E あまをとめ(海人の少女)が 「いざりする」

3683 3683イ

  2

注1)歌番号は、『新編国歌大観』第2巻記載の『萬葉集』の歌に付されている歌番号

注2)赤色の歌番号は、巻十五の遣新羅使群の歌(3600~3744)中の歌

③ この表から、「あまをとめ」の作業であると限定する意味区分DEを除くと、「いざり(する)」とは、「海に出て(舟に乗って)漁をする。集魚灯を用いた夜間の漁もある。」意である、と言えます。さらに、夜間の漁における集魚用の灯り即ち「漁り火」の略か、とも言えます。

意味区分DEは、巻十五の遣新羅使群の歌(3600~3744)中の歌の用例しかありません。この類似歌(2-1-3683)も該当します。「あまをとめ」が「いざりする」と詠う歌は、2-1-3683歌の四句と五句の異伝歌が、2-1-3683歌イであるので、実質は、『萬葉集』において2例のみです。

また、巻十五の遣新羅使群の歌(3600~3744)中の歌が用例中の過半を占めていますが、いずれも土屋氏が作風について一言している「未詳の作者」の詠です。

④ 「あま(の)をとめ」の用例も『萬葉集』に多数ありますので、「あま(の)をとめ」がどのような意味(仕事)をしていると詠われているかを確認し、表の意味区分DEの意味するところを推測してみたい、と思います。

萬葉集』で句頭に、「あま(の)をとめ・・」とある歌は、22首あります(付記2.参照)。その歌の現代語訳を試み、「あま(の)をとめ」はどのような作業(仕事)をして(しようとして)いるかを、作業区分とその作業の行われる場所別に見ると、次の表のようになります。歌番号が赤色は、巻十五の遣新羅使群の歌(3600~3744)中の歌です。

表 『萬葉集』で句頭に、「あま(の)をとめ・・」とある歌の分類  (2018/7/2  現在)

作業区分

歌番号

作業例数

作業場所

イ)もしほやく

5   369   940① 

  3

ロ)浜で(玉)藻かる  

又は940② 又は941 1730  

  3

ハ)舟に乗り(玉)藻かる

又は940② 又は941  1156  3660  3912 

  5

海上

ニ)舟に乗り 集魚灯の番をする

3918

  1

海上

ホ)舟に乗り 玉を求める

1008

  1

海上

ヘ)上記以外で船にのる(作業不明)

935  1067  3663

  3

海上

ト)浜で 浜菜を摘む

3257

  1

チ)海中で 貝をとる

3098

  1

 海上

リ)舟に乗り 「いざりする」

3649

  1

 海上

ヌ)「いざりする」

3683 3683イ

  2

保留

ル)「あさりする」

1190

  1

ヲ) (作業に関係なく)天つをとめ

 869

  1

対象外

ワ)作業不明

1206  

  1

岩場(浜)

カ)作業不明

3619

  1

 海上

合計

(該当歌数は22首)

 

 25

浜と岩場 9例

海上 13例

対象外 1例

保留 2例

注1)歌番号は、『新編国歌大観』第2巻『萬葉集』に付されている歌番号。

注2)歌番号のあとの①,②は、その歌において作業が二つ詠われていることによる。

注3)「又は+歌番号」は、その作業の可能性があり、浜(あるいは岩場)か、海上に絞れない作業を詠う歌、の意である。

注4)赤色の歌番号は、『萬葉集』巻十五の遣新羅使一行の歌(3600~3744)である。

注5)作業場所は、浜(あるいは岩場)、海上、対象外、保留の4区分とした。対象外とは、海人の少女の意ではない「あまをとめ」という表現の歌を指す。保留は、本文で検討を別途加える予定。

⑤ 作業は14種に別けざるを得ませんでした。そのうち、表のイ)~ホ)及びト)とチ)の7種の作業(仕事)が「あま(の)をとめ」の主たる作業(仕事)ということがはっきりしました。このほかチ)の作業から類推すると、岩場などでの貝とり。海苔とりなどが考えられます。

舟に乗り作業(仕事)をしているのは、ハ)(舟に乗り(玉)藻かる)か、ニ)(舟に乗り集魚灯の番をする)、ホ)(舟に乗り 玉を求める)、チ)海中で 貝をとる)です。

⑥ その他の作業(仕事)について、その主たる作業(仕事)に該当するかどうかを検討します。

 最初に、ヘ)の作業である3例を、その作業(仕事)をほかの作業(仕事)とも比べてみると、

  935歌は、「あまをとめ たななしをぶね こぎづらし」と詠い(付記2.参照)、舟に乗って漕いでいるのは「あまをとめ」だけらしい。

  1067歌は、1073歌と比較すると、「玉藻かる」らしい。

  3663歌は、「かぢのおとするは あまをとめかも」と詠い、935歌と同じようである。

 このことから、舟に乗る作業(仕事)で一番可能性が高いのはハ)の作業となります。

⑦ 次にリ)の作業は、7種の作業(仕事)より選べば、海人とともにする作業ではない舟に乗った作業で且つ昼間であるハ)となります。ホ)やヘ)の可能性もあります。

次にヌ)の作業は、その該当歌によれば、浜に寄せ来る波と強い風のなかでの作業なので、舟に乗っていない可能性が強いので、7種の作業(仕事)より選べば、ロ)(浜で(玉)藻かる)となります。風の強い中で出航したら海人も「あま(の)をとめ」も衣を濡らしているはずであり、「あま(の)をとめ」だけ注目するならば、浜で(海人の作業ではないと思われる)作業に従事してして者と推定するのが自然に思えます。さらに、ト)や岩場での貝とりもあり得ます。

⑧ 次にル)の作業は、「あさりする」意が、句頭に「あさりする」とある『萬葉集』歌(付記1.③参照 但し2-1-1190歌を除く)と、三代集の歌(4首ある。付記3.①参照)によれば、

     魚や貝や海草を捜し求めている。

     鶴などが餌をさがして歩いている。

     漁を生業とする者(の家)は貧しいので、貧民を形容する語。

     浜で貝を拾い集めている。

という意で用いられているので、ル)の作業をしている2-1-1190歌では、ロ)又は岩場での貝とりか、と思われます。

⑨ 次にヲ)の作業は、今検討している「海人の少女」とは別の概念の「あまをとめ(天女)」です。

⑩ 次にワ)の作業は、チ)に近い作業を岩場で行っているのではないか。ル)の作業と重なると思われる。又、カ)の作業は、昼間の海上での作業であるので、ハ)の作業ではないか、と推測できます。

以上の検討より、上記の意味区分D(あまをとめ(海人の少女)が 舟に乗り「いざりする」)は、海人とともにする作業ではない舟に乗った作業であるハ)が有力です。「未詳の作者」が安易に海上の「あまをとめ」を描写するならば、ハ)ではないでしょうか。藻をとる場面は浜と海上を通じて一番ん多く詠まれています。

⑪ また、上記の意味区分E(あまをとめ(海人の少女)が 「いざりする」)は、ロ)(浜で(玉)藻かる)やト)や岩場での貝とりの類の作業ということになります。

つまり、この類似歌の三句「いざりする」という語句を、「未詳の作者」は、海で魚類を釣る意という理解ではなく、海草や貝類などを採取する行為に対して拡大適用したのではないか、と思われます。

⑫ 類似歌の現代語訳を試みると、つぎのとおり。

 「風と共に寄せて来る波によって、浜で玉藻を採取している海人の娘達の衣の裾は濡れてしまったよ。」  

⑬ この(試案)は、一つの詞書のもとにおける9首のうちの一首として独自性がなければなりません。

海辺望月作歌九首(3681~3689)は、次のとおりです。

各歌について、「海辺」と「望月」との関連を判断し、該当すれば◯、否であれば×を、歌の次の()に、記しました。

2-1-3681歌  あきかぜは ひにけにふきぬ わぎもこは いつとかわれを いはひまつらむ

      大使之第二男   (海× 月◯:歳月)

2-1-3682歌  かむさぶる あらつのさきに よするなみ まなくやいもに こひわたるなむ 

土師稲生      (海◯:地名 月◯:歳月)

2-1-3683歌  かぜのむた ・・・(類似歌)   以下左注無しなので作者は、「未詳の作者」

       (海◯:裾濡れる 月◯:明け方の月)

2-1-3684歌  あまのはら ふりさけみれば よぞふけにける よしゑやよし ひとりぬるよは あけばあけぬとも  旋頭歌   (海× 月◯:ふりあおぐ

2-1-3685歌  わたつみの おきつなはのり くるときと いもがまつらむ つきはへにつつ

       (海◯:おきつなはのり 月◯:歳月)

2-1-3686歌 歌は割愛 (海◯:梶の音 月◯:明け方の月)

2-1-3687歌 歌は割愛 (海◯:雁がね 月◯:明け方の月)

2-1-3688歌 歌は割愛 (海× 月◯:歳月)

2-1-3689歌 歌は割愛 (海× 月◯:歳月)

9首は、妻を思うものが多く、望月は、月そのものか月の満ち引きから歳月も含まれるものとしてみれば詞書(海辺望月作歌)を満しているかにみえます。そのなかで、類似歌は、この9首のなかで独自性がある、といえます。上記の(試案)は妥当です。

 

5.3-4-21歌の詞書の検討

① 3-4-21歌を、まず詞書から検討します。

 「ものよりきて」という表現が3-4-1歌(ブログ2018/1/29)の詞書にありました。ここではその反対で、「ものへゆく」であります。「任務地へ行く・京を離れ地方に行く」、の意です。

③ 詞書にある「あさりするもの」は、「あさりするをとめ(少女)」という表現ではないので、「あさりする何物か」という意であり、「海人の少女」に限らず大人や子供やツルやその他もあり得る表現です。「もの」とは、個別の事情を直接明示しないで一般化して言う語(『例解古語辞典』)です。

④ 「あさりする」とは、『萬葉集』の用例では、採る意より、探す意が強い。「海浜か岩場で何かを求め作業している」意となります。また、三代集での用例(付記3.参照)は、4首しかありませんが、『萬葉集』の用例と同じ意です。

⑤ 「あさりするものどものあるをみて」における「ある」とは、「生る」(生まれる、出現する)、の意です。

 即ち、「(何かが)あさりするという状態にみえるところのもの(が出現したの)を、作者は認識したので、」という意となります。

⑥ 詞書の現代語訳を試みると、つぎのとおり。

「任国へゆく途中、海辺近くを見みると、風が大層吹いている中で何かをさがしている者たちがいるかにみえる光景を見て(詠んだ歌) 」

6.3-4-21歌の現代語訳を試みると

① 初句「風をいたみ」とは、名詞「風」+格助詞「を」+形容詞「甚し」の語幹+接尾語「み」であり、「風がはなはだしいので」、という意となります、

② 三句「あさりする」は、詞書にある「あさりする」と同じ意です。ここでは、四句の意に沿い理解する必要があります。

③ 四句「あまをとめごが」は、「天つをとめ児が」であり、2-1-869歌にある「とこよのくにの あまをとめ」に接尾語の「子・児」を添えた形です。歌語の「天つ少女」です。

2-1-869歌   和松浦仙媛歌一首      吉田宜

   きみをまつ まつらのうらの をとめらは とこよのくにの あまをとめかも

    (伎弥乎麻都 麻都良乃于良能  越等米良波 等己与能久尓能 阿麻越等売可忘)

 この歌は、大宰府大伴旅人から「梅花歌三十二首と松浦の河に遊ぶの序及び歌」を贈られた京に居る吉田宜の、返書中にある歌のひとつであり、松浦の浦に待つ少女らは、常世の国の天女かも、と詠う歌です。

④ 詞書と初句から、この日の天候は、「海人の少女」たちが浜や海中で作業(仕事)に適していない状況が推察できます。

⑤ 詞書に留意して、現代語訳を試みると、つぎのとおり。

「強い風があるので、寄せてはかえす波で、海辺で何か探し物をしている天女たちの裳の裾が濡れてしまっているよ。」

岩場か海に臨む崖に、強い風にあおられた大波が砕け散る様子を、天女の裳裾に見立てたのではないでしょうか。

7.この歌と類似歌とのちがい

① 詞書の内容が違います。この歌3-4-21歌は、具体に詠うきっかけの状況を説明し、類似歌2-1-3683歌は題詠の題を示しています。

② 初句が異なります。この歌は、二句以下の原因を示し、類似歌は、二句以下と同時並行の現象を指しています。

③ 三句の語句が異なります。この歌は、「あさりする」、類似歌は、「いざりする」です。しかしながら、類似歌は、「いざりする」意を拡張して用い、「あさりする」意で用いていますので、実質は同じ意です。

④ 四句の意が異なります。この歌の「あまをとめごが」は「天女が」、の意であり、類似歌の「あまをとめらが」は、「海人(の)少女達が」、の意です。

⑤ この結果、この歌は、強い風による自然の営みを天女の動きに例えて詠い、類似歌2-1-3683歌は、風のなかであっても働いている海人の少女を詠っています。

⑥ この歌の作者は、天女を指す「あまをとめ」の先例である2-1-869歌と類似歌2-1-3683歌を承知している、と断言できます。

⑦ さて、『猿丸集』の次の歌は、つぎのような歌です。

3-4-22歌  おやどものせいしける女に、しのびて物いひけるをききつけて、女をとりこめていみじういふとききけるに、よみてやる

       ちりひじのかずにもあらぬわれゆゑにおもひわぶらんいもがかなしさ

3-4-22歌の類似歌 類似歌は2-1-3749:右四首中臣朝臣宅守上道作歌(3749~3752)

ちりひじの かずにもあらぬ われゆゑに おもひふわぶらむ いもがかなしさ

 この二つの歌も、趣旨が違う歌です。 

⑤ ご覧いただきありがとうございます。

次回は、上記の歌を中心に記します。

2018/7/2   上村 朋)

付記1.『萬葉集』において、句頭に「かぜのむた」、「いざり(する)」、「あまのいざり」、「あさり(する)」とある歌 

① 「かぜのむた」と表現する歌は、4首あり、次のとおり。

 2-1-199歌 2-1-1842歌 2-1-3192歌 2-1-3683歌(この類似歌)

② 句頭に「いざり(する)」、「あまのいざり」とある歌は、すべてで15首あり、次のとおり。

下線部分は、「いざりする」という語句と「いざりする者」を示す語句である。歌の次の()内は私のその現代語訳(試案)以下同じ。歌番号が赤の歌は、巻十五の類似歌と同じ詞書中にある歌であり、15首中9首ある。

 

2-1-253イ 歌  しろたへの ふじえのうらに いざりする あまとかみらむ たびゆくわれを  雑歌

           ((くたびれた衣服を着ている官人の我を、藤江の浦の海で)ちょうどいま漁をしている

最中であるそれを生業とする者と)

2-1-258歌  むこのうみ ふなにはならし いざりする あまのつりぶね なみのうへみゆ

         ((昼間か夜か分からないが)それを生業とする者が乗り漁をしている最中である釣り船)

2-1-944歌   おきつなみ へなみしづけみ いざりすと ふじえのうらに ふねぞさわける

            ((それを生業とする者とその家族が、舟をだして)漁をするのだと)

2-1-3188歌  いざりする あまのかぢおと ゆくらかに いもはこころに のりにしものを

            ((昼間か夜か分からないが)舟で漁をしている最中であるそれを生業とする者)

2-1-3629  しろたへの ふじえのうらに いざりする あまとやみらむ たびゆくわれを

           (それを生業とする者が漁をしている最中である  2-1-253またはそのイの引用歌)

2-1-3631  むこのうみ にはよくあらし いざりする あまのつりぶね なみのうへみゆ 

          ((昼間か夜か分からないが)それを生業とする者が漁をしている最中であるところの(乗っている釣舟)      2-1-257歌の改作)

2-1-3645  やまのはに つきかたぶけば いざりする あまのともしび おきになづさふ

            ((月が西空にかかる夜明けに)それを生業とする者が漁をしている最中(の漁火))

2-1-3649 ・・・わたつみの おきへをみれば いざりする あまのをとめは をぶねのり

 つららにうけり ・・・

 (漁を生業とする者の子女は、今漁をしている最中であるが(、各々小舟に乗って連なり

浮かぶ) 

2-1-3675   しかのうらに いざりするあま いへびとの まちこふらむに あかしつるうを

            (夜を徹して灯火を用いての漁をしている最中であるそれを生業とする者)

2-1-3683 (この類似歌)  かぜのむた よせくるなみに いざりする あまをとめらが ものすそぬれぬ 

            (保留  本文参照)

2-1-3683歌イ  かぜのむた よせくるなみに いざりする あまのをとめが ものすそぬれぬ

            (三句に異同がない3683歌の異伝歌である)

2-1-3686   しかのうらに いざりするあま あけくれば うらみこぐらし かじのおときこゆ

            (夜明け前に灯火を用いて漁をしている最中であるそれを生業とする者)

2-1-3694   ひさかたの つきはてりたり いとまなく あまのいざりは ともしあへりみゆ 

 (舟に乗って漁をする(それを生業とする)人々の漁り火は海上にちらちら瞬き

あっている)

2-1-3918歌   あまをとめ いざりたくひの おぼほしく つののまつばら おもほゆるかも

            (漁を生業とする者の少女が漁のため(集魚用に)舟のなかで焚く火)

2-1-4384歌   ・・・ あまをぶね はららにうきて おほみけに つかへまつると をちこちに 

いざりつりけり ・・・   

  (漁を生業とする者の使う舟(に乗り、漕ぎだし)、(それが海上のあちこちで)

集魚用の火を舟のなかで焚いて魚を釣っている)

 

③句頭に「あさり(する)」とある歌の例を示す。下線部分は、「あさりする」という語句と「あさりする者」を示す語句である。歌番号が赤の歌は、巻十五の類似歌と同じ詞書中にある歌(すべてを示した)。

2-1-857歌   あさりする あまのこどもと ひとはいへど みるにしらえぬ うまひとのこと

            (魚介類などを探し求めているような魚とりを生業とする者の子供(ではなく貴人

の子と知っている)< 旅人の創作。「遊於松浦河序」のある歌のひとつ>)

2-1-1169歌   ゆふなぎに あさりするたづ しほみてば おきなみたかみ おのづまよばふ

            (餌をあさっている鶴)

2-1-1171歌   あさりすと いそにわがみし なのりそを いづれのしまの あまかかりけむ

            (採ろうと思って磯で見た海草ホンダワラを 漁を生業とする者が)

2-1-1190歌   あさりする あまをとめらが そでとほり ぬれにしころも ほせどかわかず

            ((魚を釣るのではなく)海草などを採っている最中の漁を生業とする者の少女たちが)

2-1-1208歌   くろうしのうみ くれなひにほふ ももしきの おほみやひとし あさりすらしも

            (行幸先の和歌山の黒江湾の浜にでて、装った女官が貝拾いをしているらしい)

2-1-1217歌   あさりすと いそにすむたづ あけされば はまかぜさむみ おのづまよぶも

            (餌をあさっては磯に住んでいる鶴)

2-1-1731歌   あさりする ひととをみませ くさまくら たびゆくひとに わがなはのらじ

            (魚介類などを探し求めているような魚とりを生業とする者即ち賤しい身分の者

と(私をみなしてください))

2-1-3105歌   かもすらも おのがつまどち あさりして おくるるあひだに こふといふものを

            (鴨が餌を求めて)

2-1-3620   ぬばたまの よはあけぬらし たまのうらに あさりするたづ なきわたるなり

(餌をあさっている鶴)

2-1-4058歌   なごのうみに しほのはやひば あさりしに いでむとたづは いまぞなくなる

            (餌を採りに鶴が)

2-1-4384歌   ・・・ あまをぶね はららにうきて おほみけに つかへまつると  をちこちに 

いざりつりけり そきだくも ・・・  (上記②に記載)

付記2.『萬葉集』における、句頭に「あま(の)をとめ」とある歌(全部で22首)

下線部分は、「あま(の)をとめ」という語句を示す。歌の次の()内は私のその現代語訳(試案)。歌番号が赤の歌は、巻十五の類似歌と同じ詞書中にある歌。

なお、 現代語訳(試案)における「海人」とは、漁をするのを生業とする者、の意である。

 

2-1-5歌 ・・・ たづきをしらに あみのうらの あまをとめらが やくしほの おもひぞやくる あがしたごころ

            (網の浦の海人の少女たちが焼く塩(のように))

2-1-369歌 ・・・ ますらをの たゆひがうらに あまをとめ しほやくけぶり ・・・ 

            (勇猛な男子が手に結う、手結いではないが 手結いの浦で、海人少女たちの塩を

焼く煙が(みえる))

2-1-869歌   和松浦仙媛歌一首      吉田宜

   きみをまつ まつらのうらの をとめらは とこよのくにの あまをとめかも

    (伎弥乎麻都 麻都良乃于良能  越等米良波 等己与能久尓能 阿麻越等売可忘)

             (旅人の「梅花歌三十二首と松浦の河に遊ぶの序及び歌を贈られた吉田宜の返書

中にある歌のひとつ。 松浦の浦に待つ少女らは、常世の国の天女かも)

2-1-935歌 あまをとめ たななしをぶね こぎづらし たびのやどりに かぢのおときこゆ

             (海人の少女が棚なし小舟を漕ぎだしたらしい)

2-1-940歌 三年丙寅秋九月十五日、幸二播摩国印南野一時、笠朝臣金村作歌一首 幷短歌

・・・ まつほのうらに あさなぎに たまもかりつつ ゆふなぎに もしほやきつつ あまをとめ 

ありとはきけど ・・・

             (淡路島の松帆の浦では、朝凪には(浜か海中で)玉藻を刈り、夕凪には藻塩を焼く

のを習いとしている、海人の少女がいると聞いているが)

2-1-941歌  たまもかる あまをとめども みにゆかむ ふねかぢもがも なみたかくとも

            (940歌の反歌であり、淡路島の松帆の浦で玉藻(海中にある藻か)を刈っている海

人の少女たち )  

2-1-1008歌  築後守外従五位下葛井連大成遥見海人釣船作歌一首

   あまをとめ たまもとむらし おきつなみ かしこきうみに ふなでせりみゆ

                 (海人の少女は、真珠を求めるらしく 危険な海に船出した)

2-1-1067歌 ありがよふ なにはのみやは うみちかみ あまをとめらが のれるふねみゆ

            (海人の少女が乗っている舟)

2-1-1156歌  かぢのおとぞ ほのかにすなる あまをとめ おきつもかりに 舟だすらしも

            (海人の少女は、昼間に舟に乗って海草を刈りにゆく)

2-1-1190  あさりする あまをとめらが そでとほり ぬれにしころも ほせどかわかず

(上記の付記1.③より転載「(魚を釣るのではなく)海草などを採っている最中の漁を生

業とする者の少女たちが」)

2-1-1206歌   しほみたば いかにせむとか わたつみの かみがてわたる あまをとめども

            (岩場を渡りあるき作業している海人の少女たち)

2-1-1730歌   なにはがた しほひにいでて たまもかる あまをとめども ながなのらさね

            (干潮のとき(徒歩で)玉藻を刈る海人の少女)

2-1-3098歌 あまをとめ かづきとるといふ わすれがひ よにもわすれじ いもがすがたは

            (海人の少女が海に潜って採るという忘れ貝 忘れ貝は通常二枚貝をいう。潜って

採るとすると一枚貝のアワビを言うか)

2-1-3257歌 ・・・ あごのうみの ありそのうへに はまなつむ あまをとめらが うなげるひれも てるがに てにまける ・・・ 

            (海浜に生えている菜を(食料にと)摘む海人の少女ら  

◯海草は「刈る」 ◯砂地の野菜に、ハマダイコン ハマノボウ ツルナ アシタバ 

ハマエンドウ 岩場の野菜に、ホソバワダン(沖縄で言うニガナ)など有り)

2-1-3619   わたつみの おきつしらなみ たちくらし あまをとめども しまがくるみゆ

            ((仕事で浜か岩場にきていたか舟に乗っていたかわからないが)海女の少女が

島に退避した(海又は浜から見えなくなっしまった。

◯しまがくるとは、「歌語であり、島の陰に隠れて見えなくなる」意。)

2-1-3649   わたつみの おきへをみれば いざりする あまのをとめは をぶねのり

 つららにうけり ・・・

      (上記の付記1.③より転載「漁を生業とする者の子女は、今漁をしている最中であるが、

各々小舟に乗って連なり浮かぶ」)   

2-1-3660 これやこの なにおふなるとの うづしほに たまもかるとふ あまをとめども

             (渦潮を恐れもぜず渦の近くで海草を刈るという海人の少女)

2-1-3663 あかときの いへごひしきに うらみより かぢのおとするは あまをとめかも

             (舟に乗っている海人の少女かも)

2-1-3683 (この類似歌) かぜのむた よせくるなみに いざりする あまをとめらが ものすそぬれぬ  (保留、本文参照)

2-1-3683イ歌 海辺望月作歌九首(3681~3689)  よみ人しらず 

    かぜのむた よせくるなみに いざりする あまのをとめが ものすそぬれぬ 

                (同上)

2-1-3912歌 わがせこを あがまつばらよ みわたせば あまをとめども たまもかるみゆ

             (松原から見ると海人の少女が(海にでて)玉藻を刈っている)

 

2-1-3918歌   あまをとめ いざりたくひの おぼほしく つののまつばら おもほゆるかも

(上記付記1.②より転載「漁を生業とする者の少女が漁のため(集魚用に)舟のなかで焚く火)

  

⑤ 参考歌(漁として網引きを詠う歌)

2-1-1191歌   あびきする(万葉仮名「網引為」) あまとがみらむ あくのうらで きよきありそを みいこしあれを

付記3.三代集における、表現「いさり(する)」、「あさり(する)」の例歌

下線部分は、「いざりする」という語句と「あさり」を示す語句である。歌の次の()内は私のその現代語訳(試案)。

①句頭に「あさり(する等)」と表現している歌

1-2-941歌 いとしのびてまうできたりけるをとこを、せいしける人ありけり、ののしりければ、かへりまかりてつかはしける     よみ人しらず

   あさりする時ぞわびしき人しらずなにはの浦にすまふわが身は

      (漁を生業とする者の行う漁をする(時))→古今雑下「われをきみ・・・」を踏まえる歌

1-2-758歌 心さしありていひかはしける女のもとより、人かずならぬやうにいひて侍りければ 

はせをの朝臣

   しほのまにあさりするあまもおのが世世かひ有りとこそ思ふべらなれ

      ((干満を利用し)貝などを採ることを生業とする者も)

1-3-21歌 題しらず   大伴家持

   春ののにあさるきぎすのつまごひにおのがありかを人にしれつつ

      (餌を探し求めている雉)

1-3-1020歌 ひとに物いふとききてとはざりけるをとこのもとに   中宮内侍

   かすがののをぎのやけはらあさるとも見えぬなきなをおほすなるかな

      (餌などを探すように探し回っても)

②句頭に「いさり(する等)」と表現している歌

1-1-961歌 おきのくににながされて侍りける時よめる    たかむらの朝臣

   思ひきやひなのわかれにおとろへてあまのなはたきいさりせむとは

      (漁師の釣縄を手繰り、魚を獲ろうとは)

1-3-400歌 そやしまめ   高岳相如   (巻七 物名にある)

   いさりせしあまのをしへしいづくぞやしまめぐるとてありといひしは

      (漁を(そのとき)していたという海人)

1-3-752歌 題しらず    よみ人しらず

   しかのあまのつりにともせるいさり火のほのかにいもを見るよしもがな

      (筑前の志賀にいる海人が舟で釣をするとき(集魚用に)ともす漁火)

1-3-968歌 題しらず    坂上郎女

   しかのあまのつりにともせるいさり火のほのかに人を見るよしもがな

      (1-3-752に同じ)

1-2-681歌 しのびてあひわたり侍りける人に    藤原忠国

   いさり火のよるはほのかにかくしつつ有りへばこひのしたにけぬべし

      (漁火が)

付記終り 2018/7/2  上村 朋)